後悔の雨神と孤独の薬師
生贄という話しがありますが、この後は一切そういった残酷な話は出ませんので、この後の二人を楽しみにしていてください
此処はとある村の薬師が住まう古びた一軒家、男は今日も一人で黙々と薬を作っている。村のもの達からは薬草やキノコを使って怪しげな物を作っていると、気味悪がられ滅多にこの家には誰も近づかない。
「ふぅ、ん?雨か」
薬が上手く調合でき一息つく頃、男は家の屋根に落ちる雨粒の音に気付き、雨戸から見える雨粒の落ちる様子を見る、その表情には僅かながら寂しさのようなものがある
「何を感傷的になっている?俺はこうして薬を作って、それを村の人にあげて人助けをしてるじゃないか、俺の夢だった薬師になったのに。どうして寂しいなどと思っている」
一人きりの時間がめっきり増え、独り言も日常のようなものだ。男は一人きりに飽き飽きしていたのだろう、いつもは気付かないような小さな音に気付く
「人の・・・・声か?そんな馬鹿なこんな大雨の日に外を出歩く者などいるはずが無い、きっと雨のせいで感傷的になり人恋しくなって聞こえた幻聴だろう」
「・・・・・・・ぅぅっ」
ビクッと男の体が震える、確かに聞こえた。だがあまりにも弱弱しい声に驚き以上に薬師として助けなければという感情が起こる。こんな雨の日に怪我でもして動けないかもしれないのだ
『ザアァー』
戸を開けると雨は予想以上にひどくなっている、声のしたほうは家の裏からだった。急いで家の裏に回ると、そこには同い年くらいだろうか18〜19の女が木にもたれる様にして倒れている
「おいあんた大丈夫か?」
「うむ?」
女は奇妙な格好をしていた。まるで巫女のような白い服に青い蝶の模様が入っている服を着て、何よりも特徴的な空のように青い瞳とその青を薄くしたような髪をしている。
「お主雨は好きか?」
「今はそんな事どうだっていいだろ、どこか怪我をしているのか?」
「大事な事なのだ妾にとってはな」
「・・・・嫌いだよ」
「そうか安心した、妾も嫌いじゃ」
「嫌いなのはよくわかったから、俺の質問に答えてくれ、どこか怪我でもしたのか?」
「ちと足を挫いた、そこの石に躓いてしまってな」
女の足を見ると複雑な転び方をしたのか、左の足の付け根が大きく腫れて赤くなっている、草履は鼻緒が切れて近くに落ちていた
「これは酷いな、俺の家に入って手当てをしないと」
「手当てなぞ出来るのか?」
「いちよ薬師だからな、ほら背中に乗れ」
「しかし・・・・」
「早くしろ」
女は何かを考えている様子だったが、背中に乗らないので振り返る男の目をじっと見つめてからようやく背中へと乗る。しっかりと足を持って落ちないようにして、家の中へと急ぐ。
奇妙なことに女は雨にうたれていたはずなのに少しも濡れておらず、また産子のように軽かったが男はその時それに気付かない程急いでいた。
戸を開け家に入り、女を慎重に座布団に座らせて足を見る
「なるほど良かった骨は大丈夫だな、だが強くひねって捻挫しているな。治るのにしばらくかかりそうだ。とりあえず薬で痛みと炎症を抑えて、板で固定するからじっとしておいてくれ」
「うむ分かった」
女は足を見る時まったく動じず、むしろ部屋の中を物珍しそうに見ていた。本来ならば相手を警戒するはずが、目の前の女は少しも男の行動に警戒をしていない様子だった
「そんなに珍しいか薬師の家が?」
「うむ珍しいのう、人間とは案外面白い事を考える」
「?まあいいが、少し動くな痛いかもしれんが」
「分かった動かぬ」
薬を塗って板と包帯で足を固定する間、女はまったく動かず、治療する身としてはとても楽だった。男がふと女を見ると目が合う
「どうかしたかの?」
「妙に落ち着いているから驚いているんだ、会ったばかりの男に治療されているというのに」
「落ち着かない理由があるかの?」
「もしかしたら俺は危険かもしれないんだぞ?」
「会ったばかりなのに親切に治療までする男に、今更危険など微塵もないと思うが?それに妾
は人を見る目はあるつもりじゃ」
「そうか」
どうやら女は今の状況に危機感は抱いていないようだった、まあ男は何かをするつもりもなかったのだが・・・。
「よし終わったぞ」
治療をし終えた男はこの先どうするかと、思案に暮れるが何も思いつかない、仕方なく女に目をやると、治療を受けた足を見てから、さも面白そうにこちらを見返してくる
「今日はもう遅いがどうする?村に知り合いは居るのか?」
「おらんな、なあお主一人身は寂しかろう?どうじゃ妾を此処に泊めるというのは?」
どうやら用があって此処に来た訳ではなさそうだった、何処か常人離れした女に不安を覚えた男はすぐに首を縦に振らず、女を見る
「そういえば名前も言っていなかったの、妾は雨神というお主は?」
「俺は霧野優真、見ての通り薬師だ自己紹介は済んだ。用もないのにどうしてこのような夜更けにあんなところに居た?」
