049 ルイーゼ
ガタンと揺れる振動に、僕の意識はつかの間の浮上をする。ボーっとする頭。わずかに開いた目に映るのは、赤く燃えた夕暮れの空だ。ガタゴトと不規則に揺れる振動は、猛烈に眠気を誘う。ここはどこだろう?
横を向くと、沈んだ様子のルイーゼが膝を抱いて俯いて座っていた。ルイーゼのあんなに元気の無い姿、初めて見たなぁ。いつもルイーゼに感じていた覇気というものが無く、しょぼくれた、萎れたような雰囲気だった。どうしたんだろう? ルイーゼが沈んでいると、僕まで悲しくなる。
ルイーゼを励ましてあげたい。
そんな僕の思いとは裏腹に、僕の口は開くことはなく、瞳はゆっくりと閉じられた。
◇
暗い洞窟の中。砕け散る光の障壁。胸に迫りくる太いボルト。胸に感じた強い衝撃と熱さ。陸上なのに、まるで溺れたようにままならない呼吸。胸は焼けるほど熱いのに、指先から冷たくなっていく虚無感。黒くなる視界。急速に失っていく意識。意識を失ったら、そのまま死んでしまうのではないかという、どこまでも冷酷な恐怖。
「ぁぁああぁあああああああああああああああ!」
僕は悲鳴を上げ、抗うように藻掻く。
「ぁ……? ゴホッガハッ!」
僕は異変に気が付き、次の瞬間、盛大に咳き込んだ。まるで喉になにかへばり付いているかのような違和感。咳き込むごとに、鉄臭い血の味がした。血の味が、僕の身になにが起こったかを思い出させた。
「はぁ……はぁ……」
咳きもようやく止まり、僕は急いで服の上から自分の胸を確認した。血で濡れてもいなければ、穴が穿たれてもいない。そのことを確認して、ようやく僕は安堵し、周りを確認する余裕ができた。
「知らない天井だ……」
窓から差し込む淡い月明りの薄暗い闇の中、目に入り込んだのは、木製の天井だった。
手足や背中に感じるのは、粗いけど柔らかな厚手の布の感触。どうやら僕はベッドに横たわっている状態らしい。ここはどこだろう?
また『極致の魔剣』に誘拐されてしまったのだろうか? 僕の中で不安が鎌首をもたげる。
しかし、今回は拘束されていないようだ。手足が自由に動く。『極致の魔剣』の犯行じゃないのかな? 彼らなら、問答無用で僕を鎖かなにかで縛り付けそうだ。
僕はベッドの上で上体を起こして辺りを窺う。窓から差し込む優しい月明りに照らされた室内は意外に狭い。僕が泊まっている安宿の個室よりも一回り広いくらいしかない。ベッドが部屋の半分を占めている状態だ。
暗いから部屋の中の様子はよく分からないけど、なんだか砂糖を入れたミルクのような甘い香りがした。
どうして僕はここに居るんだろう?
僕は記憶を探る。たしか、今日は『百華繚乱(仮)』のメンバーと一緒にレベル3ダンジョン『コボルト洞窟』に冒険に行ったはずだ。下層まで降りて、ボス部屋まで行って……。
そうだ。僕はレッドパーティにクロスボウで撃たれて……。
そこからの記憶は、まるで濃い霧がかかったかのように、ひどく曖昧だ。覚えているのは、クロスボウのボルトが僕の胸を穿った熱さと、ヒヤリと冷たい物が体内に侵入した恐怖。そして、ボルトを引き抜かれた時のゴリゴリと骨を削り、ブチブチと肉を引き裂かれる感覚。僕は死を覚悟するほど衝撃的だった。その後の記憶が無い。
僕は改めて自分の胸に手を置く。痛みは無い。穴も穿たれてはいない。微かに心臓がドクドクと早鐘を打つのを感じた。生きてる。僕は生きている。
自分の鼓動を感じて、ようやく僕は生を実感できた。
安堵のため息を吐こうとすると、バタンと勢いよく部屋の扉が開く音がした。
「クルト! 大丈夫!?」
珍しく焦った様子で現れたのは、長い金髪を靡かせたルイーゼだった。ルイーゼはひどく慌てているようだけど、僕はルイーゼの姿を見て、ホッと心が安らいだ。
「クルト!」
ルイーゼが僕の姿を見て大きく目を見開くと、飛び込むように僕の胸に抱き付いてくる。いきなりのことに僕の心臓は、その鼓動を加速していく。
ルイーゼはいつもの鎧姿ではなく、簡素なワンピースを着ていた。ルイーゼから感じる温かさ、柔らかさ、そして自然な甘い香りに頭がクラクラする。
「生きてる……。生きてるよぉ……」
ルイーゼが僕の胸に耳をくっつけて噛みしめるように震える声で呟くのが聞こえた。どうやらルイーゼをひどく心配させてしまったみたいだ。
僕は申し訳なさを感じながら、行き場を失った手でルイーゼの頭を撫でた。細く繊細な柔らかいルイーゼの金髪。その向こうに、確かにルイーゼの体温を感じた。
「もう起きて平気なの……?」
ルイーゼが僕の胸に抱き付いたまま上目遣いに尋ねてくる。そのかわいさたるや、筆舌に尽くし難いほどだ。
「………」
「クルト……?」
「ッ!?」
ルイーゼに名を呼ばれて、やっと僕はルイーゼに見惚れていたことに気が付いた。気が付いたけど、ルイーゼから目が離せない。頬が一気に熱くなっていくのを感じる。
「だ、ダイジョブだよ……?」
「クルト?」
僕の様子がおかしいことに気が付いたのか、ルイーゼがまた疑問の声を上げる。本当はルイーゼを安心させたいのに、ルイーゼのうるうるに潤んだ青の瞳に見つめられると、金縛りに遭ったかのように動けなくなってしまう。
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