稽古
このページを開いていただきありがとうございます。
読んでくださる方がいてびっくりとともに嬉しく思っています。
楽しんでいただければ幸いです。
「あぁ......」
齢十五を超えたあたりの男は天を見上げ、両の拳を握りしめる。しばらくその姿勢のまま動かなかったが、やがて力を無くしたように膝立ちから正座へとゆっくりゆっくりと崩れ落ちた。息切れしていた少し前とは違い、今は息をするのも忘れるくらいに激情と苦痛、己に対する憎悪、後悔が襲っていた。
うなだれ、拳を地面に何度も何度も打ち付ける。ひたひたと落ちる滴は乾いた土に吸いこまれていった。男は言葉にならないうめきを上げて、額を地面につける。
ようやく顔を上げた時には太陽の位置はかなり傾いて、黄昏の様を呈していた。男の目の前に映るは焼き討ちに遭った家々、ばらばらになった農具、一所に集められた死体。吊るされた剣士五人の姿が。その右端は男の婚約者。
―――――
粗削りの木刀を四本急ごしらえで用意した着物の男は静かに自身で用意した丸太に座っていた。本当は一本だけ念入りに削ったり磨いたり、練りこんだりしたかった。だが、つい昨日交わした約束からして間に合わせるには時間が足りなかったのである。
「キョウ様ぁ、来ましたぁ!」
「訓練、教えてくださぁい」
「……」
気合十分のリグラ、武器を持つことを楽しみにしているフグツ、作り手になりたいのに訓練しないなら木刀の作り方を教えないと言われしぶしぶついてきて不機嫌なサグヌの順だ。京之助はまだ粗削りな木刀を彼らに手渡す。
「訓練中は俺のことは師匠と呼ぶように」
「わかりましたキョウ様!」
「もう訓練中です」
「わ……わかりました師匠」
「よろしい」
時間がなかったのが理由の大半を占めるのだが、京之助は彼らにいきなり木刀を渡す。一見無謀に見えるかもしれないが、彼らの身体能力をこの三日間で見てきた結果だ。走り込みなどの基礎体力上昇のための訓練は必要がないと断ずる。さすがは子供でも物の怪、侮りがたし、と無礼にひとりごちる。
しかし、持ち方から振り方、扱い方を丁寧に教えていく。
「まずは上段からの構えだな……こうする」
それら小さな小さな剣士見習いたちは、すっと構えた師匠の堂に入っている姿勢に三者三様に息を飲んだ。初めて見る剣術の型ではあるが、その雰囲気にのまれていた。立つ姿勢、足のやり場や向き、肘の位置、振る時の体の流れ、振り終わりの構え、視線など自身が教わってきたものを受け渡していく。
京之助の口端は自然と上がっていた。教え子たちの真剣な態度に感じるものがあるのか、幼き日の自分を見る先生と呼んでは尊敬した男の姿を自分と重ね合わせたのかはまだ認識していない。それでも教える喜びを少し感じている。
疲れが見え始めたのか、サグヌは切先を地に付けてしまった。着物の男はそれを見て血の気が引いていく。心の中でサグヌを罵倒する。
「サグヌ、ここまでにしようか」
声をかけたが当人は初めに見せた不機嫌はどこへやら首を横に振った。しかし彼の師匠は無情にも木刀を取り上げる。リグラとフグツは彼らの様子を手を止めて観察した。
「サグヌ、最初に木刀の扱い方を教えたはずだ。地に付けてはならないと」
はっとしたのはサグヌだけではなかった。様子を見ていた二人も自分が手にしている木刀をちらりと見据えた。京之助は三人に聞こえるように少しだけ声量を上げる。
「これは木でできている。地に付けるとどうなる? 痛むだろう? 木だからまた作ればいいと思ったか? そしてこれは訓練用とはいえ武器だ。割れて使えなくなったらどうやって身を守る? 本物の刀は鉄でできているわけだが、これも地に付け石に当たると刃こぼれして切れなくなる。本来の力を発揮できずに自分はおろか仲間を危険に晒してしまうこともある。自分のせいでだ」
真剣に聞き入る三人。謝るサグヌに頷きを返す京之助。
「それにな、この木刀、未完成とはいえ俺の私物だ。壊して責任取れないだろう? 同じ木を取ってこれるか? 同じように削れるか? 無理だろう? これはお前たちが壊していいものではない。分かるか? 借りているんだと頭と心に刻み込め」
苦心して削った我が剣を、まだ未完成の愛刀を地に付けられて、小さな子ども相手にイライラしていた。止せばいいのに人のものになんてことする、と凄むなんともケチ臭い男であった。これがなければ尊敬を一気に集めたことだろう。だが、彼には後悔の色がない。
「それになサグヌ、お前これを自分で作ってみたいんだろう? いい出来に仕上がった自慢の武器が雑に扱われたらお前ならどう思う?」
そう言われて初めてサグヌは自分の行いと目標、訓練の意味、武器を持つ責任の重さを考える機会を得た。ただ作り手になるのではなく、持ち手の事まで視野に入れるそんな作り手になりたいと狐耳の少年は拳を握る。京之助は先の態度は横において、いい表情をするなぁ、と感じ入っていた。
「よし、今日は解散。木刀は置いていけよ。私物だからな」
やらなくてもいいのに釘を刺す器の小さな師匠を三人はなんとも残念な者を見るような目で見た後、教わった刀の返し方をおさらいしつつ、捧げるようにして膝を屈めた。
夜になると、狩りから帰ってきた男たちの宴会の音で賑わい始める。
京之助はというと、宴には参加せず村長宅の一室で木刀の削りを再開していた。地に付けられ、小石が刺さった木刀を見て一瞬怪訝な顔をするも、丁寧に取り除いてはまた削る。訓練の様子を思い出し、将来有望そうな三人に思いを馳せた。
想像もできないほどの成長を遂げ、村の誇りとなる三人であるが今はまだ語られることのない話である。
最後まで読んでくださりありがとうございました。




