112 竜の国の王子 ⑦
投稿お待ち下さっていた皆様、遅くなり申し訳ありません。
宜しくお願いします。
その騎士を見た瞬間涙が溢れてきた。
直ぐにすがりたい気持ちが沸き上がってくる。
この人はおそらくアレクの言う、私の元婚約者。
放っておかず、遭遇した野獣からも守ろうとしてくれ、且つこれ程追って来るというのは、いい感情か、悪い感情かは分からないが、私に対して何かしら強い気持ちを持っているという事だろう。
でもこの表情を見るに、私を見つけてホッとしているように見える。
「アウロラ、無事で良かった。」
騎士はそう言って、何の躊躇いもなく私を抱き締めた。
懐かしい、よく知っている香り·····。
自然と緊張していた身体の力が抜ける。
「記憶は戻ったかい?」
優しい、私を気遣う声。
直ぐに答えない私の顔を見るために、騎士は抱き締めていた身体を一旦離す。
目と目で見つめ合う。
「アウロラ?·····戻ってないか····。」
少し悲しげな瞳に胸が苦しくなる。
この人にこんな表情をさせてはいけないと、本能がそう告げているようだ。
「すみません·····あなたは私の元婚約者の方ですよね?」
何とか声を振り絞り、そう聞いてみる。
騎士は目を少し見開き、驚いているようだった。
しかし直ぐに冷静さを取り戻し、ゆっくり私に語りかける。
「あの男から何を聞かされているか分からないが、今から俺の言うことを落ち着いて聞いて欲しい。君は俺の元婚約者ではない。俺達は結婚している。君は俺の妻だ。」
「妻·····アレクの妻ではなく?私はあなたの元を去り、アレクと駆け落ちしたのではないのですか?」
「駆け落ち·····あの男はそんな事を。あの男はアレクというのか。アウロラ、君は俺の妻で、グリフォニア公爵家の次期公爵夫人だ。」
「え?」
「俺達はまだ結婚したばかりなんだ。俺が王都に行っている間、君は場内の神殿にある診療所で、身分を隠して医療活動を行っていた。その時、診察に訪れた患者の中に良からぬ事を企んでいた賊が紛れ込んでいたようで、部屋に薬の煙を焚かれ、その場に居た者達は皆、気を失い倒れた。アウロラ、君もそこに居た人間の1人で、その際君だけ拐われた。賊は意識障害をおこす薬を使っているようで、おそらく拐われた後、アウロラは再び薬を盛られ、記憶を失っている。」
「薬····記憶喪失·····。」
「····どのくらいで記憶が戻るかは分からない。だが大丈夫だ。ゆっくり戻していけばいい。たとえ戻らなくても、俺は君を離しはしない。」
その言葉に再び涙が溢れてくる。
騎士は優しく指で涙を拭ってくれたが、一向に収まらないので、顔を近づけ、目元に口づけた。
「!!」
驚いて身体が強張る。
しかし騎士は全く気にしていない様子で、目元に何度も唇を寄せる。
それが心地よくて、次第に身体の力が抜けていく。
それが分かったのか、騎士はとうとう唇に口付けた。
「嫌かい?」
嫌じゃない······。寧ろずっとこうしていたい。
「私は······アレクの妻ではない?本当にあなたの?」
「ああ、安心していい。今のも嫌ではないだろう?」
私は小さく頷く。
「あの男が言うように駆け落ちしたのなら、記憶を失っていても嫌悪感は残るものだ。だから俺との口付けが嫌でなかったのなら、その本能に従って欲しい。」
本能·····。
私の本能は貴方と居たいといっている。
信じていいのだろうか········。
アレク、ごめんなさい。
私の本能がこの人を求めている。
失いたくないほどに·····。
この騎士を受け入れると気持ちを決めた途端、アウロラは緊張の糸が切れたのか、騎士に身を委ねながら、意識を手放していた。
◇◇◇
「くそっ、頼む、戻ってくれ!ローラをあの場所に1人残しては行けない!野獣に襲われたらどうするんだ?!」
俺は身体を竜に捕まれ、飛行しながら竜にそう訴える。
竜は言葉を理解していないのか、俺を無視して飛んでいる。
やがて眼下の森から俺の姿を捕えたのだろう、数人が森から出て、湖の近くの開けた場所で俺を迎えてくれた。
皆一様に、竜の姿に目を輝かせて驚いている。
「殿下、竜をお連れに!!」
竜は俺を下ろすと直ぐ様舞い上がった。
「!! 何と!逃げてしまう!捕まえねば!」
誰かが叫ぶ!
