勝つ為の『戦術』
鳥型カルネイジは、目標を見失っていた。
周囲に殺すべき対象は居らず、身体には深く鎌が突き刺さったまま。再生は終了しており、鎌は既にカルネイジの一部になっていた。
と、不意にビルの中から人影が現れる。
それは、大きな猫耳を生やした少年だった。黒いペルシャ猫のような尻尾を振りながら、彼は鳥型を睨み付ける。
「ほら、こっちだ! 撃ってこいよ!」
それを確認した瞬間、カルネイジは電撃の光線を放った。イメージとは違って何処までも赤黒いその光線は、一瞬にしてレオを灰にする。
――――――ハズだった。
しかし、彼は数メートル横で戸惑いながらも笑っている。
「そんなんじゃ僕は倒せないよ! ほら、もっと撃ってきなよ!」
その言葉に挑発されるように、今度は光線ではなく、一塊の電撃弾を撃ってくる。弾速は先程のより速く、瞬きする度にもその雷弾が地面へと着弾していく。
が、それでも彼には当たらない。まるでラインでも描くかのように、彼は直線的に攻撃を避けていく。そう、ちょうどピンボールでもやっているかのように、カクカクとした動きで。
移動速度自体はそう速くはないのだが、何しろ瞬発力がずば抜けている。
そもそも、彼のベースとなっているのは『猫型カルネイジ』だ。
ネコ科の動物というのは、長く駆け回るのではなく、一発勝負の狩りをする。
チーターなどがいい例だ。彼らは普段物陰に隠れ、獲物が近付いた時にその隙を突いて牙を掛けるのだ。
つまり。
その特殊性は、レオにも引き継がれている。
「遅い遅い!」
彼は長い距離を駆け回って回避するのではなく、当たる瞬間に『飛び出して』逃げている。駆け出しては止まり、駆け出しては止まりを繰り返しているのだ。
それを鳥型カルネイジが捉えられるハズもなく、いつも数センチ遅れた場所に着弾してしまう。
スレスレ当たらないという行為が、カルネイジを激昂させているのも確かだろう。全く当たる見込みが無いのだったら、諦めるなり目標を変えるなりする。しかし、当たりそうで当たらない状況ならば、どうしても続けたくなってしまう。
いうなれば、UFOキャッチャーで取れそうな状態の時に止める人がいないのと同じ。ここまでやったのだから、という気持ちが沸き上がってしまうのと同じ心境なのだ。
そう考えると、レオの瞬発力はこの状況に最も合っていると言える。
しかし、
「ッ!?」
彼のシューズの端を、雷弾が掠めた。
彼自身の負担を考えれば、この状況は一番辛い状況である。
ネコ科動物が瞬発力に頼る理由。
それは、持久力の無さにある。
同じチーターで考えてみよう。彼らがもしも目標に見つかり、不利な場所からの狩りを余儀なくされたとき。
その狩猟成功確率は、たった50%程に落ちてしまう。
彼らと違い、狩られる側の動物は速度がない代わりに持久力が高い。それでもしも追い付けなかったとしたら、チーターなどの瞬発力をウリにした動物は狩りに失敗してしまうのだ。
つまり、
(……体力が……ッ!!)
レオに欠けているもの。それは、長い間攻撃を避け続けるための『持久力』だった。
ゼイゼイと息を切らし、段々飛び出す速度も下がっていっている。そろそろ、彼にも限界が近づいていた。
「ぐっ!!」
彼の頬スレスレを、細く圧縮された雷槍が襲う。
傷はすぐに塞がる。が、このままでは危ないのも事実だった。
だが、彼には生き残る自信があった。
「へへっ……」
何故なら。
鳥型カルネイジの頭頂部へと、バスターソードが降り下ろされようとしていたから。
ヒツユは、大声で叫ぶ。
「死――――――ねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」
その雄叫びを察知したのか、鳥型は異常な程の旋回を行う。身体を急降下させ、そのまま回転しながら回避する。
ちょうどギリギリで頭頂部を掠め、左目を喪失させる。鳥型は漆黒の羽根をばたつかせながら、空中でもがき苦しむ。欠けた左目から、赤い液体がこぼれ出す。
しかし、そんなもので終わるワケがなく、ヒツユは次の連撃へと移る。バスターソードの上に飛び乗ると、鳥型に向かって空中に飛び出す。
バスターソードは弾き出された後、ビル壁を駆け上がるレオの手の中へと収まる。この事を計算し、ヒツユは紅い大剣を蹴り出していたのだ。
一方、ヒツユは先程のレオを見たため、鳥型本体に飛び乗るような真似はしない。彼女が飛び移るのは、レオが突き刺した大鎌の方だ。
下へと垂れる取っ手に掴まり、まるで空中ブランコのように脚を振り上げるヒツユ。両手で鎌を押さえ付け、脚は一瞬だけ鳥型の腹部へと当てる。
(ヒヨコは触れた瞬間電撃が来たけど……この鳥型は考えてから電撃を発する!!)
