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加速していく世界

アルノア達はフレスガドルのギルドに戻った。


ギルド本部の扉をくぐった瞬間、アルノアたちは周囲の空気が普段とまったく違っていることに気づいた。


廊下を走る職員。書類を抱えて行き交う冒険者。大広間では、見慣れぬ顔ぶれの高ランク冒険者たちが各テーブルで地図を広げていた。


「……まるで戦時中みたいだな」


小声でそう言ったのはリヒターだった。だがその言葉に、誰も否定はできなかった。


応接室に案内された三人の前に現れたのは、ギルドマスターのグレッグ。無精ひげを撫でながら、彼は苦笑とも取れない表情で開口一番に言った。


「帰ってきてくれて助かった。あちこちで霞滅が動いてるって報告が入ってな……状況が急変し始めてる」


アルノアたちは椅子に腰を下ろし、それぞれの視線が自然と真剣なものへと変わっていく。


「俺たちは“風の遺跡”で霞滅の一人、ソーンヴェイルと戦いました」


まず口を開いたのはアルノアだった。その声には迷いはなかった。


「彼は……最初は敵として現れました。けど――彼自身が、もう敵じゃなくなってる可能性があります」


「……どういう意味だ?」


グレッグの視線が鋭くなる。だがアルノアは言葉を選びながらも、しっかりと語った。


「彼は精霊の力を宿し、その命と引き換えに精霊の消滅までしようとしていました。でもそれを止めたのは……彼の中にいた精霊でした。ソーンヴェイル自身の中にあった破壊の力に、彼自身が気づかないまま暴走していた。そしてその真実に気づいた彼は……霞滅を裏切ったんです」


沈黙が部屋を支配した。アルノアの語った内容は、衝撃的だった。


「つまり、彼はお前たちに情報を提供し……姿を消した、というわけか」


「はい。霞滅の動き、目的の一端、そして……精霊の根源に関わる情報も。彼は“守る側”に回ったつもりなんだと思います。命がどれだけ残ってるかは分かりませんが……」


グレッグは長くため息をつき、背もたれに体を預けた。


「なるほどな……敵だった者が、味方になることもあるってわけか。まあ、まだ信用しきるわけにはいかんが……お前らがそう判断したなら、少なくとも耳は貸そう」


「それと、霞滅の規模についても教えてくれた」


今度はリヒターが口を挟む。


「奴らは10名程度の少数精鋭。だがリーダー格の“支配”によって統率されていて、全員が化け物じみた強さを持ってる。そもそも、ソーンヴェイルですらその中では上位じゃない可能性がある」


「……最悪だな」


グレッグは呟き、卓上の地図を睨む。


「すでにランドレウスのルグナス、フォリムなどの主要都市から“霞滅と接触した”という報告が入り始めている。それぞれの聖天や、王族直属の部隊が動いている状態だ。もはや一組のパーティでどうにかなるレベルじゃねえ」


「……でも、俺たちは動きます」


アルノアは静かに立ち上がる。


「まだ未踏破の階層が残された塔があります。そこに、何か……“破壊神に繋がる何か”があると、俺の中にいる存在――神が言いました」


「塔、か……」


グレッグの目が細められる。


「塔はすでに多くの冒険者が挑み、諦めた場所だ。お前たちが行くとなると――それなりの覚悟が必要だぞ?」


アルノアは頷き、そして言った。


「そのために、パーティを作ります。俺と、シエラとリヒターだけじゃ足りない。これから先は、“世界を守るために戦える者”が必要です」


部屋に緊張が走ったまま、やがてグレッグは小さく笑みを浮かべた。


「ようやくギルドらしい仕事になってきたな。よし、支援は惜しまん。ランドレウスからも連絡が来てる。お前たちに話がしたいと――王からの招待状だ」


ギルドマスターのグレッグが机の引き出しから取り出したのは、重厚な封蝋が押された一通の手紙だった。


「お前たちに、ランドレウス国王からの正式な招待状だ。ついさっき、使者が届けてきたばかりだ」


赤と金の封蝋には、ランドレウス王家の紋章――双頭の鷲と塔――がくっきりと刻まれていた。


その場にいた誰もが、思わず動きを止める。


「……国王から、直接?」


アルノアが受け取ったその手紙は、見ただけで格式の高さが伝わるものだった。封を切る指が、わずかに震えていることを自分でも自覚する。


内容は、予想通りだった。


《王都ランドレウスにて、塔と霞滅に関する話を直接聞きたい。アルノア・グレイ殿、ならびに同行者たちは、可能な限り早く王都へ来られたし》


アルノアは息を呑み、手紙から視線を上げた。


「……俺で、いいのか。こんな重大な話を、王族に伝える役目なんて……」


言葉は自然と弱々しいものになっていた。王という存在に会うのは、想像すらしたことがなかった。塔やダンジョン、霞滅との戦い――それらの過酷さとは別の次元の緊張が、胸にのしかかる。


そんなアルノアの肩に、ぽんと大きな手が置かれた。


「何を今さら」


それはリヒターの手だった。いつも通りの不敵な笑みで、彼は続けた。


「お前はもう、“誰かに言われて動く立場”じゃねぇ。お前の知ってること、感じたことを伝える。それが必要だから呼ばれてんだ。王だろうがなんだろうが、堂々と話せ」


「そうよ。アルノアは、ずっと自分の言葉で動いてきたじゃない」


シエラの言葉は穏やかで、だけど力強かった。


「私は……あなたがどこへ行くとしても、付いていくつもりよ。今回も、当然でしょ?」


二人の仲間の言葉に、アルノアは目を伏せ、息を整えた。


そうだ。怖がることはない。これまでの戦いの中で、自分は選び、進んできた。何度も迷い、悩み、それでも……“今の自分”としてここに立っている。


「……うん。行こう、ランドレウスへ」


そう言って、彼は手紙をしっかりと握りしめた。


ギルドマスターのグレッグは満足げに頷いた。


「向こうも、“塔”の謎と“霞滅”の動きに本格的に乗り出そうとしてる。お前たちの情報は、どんな王立の諜報よりも重い。……気を引き締めていけよ」


アルノアたちはそれぞれに小さく頷き、部屋を後にした。


ランドレウス。かつて学園の大会で訪れた地。その中心で、今度は“世界の命運”に関わる話をすることになる――


その重みを、誰もが理解していた。


そして、アルノアの胸の中には、ひとつの確信が生まれ始めていた。


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