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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第六十八話 最強


(クソッタレ!下位打線が随分粘ってきやがる!)


 5回の裏の岩代の攻撃はツーアウトながらランナー二塁三塁。簡単にツーアウトをとったものの7.8番の脅威的な粘りでもぎ取られた四球とワイルドピッチでこの試合一番のピンチをここで作られた金川だった。


 しかし、バッテリーは動揺を決して表に出さない。いつも通り飄々と質の高いボールをゾーンに投げ続けるだけ。余計な言葉はいらない。ただそれだけでいいと、お互いに分かっていた。


(来い!スライダー!今日一のやつだ!)


 恭が出すサインに彩音は首を振る気配も無く、絶対的な信頼を持って彼のミットにボールを投げ込む。アウトロー甘めに来たボールはそのままとてつもない斬れ味でストライクゾーンからボールゾーンへ切り裂いて行く。


 バッターにまともにバットを振らせず、カットすらも許さない。完璧なコースへの完璧な変化球だった。


「ストライクアウト!スリーアウトチェンジ!」


「ナイスピッチャー!彩音!」


「あったりまえやコラァ!」


  アドレナリンがガンガン分泌され、もはや朝の疲労満点の顔とは別人のよう。尻上がりに調子が良くなっていくことを期待していた恭だが、ここに来て過去最高のボールが来ている。


(準備してもらってる志姫には悪いが……)


 常に出られるように臨戦体勢のままにはしてほしいが、この試合での志姫の出番は訪れることはなさそうだ。


「さて……エース様がここまで頑張ってんだ。野手陣は点取ってやんねえとなぁ」


6回の表は打順よく一番の瑠衣から。その表情に怯えはなく、浮き足立つことはない。この緊迫したシチュエーションで頼りになることこの上ない切り込み隊長だ。


 ――だが、少しばかり表情が硬い。険しい表情をした瑠衣の顔を真正面から両手でぷにっと挟んだ。



「…………なに。ボク集中してるんだけど」


「そんなんじゃまたポップフライ上げんぞ。もうちょい気楽に行け。入れ込みすぎだ。」


 顔と顔が触れるくらいの距離まで近づくと、瑠衣は珍しく顔を真っ赤にしてあわあわとした表情に切り替わる。


「な、何考えてるんだよ君は!」


「何って、緊張ほぐしてやってただけだろうが」


「やり方が独特すぎるんだよ!もう!」


 瑠衣は恭を軽く突き飛ばして距離を取り、息の乱れを整えるように深呼吸をする。その表情はいつもの自然体の王子様然としたものに戻っている。


「――肩肘を張ってしまっては飛ぶ打球も飛ばない。ありがとう。」


「期待、してんぜ。相棒。」


「うん……ボクに任せて欲しい」


審判からラストボールがコールされ、花凛の投球練習が終わり皇成が二塁へ完璧な送球を決める。瑠衣が打席に入るといつも通り内野手全員が一歩、二歩と前に来る。

 


(ここまで前に来るか。――なら、抜けば良い)



「死ぬ気で止めるぞお前達!」


「「「「「おう!!!」」」」


 ショートにいる岩代のキャプテン、狩野光俊の号令に内野手が一斉に応える。身体に当てることを覚悟で必ず前に落としてアウトにする。肌がビリビリしびれるような気迫だった。



「プレイ!」


 岩代バッテリーのスムーズなサイン交換、審判の号令がかかったすぐ後。四葉花凛はアウトローギリギリのコースにストレートを投じる。


「ストライク!」


(…………やっぱり、だんだん球威が落ちてる。勤続疲労?故障?わからないけど……)


この6回表に入って如実に感じる四葉花凛のボールのスピードの低下。普段の花凛ならこの程度の球数余裕で飄々と投げている筈で……異変は感じ取れるが、金川サイドからしてみれば千載一遇の好機に違いなかった。

 

(チェンジアップ……甘い!)


 直球へのマークが薄くできる分、他の球種に意識を割くことができる。ほんの少しだけ高く浮いたチェンジアップを、瑠衣の目は確実に逃さない。


 キィンッッ!!!


 ボールの勢いに合わせたようなスイングでしっかり芯でミートしていく。前身守備のサードの頭を超え、外野の前にポトリと落ちるヒット。さらに……一塁で止まると決めつけて判断したレフトの緩慢な動きを瑠衣は見逃さない。


「セカンッ!セカンドだ!」


「くそっ……嘘だろ!?」


 ファーストベースを蹴って加速した瑠衣は一気にセカンドを陥れる。慌てて放り投げた外野手のボールはワンバウンドになり、白山が身体で止めるのに精一杯だ。


「――このっ……」


「ご、ごめん!ごめんなさい!」


 光俊はギロリと鋭い目を光らせて悔しそうに唇を噛む。

 先にミスした方が負けに直結する極限の接戦。まさか先に自分たちの方に綻びが出てしまうとは。


(ミスも絡んでのノーアウトランナー二塁。このまま何も手を打たなければ……手遅れになる。)


