別の脅威
「……よかったのか、あんなこと言って」
「うん。アミ達のせいで二人が死ぬことが、一番辛いから」
地下街を慎重に進みながら、二人はそんなことを話している。
「優しい奴だな、お前は。死ぬかもしれないんだぞ?」
「そんな事言って……大体、レンはどうなの? 恐くないの?」
「正直言うと恐いな。けど、あいつらの足を引っ張るよりはマシだ」
「アハハ……そんな事だろーと思った」
小さく笑いながら、アミはレンの表情を窺う。レンも、小さな笑みを浮かべていた。
「せめてあの子達がアミより年上だったらなぁ。もしもレオがお兄ちゃんだったら、たっくさん甘えられたのに」
「甘えればいいじゃないか。少なくとも嫌がりはしないだろう」
「えぇ~どうかなぁ?」
「フフッ。ま、その方が罪悪感は少なかったな」
「……だね」
その言葉に、アミは少しだけ暗い表情を浮かべる。
すると、
「……あれ?」
アミの眼前に、何かが映った。数十メートル先に。
それは、小学生くらいの少年だった。
Tシャツ短パンという薄着。それも色々な所がボロボロになっていて、正直みすぼらしい以外の印象が得られなかった。
「どうした?」
「あの子……」
アミが指を指すと、レンも同じ方向に視線を移した。そして、その少年を見たあと。
「……生き残りか?」
「でも、なんか様子が……」
その少年は、フラフラとおぼつかない足取りだった。左足が出れば、右足はあらぬ方向を向く。立ちくらみがずっと続いているというか、病人が無理やり立っているかのような、とにかく危なっかしい感じだった。
すると、アミ達に気付いたのか、少年はこちらへと向く。
「――――――ッ!!」
その瞬間、レンは戦慄する。
それは、
少年の瞳が、紅く染まっていたから。
そして、その口元が裂ける程に大きく広がったから。
「アミッ!!」
「え!? ちょ、何!?」
レンは慌ててアミを突き飛ばす。本能的に、あの少年の恐怖を察知したのかもしれない。
実際、少年は二人の脅威となり得た。
今まで軸が安定していなかったような彼の足取りが、急に重心を定め始める。次の瞬間には、彼は爆発的なスピードで駆け出していた。レンに向かって、とんでもないスピードで。
その少年の姿が、変貌する。
「な――――――」
少年の身体が、大きく膨張する。腕が伸び、太くなる。
白い体毛が異常な速度で生え始め、瞬く間に身体中を覆い始める。
まるで骨を組み換えたかのように、今まで立っていた二本の足が逆足へと変わる。
可愛げだった表情は既に面影すらなく、気付けば鼻が不自然に高くなり、口が化け物のように裂け出す。紅い瞳は獣のそれとなり、犬歯は鋭く尖る。
尾骨の部分から、白い一本の尻尾が生え出す。長くて細い感じのものではなく、毛だけで構成されたかのようなフサフサしたようなもの。
それは一本から二本、三本四本とどんどん増えていき。
最終的には、九本。
――――――その姿は、まるで狐のようだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ヒツユとレオ。
彼女らも彼女らで、危うい状況だった。
「ウソ……でしょっ!?」
「ヒツユちゃん!!」
二人の間を、雷撃の光線が切り裂く。地面を割るようなその一撃は、回避するにはなかなか難度が高い攻撃だった。
対称的な方向に逃げる二人。それを追うように、光線はヒツユの後を付いていく。レオはそれを阻止するため、強烈な脚力でビル壁を駆け上がっていく。やがて最上階まで来たとき、彼はそこから親鳥に向かって跳躍した。
「お、ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
紫色の鎌を振り上げ、真下に叩き落とすように振るう。
しかし、親鳥は驚異的な旋回速度でその一撃を回避する。結果空振りになった一撃は、強大過ぎるが故に彼のバランスを大きく崩した。空中で身動きが取れなくなったレオに、親鳥の雷撃が迫り来る。
が。
「レオ君ッ!!」
その電撃を大剣で防ぎ切りながら、飛び出してきたヒツユが彼の腕を掴む。そのままの速度を維持しながら、彼女はレオを地面へと投げ落とす。その後彼女はビル壁へと両足を叩き付け、すぐにまた飛び出した。バスターソードを大きく構え、重い一撃を降り下ろす。大振りな彼女の大剣は、親鳥の首元辺りを切り裂いた。
「……外したッ!?」
しかし、親鳥は怯んだ。お陰で着地を阻害されることもなく、ヒツユは安全に降り立つ事が出来た。レオはすぐに彼女の傍らに立つ。
親鳥も傷を負ったものの、大して意味はない。すぐに肉が再構成され、傷は塞がる。
「くそ……あと少しだったのに」
「落ち着いていこう。大丈夫だよ」
ヒツユが毒づくが、レオは落ち着いた表情でそれをなだめる。
「……それにしても、あんなの……!」
レオは親鳥である黒い怪鳥を睨み付ける。
全長は約六メートルくらい。横の長さは翼を含めれば十五メートル程だろうか。全身が黒い羽毛で覆われており、嫌でも禍々しさが窺えてしまう。
瞳はカルネイジ共通の紅い瞳。目の周りや身体に赤い模様が入っている。
「何て言うんだろうね……鳥型カルネイジ?」
ヒツユは首を傾げながら言う。
「たぶんそうだと思うけど……っていうか来た!! またビーム撃ってくるよ!!」
二人目掛けて、再び雷の光線が放たれる。それは鳥型の口から放たれており、また避けるので精一杯な程のスピードを誇っていた。
「うわぁぁぁッ!?」
ヒツユは勢いよく繰り出されるそれを、バック宙で回避する。着地した彼女を付け狙うように、一本の光線は留まる所を知らない。横に転がり、全速力で駆け抜け、追ってくる光線を回避するヒツユ。
(なんでこんな攻撃が出来るの……!? ヒヨコの時から分かってはいたけど、こんな特殊な使い方なんて……!!)
