表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬麗(とうれい)の光射す喫茶店 ― ひと冬の奇跡 ―  作者: ちとせ鶫
第1章 ―― 出会い・結像

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第2話 準備前の店

冬の朝の光には、

まだ何も始まっていない場所を、

そっと照らす力があります。


第2話では、

扉の内側にある“準備前の店”を描きました。


まだ誰もいない空間に、

光と香りだけが先に満ちていく。

 白く薄い光が、カウンターの写真立てに真正面から当たっていた。

 ガラスの額縁が均一に白く光り、中の像を完全に飛ばしていた。

 何が写っているのか、その角度からはわからなかった。


     * * *


 店内には、誰もいなかった。


 男は扉を半分開けたまま、敷居の上に立っていた。

 椅子。

 テーブル。

 カウンター。


 どれも、朝の準備が始まる前の静止の中にあった。

 コーヒーの香りだけが、空気の全体に溶けていた。


 一歩、入った。


 扉が背後で静かに閉まった。

 外の冷気が切れた。

 店内の空気が、皮膚の表面だけをかすかに撫でた。

 刃のような冷たさではなかった。

 ぬるく、重く、古い木材と焙煎の香りが混ざり合った温度だった。


 足音をたてないように歩いた。

 たてないようにしたわけではなかった。

 ただ、この空気の中では自然にそうなった。


 カウンターに近づいた。


 木の表面に、光の帯が走っていた。

 窓からの冬の斜光が、カウンターの板目を沿うように伸びていた。

 白く薄い光だった。

 角度が低く、ほとんど水平に近かった。

 その帯の上を、微細な埃が流れていた。

 流れているというより、漂っていた。

 重力を忘れたような速度で。


 香りが濃くなった。


 焙煎の底にある苦みではなく、もっと前の段階の匂いだった。

 生豆を熱が変えていく途中の、青みと甘みが混在する匂い。

 湿った木材の温もりに乗って、鼻腔の奥まで届いた。

 男は一度、息を止めた。


 カウンターの端に、写真立てがあった。


 木の額縁だった。

 小さかった。

 文庫本を立てたくらいの大きさ。

 光が正面から当たっていて、ガラスが均一に反射していた。

 中の像が見えなかった。


 男は角度を変えた。


 一歩、横にずれた。

 光の反射が外れた。

 写真が現れた。


 白黒ではなかった。

 色のある写真だった。

 ただ、色が薄かった。

 時間が色を少しずつ抜いていったような、落ち着いた薄さだった。


 女が写っていた。


 カウンターの内側に立っている。

 視線はこちらを向いていない。

 少し下を向いている。

 何かを見ている。

 何を見ているのかは、写真の外にある。


 輪郭が、鮮明だった。

 写真の古さに似合わない鮮明さだった。


 男は視線を上げた。


     * * *


カウンターの内側に、人がいた。


白く薄い光が、その輪郭の縁を縁取っていた。

写真立てのガラスが、また均一に反射し始めていた。

中の像が、白く飛んでいた。

写真立ての像が飛び、

光が輪郭を縁取る瞬間があります。


それは、

世界のほうが先に反応してしまう瞬間。


第2話は、

その“結像の直前”を描いた回でした。


次の話では、

もう少しだけ光が近づきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