「殿下、お怪我を?」
「俺は大丈夫だ。骨折はしているが。待て!捕まえようとするな!」
「何故です?!」
「俺達は竜に認められていない。無理矢理捕まえても直ぐに逃げられるだけだ。それに今は、『古代種に愛されし乙女』が俺を助ける為、竜に命令しここに運ばせた。彼女自身はまだ森の中だ。俺のこの怪我は野獣にやられたものだ。危険な森に彼女を放置してはおけない。この竜に助けに行かせねば。」
「我々が向かいます!」
「ああ、竜の背を追い彼女を探せ!」
「承知しました!」
そう返事をして4人が竜の後を追う。
「殿下無理をなさいましたな。」
「無理でも、彼女を手に入れられればいい。」
「·····『古代種に愛されし乙女』というだけではない感情をお持ちですか?」
「参ったな·····。俺が彼女を骨抜きにするはずが、この様だ。·····人の純粋な愛情は心地いい。」
「そんな顔をされるとは·····そのお気持ちをお持ちなら、竜はいつかアルネストに帰ってくるかもしれませんな。」
そうなればいいが·····。
飛び去る竜の背中を見ながら、アルネストの王子はアウロラに想いを馳せていた。
◇◇◇
静かな呼吸。
温かい手。
命のやり取りをするような戦闘を何度も経験してきたが、人が生きているという事に、これだけ安堵することはアウロラ以外はなかったように思える。
無事グリフォニア城に帰って来たアウロラを、傷の治療も含め、身体を清めた。
勝手に染められた髪も、今は黒髪から本来の亜麻色に戻っている。
「ルーク様もお疲れでしょう。アウロラ様はまだ暫くお休みになられるでしょうから、今のうちにお食事を。お休みはこちらの部屋でなさいますか?」
「ああ、今夜は片時も離れるつもりはない。共に休む。」
「承知しました。それから、古代種の竜を追ってきた賊ですが、戦闘後、逃走した後を追いましたが、見失ったとの事です。ダラム王国に向かった模様ですが、ダラムの者かは定かではないようです。」
「おそらくアルネスト王国の者だろう。引き続き警戒するように伝えてくれ。」
「承知しました。では食堂へ。」
侍従に勧められ、漸く腰を上げる。
その後も、報告書もこの部屋で書き、夜はベッドを共にし眠った。
「アウロラ、愛している。本当に良かった·····。」
アウロラ達が野獣に追われ、斜面から落ち、川に逃れたと思い探していた時は、生きている心地がしなかった。
空に、いつか見たものと同じムク様の発光した姿を見た時、神が助けを寄越してくれたのだと思った。
そうして森で発見したアウロラ。
黒髪で、服は裂かれ、汚れ、傷を負っているその姿を見て、自分の中の遠い記憶が、心が、ざわつくのを感じた。
ベッドに共に横たわり、アウロラを優しく抱き寄せる。
アウロラの甘い香りに包まれながら、アウロラを取り戻した安心からか、ルークもまた深い眠りに落ちていった。
◇◇◇
何処かで見た風景。
風が優しく私の黒髪を撫でていく。
アレクに染めるように言われ、こうしたが、意外にも違和感を感じなかった。
目の前には豊かに実った穂が、金色の絨毯を敷いている。
『カミーユ様、お身体を冷やしませんように。』
そう言って後ろからマントを羽織らせてくれる。
誰?
カミーユって·····。
振り向くとそこには赤毛の騎士が立っていた。
逆光で顔がはっきりと見えない。
私は差し込む夕日に目を細める。
『リュド?』
無意識にそう言葉に出していた。
私の護衛騎士·····そう認識している自分がいる。
『アスラン王の遠征に呼ばれましたので、明日ここを離れます。戻りましたら、直ぐ様ローヴェル王国に向かいます。』
騎士は私にそう告げる。
『前線は激しい戦いが続いていると聞いています。リュド、貴方が無事に帰ってくる事を毎日祈っています。』
『·····カミーユ様、どうかローヴェル王国では誰にも狙われず、心安らかな日をお過ごし下さい。』
騎士の優しく、労るような声が心地いい。
『リュド·····ローヴェル王国では王子は側妃を幾人も持つこともあるそうよ。私は、ケイレグ王子に愛してもらえるかしら。』
『ラジャル王国の至宝と言われているカミーユ様が、何を心配されるのですか?』
『·····貴方が居ないとこんなに不安になるのね。』
思わずそう呟いてしまう。
途端に、まるで時間が早回りするように夜の帳が下りる。
先ほどまで、逆光で見えなかった騎士の顔が、月の光によって照らし出される。
リュドと呼んだ騎士の赤毛は、月の光に染められるようにプラチナブロンドに変わっていく。
え?
今アウロラが見ているのは夢だと分かっている。
しかし魂の感覚が、それは現実だと訴えてくる。
リュド·····いえ、ルーク様·····。
リュドと呼んだ騎士は、色は違うがルークの顔だった。
そして月の光によって、それはアウロラが見知った姿へと変わっていく。
『心は何時までもカミーユ様のお側に。·····いや、アウロラ·····帰ろう。』
完全にルークの姿に変化し、アウロラの前に手を差し出す。
『アウロラ帰ろう。』
その一言で、アウロラもまた、黒髪から何時もの亜麻色の髪色に変わっていた。
アウロラは迷わずその手を取った。
◇
夢·······。
不思議な夢。
何だか懐かしい。
そして今も、私は何かに包まれている。
愛おしさで胸が締め付けられる。
ゆっくり目を開く。
今は夜なのだろうか。
部屋は薄暗い。
頭の中が混乱している。
どこからが夢だった?