「もしも今から語るのが嘘でないと信じてくれるなら話そう」
「信じる、これでいいか?」
「では話そうかの、妾がこの世界に来た理由を・・・」
女が話す物語は一見すれば嘲笑ものだったが、真剣な様子に笑う訳にもいかず黙って聞く。女の言う話しはこうだ
昔昔、ある所に深刻な雨不足の村があった。その村には雨を呼ぶ為に生贄をする習慣があった、しかしその習慣は長い間固く禁じていた、だがとうとう生贄を出さねばならないほど雨不足は深刻になっていった。村人は生贄をくじで決めることにした
「お主はもしもこの村にこのような習慣があったらどうするかの?」
突然話を切って聞かれたが、優真はすぐに返事をした
「止めるさ、生贄で雨不足が解決するわけがない」
「やはりそう思うか・・・じゃがその村はそれ以外の方法はおろか、生贄の無意味さには気付かなかったんじゃな」
そう寂しそうに呟くとまた話を語り始めた
選ばれたのは一人の女、最近子供に恵まれたばかりだった。当然女に深い同情の声が寄せられたが生贄に選ばれたのも運命と、村長は生贄を変えはしなかった。
そしてとうとう女が生贄にされる日がやってきた。生贄の方法は村から離れた崖から飛び降りる事。涙を浮かべる人々や、女を愛する夫の激しい葛藤と悲しみがそこにはあった。多くのものがこの日に涙していた、女は自分が死ぬのは構わないが子供を一緒に死なせるのは嫌だと泣いていたが、覚悟を決め崖へと来た。雨雲ひとつない空に憎しみを向け人々は崖から飛び降りた女に懺悔した・・・。
女が飛び降りた後すすり泣く者達に、涙ではないものが頬を濡らさせる
雨だ・・・
あれほど待ち望んでいた雨なのに、皆喜ぶどころか怒りしかなかった。
どうして!?どうして!?もっと早く降ってくれれば!!
その村には女の死にわびる様に長い間雨が降り続けたのだった。
「どうじゃ?どう感じた?」
「馬鹿だな、女は飛び降りる必要はなかったのに、周りの人間も馬鹿だ」
「そうじゃな、だがな一番の馬鹿は妾なのじゃ」
「お前が?どうしてだ?」
女は悔しそうに唇をかみ締め涙を流す、その涙がまるで村に降り続けた雨のようにわびているように見えた
「さっき言ったじゃろう?妾は雨神なのだと。あの村に雨を降らさなかったのは妾」
「何を言って?」
「妾は雨を好きなときに好きな場所で降らせられる、雨使いの神なのじゃ」
信じられなかった、目の前の女が神様だなんて、だが女はとても嘘をついているように思えなかった。信じたと同時に怒りが沸いてくる
「どうして雨を降らせなかった!?そのせいで村にいた女は」
「疲れておったのじゃ、雨を降らせるのに。毎日毎日人々の所に願いを聞き入れ降らせる事にの」
「疲れただと?神様なんだろだったら」
「人間のお主に何が分かる!妾とて休みが欲しいし、自由な時間を持ちたかったのじゃ!!」
あまりの声に怒っていたはずの優真が後ろに仰け反る
「神は自分の事を考えてはならんと言うのか?我侭など捨てよと?いやじゃ!妾も普通の女子のように恋がしてみたい!!お洒落もしてみたいし美味しい物も食べてみたい!」
まさに嵐のような剣幕で優真に詰め寄ってくる雨神。青い瞳は必死に自由を求めていた
「妾とてあの村で起きた悲劇に心を痛めなかったわけではない、じゃから妾は雨神としての力のほとんどを他の者に預け、二度と同じ事が起きぬようにしてきたのじゃ」
そこまで言い切ると疲れたのか座布団に座り、一息つく
「じゃあお前はもう神様じゃないのか?」
「うむ、少しなら力も残っておるが、もう一度雨を降らせればこの身も消えてしまうの」
「じゃあ泊まっていけ、何の力も無い奴を外には放り出せん」
「よいのか?」
雨神としての失敗に深く後悔しているのは分かったし、何よりもこんなに寂しそうな様子では放ってはおけなかった
「ありがとう妾はそなたの恩を決して忘れんぞ」
「泊めてはやるが、明日からは自分でどうするか決めろ。この村に住むのもいいし、別の村に行くのもいいだろう」
「難しいことは分からんが、まあ明日のことは明日にならんと分からぬからな。では布団とやらを敷こうかの?」
「予備のがあって良かった、お前には予備のを貸してやる」
「うむ分かった」
火を消し暗くなった部屋で、少し離れた所で寝る雨神を見る。明日からどうするつもりかと気にはなったが、優真は久しぶりの孤独を感じない時間に安心し、ゆっくりと眠るのだった
こうして奇妙な出会いは終わった。過去を後悔しながら自由を求める雨神と、孤独だった薬師の優真はどんな未来を作るのだろうか。その話はまた今度・・・・。
読んでくださってありがとうございます。あまり書いたことのないシリアスな話で大変でしたが、この後は明るく楽しい話になってくるので、良かったら続きを見ていただけると嬉しいです。




