110 竜の国の王子 ⑤
誤字報告有難うございます。
嫌な予感を胸に、馬を乗り継ぎ、ほとんど休みを取ること無く帰り着いたグリフォニア領。
知らされたのはアウロラが拐われたという事実。
王太子殿下のご懸念通りになってしまった。
怒りと焦りと色んな感情を押さえられず、ワイアット様の執務室に帰還の報告に上がった時の俺の表情は、最悪だっただろう。
軽く仮眠を取り、翌朝から捜索会議に出席する。
『竜の国 アルネスト王国』か·····。
古代、竜騎士により世界を席巻していたと言われる国。
竜化したナナイロオオトカゲと『古代種に愛されし乙女』であるアウロラは、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
しかしアウロラを拐ったとして、どうやって古代種を得ようというのか?
あの国には、それを可能にする何か伝承があるのかもしれない。
俺はダラム王国との国境線に向かう隊に加わり、共に出発する。
数ヶ所捜索し、その日一夜を過ごす予定の村に差し掛かった時だった。
日が暮れ、松明を持ちながら村を目指していた所、視界の先に何かが動くのをとらえた。
森の中に移動した様に見えた俺は、何か違和感を感じ、1人隊を離れ確認に向かうことにした。
そこには灯りを消して停まる一台の馬車があった。
通常、特に夜活発な野獣との遭遇を避ける為、このような田舎では移動は控えるものだ。
そんな場所で馬車移動とは、何か事情があるのだろう。
馬車に近づくと、従者らしき男が出てきた。
聞けば、体調を崩した者がいたため、休み休み馬車を走らせていた所、日が暮れてしまった為、夜営をしようとしているとか。
夜営するには適していない場所だ。
男の言葉を怪しんでいると、目のはしに、森の奥へと向かって動く何かを捉えた。
何だ?
妙な胸騒ぎを感じ、咄嗟にその影を追っていた。
やがて馬では入っていけない場所を登っていく2人の姿が確認出来た。
明らかに逃げている様だった。
馬から降り、その2人を追う。
どうやら男女の様だ。
まさか·····いや、そうなのではないか?
近づく度に確信に変わっていく。
その険しい道を登りきった先に出る。
一気に視界が開け、見つけた2人の人物。
月明かりに照らされた美しい女·····アウロラだった。
アウロラだと分かるのだか、決定的な違和感·····髪の色は亜麻色ではなく、黒色だった。
その瞬間、脳裏に、王太子殿下から見せられた、カミーユ妃の肖像画が過る。
更に度々夢に出てくるカミーユ妃の姿を思い出した。
あの夢は自分の前世を思わせた。
そして今、黒髪に染め現れたアウロラを見て、胸が締め付けられるように苦しくなる。
焦げ付くような激しい感情だ。
身を隠すために染めたのだろう。
だが俺の目には無意味だ。
見つけたからには逃がしはしない。
だが、アウロラの表情は俺を見て助けが来たと喜んでいる様子ではない。
驚いて、互いに目が離せないでいるが、何時ものアウロラではない。
『意識障害を起こす薬を使われている。』
アウロラが拐われた神殿で倒れていた者達に出てい
る症状だ。
おそらくアウロラも。
見る限り俺の事がはっきりと認識出来ていないようだ。
もしかしたら、その薬はラトゥナ王国の女が持ち込んでいたダラム王国から買った薬と同じなのか?
アルネスト王国もダラム王国と繋がりがある。
あのアウロラにかけようとしていた、記憶を失う薬を入手していても不思議ではない。
記憶を失う·····か。
どのくらい効果があるか分からないが、今のアウロラの様子だと俺の事は誰だか分かっていない。
あの傍にいる男と、本気で逃げようとしているのだろうな。
そうはさせない。
記憶を失くしていようが、アウロラを取り戻せさえすれば何とでもなる。
目の前の男との戦闘に入ろうとした時だった。
荒い息づかいと共に、4体の野獣が横から現れる。
内1体が直ぐ様俺に飛び掛かってきた。
俺は野獣の胸元に飛び込むようにして間合いを詰め、下から剣を振り上げ首を切断する。
それを見ていた他の個体が敵意剥き出しに俺に襲いかかる。
できるだけアウロラから野獣を離そうと、俺は森に駆け入る。
野獣が追ってきているのを確認した後、身体を向き直し野獣に応戦する。
大きな野獣の身体は、時に木が邪魔になる。
俺は地形を利用しながら、野獣を追い詰め、1体1体を倒していった。
祖父の地獄の特訓で森に放り出され、実際野獣相手に戦い、何度死にかけたか分からないが、今はこうしてどんな場面でも落ち着いて対応出来ているのは、祖父のお陰だ。
感謝するしかない。
倒した野獣の個体数から、1体こちらに来ていない事に気付く。
1体はアウロラ達の方へ行ったのか。
傍にいたあの男がどの位の腕かは分からないが、1人で1体後倒すのは、相当な腕がないと難しい。
俺は焦る気持ちのまま、アウロラ達に会った場所まで戻る。
そこには、はじめに俺が倒した野獣が横たわっているだけで、残り1匹の野獣もアウロラ達の姿もなかった。
月明かりの中、地面に残った足跡から追跡を試みる。
アウロラ達は野獣が来た方向とは逆の方へ走って逃げたようだった。
それを1体の野獣が追っている。
更に追跡すると、急な斜面を野獣共々落ちていった跡が見つかった。
何て事だ·····くそっ
俺も滑り降りるようにして下る。
途中、斜面に生えた木々はなぎ倒され、やがて見えて来た谷の底近くの木には、串刺しになった野獣の死体があった。
