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サワの仕事(20)

 しょんぼりとした顔で俯くサワ。

 彼女に優しい眼差しを向け、サワが口を開くのをじっと待っているサフィルイア。

 サワはチラリと視線を上げるが、サフィルイアといったん視線を合わせたあと、ふたたび床へと視線を落とした。

 さほど広くない部屋に沈黙が続くものの、サフィルイアは辛抱強く待っている。

 あれこれ聞きたいこともあるし、話したいこともあった。

 それでも、サフィルイアは、サワが自分から口を開くのをひたすら待っているのだ。

 先程までのピリピリと張りつめた空気は、今の彼からはまったく感じられない。

 サワが自分の執務室に出向いてくれない時は、あれほどまで焦燥に駆られていたが、愛しく思う少女を前にすれば、その焦りが嘘のようになくなっていた。

 サワのために特別にあつらえた制服は、本当に良く似合っている。その愛らしさが、サフィルイアのささくれた心を優しいものに変えていたのだ。

 淡い黄色を纏っているおかげで、これまでの簡素なワンピース姿に比べると、格段にやわらかい印象を放っている。

 表情が乏しい上に飾り気のないワンピースだったおかげで、サワは表情以上に寂し気に見えていたのだ。

 それが、まるで違って見える。華奢な体つきは相変わらずではあるけれど、優しく明るい色の制服のおかげで、サワに生気が感じられる。

 しかし、せっかくならば笑ってほしい。よく似合っているその制服姿で明るい笑顔を浮かべる彼女は、格別に可愛らしいはずだから。

 辛抱強く、そして優しい表情で見守ってくれているサフィルイアに励まされたのか、サワは短く息を吸い込んでから、たどたどしい口調で話し始めた。

「え、ええと……、さっきも言いましたけど……。私、本当に、不器用なんです……」

 サフィルイアの様子を上目遣いで窺えば、彼はなにも言わず、少しだけ口角を上げて頷く。

 サワはもう一度息を吸い込んでから、また、話し出す。

「向こうの世界にいた時は、もう、何年も寝たきりで……。自分のことも、自分じゃできなくなっていて……。もともと不器用だったってこともあると思うんですが、人の何倍も練習しないと、ちっとも上達しなくて……」

 言葉を止めたサワは、受け皿を持っている自分の手に視線を向けた。

 つられてサフィルイアも視線を向けると、左手の甲には既に血が止まった小さな切り傷が一つ、それと小さな火傷が一つあった。

「こっちの世界でご飯を作る時だって、いまだに上手にできなくて……。厨房のみんながハラハラしながら私を見守っているのは、よく分かっています」

 そこで、サワは長く息を吐いた。彼女自身のやりきれなさが感じられるため息だった。

 健気で頑張り屋の少女は、自分に厳しい様だ。

 ならば、自分が彼女を甘やかしてやればいいと、サフィルイアはグッと笑みを深める。そしてサワが持っていた受け皿を手近なテーブルに置くと、小さな手を大きな手で包み込んだ。

 治癒魔法は得意ではないが、この程度の怪我であれば問題なく治せる。サフィルイアは手の平に力を集め、それを優しく放った。

 攻撃魔法に長けた者は、なぜか、治癒魔法が不得手であることが多い。ちなみに、破滅の黒魔術を会得しているカルストは、一切の治癒魔法が使えないのである。

 少々無茶をしがちなところがあるサワのために、改めて治癒魔法の鍛錬に励もうと心に誓いながら、サフィルイアは力を放ち続けた。 

 手の甲にほんのりと熱を感じたサワは、不思議そうな顔で自分の手を包む大きな手を眺めている。

 やがてその手が静かに離れると、傷がすっかり消えていた。

「ごめんなさい」

 自分のせいで余計なことをさせてしまったと、サワはいっそう眉毛を下げる。

 サフィルイアはそんな彼女の手を治癒のためではなく、励ましのために包み込んだ。

「こういう時は謝るのではなく、感謝を述べてくれた方が嬉しいものだ」

「あっ。そ、そうですね、あの……、ありがとうございます」

 ペコリと頭を頭を下げるサワの手を、サフィルイアはしっかりと握りしめる。

「話を戻そう。はじめから慣れた者など、どこにもいない。誰しも、失敗を繰り返して上達するものだ。たとえサワが上手く給仕をできなくとも、私はサワを叱りつけたり笑ったりはしないぞ」

 サワはコクコクと頷く。

「分かっています。サフィルさんは優しい人だから……」

 鍵としてなにをしたらいいのか分かっていなかったときも、サフィルイアは優しかった。ずっと、ずっと、優しかったのだ。

 サワは深く息を吸い込み、伏せていた顔をグッと上げた。正面に立つサフィルイアを真っ直ぐに見つめ、先ほど止めてしまった言葉を続ける。

「私はこれまでいっぱいサフィルさんに迷惑をかけたから、サフィルさんに美味しいお茶を飲んでもらいたくて。それで、特訓を受けていたんです」

 彼女の様子にはこれまでの儚げな印象はなく、しっかりとした決意のようなものを窺わせる。

 思わぬ視線と告白に、サフィルイアは薄く頬を染めた。


――サワが私のために、特訓を?


