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決断

「……っと。これで大丈夫ですね……」

黒髪の女性は自室のベッドを見下ろしながら、一人呟く。

彼女の目の前には、紫がかった髪をした女性が眠っていた。先程まで、彼女は首と胴体が離れていたのだが、今はもう跡すら残ってはいない。

「この人も、きっとカルネイジに襲われたのでしょう……可哀想に」

自らの黒髪をいじりながら、彼女は溜め息をつく。

「でも、大丈夫。ここは、私達の楽園ですから」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「よしっ、と。あらかたこんなものかな?」

その言葉と同時に、ヒツユはバスターソードを地面に突き刺す。同じタイミングで、レオも一息つく。

「それにしても……うぇ」

目の前に広がるのは、残酷なヒヨコの死骸の海。血が辺り一面に飛沫し、臓器が撒き散らされている。そして、生臭い臭いも漂ってくる。

「気持ち悪い……よね」

「そう? 私は慣れちゃったなぁ」

「スゴいね……ヒツユちゃん、戦ってる時も楽しそうだったもんね」

「うん。こんな化け物を自分の手で殺し回ってると思ったら……なんかゾクゾクしてきてね。気持ちいいの」

ニヤニヤしながらそんな事を言うヒツユに若干引いてしまったレオだったが、まぁ冗談だろうと割り切る。すぐに意識を切り替え、その足を動かす。

「早く戻ろうよ。お姉ちゃんとレンさんが心配だし……」

「……ねぇ、レオ君。なんかおかしいと思わない?」

「え?」

ヒツユは訝しげな目でレオを見つめる。レオは僅かにドキリとするが、真剣な会話をしたいのだと気付くと、彼も目の色を変える。

「ヒヨコの大群なんておかしいよ。いくら大きくて強くたって、この子達はまだ子供。本当なら巣立ちもしてないだろうし、そもそも動きに連携してるっぽさが一切無かった」

「つまり、どういうこと?」

薄々勘づきながらも、レオは聞く。

「親鳥が居る。それが、このヒヨコ達を率いてる……それしかないと思う。あり得ない事だけど……カルネイジ化した動植物は、前の習性を残さない事もあるから……」

普通ならば、親鳥は雛鳥が成長し、飛べるようになるまでは面倒をみる。自分で餌を取れるようになるまで、親が責任を持って育てるのだ。

しかし、あのヒヨコはどう見ても飛べるような体型ではない。歩く事もままならず、勝手に転ぶような個体まで存在した。

「多分、親鳥が無理やりヒヨコ達を従わせているんだよ。あの数もおかしいから、きっと別の親鳥と戦ってヒヨコを奪ったんだと思う」

「じゃ、じゃあこのヒヨコ達の親鳥は、この辺りで1番強いってこと?」

「そうかもね……」

「でもさ、別に倒す必要はないと思うんだよ。だ、だって……ヒヨコでこの大きさなんだから、親鳥でこの地下街にはきっと入れないよ」

レオは相変わらず弱気な表情で意見を述べる。

「んー……」

ヒツユは考えてみる。確かに、親鳥にここを襲われる危険性はほぼないと言っていい。ヒヨコ型カルネイジの大きさからして、親鳥はだいぶ巨大なハズだし、仮に入れたとしても満足に戦闘なんて出来ないだろう。それなら自由に動けるヒツユ達の方が有利だし、2対1のこの状況なら彼女らが負けるはずがない。

しかし、ヒツユは驚くほど冷静に物事を考えることが出来ていた。

「いや、倒そう」

「えぇっ!?」

「よく考えてみて、レオ君。親鳥がここに入れないのは事実だと思う。だからヒヨコを集めてここに攻めさせたんだよ。けど、親鳥が居る限り、この場所は定期的に攻められる。まだヒヨコ達を隠し持ってるかもしれないし、足りなくなったら別の親鳥から奪ってくるんだろうし。しかも、親鳥自体に居場所がバレてるから逃げることも出来ない」

