竹物語
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縁側で静かに拳を握りしめながら泣いている今年八歳になる少女を男は呆れたような困った顔で慰めていた。
「あの子も強くなったろう」
「……」
悔しさから声が出なかった。
少し前まで、稽古後の鍛錬を欠かさない少年と打ち合いをしていた。
いつも自分が勝っていた。
だが、最近ではいなされ、剣(剣技)を流されることが多くなっていた。
それでも負けることはないと高を括っていた。
いつしか彼には自分の剣が当たらなくなっていた。
ただ彼は防いでいるだけだった。
反撃の余裕が無いのだと思っていた。
しかし違った。
悔しかった。
少女は刀を置いた。
いつしか少女は走らなくなった。
―――――
村に滞在して三日が過ぎた。オーク達は村の男たちと魔物狩りという名の調査に向かっている。京之助の参加は認められなかった。怪しい台詞を吐いていたせいでもあるが、村の男たちが彼の身体能力を測りきれないでいたからだ。
獣人たちは人族の身体能力を遥かに凌駕している。筋力、跳躍力、走力どれをとっても劣るものがない。知力以外は。
ロストアースにおける分布は人口順に行けば
1ゴブリン
2人間
3オーク
4獣人(種別だと最少)
5ドワーフ
6エルフ
7その他
となる。人口と言うのは、これらの知性ある生き物がここロストアースにおいて種族として認められているからだ。魔物と分類されていない生き物として、総数を人口と表現する。等しく会話が成立する種であることが察せられる。
オークは獣人族の豚や猪にあたるが、人口が増えすぎたため種族として分類されるにはそう時間がかからなかったとされている。
暇を持て余した着物の男は、村の周りを散策することにした。
村に入る前に見た竹林と、樫に似た木を幾つも目にしていたのだ。村長に許可を得ていくつか伐採を試みるために斧やナイフを借りて村を出た。
この地へやって来て初めての睡眠が化け狐や化け狸の郷だとは、と途方に暮れていた三日前を思い出して苦笑する。村は京之助を歓迎した。素材提供が大いに役に立ったのであるが、それもオークの助力あってのことだ。朝はちゃんとやってきた。木の葉に包まれたわけもなく、村はちゃんとそこにあったのだ。京之助は思考の軌道修正をした。「お化けにもいい奴はいるのだ」と。相変わらずな斜め上の思考だったが諦めるほかない。まだ彼の時は来ていないのだ。世界は彼を受け入れ、彼は世界を誤解した。
最初男は、竹林を見て竹刀を作ろうと考えた。紐がないことに気が付く。布がないことにも思い至った。代用品があるかと探ってみたが、それらしいものは件の村には見当たらなかった。木刀に切り替える。まずは村人たちから聞いた油の取れる種子を集める。それから樫に似た木の枝を集めることに着手しようとした。
彼はこの二日、実に忙しい日々を送っている。暇を持て余していたあの日の朝はいったいどこへいったのかと振り返る暇もないほどである。作業の合間に適当に作った竹の水筒があるのだが、これに興味を示した狸耳の少女が恐る恐る近づいてきたのが事の始まりだった。騙されるのではないかと戦々恐々としていたが、その子はもじもじしているだけだった。害無しと判断する。
簡単な作りではあったが、少女の手に収まるであろうほど良い太さの竹を見立てて竹の節部が少し残るように上下で切り落とし、穴をあけて栓を付ける。手渡してみると少女の顔はぱぁっと明るくなった。後は興味に負けた村人たちが彼のもとに押し寄せてきて、後の祭りである。
竹馬や竹トンボなどの玩具や竹の柵、箒、籠なども調子に乗って伝授した。着物の男のお気に入りは草履である。男たちがいない間に京之助は絶大な人気を手に入れていたのだ。狩りから帰ってきた男たちは絶句する。無礼な物言いが多かった―主にお化け発言―あの男がキョウ様と持て囃されているではないか。何が起きたのかと聞いてみれば、見たこともない竹細工の数々。
「キョウ様ぁ! 今日は何作ってるんだ?」
「木の棒?」
狐耳、狸耳の子供たちが京之助の周りに集まってはきゃいきゃいはしゃいでいた。
「うむ、これは木刀という」
「ボクトウ?」
一斉に首を傾げる子供たちが可愛くて、頬が緩む。それが例え化け狐や狸であっても。
「訓練用の武器だな」
「ええぇぇ! 木の武器ぃ。だっさいよぅ」
「弱そう……」
興味を無くした子供たちは、竹馬や竹トンボで遊ぶために駆け出して行った。しかしその場に残る者もいる。食い入るように作業を見ている狐耳の少年と、訓練という言葉に反応した少女、武器という響きに感動した少年。どの子も多少の差はあれ十歳程度。みんなが出て行ったのを確認してから、少女が発言した。
「その武器で訓練したら強くなれるの?」
「この武器でなくとも、訓練次第で強くなれるな」
少女の真面目な声音には正直に答えようと、手は止めなかったが返事を返す。
ちらりと覗いてみた。何やら決意を固めたような強い光を放つ目に、京之助は驚く。子供でもこんな目をするのかと。綺麗な瞳だと思った。そして。
「キョウ様。わたし、強くなりたい」
「うん。がんばれ」
先ほどの真摯な態度はどこへやら、にべもなく突き放した、そして随分あっさりした言葉に少女も面食らう。
「いや、あのね、キョウ様……そこはほら、あの……教えてほしいというか」
しどろもどろになりながらも少女は一所懸命に願いをなんとか紡ぎだす。胸の前で手を組み合わせてするその行いは何といじらしい仕草だろうか。いいよとつい言ってしまいそうになる。
「えっと……?」
「あぁ、わたしリグラ」
「リグラ、教えてあげたいのはやまやまなんだけどな。時間がないんだよ」
名前を聞かれていることを察した少女はすぐに名乗った。頷いて返した京之助の言葉は肯定の響きであるものの否定のそれだった。オークの連中ともうすぐここを発つのだと。だが、リグラは食い下がる。
「じゃぁ、訓練の方法を教えて」
少女の目から放たれる強い意志は京之助の心を打った。
「はぁ……それじゃあ、今日の夕方と明日の朝夕ここに来なさい。それと、お願いするときは“教えてください”だ」
教えてくださいと言い直したリグラは今日一番の笑顔を向けて家路についた。やり取りをずっと観察していた少年は。
「お、俺も教えて! ください!」
何を言うのか想像できた彼は、今の聞いてなかったの?という眼差しで睨みつける。後付けでされた“ください”に苦笑して了承すると少年はフグツと名乗った。手元を食い入るように見ている少年に向けて今度は自分から声をかけてみる。
「君はどうするの? 訓練」
「僕はこれがいい」
少年はサグヌと名乗ってから首を振った。そして京之助の木刀作りがやりたいと指をさす。
一つの文化をもたらした男の異常さに気が付いたものはいなかった。
後に竹細工と油で財を成すこととなる村の伝説“竹物語”の小さな小さな始まりであった。
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