野獣が既に死んでいる事に安堵しながらも、谷の底にいるであろう人影を探す。
しかしそこには誰もいなかった。
谷には、ある程度の深さのある川が流れていて、串刺しになっている野獣を見上げる位置にあった。
川の左右を見渡すがやはり人影はない。
もしかしたら、追われている途中、飛び掛かってきた野獣から逃れる為に、川に飛び込んだ可能性がある。
一先ず下流に向かい捜索を始めた。
◇◇◇
「うっ·····。」
一瞬激しい肩の痛みで意識が一気に浮上する。
パチパチと木が燃える音と微かな煙の臭いがする。
薄く目を開けると、俺の傍らに座り、岩で何かを擂り潰しているアウロラの姿が見えた。
「大丈夫か?」
掠れる声で問い掛けると、アウロラはしていた作業を止め、こちらを振り向いた。
「お目覚めですか?私はアレクが守ってくれたから大丈夫です。野獣に襲われ、あなたが応戦してくれていたのに、私が足を滑らせたから····。斜面から転がり落ちる所を、包み込むように抱き締めてくれたので私は無傷で済みました。でもアレクは·····ごめんなさい。」
アウロラは涙を浮かべながら、堰を切ったように話し出し、俺の手を取る。
どうやら俺の脈を測っているようだ。
おそらくアウロラを守った俺が怪我をした事に対し、責任を感じていたのだろう。
苦し気な表情だった。
そんな表情を見せられると胸が熱くなる。
「転がり落ちた時に岩に肩をぶつけたみたいで。かなり腫れているので骨折していると思うわ。あと、私を抱き締めてくれた時に、野獣があなたの背中を引っ掻いたの。深くはないけれど、爪の傷があるわ。····ああ、熱が出てきたみたい。今薬を用意してるからもう少し待っていて。」
「どのくらい意識を失っていた?」
「1時間ほど歩いて、この小さい洞窟を見つけて、そのまま倒れて·····3時間位経っているかもしれないわ。」
「よく火がおこせたな。」
「月が明るかったから、川原を探して。そうしたら黒曜石があったの。それであなたの剣を借りて火花をおこして·····。枯木があったから、短剣で木屑を作って火種をおこして。時間はかかったけれど、何とか出来たわ。アレクの傷は、まだ簡単な処置しかしていないの。もう一度見せて。」
アウロラに言われるがまま背中を見せる。
「動くと傷が開くわ····。」
「焼いてくれ。」
「え?」
「傷口を焼いてくれ。その方が治りわが早い。出来るか?」
「·····分かったわ。」
アウロラは短剣を火で熱し、丁寧に傷口を焼いた。
「·····アレクの背中は傷だらけなのね。慣れているの?」
「ああ。······薬を塗っているのか?」
「ええ、消毒の効果がある葉なの。あと、今解熱効果のある植物もあったから、苦いけどなめてね。」
アウロラはそう言うと俺の身体に包帯代わりの布を巻き始める。
「ローラ、その布は?」
俺はアウロラがワンピースの様な下着姿になっていることに気づく。
「着ていた服を裂いて包帯代わりにしてるの。でも出来るだけ早く、もっと清潔な包帯を巻いた方がいいわ。」
よくよく見てみると、自分が寝ている下に、アウロラが着ていた服が敷いてあった。
スカート部分が裂かれているのは、俺に巻く包帯を作るためだ。
「苦いけど、舐めて下さい。あと、水を····。」
そう言ってアウロラは俺の口に、水の入った革袋をあてる。
俺は確かに苦い薬草を水で流し込みながら飲んだ。
「冷えるな。ローラ、俺の事はいいから、こちらにおいで。」
俺は手を伸ばし、アウロラを自身に引き寄せる。
「待ってアレク。さっき私達の前に現れた騎士様が野獣に襲われて怪我をしているかもしれないわ。ちょっと見に行きたいの。」
何故か焦りながら心配しているアウロラに違和感を覚える。
「まだ暗いし、野獣が彷徨いていたらどうするんだ。それにあいつは俺達を追ってきていただろう?敵をそんなに心配する必要はない。」
「そ、そうね·····。ごめんなさい、どうかしていたわ。」
「それにローラ、お前のそんな格好、他の奴には見せられない。」
俺がそう言うと、落ち着かないながらも納得してくれて、俺の傍に横たわった。
あの男はアウロラを見て驚いていた。
おそらくアウロラだと気付いたのだろう。
見目も良かったし、無意識ながら、あの男を心配するアウロラの様子だと、もしかしてあれがアウロラの夫なのか?
グリフォニア辺境伯令息。
『冥府の使徒』の異名を持つ·····。
あの男がそうなら、1体目の野獣の首を難なく跳ねていたのも頷ける。
その後森に入っていった男を、2体が追っていっていたが、倒しているのだろうな。
こっちは1体相手で、この様だと言うのに。
痛めていない方の腕で、アウロラを包み込む。
以前よりは抵抗なく俺に寄り添うアウロラに、愛しさが増す。
渡したくないな·····。
アウロラのあの様子だと、記憶が戻るのが早まっているかもしれない。
早々に古代種の竜を手に入れなければならない。
日が昇ったら、早速アウロラで試してみよう。
読んで下さり有り難うございます。
また別の作品の投稿も行っています。盛り上がるまで少々読み進めて頂かなくてはなりませんが、気長に気楽に読んで頂ければと思いますので、こちらも宜しくお願いします。
「闇の聖女は愛を囁く。」
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