 彼女に会えなかった期間は身が切られるようにつらかったが、こうして自分のために頑張ってくれていたのだと知れば、胸の奥が温かいもので溢れてくる。

「そうか。それで、特訓は上手くいっているのか?」

 尋ねた途端、サワの愛らしいまゆ毛がまたしてもシュンと下がった。

 その様子に、サフィルイアはしまったとばかりに顔を歪める。カップを落としてしまった彼女に、今の言葉は適切ではなかった。

 黙り込んでしまった彼女に掛けるための慰めの言葉がすぐに出てこないサフィルイアも、一緒になって黙り込む。

 そこに、パン、と手を打つ音が聞えた。

「サワ様。せっかくですから、サフィルイア様にお茶を出して差し上げてはいかがでしょうか?」

 その言葉に、サワは勢いよく首を横に振った。

「だ、だめです!まだ、上手に出来ないです!」

 すると、カルストが穏やかな微笑みを浮かべる。

「サワ様。慣れるためにも、ぜひ、サフィルイア様にお茶を差し上げてください。作法自体は、もう、十分身に付いていらっしゃいますよ」

 これまで二人の距離を縮めないようにしてきたカルストによるまさかの援護に、サフィルイアは軽く目を瞠った。

 そんな彼に、カルストは苦笑を深める。

「私は、そこまで野暮な人間ではございません」

 どの口がそれを言う!?と、突っ込みたい気持ちをグッと堪え、サフィルイアはゆっくりと頷くに留めた。

「私たちがいると、サワ様が余計に緊張されるかもしれませんね。では、行きましょうか」

 カルスとはミーティアに退出を促す。

 サフィルイアとすれ違う際、カルストはポンと彼の肩に手を置いた。

 そして。

「あくまでも、サワ様が淹れてくださった茶を飲むだけですよ。手に触れた件は不問に処しますが、もし、それ以上のことをなさったら……」

 置かれた手がギリギリと肩を掴み、なおかつ、どす黒い笑みを浮かべて囁くカルストに、サフィルイアは僅かに顔をこわばらせてしっかりと頷く。

「分かっている。余計な心配はするな」

「ならば、けっこうでございます」

 自分には聞こえない小声でのやり取りに、サワは不思議そうな顔でサフィルイアとカルストを見上げている。

 カルストは穏やかな笑みに戻り、「なんでもございません。サワ様、練習の成果を存分に発揮なさいませ」と告げ、ミーティアを連れて部屋を出ていった。


――今の、なんだったのかな?


 首を傾げるサワだが、これから自分がすべきことを思い出して気を引き締める。

「サフィルさん、お茶を淹れますね」

 そう言って、サワはサフィルイアの手からスルリと自分の手を抜いた。

 なにやら名残惜しそうに自分の手を見つめているサフィルイアを椅子に促すと、準備のために動き始めた。

 仕事で忙しい彼が少しでも気持ちが安らぐように、せめてもの恩返しのつもりで、一生懸命にお茶を淹れる練習をしてきたのだ。

 なにもできない自分にできる精いっぱいを、サワは一杯のお茶に込める。

「ど、どうぞ」

 やっぱり手が震えて、受け皿とカップがカチャカチャと音を立てていた。

 それでもサフィルイアは優しい表情を崩すことなく、静かに椅子に座ってサワの様子を見守っている。

 彼の前にカップをひっくり返すことなくお茶を出し終えると、サワは盛大に安堵の息を漏らす。

 その溜息の意味を察したサフィルイアは、優しく目を細めた。

 他の者からすれば大したことがなくとも、彼女からすれば大きな前進なのだ。それが自分のことのように嬉しく思える。

「サワ、ありがとう」

 微笑みと共にカップを持ち、まずは立ち上る香りを十分に楽しむ。

「いい香りだな」

「えっと、サフィルさんには一番いいお茶の葉を使いましたから」

 照れくさそうに僅かに微笑むサワに、サフィルはユルリと首を振った。

「手際がいいからこそ、この香りが出せるんだ。サワの頑張りは、成果としてきちんと表れているぞ」

 その言葉に照れくさくなったサワは、頬を薄く赤らめ、モジモジとエプロンの裾を引っ張っている。

 そんな可愛らしい仕草を横目に入れつつ、サフィルイアはお茶に口を付けた。

 侍女長であるミーティアの腕前にはまだまだ及ばないが、味や香り以上に、サワの思いやりが伝わってくる。自然と表情が緩み、気持ちも和らいでゆく。

 自分が淹れたお茶を心の底から楽しんでくれているサフィルイアの様子に、サワはなんだか落ち着かない気分を味わっていた。


――かっこいいサフィルさんが笑顔になると、なんか、すごい破壊力があるんだけど……。

 

 トクトクと心臓が音を立てる。

 心なしか、顔が熱い。


 初めて自分に訪れた変化に、サワはひたすらエプロンの裾を弄っていた。




 その日以降、サワはお茶の時間になるとサフィルイアの執務室に訪れるようになる。

 サフィルイアはことさら喜び、なお、仕事に励むようになった。


 そして、ブリザードを巻き散らかすことのなくなった上司の様子に、エーメルドも喜んだのだった。


●サワちゃんのお仕事編は、ここでいったん終わりとなります。サフィルイアに対する彼女の気持ちを少し変化させることがゴールだったので、どうにか辿り着けてやれやれです。

このあと、さらに番外編が続くのか、二章が始まるのか、まったくの未定です。

ですので、連載が再開するまで、完結設定とさせていただきます。

どうぞ、ご了承くださいませ。


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