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S4−15


最初に紡がれたのは、

エチュードOp.10-3。ホ長調。

通称『別れの曲』と、

広く知られている曲である。


エチュード(練習曲)といっても、

初心者が弾くには難易度が高い。



演者の華やかさとは違い、

静かで落ち着いた幕開けとなった。



柔らかさと、丁寧で繊細な指の運び。


慈愛を思わせる表情。


紡ぐ全てが、皆を一気に

彼女の世界へと引き込んだ。



あぁ。きれい。すごい。



音色が、デバイスというフィルターなしに

全身全霊に染み渡る。



もう、溢れそう。



込み上げる涙。



毎日のように、聴いているのに。


何で、懐かしいと思えるのか。



笑みを浮かべる、彼女を映して。


聞こえるはずがない声が、届く。



お久しぶり。

元気に、過ごしていたかしら。



夏芽は、目を見張った。



あなたの成長ぶりを見たくて。

つい、飛び出してきてしまったわ。


さぁ。受け止めてちょうだい。


私の全てを。




4分という別れの時間は、間髪入れずに

次の曲へと移る。



エチュードOp.10-5、変ト長調。



この曲は、よく知っている。

通称『黒鍵』。


ショパンが好きになった、きっかけの曲だ。


先生に、伝えたことあったかな?

これを選んだのは、偶然とは思えない。



彼女からの、不思議な声を聞いて。


驚きを通り越して、彼女なら

魔法を使えて当然と思えて。


涙よりも、笑みが零れた。




表情豊かに変わる夏芽を。


唱磨は、紡がれる音色と合わせて

見守っていた。



恐らく彼女は。


橋本先生と、会話を楽しんでいる。


音の全てが。


彼女に、注がれているから。



羨ましさは、勿論あるけど。


それよりも、嬉しい気持ちが強い。



出会った時は。


暗い表情で、存在を消したがっているようで。


見ていて、腹が立った。



お前は、何でそんな顔しとるん?

贅沢っちゃけんな?

先生のレッスン受けられて。


何で、音が外れとるの気づかん?

気づいて当然やろ。

先生に見込まれとるんなら。



抑えられなくて。つい、あんな事を口走った。


八つ当たり。分かっていたけど。

でも、抑えられなかった。



『ちょっと、下りてきて説明して。

 分からんもんは分からないの。

 聴いてて、気持ち悪かった?へぇ。

 聴いてくれてたんだ。ありがとう。

 下手くそなピアノだってことくらいは、

 自分でも分かってんの。

 橋本先生に申し訳ないと思ってんの。

 でもさ、なんでそんな偉そうに言うの?

 自分の、何が分かんの?······

 分かるんでしょ?教えてよ。

 言われて分かんないから、お陰でずっと

 モヤモヤしっぱなしなんだから!』



一言一句、忘れもしない。


彼女は、苦しんでいた。


それに、俺は、とどめを刺した。傷つけた。



言葉が、武器になる事を知った。



今でも、思い出す。反省している。

でも、俺が反省したところで。ダメなんだ。


傷は。彼女に、一生残る。


ごめん。

何度謝っても、消えない。



お前は、ずっと頑張っていたのに。


今も、頑張っているのに。



ごめんな。夏芽。






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