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048 失敗

「クルトに回復魔法を!」

「ヒール…!」


 イザベルの指示が飛び、あたしと同じく勇者になっていたハルトとリリーが、クルトにヒールを唱える。勇者の回復魔法はすごい強力だ。これでクルトは大丈夫なはず。


「ゲハッ…!」


 大丈夫だと思ったのに、クルトがまた血の塊を吐き出した。なんで!?


「これは…!?」

「なん、で…!?」


 ハルトもリリーも悲痛な声を上げる。どうして!? 勇者の回復魔法は、手足を失っても生えてくるほどとても強力だってクルトが言っていたのに! 生きてさえいれば、治せない怪我なんて無いってクルトが言っていたのに! なんで治らないのよ!? なにか間違ってるの!? いったい何を間違えてるって言うの!? なんでこんなことになってるの……ッ!?


「あっ…!」


 その時、あたしの頭の中で、なにかが繋がった感覚がした。そうよ! そもそもクルトが倒れている理由。クルトを傷付けた凶器。あの短くて太い矢ってどこにいったの? もしかして、まだクルトの中にあるんじゃ……。


「どいて!」

「きゃっ!?」


 あたしはリリーを強引に押し退けると、クルトの胸へと手を伸ばす。血で汚れた服を掻き分けて、服に空いた穴から撃たれた場所に検討をつけて手で触って確認する。


「やっぱり…!」


 あたしの手には硬く冷たい感触が返ってくる。クルトの胸からほんの少しだけ太い金属の丸い棒が顔を出していた。


「矢が刺さったままなの!」

「ッ!?」

「あッ!?」


 クルトを治すためにはまずは矢を抜かないと。あたしは金属の矢を指で摘まんで引き抜こうとする。でも……。


「抜けない…!」


 指が血で滑って全然抜けない。違うわね。たぶん、勇者の力で全力でやれば抜くことができると思う。でも、そんな力で抜いたりしたら……怖い……クルトの命ごと引き抜いてしまいそうで怖い。


 クルトの顔はもう血の気というものが失せてしまっている。目の下や唇が蒼黒く染まっていた。もう一刻の猶予もない。このままじゃクルトが助からない。あたしがやるしかない。


 そう自分に言い聞かせて、両手で金属の矢を握る。


「あたしが抜くから」

「分かっています。すぐにヒールを唱えます」

「私、も…!」


 あたしたちはお互いの役割を確認し合って、真剣な表情で頷き合う。マルギットが神に祈るように手を合わせていた。


 お願い神様! どうか、まだクルトを連れて行かないで!


 あたしも短く神に祈ると、覚悟を決める。


「いくわよ。3、2、1、0ッ!」

「グフッ!」


 あたしが矢を引っこ抜くと同時にクルトが口から血を零す。矢には大きな返しが付いていた。矢は、クルトの肉を引き千切りながらもなんとか抜ける。


「ヒール!」

「ヒール…!」


 クルトの体が淡く緑の光に包まれて、無残に引き千切られた穴が盛り上がり、(すぼ)まるように埋まっていく。同時に、小刻みに震え乱れていたクルトの呼吸が、深くゆったりとしたものに変わっていった。


 もう大丈夫かしら? なんとかなったっぽい?


 クルトの胸に手を当てると、トクントクンと規則正しく心臓が脈打つのを感じた。


 生きてる。クルトは生きてる!


 安心したからか、瞳が涙に濡れ、景色と一緒にクルトの顔が歪んだ。


 良かった! 本当に良かった……!


 涙は頬を伝い、後から後から溢れてくる。無性に大声を上げて泣き出したくなるのを我慢して、あたしは袖で涙を拭った。


「クルクル……ッ! ごめんッ……ごめんよぉ……」


 はらはらと涙を流してクルトの頭を抱きしめて震えるマルギット。そんなマルギットの背中をイザベルが優しく撫でていた。



 ◇



「クルトさんの容体は安定しましたね。それで、どうしてこんな事態になったのでしょうか?」


 未だ血の気が引いた顔をしているクルト。しかし、その呼吸が深く安定したものとなってしばらく経った時、ハルトが口を開く。


 まったく、マルギットがまだ泣いているのに情の無いこと。私が背中を撫でてるマルギットからは、まだビクビクと嗚咽の名残が残っているのに……。本当にデリカシーの無い男ね。


「私は前を向いて敵の矢を弾くのに精一杯でしたので、どなたか説明を願います」


 でも、ハルトの言うことも分かる。ここは平和な街の中ではなく、ダンジョンの中。何事も手早くこなさないと。私たちの立てた作戦通りに事が進まなかったのは事実。ならば、失敗の原因を突き止め、二度と同じ失敗を演じないようにしなくてはいけない。


 理屈は分かるけど、もう少し人の情というものを考えなさいな。


「ァ……あの……」


 クルトの頭を胸に抱いて泣きながら必死に言葉を紡ごうとするマルギットの姿を見て、なにも思わないのかしら?


 マルギットに話させるのは酷ね。ここは私が話すべきかしら。私はマルギットの背中をポンポンと叩いて、無理して喋らなくてもいいと合図を出す。


「ベルベルぅ……」

「無理しないで。私が話すわ」


 私はマルギットに代わって話し出す。私たちの失敗を、クルトの献身を。


 クルト……まさか、貴方が自分の身を犠牲にしてまで仲間を守るなんて……。その勇気は称えられるべきものだわ。貴方は自分は【勇者】にはなれないと言っていたけど、貴方はまさしく勇者と呼ぶにふさわしい勇敢さを持っているわ。


 初めは皆の言うように打算的な気持ちが強かった。でも、今では……。


 クルトを想うと、だんだんと頬が熱くなっていくのを感じた。

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パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
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