都会の恐ろしさ
田舎から上京してきてとても困ったことがある。
仕事は楽しいし、可愛い子は多いし、遊ぶところもいっぱいあって魅力的だけど、格付けが激しい。
都会にはダンジョンってものが当たり前になってて、魔法が使えないと馬鹿にされることがある。
最初は俺には関係のない話だと突っぱねてきたけど、四年も経てば不思議とその影響を受けるようになってきた。
っていうのも、今どきダンジョンに潜れない男は全くモテない。
単純な話、ダンジョンには魔素という特殊な物質が充満していて、その魔素とやらが美容と深い繋がりがあるらしい。
「魔素は浴びれば、浴びるだけいい」
そんな言葉があるくらい、魔素を吸った肌は綺麗になる。
艶がでて、毛穴が無くなり、触れると手のひらが吸い付く。高価な化粧水を買うくらいなら、「五百円払ってダンジョンに行く」という女子はものすごく多くなってきた。
奥に潜れば潜るほど、魔素は段々と濃くなる。
だからこそ、強い男には可愛い女が群がって、可愛い女には強い男が群がるようになった。たまにその光景を見かけると少し腹立つほど。
俺も幼い頃に一度だけ行ったことがあるけど、ブランクが空きすぎて今更行く気にはなれない。つまりこの風潮が続く限り、俺には不利な世界なのだ。
「はぁ……一度でいいから休日デートしてくれないかな」
「さすがに一ノ瀬さんは無理があるだろ」
行きつけのとある居酒屋で、レモンサワーの三杯目に手をつけた。隣にいる同期の陽太は「また始まったよ」と言いたげに苦笑いを浮かべる。
一ノ瀬紗良。ふたつ上の先輩。
そう。俺はあの人に、身の程知らずな恋をしている。
彼女はたぶんダンジョンの経験者。肌の艶、その見た目から本人に聞かなくても十分伝わってくる。結局、俺みたいな凡人がどうあがいても届かない場所にいるのだ。
行き場のない不満を流し込むように、レモンサワーを一気に煽った。炭酸が喉を抜けて、少し涙目になる。
「魔法が使えるとモテるなんて冗談じゃねぇーよ。こっちは田舎育ちだし、自信があるとするなら料理くらいだぜ?家庭的ならモテるってじいちゃんに言われて育ったけどよ。今となっちゃ少し恨んでる」
「まぁな、そりゃこうなるなんて誰も予想できないよね〜」
陽太はあっけらかんとしていた。焼き鳥をくるくると馴染ませてから、タレが滴る肉をガブりと一口で引き抜く。
無駄に説得力があるその横顔をぼんやりと眺めながら、俺は小さく頷いた。
確かに、ガキの頃はダンジョンなんかただの危険な場所だった。それが最近になって安全面が強化されてから、手のひら返しがはじまったのだ。
「うぅ……女優の乃ノ内遥香。あいつだけは許せねぇ。SNSで余計なことを呟かなければ、今頃俺だってあの豊満な胸に顔を埋めてたっていうのによ……」
「まぁ、確かに。あれで変わっちまったよな。一ノ瀬さんの敷居はもともと高いのに、もっと声がかけにくくなった。でもそれが原因ではないだろ。お前がいけるなら逆に俺が埋めてたかもよ?」
予想外の暴露に、目が皿になる。
結露したグラスの中で氷がカランと崩れた。
「……なに、陽太。紗良さんのこと狙ってんのか?」
世界のBGMがふっと消え、居酒屋の喧騒が遠のく。俺の全神経が、目の前の男の口元に集中した。そんな緊迫感をどこ吹く風で、陽太は罪悪感のない涼しい顔をしていた。
「正直、何回お世話になったかわからないね。てか気にならないほうがおかしいだろあんな美人」
「しばくぞ。今後抜いたら絶交だかんな!」
「はいはい、軽い冗談だろ?顔が怖すぎるんだよ、お前は殺人鬼か」
「…………」
そりゃ、ムキにもなるさ。
だって俺は入社した時から一目惚れして、四年間ずっと蚊帳の外から彼女を追いかけてきた。
あの小ぶりな耳にシルバーピアス。
女性にしては高めの、スラリとした背丈。
