呪勇者
ここまで読んでいただき、誠に本当にありがとうございます。
とても小説とはいえないような文章で、お見苦しい点も多々あり申し訳ありませんでした。
突然ではありますが「病弱勇者と過保護な魔王」はこの第一章で終わりになります。第二章を書くかは未定になっています。
一応、黒歴史になりえる小説活動は続けていきます。もしよろしければ、新しい小説世界も読んでいただければ幸いです。
ありがとうございました!
勇者コンゴウside
「出てこい魔王! 貴様は俺が倒す!!」
紫色に囲まれた禍々しい城内を突き進むと、広いダンスホールのような空間に出た。天井には御誂え向きのシャンデリアがぶら下がっており、蝙蝠モンスターが数匹飛び回っている。周囲にある柱は悪魔の彫刻がされており、ホールの中心を見つめるように並んでいる。
「かー、この重苦しい雰囲気って正にラスボス戦って感じだな」
楽しげな口調で俺の隣にで大剣を構える少年のタイチ。全身鎧を纏っており、オレンジの短いスポーツヘアがとても似合う。額にある大きな傷跡を、何故か魅せたいがためヘルムを付けていない。
見た目は中学生程度で、笑顔で元気良く丈に似合わない大剣を軽々しく振るう様は、子供が玩具で遊んでいるように微笑ましい。いや凶器を持っているのだから微笑ましくはないのか。
「油断するな。ここは敵の懐だぞ」
「わかっているってコンゴウ。ていうか、俺よりもリアン様の方が心配じゃねーの?」
タイチの視線の先には、この魔王城に入ってから落ち着きがない王女様がいる。
彼女は俺の前に召喚した、勇者エージを守れなかったことを悔やみ、それを糧に過酷な訓練を積んできた。その過剰な訓練をするリアンはとてもじゃないが王女とは言えない荒々しさだった。
目の下にはクマをつくり、朱色の綺麗だった髪も乱れ枝毛が跳ねている。白かった肌も太陽に焼かれ、魔法訓練による様々な傷が目立つ。
それでも金色に瞳だけは、輝きを失うことはなかった。
「私は大丈夫ですわ。それよりも早く魔王を見つけましょう。やっと、やっとこの場所まで辿り着いたのです。必ず倒さなくてはなりません」
リアンが俺の目を真っ直ぐに見つめて、進行を促す。俺が頷くと二人ともより一層警戒を強めて構える。
ダンスホールの先に目を戻すと、そこには二人の人影があった。このホールに圧巻されていたせいで二人の影にすぐに気づかなかっただろうか。
「誰かいるな。二人とも油断するなよ」
「うぬ? 御主らは誰か?」
俺が一歩進んだと同時に目の前から話しかけられた。ゾッとする驚きを噛み締めて、三人とも大きく後ろに飛び退いた。
気配がなかった? いや、そもそも何時から目の前にいた?