電撃を圧縮し、それを光線状にして打ち出す力。現代兵器などでやっと対応できる代物を、いとも簡単に使用できる。
やはり、鳥型は化け物だ。そう、ヒツユは再確認した。
「今度こそッ!!」
先程と同じ手順を踏み、ビル壁から跳ね上がるレオ。
しかし、怪鳥は対応を変えた。その巨大な翼を団扇のように使い、レオの身体を吹き飛ばしたのだ。
レオはそれに対抗することも出来ず、その爆風に身を任せるままだった。いくら身体能力が異常だとする半人半カルネイジでも、掴む場所や踏みつける足場がなければただの人間と同じだ。
だから。
「レオ君、これッ!!」
ヒツユから飛んできたバスターソードに足を掛けて、レオは再び飛び掛かった。足場が無ければ、作り出せばいい。
不意を突いたのか、鳥型は反応する事が出来なかった。レオの鎌は鳥型の背中に突き刺さり、食い込む。それを掴みながら、レオは鳥型の背中に飛び乗る。
飛び乗る事で、先程のヒヨコ型のように雷撃が繰り出される危険性があったが、彼には少しばかりの確証があった。
(さっきのヒヨコは自分が生み出す電気を上手くコントロール出来てなかったんだ。……だからコントロール出来てるコイツは、電気を撒き散らしたりはしない!!)
ヒヨコ型は自分が電気を出した部分を省みてはいなかった。電撃によって自身の身体さえも欠ける心配があるのに、だ。
しかし、それは自分もろとも相手を殺そうというのではなく、ただ単にコントロール出来ていないだけだとしたら。それなら、コントロール出来ているこの親鳥は、そんな真似はしでかさないのではないか。
そう予想したからこそ、レオは躊躇なく飛び移ったのだ。
しかし。
次の瞬間、レオの全身を、駆け抜けるような電撃が襲った。
「が、ぁぁぁあああああああああああああああああッ!?」
「レオ君!!」
ヒツユは悲痛な声を上げる。レオの身体が、上空から落ちてくる。ヒツユはそれを危うくキャッチするが、バランスを崩してしまい、投げ出されるように地面へと不時着する。
「ぐっ……、れ、レオ君……?」
「か、は……ぁ……」
レオは身体を痙攣させながら、しかし必死に起き上がろうとする。しかし電撃によるショックが相当強かったのか、指を動かすことすらままならない。
それを狙うように、上空の鳥型カルネイジは光線を放つ。ヒツユは落下のダメージが抜けない身体を無理やりに動かし、間一髪でレオを抱き抱えながら攻撃を回避する。
(ど、うしよ……)
ひとまず物陰に隠れよう。このままではいつか消耗してしまい、それを狙われて殺されてしまう。そう判断したヒツユはビルのガラスを体当たりで突き破り、そのまま中へと転がる。ガラスの破片が僅かに突き刺さるが、そんなものは再生能力でなんとかなる。
「レオ君……だ、大丈夫……って」
ヒツユがレオの顔を覗き込む。しかし、彼は表情を動かさない。
瞳を閉じたまま、息すらもしていない。
「う、そ……!? 死んじゃったの!?」
ヒツユは絶望する、
が、
(い、いや。まだ死んでないよ、きっと。電撃喰らったから……心臓が止まってるんだ!!)
彼女はレオを仰向けにし直し、胸に手を当てて心臓マッサージを始める。ろくに知識もあるわけではないが、やらないよりは何十倍もマシだ。
(レオ君……お願い……!!)