そこに、隙がある。
説明するとすれば、こうだ。
人間とロボットが同時に熱いヤカンに触れるとする。人間には『反射』という機能があり、危険なものなどに触れると、脳で考える前に脊髄で勝手に反応してしまう。
結果、人間は触れた瞬間に高温を感じ、即座に手を離す。
しかし、ロボットには『反射』などという機能はない。ヤカンに触れ、熱いとプログラムで検知してから、危険を遠ざけるために手を離す。
その、『無意識』と『意識』の差。
もっと簡単に言えば、『思わず離してしまう』のと『熱いと確認してから離す』ことの速度の差。
先程のヒヨコ型の電撃は『無意識』だったが、この鳥型の電撃はコントロール出来ているからの『意識』。
その差の一瞬の隙を突き、彼女は無理やりに大鎌を引き抜く。引き抜くというよりは、食い込んで止まっていた鎌で、再び切り裂いたというのが正しいが。
その行動によって、鳥型の身体は大きく切り裂かれる。大きくよろめき、再び大きな隙が出来る。
その隙を、二人は見逃さない。
「ヒツユちゃん!!」
「分かってるよ!!」
ヒツユは素早く地上へ着地し、休むことなく再度空中へと跳ぶ。
レオはビル壁から飛び出し、鳥型の頭上へと跳ぶ。
鳥型が先に察したのは、レオの攻撃だった。それを回避するため、鳥型は勢いよく下へと降下する。
が。
「引っ掛かったね!!」
下から、ヒツユが大きな笑みを浮かべる。楽しげに笑うその表情は、この作戦の成功を意味していた。
空中から攻撃が来ているのを察知した鳥型は、多かれ少なかれ必ず下へと高度を下げる。右に避けようが左へ避けようが、恐怖によって多少は降下する。
それが、ヒツユの狙い目。レオが所持していた大鎌なら、多少の左右への移動はこのリーチで補える。それに、この行動の目的は鳥型を倒す事ではなく、捕らえる事。最大の一撃の為に、隙を作ること。
案の定、鳥型は翼へと大鎌の一撃を喰らった。鳥型は痛みに蠢き、一瞬移動が止まる。
作戦は成功した。
後は、最大の一撃を喰らわすだけ。
「やって、レオ君!!」
ヒツユの叫びに応じて、レオはバスターソードを再び強く握り直す。鳥型の頭目掛けて、大剣と共に急降下する。
(お前なんかに構ってる暇なんて無いんだ……)
レオは下を睨み付ける。鳥型の、紅い瞳を。
(早く四人で合流して、ヒツユちゃんの仲間を捜し出すんだ!!)
彼は、その瞳を更に紅く輝かせ。その歯を、猛烈に食い縛って。
彼自身の体重を、全て紅いバスターソードへと乗せて。
「いっ……けぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッ!!!!!」
鳥型の頭部を、再生に必要な脳を。
切り裂くというよりは、叩き潰した。
レオとヒツユが同時に着地した後。
ドスンと大きな音を立てながら、鳥型は地面へと墜落した。ピクリと動く事もなく、その死体は復活することもなく。
頭部を叩き潰された遺骸が、そこに転がっているのみだった。
「……へへ」
「アハハっ……」
二人は顔を見合せ、笑うと。
「「やったぁッ!!」」
大きく、ハイタッチをした。