S7−13
「勝手、だよ······なんで、
そんなことに、なるの······?」
涙が止まらない。
痛い。
「勝手だよな。いつも、俺は。」
「嫌、だってばっ······!」
「お前を、傷つけて。泣かせてばかりで。」
「違う、違うってばっ······!」
「分かったんよ。俺は、お前のピアノが
大好きなんよ。それが、一番で。
ピアニストとしてのお前を、支えるのが
最高なんやって。それ以外は、ないって。」
「······嫌っ······!」
夏芽は、形振り構わず
唱磨の懐に縋り付く。
そうでもしないと、本当に
離れてしまいそうで。
どう思われようが、繋ぎ止めたかった。
激しい嗚咽が、胸元を震わす。
その、必死の懇願に耐えながら。
彼は、彼女を包み込んだ。
「······夏芽。大丈夫。
お前なら、進んでいけるけん。
お前が進んでいけたら、
俺も進んでいけるけん。
ただ、それだけなんよ。
互いに夢を叶えたら、傍で支えていける。
お前の音は、俺が作る。だから······」
傍に、おる。絶対に離れん。
そう続けようとした言葉を、彼は飲み込む。
彼女は、首を横に振るばかりだった。
聞く耳を持たず、駄々をこねるように。
「夏芽······」
なだめるように、頭を撫でる。
彼女が、慟哭するように。
彼も、心の中では
血の雨が降っていた。
互いに、痛い思いをしながら。
ただ、ずっと。身を寄せ合っていた。
時刻が、21時を過ぎた頃。
慟哭は治まったものの、夏芽は唱磨から
まだ離れようとせず、しゃくり上げていた。
泣き続ける彼女に、彼は
そっと語り掛ける。
「······夏芽。
もう、帰った方がよかよ。」
尚も、首を横に振るばかりだった。
小さくため息をつき、彼は両手を
彼女の両頬に添える。
胸元に引っ付いていた顔を、
半ば強引に持ち上げた。
彼女の目と鼻の頭は、
真っ赤になっていて。
涙は止まらず、頬に流れ。
小さな口からは、
ひっく、ひっく、と
しゃくり上げる声が漏れている。
堪らなくなった彼は、零れる涙を拭き取り。
漏れる音を塞ぐように、唇を奪う。
温かく、柔らかい感触に。
彼女は何が起こったのか気づいて
目を見開き、胸の奥が
きゅうっと苦しくなった。
だが、拒まずに。
身を任せて、まぶたを閉じる。
これが、最初なのに。嬉しいはずなのに。
しくしくと、胸が痛んだ。
惜しむように、ゆっくり離れると。
彼は、柔らかく笑う。
「帰って、みんなにしっかり話さんと。
まずは、それからやろ?
今すぐのことじゃないっちゃけん。
また明日、会おう。」
ほんのさっきまで、駄々をこねるように
聞き入れたくなかった、彼の言葉が。
キスをしたせいか。
素直に、染み込んだ。
彼女は、素直に。こくんと頷く。
「楽しもう。一緒にいる時間を。
これから先、長いっちゃけん。」
彼の、無邪気な笑顔と。
楽しもう、という言葉が。
じんじんと痛むところに、
じんわり染み込んでいく。
さっきまでは、何もかも
受け入れたくなくて。
痛くて苦しいだけだったのに。
優しい気持ちになるのは。
どうして、だろう。