オフィスカジュアルの上品なブラウスの上からでもはっきり分かる。出ているとこが出て、締まるところが締まった、完璧なプロポーション。大人の色気があるのに、たまに悪戯してきて、目尻が優しく下がるのだ。
あ……ちきしょう。思い出すだけで反則だ。なんであれが上司なんだ。仕事どころじゃないってんだよ。
アルコールが入った重い溜息を吐くと、陽太はその光景を横目に枝豆をつまんでいた。
「そんなに好きなら、思い切って告白すれば?」
「……無茶言うなよ。吊り合うか不安だし、俺がダンジョンの熟練者ならまだしも、ただの後輩。振られたら気まずすぎて仕事に行けなくなるだろ」
「そういうもんか?でも、あの最高到達二十層の菊池だって振られてたって噂だぞ?逆にお前みたいな家庭的な変態のほうがワンチャンあるかもしれないだろ?」
「いや……変態って……」
俺は何かを言いかけて、ふと言葉を切った。
それなら確かにいけるかもしれない、と。
酔いがぐるぐると回って、頭の中にぽつらぽつらと計画が浮かんでくる。
「……弁当作ったら喜んでくれるかな?」
「あはは、なにそれ。大きくでたね。卵焼きで女を落とすってか?急に弁当作ってくる後輩……あ、すごく絵になるかも。調子出てきたね大輝くん」
「だろ??……ってか、なに笑ってんだ」
「いや、ごめん。言い出しといて悪いけど、振られる未来しか見えない」
「んなことないだろ。料理の腕だけは自信あるんだけどな……」
俺は居酒屋の喧騒に耳を傾けた。食器の音がいくつも重なって、酔いの回った笑い声と威勢のいい声掛けが聴こえてくる。
やっぱり美味いものには人が集まるし、幸せにする力がある。
「俺……やるよ?」
「マジでいってるの?いつもみたいに途中で投げ出すのは無しだぞ。言質取ったからな?」
「いいよ、男に二言はないから。そうと決まれば鉄は熱いうちに打たなきゃならない」
「でたよ、酔っ払い。でも面白そうだから今回は俺も協力する」
「さすがだね、相棒。持つべき者は友ってか?」
「気色悪いこと言い出したから、もう心配はいらないね。ここら辺で夜遅くても開いてるスーパー調べておくよ」
陽太はポケットからおもむろにスマートフォンを取り出して、検索をかける。
俺は箸で目の前の切り干し大根をつまんだ。
甘じょっぱい香りが広がって、なんだか田舎を思い出すような味だった。なんでだろうか。大人になるとこういう味が染みる。子供の頃はよっぽど好きじゃなかったのに。
煮物って意外と作るの大変なんだよな。
「こんなことなら、紗良さんの好み調べとけばよかったわ。好物とかあんのかな?外食ばっかりのイメージだけど」
「あ、そういや前にランチの話してた時、ミートスパゲッティが一番好きって言ってなかったっけ?」
「マジで?……さすがに弁当にパスタはな……いや、待てよ。ミートスパゲッティなら作れるぞ」
「まあ、自信がある料理でいいんじゃない?こんなチャンス滅多にないだろうし」
「……陽太、お前天才か?」
「いや、普通のことしか言ってないんだけど。お前が酔うと俺が賢く見えるだけだろ」
そう言って笑うと、陽太はふと顔をあげた。そしてスマートフォンをこちらに向けてくる。
「こことかどう?二十四時間やってるし、割と近い」
「いいね。じゃ、早速行きますか!」
意気込んで立ち上がると、陽太はあからさまに嫌な顔をした。
「は?一人で行きなよ。男ふたりで買い物とかどんな罰ゲームだし」
「冷たいこというなって。たまには付き合えよ」
「はぁー……これから帰ってメルちゃんの生配信見たかったんだけど。お前はいいよなダンジョンに興味ないから。てかそろそろ興味持てよ、景色が変わるぞ。いいか、魔法には静と動があってだな…………」
——この後、エンジンがかかった陽太の熱弁は止まらなかった。お会計のときも、買い物の最中もずっと横でぺちゃくちゃ語ってたけど内容はいまいち覚えていない。
ただ、メルちゃんはすごいらしい。




