圧倒的経済格差とパンの耳。――誇り高き人魚姫は、三秒で施しに飛びつく!
圧倒的経済格差とパンの耳。――誇り高き人魚姫は、三秒で施しに飛びつく!
タローソン前での衝撃的な再会から、数日が過ぎた。
極限のタダ活サバイバルを生き抜いていた芋ジャージの美少女――海中国家シーランの人魚姫であるリーザは、息をするようにごく自然な流れで、ポポロ村の村長宅(キャルルさんの家)へと居候をキメていた。
「おはようございます、キャルルさん、クロエさん! そして赤いお姉様! 今日もポポロ村の朝の空気は、無料なのにとっても美味しいですわね!」
爽やかな朝。
村長宅の広々としたダイニングキッチンに、リーザが優雅な足取り(健康サンダル)で入ってきた。
相変わらずルナミスデパートの特売で買ったという『えんじ色の芋ジャージ』を着ているが、そのアクアブルーの髪は村の温泉で洗われたことでツヤツヤに輝き、無駄に神々しいオーラを放っている。
「……おはよう、リーザ。あんた、また朝から村の広場でラジオ体操してスタンプもらってきたの?」
「当然ですわ! スタンプを三十個集めれば、図書カードがもらえるんですもの! この日々の積み重ねが、アイドルの基礎体力と知性(タダ読み)を養うんですのよ」
ふふん、と誇らしげに胸を張るリーザ。
今日は私とイグニス様も、キャルルさんの家に朝食にお呼ばれしていた。
「さあ皆さん、冷めないうちに食べましょう! 今日の朝ごはんは、龍魔呂さんの畑で採れた新鮮野菜と厚切りベーコンの、特製クラブハウスサンドです!」
キャルルさんが、テーブルの中央に大皿をドンッと置いた。
こんがりと焼かれたトーストの間に、シャキシャキのレタスと完熟トマト、そして肉汁が溢れる分厚いベーコンが何層にも重なっている。
サイドメニューには、とろとろのスクランブルエッグと、ビタミンたっぷりの特製野菜ジュース。まさに、村長としての稼ぎと権限(?)をフル活用した、ラグジュアリーで完璧な朝食だった。
「わぁっ! すっごく美味しそうです!」
「ふむ。人間の食事にしては、なかなか食欲をそそる匂いではないか」
私とイグニス様が目を輝かせて席に着く。
しかし。
その豪華な食卓の隅っこ――リーザの目の前にだけは、圧倒的な『経済格差』を象徴する、悲惨なプレートが置かれていた。
「……あの、リーザさん。その朝ごはんは……?」
私が恐る恐る尋ねると、リーザは自分のプレートを愛おしそうに見つめた。
そこに乗っていたのは、パン屋でタダでもらってきたと思われる大量の『パンの耳』。
そして、スーパーの特売で買ったであろう『茹で卵』が一つ。
さらに、どう見てもそこら辺の道端で摘んできたとしか思えない、名もなき『雑草のサラダ(ドレッシング無し)』だった。
「ふふっ、これですか? これは私が考案した、究極のアイドル専用ヘルシーモーニングセットですわ!」
リーザは、パンの耳を指先で優雅につまみ上げた。
「パンの耳は噛み応え抜群で、顎の筋肉を鍛え、小顔効果を生み出しますの! そして茹で卵は完全栄養食! 極めつけは、このポポロ村の公園で摘んできた無農薬の『スベリヒユ』と『タンポポの葉』のサラダ! 大自然の恵みをダイレクトに取り入れる、オーガニックな朝食ですわ!」
「……ただの貧乏飯だろうが」
イグニス様が、身も蓋もないツッコミを入れた。
だが、リーザは全く動じることなく、「いただきますわ」とパンの耳をボリボリと齧り始めた。
水分を持っていかれるのか、時々胸をトントンと叩きながら、水道水を美味しそうに飲んでいる。
(うぅ……美少女がパンの耳と雑草を食べてる姿、なんだか涙が出てきそう……)
私は、自分が分厚いベーコンにかぶりつくのが申し訳なくなってしまった。
「あ、あの、リーザさん! もしよかったら、私のサンドイッチ、半分食べませんか?」
「えっ?」
リーザの手が、ピタッと止まる。
彼女の宝石のような瞳が、私の手元にあるクラブハウスサンドの肉汁に釘付けになった。ゴクリ、と喉を鳴らす音がはっきりと聞こえた。
だが、次の瞬間。
リーザはバサァッ!と芋ジャージの袖を翻し、気高く言い放った。
「お、お断りしますわ! 私は誇り高きシーランの人魚姫にして、トップアイドルを目指す者! ファンに愛と夢を与える存在が、他人からの安易な『施し』を受けるわけにはいきませんの!」
リーザは、立ち上がって熱弁を振るい始めた。
「アイドルとは、自らの力で輝き、自らの力で世界からすべてを奪い取る強欲な存在! 同情で恵まれたお肉なんて、私の誇りが許しませ――」
「あー、作りすぎちゃったなー」
キャルルさんが、わざとらしく天井を見上げながら呟いた。
「これ、ベーコン三枚重ねの特大サンドイッチなんだけど、私一人じゃ食べきれないなぁ。誰か、捨てるのもったいないから食べてくれないかなぁ。……食べる? リーザちゃん?」
「食べますぅぅぅッ!!!」
――ズザァァァァァァァァッ!!
