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世界を揺るがす最凶獣、ただいま「待て」の最中です  作者: ペクチン21字


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【第7話】 『神の塩』と、真夏の塩むすび

ふもとの村長から、これでもかと涙ながらに献上された特産の『極上の塩』。

粗めの結晶が朝日にキラキラと反射するそれを見て、俺はログハウスのキッチンでふむと頷いた。

「よし、せっかくの良いお塩だ。今日の昼飯は、シンプルにこれの味を一番活かせるものにしよう」

「主殿、その至高の結晶(※ただのお塩です)を、一体どのような神聖儀式(調理)に用いられるのですか……っ!」

背後から、ルリが琥珀色の瞳を爛々と輝かせながら覗き込んできた。彼女の脳内では、村長たちの訪問が「絶対神への臣下の礼」ということになっているため、貢がれた塩の扱いにも命をかけている。

「そんな大層なものじゃないよ。炊き立てのご飯にこれを塗って、ギュッと握るだけさ。――そう、『おむすび』だよ」

「お、むすび……? 結び、ですか。なるほど、神聖なる塩の力をもって、大地の魔力と主殿の霊気をお米に『結びつける』という、高度な封印術なのですね……!」

(いや、ただの手塩にかけたおにぎりなんだけどな……)

相変わらずの斜め上すぎる解釈をスルーしつつ、俺は【調理】の生活スキルを発動させた。

まずは、神様特製の豊かな水で育った自家製のお米を、土鍋でふっくらと炊き上げる。パカッと蓋を開ければ、ツヤツヤと輝く純白の米粒から、甘く香ばしい湯気が立ち上った。

「わふんっ! わふんっ!」

その匂いに釣られて、足元ではノアが尻尾をちぎれんばかりに振っておねだりしている。

「こらこらノア、熱いからちょっと待ちなさい。ノアの分は、お塩をつけないでちっちゃく握ってあげるからな」

「きゅ〜ん!」

俺は両手を冷水で濡らし、村長の塩を手のひらに薄く広げる。そして、熱々の白米を優しく包み込むように、ふんわりと三角形に握りあげた。

仕上げに、家庭菜園の端で栽培しているパリッと香ばしい焼き海苔を巻けば、特製『塩むすび』の完成だ。

お昼時、新しく完成したノアのドッグラン(芝生エリア)に、俺たちはゴザを敷いて座っていた。

「よし、それじゃあ食べようか。ルリさんもどうぞ」

「は、拝領いたします……!」

ルリは、まるで国宝を扱うかのような手つきで塩むすびを掲げ、覚悟を決めたように美しい口元を開いた。

シャク……、モグ。

一口噛み締めた瞬間、ルリの身体が落雷に打たれたかのようにビクンと硬直した。

背中の漆黒の翼が最大までバサッと広がり、限界まで見開かれた瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出す。

「な、なんという……なんという事でしょう……っ! お米の一粒一粒が、まるで生きて弾けるかのように、圧倒的な生命力を主張してきます……! そしてこの塩、ただの塩ではありません! 塩気がお米の甘みを極限まで引き出し、体内の魔力回路が、今までにないほど美しく『結ばれて』いくのが分かります……!!」

「あはは、気に入ってくれてよかった。やっぱり炊き立てのご飯に美味い塩の組み合わせは最強だからね」

陣もパクッと塩むすびを頬張る。

ふもとの村の塩は、尖ったしょっぱさがなく、まろやかな旨味とほのかな甘みがあった。それが、神様の土地で採れた最高のお米と合わされば、おかずなんて一切必要ない悪魔的な美味さになる。

「ほら、ノア。お前の分だぞ」

「はぐっ! モグモグ……わふんっ!」

ノアも、俺の手のひらから一口サイズのご飯を器用に食べ、実においしそうに目を細めて芝生の上をごろごろと転げ回っている。

自分が握ったただの塩むすびのせいで、周囲に展開されている結界の強度が通常の数十倍に跳ね上がり、森の奥から近づこうとしていた並の魔獣たちが、その神聖なプレッシャーだけで泡を吹いて逃げ出していることなど、のんきな陣は知る由もなかった。

同じ頃。

世界の果ての森の麓にある、あの開拓村。

村長の家のテーブルの上には、昨日陣から貰った、あの真っ赤な大玉トマトが鎮座していた。

その周囲を、村長を筆頭に、村の有力者やベテランの猟師たちが、お通夜のような深刻な顔で囲んでいる。

「村長……。本当に、これをあの『最果ての主』から手渡されたのだな?」

村一番の腕利き猟師が、ゴクリと生唾を飲み込みながら震える声で尋ねた。

「ああ、間違いない。山の神様は、これを『皆さんで食べてください』と、恐ろしく穏やかな笑顔でのたまわったのじゃ……」

村長は思い出すだけで冷や汗が止まらない。

彼らの前にあるトマトからは、感知スキルのない素人でも分かるほど、濃厚で清らかな『超高純度の魔力』がドクドクと溢れ出ていた。

教会が全財産を叩いても手に入らないような、あらゆる呪いや病を退ける伝説の聖果。それが、一切の包装もなく、生身で転がっているのだ。

「……試してみるしかあるまい」

村長は意を決してナイフを握り、トマトを慎重に切り分けた。そして、全員で一斉にそれを口に含む。

「「「「――ッッ!?」」」」

次の瞬間、村長の家の中に、凄まじい光の波動(のように見えるほどの、圧倒的な美味しさの衝撃)が駆け抜けた。

「身体が……軽い……!? 去年、大魔獣に襲われて動かなくなっていた俺の左腕が、完全に動くぞ……っ!」

「おい見ろ! 村長のハゲ頭から、信じられないほどの黒髪が急速に生え変わっていくぞ……!」

「冷え性も、長年の腰痛も、すべて消え去った……! これぞ、本物の神の奇跡だ……!!」

有力者たちは涙を流し、その場に跪いて最果ての森の方角へと祈りを捧げ始めた。

彼らの中で、確信が、より深い狂信へと変わった瞬間だった。

(あの御方は、貢ぎ物に対してこれほどの『神の祝福』を返してくださる、慈悲深き絶対神……! 我ら開拓村は、命に代えても、あの聖域を、そしてお側にいる魔王様を、お支えせねばならん……っ!!)

こうして、陣の全く知らないところで、ふもとの村の人間たちは「最果ての菜園の熱狂的な信者ファン」へとジョブチェンジを果たしてしまうのだった。

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