020 お誘い
ルイーゼとラインハルトの二人と冒険者ギルドで別れた僕は、冒険者ギルドの飲食スペースに並べられたイスに座って、ある人を待っていた。
おそらく、僕が昨日の夜に気が付いたように、彼女たちも、なんらかの異変を感じたはずだ。……と、思ったんだけど……。
「遅いなー……」
彼女たちのとって、死活問題のはずだから、もっと機敏に反応するかと思ったんだけど……違ったのかな?
腕を組みながら、そんなことを考えていると、ぬっと僕の頭に影が差した。見上げると、ニヤニヤと嫌な顔を浮かべた男たちと目が合った。またか……。
「はぁー……」
「いきなりため息とは、いい挨拶だな、おい?」
「てめぇー。ナメてんじゃねぇぞ?」
べつに、ナメているわけじゃないんだけどな……。
僕を取り囲む四人の男。彼らはポーターもどきと呼ばれる冒険者の底辺だ。
「ヒヒッ。お前、勇者様のパーティをクビになったんだって?まぁ元々、お前なんかが勇者様のパーティに入っていたのがおかしかったんだけどな。ヒヒッ」
「しかも、昨日はポーターとして無様を晒したそうじゃないか?」
「困るんだよねー、ああいうマネされると。僕たちポーター全体が下に見られるじゃないか」
「そうだそうだ」
パーティに誘われているのを待っているのか、それとも他のパーティに冒険に誘われなくて気が立っているのか。僕を囲んでポーターもどきたちが僕を罵倒する。彼らにとって、僕は丁度いい不満の捌け口で、時間潰しにはもってこいなのだろう。彼らはストレスを発散できてハッピーだろうけど、それに付き合わされる身にもなってほしい。
僕を罵倒している暇があるなら、情報収集でも自身の売り込みでもすればいいのに。
しかし、どうしよう? ポーターもどきに囲まれているため身動きが取れない。強引に突破しようかな? 待ち人も来そうにないし、そろそろ明日に備えて宿に帰るという選択肢も現実味を帯びてきたところだ。
それに、冒険者同士の私闘はご法度だ。ポーターもどきたちは、口は出せても僕に手を出す勇気はないだろう。冒険者ギルドからの心証が悪くなれば、今後パーティを斡旋してもらえず、困るのは目に見えている。
よし! 強引に突破しちゃおう! いつまでも彼らに付き合ってるなんて時間がもったいない。
そんな決意を固めると、こちらに近づいてくる人影が在るのに気が付いた。あぁ……やっと来たのか。
「おい! 話を聞いているのか!?」
僕は憤るポーターもどきたちを無視して現れた人影を見つめる。もう少し自分の心が動くかと思ったけど、僕の心は静かな水面のように凪いでいた。
「アンナ……」
僕の言葉にポーターもどきたちは大げさに体を震わせると、人垣が割れるようにすごすごと後ずさる。
「「勇者様!?」」
ポーターもどきたちは、アンナの登場にひどく驚いているようだった。まぁ、いきなり雲の上の人が目の前に現れたのだから当然かもしれない。
「あなたたち邪魔よ、消えなさい」
いきなりの【勇者】の登場に驚くポーターもどきたちに、アンナの冷たい声がかかる。思えば、村に居た時は、こんなに傲慢な少女じゃなかったんだけどな……。どこにでも居るような明るい少女だった。変わってしまったアンナの姿に少し悲しいものを感じる。
「い、行こうぜ」
「おう」
「勇者様、失礼しました」
ポーターもどきたちが、いそいそと去ると、アンナが僕を見て歪な笑みを浮かべる。なんていうか、無理矢理努力して浮かべた笑顔って感じだ。目が笑ってないから不気味さすら感じる笑顔になっている。
「クルト、あなたにお話があるの。一緒にパーティの拠点まで来てくれないかしら?」
「お断りだよ。今更何の話があるんだ」
昨日、僕を捨てたのは君たちだろう。
アンナの目が更に細くなる。もう半分睨んでいるような視線だ。
「そんなこと言ってないで。さっさと来なさい」
「話があるなら、ここで聞くよ」
僕が冒険者のギルドのテーブルをトントンと指で叩くと、アンナの口の端がピクリと動いた。
「言い方を変えるわ。アレクがあなたに話があるそうよ。あなたにとっても悪い話じゃないわ」
アレクサンダーが僕に話……ね。話の内容は大体察することができる。
それにしても、『極致の魔剣』の要であるはずのアンナが、なぜこんな使い走りのようなマネをしているんだろうね。これまでそれは僕の役割だったけど、僕が居なくなったからアンナがしているのだろう。アンナはこの異常事態に気が付いているのだろうか? こんな扱いに不満は無いのだろうか?
まぁ、アンナの人生だからね。好きにしたらいいさ。
「お断りだよ。君たちが僕を捨てたんだろう? 僕も君たちを捨てることにしたんだ」
アンナはもう笑顔を浮かべていない。僕を睨んでいることを隠そうともしない。君は僕に頼み事をする立場だろうに。きっとアンナの中で、僕は命じればなんでも言うことを聞く奴隷のままなのだろう。
まぁ、これ以上アンナをいじめても仕方がないか。僕も彼らに用があって、ここで待っていたんだ。誘ってくれるなら、応じよう。
「でも、これまでのよしみで、話だけなら聞いてあげてもいいよ。僕も君たちには用があったしね」
「ぐっ! そ、そう。それはよかったわ……」
僕ごときに上からものを言われるのは、アンナの神経をひどく逆撫でしているのだろう。一瞬、アンナの手が出そうになって、無理やり押し込めているのが見えた。
まぁ、いまさらアンナなんてどうでもいい。
「じゃあ、行こうか」
僕はイスから立ち上がると、アンナを無視して歩き出す。
これから、僕にとっての小さな戦争が幕を上げる。
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