ランドレウス王への謁見
フレスガドルのギルド本部を出て数日、アルノアたちはついにランドレウス王国の中央王都へと到着した。
そこはかつて、学園大会で訪れた時とはまるで別の空気を纏っていた。
高くそびえる城壁、整然と並ぶ石畳の街路。通りを行き交う騎士や魔法使いたちの顔は緊張感に満ち、街のあちこちに配置された警備隊が、まるで何か大きな脅威に備えるように目を光らせている。
アルノアはリヒターの隣を歩きながら、町の様子に自然と視線を巡らせていた。
「……変わったな。前に来た時は、もっと活気があった気がする」
「そりゃあな。霞滅の影が見え隠れしてる状況だ。王都がピリついて当然だろ」
リヒターの言葉に、アルノアは小さく頷いた。
シエラも周囲を見渡しながら口を開く。
「でも、それだけじゃない。王都の魔力の流れ……何かを“警戒して張ってる”結界が張り巡らされてる。かなり高位の術者によるものよ」
それはつまり、王都の中にすら霞滅の影響が及んでいる可能性があるということだった。
――そして、そんな緊迫の中で、彼らは王城の門前へとたどり着く。
かつて学園大会の閉会式で足を踏み入れた王宮。しかし今回は“客人”ではない。国家にとって重要な情報を持つ者として、国王との正式な謁見を求められているのだ。
「アルノア・グレイ殿、ご一行、王の御前にご案内します」
重厚な鎧を身にまとった王宮騎士が丁寧に一礼すると、ゆっくりと巨大な城門が開かれた。
荘厳な石造りの回廊を進むたび、彼らの足音が静かに響く。壁に掲げられた旗は王家の紋章、双頭の鷲。その下をくぐるたびに、アルノアの胸の奥が静かに締めつけられていく。
そしてついに、玉座の間――
天井の高い大広間には、王族や高官らしき者たちが静かに整列していた。中央の玉座には、ランドレウス国王――レオン・ランドレウス三世が座している。
鋭く、それでいて落ち着いた瞳。銀灰色の髪に深紅のマントを纏い、威厳に満ちた姿が空気を支配していた。
アルノアたちが深く頭を下げると、王の静かな声が広間に響く。
「顔を上げよ、アルノア・グレイ。そしてその同志たちよ」
アルノアたちは顔を上げた。王の視線が真っ直ぐ彼に向けられている。
「そなたらの戦いと、持ち帰った情報は、我が国にとって極めて重要なものとなった。……その目で見て、耳で聞いたもの、今ここで語ってもらおう」
重みのあるその言葉に、アルノアは静かに頷き、一歩前へと出る。
彼の胸には、緊張と共に、揺るぎない決意が宿っていた。
⸻
玉座の間に、重く静かな空気が流れていた。
アルノアは一度深く息を吸い、視線を前に向ける。玉座に座る王、その周囲で話を聞く宰相や軍師、そして各地の貴族や騎士団長たち――国を動かす者たちの眼差しが、自分ひとりに注がれている。
それでも、恐れはなかった。むしろ、今伝えなければならないという思いが彼の背中を押していた。
「まず初めに……これは“御伽噺”ではありません」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れた。
「かつて神話に語られていた“破壊神”――それは、霞滅という組織が復活させようとしている存在です。私はそれに……関係があります」
王の表情は変わらない。ただ、彼の隣に立つ宰相が眉をひそめ、数人の騎士がざわつきかける。
「信じがたいとは思います。でも、信じてください。今、霞滅は確かに動き始めています。彼らは各地のダンジョンに現れ、“根源の力”を求めている。それが、かつて破壊神が世界に遺した力だと僕は考えています」
アルノアはひとつ、言葉を区切る。
「……その力に、私自身も関わっている。白き魔力――私の持つ異質な魔力は、破壊神の力と対になる“始まりの因子”のようなものだと、古の存在から教えられました」
