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読書家の俺が、作家を目指す彼女の“最初の読者”になった話  作者: 丘引みみず
第1章 織原くんと小森さん

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007 縮まる距離

 翌日。朝のホームルームを待つ間『1984』の続きを読んでいると小森さんが登校してきた。


 いつも通り粛々と身を縮み込ませながら後ろの壁に沿ってやって来るとホッと一息をついて鞄を席に置いた。それから周囲の視線を気にしながら俺の方を見る。その目は最初こそ緊張していたものの、俺の顔色を見てか、次第に弛緩(しかん)させて言った。


「あ、お、おはよう、ございます」

「おはよう。小森さん」

「その、具合、良さそうで安心、しました」


 そう言って彼女が微笑むと、俺は心配を掛けたことを申し訳なく思った。


「心配掛けてごめん。それより――」


 俺は内緒話をするのに顔を近づけ、声を潜めて問い掛ける。


「先生の件、どうだった?」


 すると彼女は俺に合わせるように顔を寄せ、右手の親指と人差し指でマルを作った。


「今週の日曜日にでもって」

「ほんと⁉ そんなに早くて大丈夫なの?」

「お父さん、基本、家にいますから。それにお父さんの方が織原くんに会いたいって」


 あの大作家、本居貢太郎先生が俺に会いたがっているだなんて……


 身に余る光栄に天に昇ってしまいそうになったが、どうにか踏ん張った。


「わたし、今まで友達っていなかったから」


 いつの間にか饒舌になっていた小森さんの言葉に、『友達』というその言葉に、俺は胸が温かくなった。それは俺の古傷に染み渡って癒やしてくれる心地がした。


「俺も――」

「お話中にごめんなさい」


 その顔に俺たちはいつの間にか近づいていた顔をハッと離して声のした方を見やる。そこには相田さんがいて、微笑ましげに俺たちを見ていた。


「おはよう、織原くん。昨日はどうもありがとう」

「おはよう、相田さん。妹さんはどう? 良くなりそう?」

「うん。昨日の夜くらいから熱が下がり始めて。今日のうちには快復できそうなの」

「それは良かった」


 俺が安堵する中、彼女は鞄をガサゴソと漁ってクッキーを取り出した。


「それでなんだけど、織原くんは気にしなくて良いって言ってくれたけど、せめてもの気持ちにこれ」

「そんな、わざわざ悪いよ」

「元々は妹のために焼いたものだから、そんな気にしないで」

「そういうことなら。ありがとう」

「どういたしまして。それより――」


 相田さんは俺と(すく)み上がった小森さんとを見比べて言う。


「織原くんが楽しそうなのはそう言うことなのね」


 すると相田さんは小森さんに微笑み掛ける。


「昨日はごめんなさいね。私は2組の相田清美。あなたのお名前を聞いても?」

「あ、え、あああ、ええ、こ、小森、胡桃……です」


 おどおどとした言葉に相田さんは柔和な笑みを崩すことなく返す。


「よろしくね、小森さん。私も図書委員だから、また会うかもしれないから。その時はよろしくね?」

「よ、よろしくお願い、します……」


 挨拶を済ませると相田さんは「お邪魔をしちゃってごめんなさいね。それじゃ」と自分のクラスへと向かっていった。それと同時に小森さんが深いため息をつく。


「き、緊張、した……」

「はは。相田さんはあの通り気の良い人だから、もし図書室であっても緊張することはないよ」


 そういう俺にとって彼女は、俺を『ただの同級生』として扱ってくれる貴重で、ありがたい存在だった。


 キンコンカンコン。


 タイミング良くチャイムが鳴り響くと俺たちは会話をやめ、いつも通り『友達』ではなく『クラスメイト』の関係に戻った。いつか、そう使い分けなくても良い日が来ることを願いながら俺はホームルームの開始を待った。

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