俺は横目で二人を見るが、二人とも首を横に振る。どうやら、誰もあの少女を捉えられていなかったようだ。俺は少女に視線を戻し出方を見る。
丈の短い巫女服を着る少女は、首を傾げてアメジストのような瞳で可愛らしく見つめている。巫女服といっても紅白ではなく、黒と紫の神聖さを感じさせない色合いだ。おまけに所々に白蛇も描かれている。
少女は肩先まである白髪をたくし上げ、額にある瞳と同じ宝石らしき物を撫でる。
「うぬ、異世界人二人に・・・これはこれは、王女様であったか」
「ッ! その額にあるのは魔具か!?」
「さてさてどうなのかな~。ただのアクセサリーかも知れんぞ?」
少女は悪戯な笑みを見せて、こちらの心を読むように紫眼を細める。
「やべぇぞ、こいつ相当強い。もしかして魔王なんじゃねーのか?」
「タイチさん、残念ながら彼女は魔王メディではありません。しかし、彼女はメディの配下の魔人とも違うと思います。特徴が全然違います」
リアンは喋りながらも、身体に刻んだ魔印を光らせる。
「当然よ。誰がメディの配下などなってやるものか」
不機嫌な顔に早変わりした少女は、リアンを睨む。その態度からも、メディとは協力関係とはいい難い。
「ならお前は誰なんだ。そもそもなんでここにいる」
俺は少しでも情報を得る為に話を長引かせる。幸いな事に、彼女は今だに戦闘態勢には入っていない。うまくいけば回避できるかもしれなかった。
だが、思った矢先にその願いは打ち砕かれた。
「我のご主人様がメディと交際関係であってな、必然と我も此処にいるだけの事」
「えっ!?」
俺とタイチよりも先に声を上げて驚いたのはリアンだった。構えを緩めて、輝いていた魔印に乱れが見え始めている。
「リアン、気を抜くな! っておい、無闇に動くなって!!」
タイチの注意に耳を貸さず、リアンはヨロヨロと少女に近ずく。まるで少女が誘っているかのようだ。そして少女はほくそ笑み、無防備なリアンに対して一歩を踏み出した。
少女の未知の実力からしても、今のリアンなど瞬殺できるだろう。その事はタイチも理解していたため、大剣を振るって二人の間に入った。
「オラァ!」
ズドン!!
ダンスホールに亀裂を走らせ、大剣の刺さった所を大きく陥没させた。俺はバランスの崩したリアンを抱えて後方へ下がる。そして、心苦しくともリアンの頬を強く叩いた。
「リアン! 今は目の前の敵に集中するんだ、いいな?」
俺はリアンの返事を聞かずにタイチの援護に走る。大剣の下には少女は居らず、どこかに避けたようだ。既にタイチは少女を捜して素早く目を走らせており、俺もタイチと背を合わせるように周りを警戒する。
しかし、すぐ後ろからタイチの断末魔が響いた。
「タイチ!?」
振り向いた先にはタイチが頭から血を流して倒れていた。そのタイチの背に、先程の少女が座り込んでいる。
「脆いな。まだまだ成長途中であったか」
確かにタイチはまだ若くこれからどんどん力を付けてるだろう。しかし、今の段階でも魔人に引けを取らない能力があるのも事実だった。
「うぬ、お主も眠れ。今はご主人のレッスン中なのだ」
「待って!!」
少女の手が俺の額に触れていた。白く細い指先にある爪は紫のマニキュアが塗られていて、それを上書きするように俺の血が一滴だけ乗っかる。
「何かな王女様?」
見えなかった。リアンが止めてくれなければ、その鋭い爪で頭蓋骨を突き抜け脳を抉られて死んでいただろう。
「あなたのご主人様って、まさか・・・まさかエ――」
「どうしたのカガチ。誰かいるのかい?」
奥にいた二人のうちの一人が車椅子に乗ってやって来た。肌を一切見せない長い服に身を固め、さらにブランケットを頭から深くかぶっており顔が見えない。膝掛けもしてあり、不自由と思われる脚を隠している。
俺は慌てて少女から離れて剣を握りしめる。しかし、その剣先を向ける相手を躊躇った。
少女をカガチと呼ぶ彼がご主人なのだろう。カガチが子供のように嬉しそうにしているから間違いない。
しかし、その彼からは恐怖を感じなかった。いや、恐怖というよりも魔力を殆ど感じないのだ。
この世界は魔力が全てと言っても過言ではない。身体も魔力が多ければ比例して強くなる。それは人間も亜人も魔族も同様。
つまり、彼は弱い。あまりに弱い。王国にいた子供にも負けるかもしれない。そんな彼が、あの化け物のご主人だと?
