⑮
美恵は真帆に同情し、守に感謝していた。
-⑮ 既視感と涙の正体-
数分前の事、息を荒げて守の腕を強く引く真帆の様子を見て辺りを見廻した美恵は、近くののぼりや仄かに匂ってくる料理の香りからキッチンカーがすぐそこの公園に多数止まっている事を知り、懐の財布から2000円を取り出して2人を呼び止めた。
美恵「ちょっと待って、これ持って行きな。守君には重要情報をくれたお礼、それと真帆ちゃんには怖い想いしたと思うから少ないけどヤケ酒代。」
真帆「ありがとう美恵おば・・・、お姉さん、でも良いの?」
美恵「良いのよ、個人的にお小遣いあげたくなったから何も言わずに持って行って頂戴。」
守「ど・・・、どうも。」
守からすれば大したことをしたつもりは無かったので素直に受け取りづらかったが、すぐにそんな事など気にならなくなってしまった。
目的の公園に入ると先程から微かに匂って来た香りが一層強くなった、多数ののぼりと共に沢山のキッチンカーが並んでいて真帆が目を輝かせていた。
真帆「守兄ちゃん、早く早く!!」
守「う・・・、うん・・・。」
興奮により真帆の力が一層強くなったので守は一瞬躓きかけたが何とか追いついた、並んだキッチンカーの近くに到着すると真帆は早速吟味を始めた。
真帆「何にしようかな、何から行こうかな・・・。」
真帆の「何から」という言葉に少し嫌な予感がした守は一先ずビールを買いに行く事にした、それを見かけた真帆は自分の分もと頼んでまた吟味をし始めた。
公園内にはテーブルが多数並んでいて、多くの客が飲食を楽しんでいた。守はすぐ近くに空いているテーブルを見つけるとそこに真帆のビールを置いてゆっくりと呑み始めた。
それから数分後の事だ、守の目には驚愕の光景が・・・。
守「げっ・・・、マジか・・・。」
真帆が大量の料理を乗せた皿を運んで来た、ほぼほぼホテルのビュッフェ感覚と言った所か、正直言っていくらかかったか想像したくはない位だ。しかし、驚くのはまだ早かった。真帆が皿を置いた瞬間に放った言葉に守は開いた口が塞がらなくなってしまったのだ。
真帆「これで・・・、足りるかな?」
周りの全員から「十分だろ」と言わんばかりの視線を感じた守は一先ず真帆を座らせる事にした。
守「冷めちゃったら勿体ないから食べようよ、それにビールもぬるくなっちゃうだろ。」
真帆「そうだね、ごめんごめん。」
真帆は守と乾杯すると購入した料理を肴にビールを楽しみ屈託の無い笑顔を見せた、そんな真帆の顔を見ながら守は「さっきの既視感は何だったんだろう」とふと思った。守がふと感じた「既視感」には何故か涙が滲んでいる気がした、ただ守は目の前で恋人が事故に遭うという経験をしていないので不思議で仕方なかった。
1人何処か悲しそうで浮かない表情をしている守に真帆が声を掛けた。
真帆「どうしたの?守兄ちゃん。」
守「ん?いや・・・、考え事をしてただけ。」
その時、とある2人が手を繋いで笑っている場面が脳裏に映し出された。
守「そうか・・・、秀斗と美麗だ・・・。」
真帆「美麗って松龍の美麗お姉ちゃんの事?」
真帆も守と同様に幼少の頃から学生時代にかけてずっと松龍に通っていたので、圭と同様に美麗とも仲良くしていた。
今思い出すと美麗は目の前で事故に遭った秀斗の葬儀に来なかったのだが、ずっと部屋で塞ぎ込んで1人泣いていた事を後から好美から聞いていたのだ。
そう、あの「既視感」や滲んでいた涙は全て美麗の物だったのだ。真帆は美麗の涙により救われたと言っても過言ではなさそうだ。
一方その頃、男性巡査に犯人を任せて美恵と文香は覆面パトカーで署に戻っていたのだがパトカーの中で美恵はずっと顔を蒼ざめさせて震えていた。
文香「美恵さん、大丈夫?さっき犯人に何て言われたの?」
美恵「名前よ・・・、奴の名前よ・・・。まさか奴がこの事件に関わっているなんて。」
文香「奴って、まさか・・・。」
「奴」とは・・・。