人工呼吸も行う。
そのうち、彼は目を覚ました。まだ小さく身体は痙攣しているが、動けるくらいにはなったはずだ。
「あれ……ぼ、く……?」
「……! はぁ……よかったぁ……」
「ヒツユちゃん……? あ……僕、電撃喰らって……!!」
「慌てなくても大丈夫だよ。今は隠れられてる。でも、これからどうしたら……」
「とにかく、カルネイジの身体に直接触れるのは危険だね。あの鳥は完璧に電撃を操ってる」
「武器で攻撃するのは大丈夫……けど、それだけしか出来ないってこと?」
「うん。……でも、正直僕は戦術とかそういうのは一切分からないよ……」
その言葉に、ヒツユはわずかに考え込む仕草をする。しかし何も浮かばなかったのか、顔の前で両手を叩くと、
「こうなったらゴリ押し!! これしかない!!」
「えぇッ!?」
レオは驚愕の表情を浮かべる。
「ひ、ヒツユちゃん……? それはどういう……?」
「だから、ゴリ押し!! 私も戦術なんか知らないし!! どっちが先に致命傷を与えるかのスピード勝負っ!!」
「……まぁ、それしかないよねぇ……」
溜め息をつくレオ。彼は自身の周囲に得物の大鎌が無いことを確認してから。
「鎌、アイツに刺さったままかな?」
「たぶんね」
「じゃあ、僕が囮になるよ。だから、その隙にヒツユちゃんはアイツを倒して」
「いいの?」
「倒せなくても、鎌を回収してくれればいいよ。それからまた二人で交互にいこう」
「わ、なんだか『戦術』っぽい」
「そうかなぁ」
ひとしきり戦術を決めると、二人はまた戦場へと飛び出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……っ」
激しい頭痛に、アミは目を覚ました。
痛覚に苦しみながら、彼女は周囲を確認する。
おびただしい量の血が全てを塗りたくっている。
(……ぁ……ぇ……)
頭が真っ白で、何も考える事が出来ない。
聴覚もおかしい。意味不明な耳鳴りが、他の音全てを遮っている。
自分が何を考えているかも分からない。自身が、今どういう状況なのかも。
(――――――他の、人の?)
不意に、少し前に考えた内容が頭の中に映り込む。自分がどうしてこんな状況にいるのかを、思い出す。
さっきまで。
――――――わたしは。アミは。
――――――――――――どうしていたんだっけ?
まず、あの少年が襲いかかってきた。少年は狐に変貌し、その鋭い牙をこちらに向けてきた。
次に、レンがアミを押し退けた。気付いた時には、レンの身体は巨大な爪に貫かれていた。
では、大きく開いた牙は何処へ行った? 爪がレンに向かっていったのならば、大きく開いた口は、何処へと向かっていった?
答えは簡単。
アミ自身へと、向かったのだ。
アミはその牙で噛み千切られ、その犬歯によって引き裂かれ、胃袋の中へと収められた。
――――――ハズだ。
なのに。
じゃあ、何故?
何故今、自分には意識があるのだろうか。
死んだのではなかったのか。意識はおろか、存在すらも消え果てたのではなかったのか?
それに。
何故。
自分には、血が一滴も飛び散ってはいないのだ?
死んでない?
これじゃ。
これじゃまるで、自分が先程の狐だったかのようじゃないか。
爆発した赤い液体の中心。まるで爆心地のような所に自分は立っていて。先程の少年の姿はどこにもなくて。
目の前には、腹を貫かれたレンの死体があって。
「……え?」
レンの、死体?
(なんで、レンが死んでるの? アミは? なんでアミ自身には怪我が一つもないの? なんで、返り血一つ浴びてないの?)
意識が混濁していて、どれが正しい状況なのかが分からない。
自分が立っているのかも分からない。座っているのかも、倒れているのかも。
右を向いているのかも、左を向いているのかも。
「レン? ねぇ、レンってば。レ、ン」
よたよたとした足取りで、レンに近付いていく。途中で何回も転び、地面を這い、進む。返り血一つ浴びていなかったワイシャツが、赤い血で染まっていく。
「答えてよ、レン。起きてよ、レン」
問いかけても、答えることなどないのに。起きるなど、起こりうるわけがないのに。
なのに、どこか期待していた。全部嘘だと、自分が見ていた幻覚なのだと。
しかし。
「お、きて……答え、て……」
触れた瞬間、分かった。
冷たい。生きている人間から感じられる温もりが、一切ない。
「……嘘、だ……」
彼の頬に触れても、彼は反応しない。指一本動かそうともせず、瞳を動かそうともせず。
「ぁ……ぅ、ぁ……ぁぁぁ……」
彼は、死んでいる。
「い、や…………!!」
大切な人だったのに。
想いを伝える事も出来ず。
こんな忌々しい、残酷な世界じゃなければ。
もしかしたら。
いつの日か。
鈍感な彼でも、気付いてくれるかもしれなかったのに。