アレクの事は夢だった?
でも確実に言えるのは、今私を包んでくれているこの温もりは、私の愛しい人のものだということ。
頭を動かし顔を見上げる。
癖のないプラチナブロンドの髪。
「ルーク様·····。」
思わず呟く。
久しく口にしていなかったように思える。
あ····私記憶を失っていた?
必死に記憶をたどっていると、目の前の目蓋がゆっくり持ち上がる。
エメラルドの瞳がアウロラを捉える。
!!
見つめられただけで、アウロラの頬は赤く染まる。
ルークの腕がゆっくり動き、アウロラの頬を撫でる。
気持ちよくて、アウロラは思わずその手にすり寄る。
ルークはそれを見て頬を緩める。
「アウロラおはよう。」
「ルーク様、おはようございます。すみません、起こしてしまいましたね。」
アウロラがそう言うと、あからさまにホッとしたようにルークはアウロラを強く抱き締めた。
「思い出してくれた?」
「思い出す·····やはり夢ではなかったのですね。今、混乱していて·····。私は拐われ、記憶を失っていました?」
「ああ。」
「黒髪に染められ·····ルーク様も髪を赤毛に染めていました?」
「····赤毛?·····いや。」
「ではあれは夢なのですね。赤毛のルーク様も素敵でした。」
「····そうか。」
「私がここにいるという事は、皆さんで探して、助けて下さったのでしょう?お手数をお掛けしました。まだ少し混乱しているので、ゆっくり状況を思い出そうと思います。」
「ああ、ゆっくりでいい。今は休んでくれ。」
ルークのどこか切ない声色に、アウロラの胸も切なくなる。
「ルーク様·····お側に戻れて良かったです。」
アウロラはルークの胸に顔を埋める。
「離されても、何度でも連れ戻しに行くから。どこに居ても助けるから。」
「はい。ルーク様をずっと待っています。」
「·····アウロラ、愛している。」
「私もです。ルーク様。愛しています、とても·····。」
そう言ってアウロラはルークを強く抱き締める。
ルークは幸せそうな笑みを見せ、そのままアウロラに口付けた。
◇◇◇
「ダンテ、そなたも我の護衛になったが故に慌ただしい事だな。再び我を伴い、グリフォニア領に来ることになるとは。」
「王太子殿下からの命です。ムク様が必ず力になるだろうからと。正解でしたね。でもこれで漸く王都に帰れます。」
「ずっとアウロラの傍にいていいのだかな。」
「王太子殿下から必ず連れ帰るよう、言い渡されています。俺だって結婚したばかりなんですよ。」
「オーウェンの相談役になったからな、我は。」
「····しかし、これで夫人は『古代種に愛されし乙女』であるという情報が、国内外に流れた事になります。」
「古代種と呼ばれる我等を捕獲したい者達は、今回の様にアウロラも狙うだろうな。我が呼ばれることも増えそうだな。我の護衛のそなたも忙しくなるだろう。」
「グリフォニア領は辺境なんですよ。ここに来るまで何日かかると思っているんですか。勘弁して下さい。」
この件の後、アウロラの名は、『古代種に愛されし乙女』として知られることになり、更に常日頃、身分を隠して場内の神殿で医師として数多くの民の治療にあたっていた事から、神殿から『聖女』の称号を与えられる事を打診される。
しかし、アウロラの名がこれ以上、特に国外に流出するのを恐れ、ワイアットもルークもその申し出を断った為、アウロラが聖女を名乗ることはなかった。
それからも、アウロラを狙う賊は、定期的に誘拐を仕掛けてきた。
特にアルネスト王国からと思われるアウロラを狙う賊は現れ続け、それはアウロラがこの世を去るまで続いたが、アウロラが実際に拐われる事はなかった。
それは『冥府の使徒』の異名を持つルーク·グリフォニア卿の鉄壁の守りによるものと言われ、夫人であるアウロラへの溺愛ぶりも合わせて語り継がれることになった。
これにて番外編 竜の国の王子は完結しました。
読んで下さり有難うございます。
今後はスピンオフとして話を投稿する事もあるかと思いますが、その際はまた読んで頂けたらと思います。宜しくお願いします。
また別の作品の投稿も行っています。盛り上がるまで少々読み進めて頂かなくてはなりませんが、気長に気楽に読んで頂ければと思いますので、こちらも宜しくお願いします。
「闇の聖女は愛を囁く。」
https://ncode.syosetu.com/n8936ib/