「うぬ、ダンスは良いのか?」
「少し微熱が出ちゃってね。メディが念には念をいれて休めって言うんだ」
「ふふ、仕方がなかろう。ご主人は脆いのだから」
車椅子の彼がこちらに向く。俺は迷っていた剣先を正して彼に向ける。
「エージ様!!」
カガチの目が鋭く俺を睨むと同時にリアンが叫んだ。その呼んだ名前に俺と車椅子の彼が驚く。
エイジ。その名前は忘れた事はない。俺の前に召喚された十二代目勇者の名前だ。
「君は・・・まさかリアンなのか?」
「ああ、やっぱりエージ様なのですね!? そうですリアンです。エリアガーデン第一王女リアンです!」
リアンが彼の元に駆け寄る。カガチが動こうとするが、エージが止めた。リアンは彼の近くに崩れるように座り込み、ブランケットから伸びている左手を握る。彼はリアンに触れられた瞬間にびくりと身体を揺らすが、そのまま握られている。
「なんて・・・痛々しい」
リアンは包帯でぐるぐるに巻かれた左手を優しく撫でる。
「えっと、久しぶりだねリアン。というかリアンの方が痛々しい顔をしているよ。綺麗だった肌も傷だらけじゃないか」
リアンは首を何度も横に振り、涙を流しながら握る手を強める。
「私の事はいいのです。私は魔王から貴方を守れなかった。それだけが悔いなのです。貴方を守る力を手に入れるためなら、この程度なんの苦行でもありません。さぁ帰りましょうエージ様、皆が王国で待っています!」
「ありがとうリアン。・・・でもごめんね」
え? っとリアンが目を丸くした時には、カガチによって吹き飛ばされていた。咄嗟に俺はリアンが壁に衝突する前に抱え込み受け止めた。
しかし予想以上の衝撃に、俺はリアンの勢いを止めきれず後ろの柱に激突する。
そしてエージは何食わぬ顔で口を開く。
「リアン、君も見て聞いていた筈だよ。俺が自分の意思で魔王と歩む事を決めた事。俺がメディの手を取り、王城から抜け出した事。俺は王城に戻ってはならない弱い元勇者で――」
「勇者エージ!!」
俺は我慢出来ずに口を挟んだ。リアンは何故エージに拒絶されたのか理解ができていないようで、なぜ、なぜ、と繰り返している。
崩れてしまいそうなリアンを見ていられず、剣を向けエージを睨む。
「君はリアンが今までどんな思いでここまでやって来たと思っているんだ! あの美しかった王女が、こんなにもボロボロの姿になりながらも君を救おうと必死だったんだぞ。それなのに君はリアンに対して何も思わないのか!?」
エージは何も言わず、動かずに俺を見返す。
「何か言えエージ!」
「他にかける言葉があるのかい? リアンがどれだけ苦労をしてきたのかは、今の姿を見ればわかるつもりだよ。だから「ありがとう」と言った。だけど、俺はその思いには答えられない。だから「ごめんね」と言った」
「そんな軽々しい感謝と謝罪で丸く収まると思っているのか! 失望したぞ勇者エージ」
「・・・君は何のために此処に来たの? 俺に失望する為に来たのか?」
「そんな事も忘れてしまったのかエージ。俺たち勇者は人間の安全を脅かす魔族を倒し、この大陸にある魔晶エネルギーを手に入れて、今も飢えて苦しんでいる人々を救う事だろう!」
エージは黙ってしまう。まるで興味などない、俺には関係ないと言っているように思える。
脳裏の思い出されるリアンの必死に修行する顔。リアンが報われない事に、何よりも怒りを覚える。ずっと動かないエージにしびれを切らせ、俺は剣を振り上げエージに襲いかかる。
「目を覚ますんだエージ! 光を纏え、ディバイン・ブレードッ!!」
光の魔法の輝きを放つ剣は、その刀身を伸ばし距離のあるエージに向かって振り落ちる。
だが、光はカガチの片手白刃取りによって散ってしまう。エージはその光景を静かに見つめ、何かを呟く。