寸分の狂いもない予想。

つまり、親鳥は常にこちらを監視していると思っていい、ということ。

地下にいればヒヨコ達に攻められるし、地上に出れば親鳥に狙われる。

消耗して死ぬか、親玉に挑んで死ぬか。

「ど、どうすれば……」

「だから親鳥を倒そう。けど……アミ達と離れちゃったら逆に危ない。私達が戦ってる間にヒヨコ達に襲われてるかもしれない」

「じゃあ……1回合流しようよ。4人で相談して、それから決めよう」

「うんっ」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



そして隠れ家へと戻った2人。

「俺達の事はいい。お前達はその親鳥に集中しろ」

「そうだよ、アミ達は大丈夫だから」

レンとアミの2人は揃ってそんな事を言う。ヒツユ達はそれに違和感を覚える。

「そんな……お姉ちゃんもレンさんも……危ないよ!」

「そうだよ、死んじゃうかもしれない! もしかしたらヒヨコ以外にもカルネイジが居るかもしれないんだから!」

「……ヒツユちゃん達には迷惑掛けたくないし……それに大丈夫。ここには居ないから。この地下街にある、別の隠れ家も知ってるしね」

アミは何かを堪えるように、無理やり笑みを浮かべた。普段無愛想なレンも、この時だけは微かに笑っていた。まるで、ヒツユ達の背中を押すように。

「とにかく、大丈夫だ。俺達は足手まといにはなりたくない」

「駄目だよ、危険過ぎる!! 僕は認めないよ!!」

レオはテーブルから身を乗り出して叫び出す。それもそのはずだ。二人は一緒にここまできた仲間なのだから。

しかし、レンは断固として言い放つ。

「大丈夫だ、レオ。親鳥1匹倒すだけなんだろう? それぐらいなら俺達だって逃げ切れるさ」

「でも……!!」

「大丈夫だってば。レオ、それなら早く親鳥を倒してきてよ。お姉ちゃんはそっちの方が嬉しいなぁ」

「…………っ」

レオはまだ納得が出来ないようだった。歯痒い表情を見せ、両手を無意識に握り締める。

そうだ。

早く倒してくればいい話なのだ。レオが1分でも、1秒でも早く倒せば、それだけ早く彼らを救出できる。

たったそれだけ。

それだけの話なのに。

レオは、どうしても認めることが出来なかった。

それは、この世界の恐ろしさを知っているから。少しでも気を抜けば、あの恐ろしい化け物に襲われるから。

襲われれば。

それだけで終わってしまう、簡単過ぎてつまらないほど不条理な世界だから。

しかし、

「……行こう」

「えっ、ちょっと!!」

ヒツユはゆっくりと、立ち上がりレオの手を引っ張る。レオは抵抗するも、ヒツユの絶対的な程の握力に抗う事が出来ない。同じ、カルネイジを宿した人間だというのに。

「ありがと、ヒツユちゃん」

「また後でな、レオ」

アミとレンの送り言葉を聞きながら、2人はこの部屋から出る。再び、カルネイジが死んでいる赤い海へと逆戻りした。

レオはヒツユを鋭い目付きで睨み付けながら、犬歯を剥き出しにして喚き散らす。

「なんで……なんでこんなことするんだよ!! 2人も一緒に連れていこうよ!! 鳥なんか、2人を守りながらでも勝てるよ!!」

「……駄目。行こう」

「離してッ!!」

「駄目」

「離してよッ!!!」

「駄目だって言ってるのが分かんないの!!?」

涙を散らしながら叫ぶレオを鎮圧するように、その倍の声量でヒツユは叫び返す。

「なんでだよ!! なんで2人を置いていこうとするんだよ!!」

「足手まといになるからだよ!! 親鳥がどんなのなのかも分からないのに、そんな危険なところに連れていけないよ!!」

「あそこに居る方が危険じゃないか!! 2人は弱いんだ!! 戦えないんだ!! だから、僕が守ってあげないと……!!」

「どうして信じてあげられないの!? 2人が弱いからって……!! レオ君は2人を見下してるだけだよ!!」

「信じるも信じないも、死んじゃえば終わりじゃないか!! 僕は2人に死んでほしくないんだ!!」

