正式なパーティ結成
王宮の客間には、柔らかな日差しが差し込んでいた。重厚な調度品と静けさに包まれたその空間で、アルノアたちはようやく落ち着いた時間を得ていた。
リヒターがソファに体を沈め、大きく背伸びをする。
「ふー……謁見なんて柄じゃねぇな。王族相手にあんなにしゃべったの、人生で初めてだ」
「確かに。ああいう場所では、言葉を選ばないといけないから疲れる」
シエラが隣で静かに紅茶を口にしながら応じる。
そのとき、ノックの音が響いた。
「失礼するわね」
扉が開くと、そこに立っていたのは、少しだけ着替えと手当てを終えた地の聖天――アリシアだった。鎧ではなく、淡い茶色のローブ姿は珍しく、戦場での姿とはまるで印象が違う。
「……久しぶりね、アルノア」
微笑を浮かべながら、彼女はすっと室内に入る。
「ランドレウスの代表戦でチームを組んで以来ね? あの時の高揚、今でも覚えているわよ。聞くところによると……いろいろ活躍してるみたいじゃない」
「アリシア……疲れているのに、わざわざ」
アルノアが立ち上がると、アリシアは手をひらひらと振ってそれを制した。
「いいのよ。陛下との謁見の後だし、私も少し落ち着きたくて。なにより……」
視線がリヒターとシエラに向く。
「この二人とも久しぶりね。フレスガドルの学園では顔を合わせることも多かったけど、こうして話すのは本当に久しぶり」
「……相変わらずだな、アリシア。学園時代から真面目すぎて近寄りにくかったけど、実力は抜群だった」
リヒターが冗談めかして笑うと、アリシアは肩をすくめた。
「あなたは昔からそうね。嵐のような人。……でも、実力者がこうして集まってるのは、頼もしいわ」
「アリシアさんも、あの頃からずっと変わらない。精霊との関係を重んじていたのも、今の姿勢に繋がってる気がする」
シエラが懐かしそうに目を細める。
アリシアは一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたが、すぐに切り替えた。
「……ところで、聞いたわ。あなたたち、パーティを組もうとしてるんですってね?」
アルノアは少し驚いた顔をしつつも、頷いた。
「……ああ。これから、塔の未踏破階層に向かうつもりでいる。霞滅との関わりも深くなるだろうし、信頼できる仲間と共に挑みたいと思ってる」
「なるほどね。塔か……」
アリシアは腕を組み、思案するように目を細めた。
アルノアの目には、揺るがぬ覚悟が宿っていた。
リヒターが腕を組み、深く頷く。
「ったく……相変わらず面倒事に首突っ込みたがる性分だよな。でもまあ、俺も乗った。風の遺跡での借り、まだ返しきれてねえしな」
「私も行く。……今の私は、かつての私とは違う。仲間と共に歩むと決めたから」
シエラもまた、静かに意思を示した。
その言葉を受けて、アリシアは少し黙り込む。長く整えられた髪が静かに揺れ、やがてその唇が開かれる。
「……私も行くわ」
その言葉に、一瞬空気が止まった。
「え?」
「本気よ、アルノア。霞滅の動きは明らかに活性化している。スプラグナスと交戦した私の直感がそう告げている。あの者たちの目的は、まだ明かされていない。だけど、その先にあるのが“破壊神”なら――」
アリシアはまっすぐアルノアを見た。
「私も……止めたい。そのためなら、どんな地であろうとあなたたちと共に戦う」
リヒターが驚いたように眉を上げる。
「地の聖天が動くってのは、国家的にヤバくねぇのか?」
「問題はないわ。王とも話は通してある。私個人としての判断という形にすれば、問題にはならない。……そして私自身がそうしたいの」
アリシアの瞳に、揺るがぬ意思が宿る。かつてランドレウス代表として戦った才女は、今、ひとりの戦士としてその手を差し伸べたのだった。
アルノアは、その手をしっかりと握り返した。
「――一緒に、行こう。アリシア」
「ええ。きっと、あなたたちとなら超えられる」
こうして、塔の未踏破階層を目指すアルノアたちのパーティに、新たな力――“地の聖天”アリシアが加わることとなった。
⸻
王宮から戻った翌日、アルノアたちはフレスガドルのギルドの一室に集まっていた。今後の動き、そして共に塔の未踏破階層へ挑む仲間として、正式にパーティを結成する段階に来ていた。
「さて、正式に組むなら名前が必要よね」
ソファにもたれながらアリシアが言った。昨日の激戦の名残を残すその瞳は、どこか楽しげだった。
「チーム名、か……」
アルノアは少し考え込みながら、手元のノートをめくる。そこには様々な候補が書かれていたが、しっくりくるものがない。
「白き魔力の君に相応しい名前を……って言ったら、ちょっと気障すぎるか」
リヒターが茶化しつつも、冗談ではない眼差しを向けてくる。
「でも、“白”は入れてほしいかも」
そう口にしたのはシエラだった。無表情気味ではあったが、その声には確かな意志がこもっていた。
アルノアはふと目を閉じ、思い返す。エーミラティスがまとっていた眩い白の魔力、塔に差し込む光、そして仲間たちと共に戦ってきた日々。そのすべてが、ひとつの“輪”となって彼を支えていた。
「……“白光ノ環”っていうのはどうかな」
ゆっくりと、しかし確かな声でアルノアが口にする。
「白い光の輪?」
アリシアが首をかしげた。
「うん。俺の魔力の色でもあるし、それだけじゃない。これから俺たちが目指す塔の中でも、希望や繋がりを意味する名前にしたい。俺たちはそれぞれ違う光を持ってる。でも、環のように繋がって、一つになる。そんな意味を込めて……」
静かに空気が流れたあと、リヒターがにやりと笑った。
「いいじゃん。白光ノ環。なんか強そうだし、格好いい」
「……悪くないと思う」
シエラがぽつりと呟いた。どこか嬉しそうな表情で。
「決まりね」
アリシアが手を差し出した。「これから先、どんな戦いになるか分からないけど、私も“白光ノ環”の一員として、全力で支えるわ」
一人ずつ手を重ねていく四人。輪が、そこに確かに生まれていた。
こうして──
《白光ノ環》という名のパーティが誕生した。