「捕らえろ、ハウンドドール」
唖然としていた俺は、魔印も何の気配もなかった床から突如湧いて出た白蛇に身体を締め付けられる。慌てて剣で白蛇に切り掛かるが、今度は身体が動かなかった。
「ケホッ・・・縛れ、ライフ、テイラー」
淡く光る紫の糸がエージから伸びており、俺の体を蜘蛛の巣のように縛り付けた。腕の締め付けが強まり、激痛により剣を取りこぼしてしまった。
「なんだ・・・これは! 魔力を感じないのに、いったいどうやって!?」
身動き一つ取れない俺に、彼は弱々しく車椅子のタイヤを転がし近寄る。
「ゲホゲホ! ゴホッ、ゴホン!」
「無理をするなご主人」
心配するカガチを止め、エージは俺の瞳を見る。ゆっくりとブランケットを外し、瞳を合わせる。
目を逸らせなかった。エージの顔は青白く、所々に白い鱗の様なものが生えており、人の顔とは思えないものだった。魔族、そういった方がしっくりくる。
そして、何よりもエージの眼だ。蛇のような縦筋の瞳をしており、鳥類などにある瞬膜がある。
「ケホッ・・・勇者コンゴウ、さん。リアンのことを、お願いします」
「君は・・・人間ではなかったのか? はじめから、騙していたのか?」
その言葉一つで、カガチの顔が憎悪に染まり、エージからは哀愁が滲み出る。カガチの魔力を帯びた手刀が俺の首を切断する前に、エージは震える唇を開いた。
「呪い惑わせ・・・カガチ」
瞬膜が開かれ、その奥に潜んでいた紫眼が怪しく光ると同時に、カガチの手刀は首の皮一枚を切るだけで止まる。
カガチは鬼の形相のまま眼を見開くと、額にあった宝石からエージと同じ蛇の瞳が現れる。本能的に危険を察して眼を逸らそうとするが、意思に反して俺の目は動かない。
世界は歪み思考もままならないまま、意識が落ちていく。最後まで脳裏に刻まれた紫眼の瞳。まるで思考も記憶も、俺という魂も見られているように冷徹で怖気のするものだった。
次に目覚めた時には、エリアガーデン王城の部屋の中だった。
タイチは額を強打して切っただけで、男の勲章が増えたとか不謹慎に喜んでおり、その他には目立つ傷はなかった。そして俺もリアンも外傷は殆どない。
ただ今回の出来事によりリアンが立ち直るには時間が必要だったし、俺もタイチも実力不足だと痛感させられた。
王にこれまでの経緯を話したところ、エージが使ったのは呪具・呪法という魔法とは違う類のものだった。また、魔族以外が呪法を扱うとその身が醜く魔人と同じ悪意ある者に変わるという呪われたものだという。中には人を操り意のままに操る呪法もあるとか。
そこで悟った。エージは魔王に攫われたあげく、呪法により縛られ操られているのだと。あのような魔族の姿は自らが望んだ姿ではないと。
俺は王に勇者エージの解呪方法を探し出し、悪し呪具を全て破壊して、必ず共に生還する事を誓った。
「勇者エージ、俺が必ず救ってみせる。極悪非道の魔王メディを倒し、君とリアンが笑って暮らせる世界にする! そのためには俺はもっと強くなってやる!」
それから一年後、十三代目勇者コンゴウは歴代最強の勇者として名を轟かせた。また、コンゴウの仲間達も大きな力を手にし、これまで成せなかった、魔族の大陸から大量の魔晶の奪還に成功し、多くの国と人から賞賛された。
そして勢いの付いた人間族は、コンゴウとその仲間達による魔族との全面戦争を開戦するための準備にとりかかった。
エージ「ねぇメディ、やっぱり車椅子でダンスは無茶だよ」
メディ「そんなことないわ。やり方なんていっぱいあるわ」
エージ「例えば?」
メディ「私がエージの隣で踊って、エージは私に見惚れ続けるとか」
エージ「それだと俺はただの観客じゃん」