「……そんな関係でいいの!? 守る、守られるで……お互いを信じ合えないで……そんなのでいいの!?」

ヒツユは鼓膜が破れるほどの大声で叫ぶ。

言い返せないのか、レオは黙ったままだ。

「ねぇレオ君。君はさ、心の何処かで2人を蔑んでるよね。自分が居なくちゃすぐに死んでしまう、弱くてちゃちな存在だと思ってるよね」

「そんなことない!! ……そんな」

「じゃあ、なんでさっき『弱い』って言ったの? 『戦えない』って言ったの?」

「……っ」

「2人は強いよ、きっと。私とも、君とも違うところで、あの二人は強いんだから」

「でも……カルネイジには勝てないじゃないか」

「大丈夫だよ。……前にイリーナの話、したよね。私のパートナーの。あの人、私に比べたらスッゴい弱いの。猿型の大群にも苦戦するし、知らない間に怪我してるし」

「……僕達が助けたときは、ヒツユちゃんも猿型にやられてたけど」

「あ、そうだっけ。……えへへ、まぁいいや。でもね、イリーナは私にとってスッゴい大事な人だったの。私に色々教えてくれて。私、つい1週間前くらいに『実験』から解放されたばかりで……何も分からないままこんな大きなソードを持たされて。でも、イリーナに教えてもらったから、今はやるべきことが分かってるの」

「でも、はぐれちゃったんでしょ? 死んでるかもしれないじゃないか!!」

「……っ!」

その言葉に、ヒツユは歯を食い縛る。瞳に陰りが見え、少しの間口をつぐむ。

言い過ぎたと感じたのか、レオは目線を逸らしたまま謝る。

「ご……ごめん。言い過ぎたかも……」

しかし、ヒツユは口元を緩ませ、顔を上げる。

「……いいの。信じてるから」

「え?」

視線をレオへと向けるヒツユ。その瞳には、僅かに涙が滲んでいた。

「生きてるよ。きっと。親鳥を倒して、4人で合流してから、捜すんだから。それで見付からなくても、きっと何処かで生きてる。……信じてるもん」

「――――――!」

その時、レオは悟った。

本当なら、彼女は今すぐにでもイリーナを捜しに行きたいのだ。レオやレン、アミと別れて、自分一人ででも。親鳥のカルネイジなど無視して、第一の目的を果たしたいのだ。

なのに。

彼女は、霧島日露は、自分達の手伝いをしてくれている。見捨ててもいいハズなのに、わざわざ一緒に行動してくれているのだ。

もちろん、自分達が彼女を助けた事の恩返しがしたいだけなのかもしれない。が、これは、この行動は、既に自分達がやったことの対価を超えている。

それだけ、彼女は優しいのだろう。こんなワガママな自分を慰めてくれていて。

「……僕……」

「だからさ、早く行こう! カルネイジさえ倒せば、全部解決するんだから! ね?」

「……ごめん。ワガママ言って……」

「ほらほら謝んないで。後で何でもしてもらうから」

「……うん」

レオは俯いたまま呟く。が、不意に動きだし、ヒツユに近付く。彼女が首を傾げるが、すぐにその意味が分かる。

「ん?」



レオは人差し指で、ヒツユの涙を拭った。



「泣かせちゃってごめん……僕が頑張るから」

「…………!!」

ヒツユが何か言う前に、レオはヒツユの手を取る。

「今度は、僕が君を引っ張るから!」

「……よく言えるなぁ、泣き虫のくせに」

「き、君だって泣いたじゃないか」

「えへへっ、まぁそうだけどね」

2人は、一度だけ瞬きをする。

次の瞬間には、瞳が赤く染まっていた。

レオの黒い両目も、ヒツユの茶色い左目も。


――――――目的は決まった。


親鳥と思われるカルネイジを撃破し、4人で無事に合流すること。

それから、ヒツユの仲間を捜すこと。

レオはその死神のような、紫色に輝く鎌を握り直し。

ヒツユは血塗られたような紅いバスターソードを、深く握り込む。

地上に出れば、きっと親鳥が待ち構えているだろう。

しかし、2人は怯まない。果たすべき目的のために、ここで死ぬわけにはいかないから。

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