重く響く言葉に、場が静まり返った。王の指先がほんのわずかに動いたのを、アルノアは見逃さなかった。
「私が出会ってきた霞滅の構成員は、みな桁違いの強さを持っています。その中のひとり、ソーンヴェイルという男はかつて精霊を暴走させたとされていた人物です。でも、実際は違った。暴走の原因は……彼自身の中にあった“破壊の因子”。彼は知らずにそれに蝕まれていた」
アルノアは記憶を辿るように目を伏せ、ゆっくりと続けた。
「そして今、彼は自らの命を削って、精霊の力を守ろうと動いています。……霞滅の力は本物です。そして、彼らの目的も、世界の理を覆しかねないものです」
「ならば」と、王がようやく口を開いた。
「そなたは……その破壊神に対抗し得る存在であると、そう申すか?」
アルノアは真っすぐに頷いた。
「……はい。でも、それは私ひとりの力では足りません。僕には仲間がいます。シエラやリヒターだけじゃない。多くの人が今、霞滅の脅威に立ち向かおうとしています」
「今、私がここでこうして話しているのは――戦う覚悟を決めたからです」
静寂の中、アルノアの言葉は玉座の間の奥深くまで届いていた。
王はしばし沈黙し、やがて静かに頷いた。
「……ならば、その戦いの先にあるものを、我らも共に見定めよう。アルノア・グレイ。その言葉、確かに聞き届けた」
その瞬間、場の空気が一気に動いた。信頼ではない。だが、確かな「注視」がアルノアに向けられたのを、彼ははっきりと感じた。
⸻
玉座の間の空気が、わずかに揺れた。
扉が静かに開かれると、そこに現れたのは――一人の女性だった。白の髪は乱れ、白銀の鎧には深い傷と焼け焦げが刻まれ、マントは血と灰で赤黒く染まっている。
その姿に場の者たちの視線が一斉に向く。
「……お見苦しい姿で申し訳ありません、陛下」
彼女――地の聖天、アリシアは静かに頭を垂れ、玉座の間を歩み進めた。戦場から戻って間もないことが、一目で分かる。
「聖天アリシア……どうしたのですか? その様子は……」
王が声を落として問うと、アリシアは膝をつき、端正な顔にかすかな悔しさを滲ませて言った。
「霞滅の者と交戦いたしました。“スプラグナス”と名乗る者です。以前、アルノアたちが接触した人物と確認しております」
場に緊張が走る。アルノアも思わず立ち上がりかけた。
「どうなった……? あの男と戦って……」
アリシアは小さく首を振る。
「……互角以上の力を持っていました。私ひとりでは、完全には止められませんでした。相打ちに持ち込む形で追い詰めましたが、逃げられました。痕跡もほとんど残っていません」
その言葉に、騎士団長の一人が小さく呻く。
「聖天であるアリシア殿と相打ちとは……!」
玉座の間は一層の静けさに包まれる。
王はゆっくりと立ち上がり、アリシアを見据える。
「その者の目的は、何か掴めましたか?」
「明確な目的は語りませんでしたが……“試す”と言っていました。私の力を、そして――アルノア殿の周囲にいる人間の“質”を」
王の視線が、ふたたびアルノアへと向く。
「やはり、おぬしは彼らの目に映っている……脅威として、あるいは希望として」
アルノアはそれを真正面から受け止め、静かに頷いた。
「霞滅の目的が破壊神の復活だというのなら、それを止める責任があると思っています」
アリシアもまた、玉座の間に座する者たちを見回しながら言った。
「私はもう一度、あの者と戦う覚悟があります。……ですが、ひとりでは倒せない。霞滅と戦うには、国もギルドも……そして冒険者も、力を合わせる必要があります」
その言葉が、場の者たちの心に火を灯した。
その場にいた誰もが、ただの脅威ではない“戦争”の始まりを感じていた――。