リーザは、瞬きする間もない神速でダイニングの床を滑り、キャルルさんの足元へ見事なまでの『スライディング土下座』をキメた。
「キャ、キャルル様ぁ! 一生のお願いですわ! そのベーコンと、とろとろの卵を、この愚かで腹ペコな人魚にどうかお恵みくださいませぇぇっ!」
「さっきまでの誇りはどこ行ったのよ……」
私とイグニス様が呆然とする中、キャルルさんは「はいはい」と慣れた様子で、リーザのお皿に特大のサンドイッチを乗せてあげた。
「はむっ、あぐっ、モニュモニュ……! あぁぁぁっ、お肉ですわ! 本物のお肉の味がしますわ! タローソンの廃棄弁当以来の贅沢ですぅぅっ!」
リーザは、涙と鼻水を流しながら、狂ったようにサンドイッチを頬張った。
それはもう、人魚姫でもアイドルでもなく、ただの三日三晩飲まず食わずだった遭難者の姿だった。
「……クロエさん、驚かないでね。これがリーザの平常運転だから」
キャルルさんが、自分の野菜ジュースをストローで啜りながら、遠い目をして語り始めた。
「ルナミス帝国のシェアハウスで一緒に住んでた時も、ずっとこんな感じだったの。普段は『私はアイドルだから!』って強がってパンの耳齧ってるくせに、月末になって家賃の支払い日になると、必ず私の部屋のドアをバーンッ!って開けて……」
――『キャルル様ぁ! 今月もスパチャ(収入)がゼロでしたの! 来月、来月必ず出世払いしますから、どうか家賃を待ってくださいませぇぇっ!』
「って、今日みたいな見事なスライディング土下座をキメてくるの。その速度と姿勢の美しさだけは、そこら辺の騎士より上だと思うわ」
「……誇り高き人魚姫とは、一体何なのだ」
イグニス様が、頭が痛いというようにこめかみを押さえた。
私も、目の前で口の周りをマヨネーズだらけにして幸せそうに笑うリーザを見て、色々な感情が一周して、なんだか可愛く思えてきてしまった。
「でも、よかったですねキャルルさん。またこうして、お友達と一緒にご飯が食べられて」
「えっ?」
「昨夜、リーザさんが村長のお家に転がり込んできたって聞いた時はびっくりしましたけど……キャルルさん、今、すっごく楽しそうですから」
私がふふっと笑うと、キャルルさんは少しだけウサギ耳を照れくさそうに揺らした。
「……まぁ、家の中が騒がしくなるのは、嫌いじゃないですけどね。でも、あんまり調子に乗ったら、特注の安全靴でアゴを砕きますからね?」
「ひぃっ!? か、過激なヤキ入れはもう勘弁してくださいませ! 私、ちゃんとお掃除も洗濯もタダ働きしますからぁ!」
リーザがサンドイッチを抱きしめながら怯える姿に、ダイニングは温かい笑い声に包まれた。
夜になれば、彼女たちはルナキン(ファミレス)のドリンクバーよろしく、村長宅のリビングで深夜まで女子トークに花を咲かせるのだろう。
圧倒的な経済格差と、パンの耳。
そして、三秒で誇りを捨てて土下座する、強欲でたくましい人魚姫。
最高にドロ臭くて、どこか憎めないリーザという『寄生獣』が加わったことで、ポポロ村の日常はさらにカオスで賑やかなものになっていった。
……しかし。
この平和なスパリゾート村に、ルナミス帝国の裏社会から、彼女のアイドルとしての『本性(狂気)』を呼び覚ます、最悪のエンタメ興行師の魔の手が迫っていることを、私たちはまだ知る由もなかったのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
ポポロ村での新しい朝。
キャルルの豪華な村長モーニングと、リーザの「パンの耳・茹で卵・雑草サラダ」による圧倒的経済格差!
「アイドルは施しを受けない!」と熱弁した三秒後に、キャルルの「食べる?」の一言で神速のスライディング土下座をキメるリーザ、いかがでしたでしょうか。月末の家賃土下座で培われた、洗練された膝の滑りです(笑)。
呆れながらも、なんだかんだリーザを甘やかしてしまうキャルル。そしてそれを微笑ましく見守るクロエ。
強欲だけどドロ臭くて憎めない新キャラの日常回でした!
次回!
平和なスパリゾート村に、悪徳エンタメ興行師が襲来!
ポポロ村の利権を狙い、「興行勝負」という強引な罠を仕掛けてきます。
ついに、地下アイドル・リーザの出番がやってくる……!?
「リーザの土下座の速さ草」「雑草サラダは泣ける」「キャルル優しい!」と思っていただけましたら!
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