 光俊が審判にタイムを要求しマウンドに向かおうとした時、もう既に監督からの伝令が出て、花凛の周りに野手陣の輪が出来つつあった。


次のバッターはこの試合ホームランを打っている絢辻恭。話し合いの目的はこのバッターを敬遠するかどうかだが。


「まだノーアウトで、これからクリーンナップ……正直、これ以上ランナーは溜めたくないな。」


「もうこの一点で試合が決まりかねない状況で、わざわざ絶好調の恭さんと勝負する必要なんてありませんよ!敬遠すべきですっ!」


 皇成と光俊で意見が完全に割れていた。残りの野手陣は難しい顔をしてどちらの意見につくべきか迷っている。もちろんこの場面に完全な正解などない。ただどちらの博打に賭けるかを選ぶ、それだけの話だ。


 ――時間は残りわずか。沈黙が続いたこの状況でエース四葉花凛がようやく口を開いた。



「勝負する。開けてない引き出しは……まだあるわぁ。」


「………っ!花凛さん、まさか!?」


「うん、4つ目のサイン。ここから出してよぉ、皇成。」


「でもあれは……練習じゃほとんど……」


 本当なら県大会までに間に合わせる筈だった新球種。それが予想外に花凛が打撃に傾倒したことでそこまでクオリティを上げられなかったそのボールの使用には、正直皇成は反対だった。……でも。


「大丈夫よぉ。――私が、最強だから。」


 痛みを堪えながら、明らかに限界が近い身体で、それでもエースは胸を張った。それならもう谷皇成に言えることは何もない。エースを心から信頼し、後は来たボールを止めるだけ。


「みんな、勝負で異存ないな。」


 光俊の声掛けに、皆一様に頷く。最後に輪の中で全員が中心に向かって手を合わせた。


「さぁ行こうっ!」


内野手達が、マウンドから持ち場へ散っていく。それを見届けて、谷皇成はバッターボックスでゆったりと待ち構える絢辻恭をじっと睨んでこう言い放った。


 


「恭さん、貴方は絶対に三振に取ります。内野ゴロすら打たせはしない。」




 ▼△▼△▼△▼△▼△


 ――正直なところ、意外でもなかった。


 四葉花凛という女は周りがどれだけ反対しても、絶対に勝負から逃げない。たとえ戦術的に価値のあることだとしても、自ら負けを認めることなど絶対にない。


(ならお望み通り……俺が引導を渡してやるっ……)


 思考をクリアにして、狙うべきボールを今一度整理する。狙うべきはストレート、ライズボール。このピンチの場面で一打席目に打たれたチェンジアップを使ってくる可能性は低いと、そう考えていたが。


「ストライクッ!」


「――おお?」


 いきなり初球からアウトコースのチェンジアップ。これには恭も前に出されてバットが空を切る。


(なんつー強気なリード………ホームランが怖くないのか?)


 この初球のチェンジアップの選択は、バッテリーにとっては大きな賭けだったことだろう。リスクの分リターンは大きく、恭はチェンジアップを脳内から外して球種を絞ることが出来なくなった。


 そして……二球目。今度こそ正真正銘ストレートが内角高めに来る。捉えた……その筈だったが。


「ファール!ファールボール!」


「………っ!?」


  打球はバックネット方向へ。試合を決められる球をミスショットしてしまった。若干のタイミングの遅れはやはり初球のチェンジアップの残像ゆえだろうか。


(遅れた……追い込まれたっ!)


 こうなれば四葉花凛とまともな勝負は難しい。右打ちを意識して、最低でも進塁打を打って後続に繋がなくては。


 再び真正面から対峙した花凛と恭。サイン交換が終わり、投球動作に入る前に――何か一言、笑みを浮かべながら呟いた気がした。


 ――違和感。そのボールの投球動作は、どこかおかしかった。


(ストレートっ!)


 だがピッチャーからホームベースまでの11メートルという距離は、ボールの到達時間は、そんな思考の一瞬のノイズすら許さない。


 だから絢辻恭の身体はストレートと判断したまま動作し、抜群のタイミングでジャストミート……する筈だった。


 そのボールがインパクトのタイミングで消えるまでは。


 空振りし、膝をつき、ワンバウンドしたボールを捕球した皇成にタッチされたのを驚愕の表情で見つめる恭は、目の前で起きたことがいまだに信じられない。


 あの球速、間違いなくチェンジアップではない。だがあの鋭い縦の変化は……なんなら毎日毎日飽きるくらい見慣れたもので。


「ストライクッ!バッターアウト!」


 四葉花凛が何を投げてきたのか。考えてもみれば簡単なことだった。


 これと同じボールを今やハイレベルに扱えるようになった五十嵐志姫。その球種を彼女に教え、モノにさせたのは一体誰だったか。


 ――なぜ、彼女には使えないと思い込んでいたのか。



「恭。今の球は……」


「キャプテン。俺が三振に取られたのは……」


  その切り札は次のバッターに伝えるのも躊躇われるほど、四葉花凛攻略にはあまりに致命的なもので。


「――ドロップ。志姫と同じ、高速ドロップだ。」


 

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