衝撃的な報告
サカリアス=デ=レアルは非常に追い詰められていた。
最初の躓きは行方不明になった妹が子爵である祖父に保護されて帰って来た時からだ。役立たずのくせに何故か祖父の養子として子爵令嬢になっていた。
とはいえ身分が変わってもロベルタはロベルタだ。今まで通りの対応で問題ないと思って帰ってこいと言ったら、生まれて初めて父に殴られた。例え子爵令嬢になろうとロベルタが役立たずなのは変わらないと思っていたのだが、父や祖父にしてみれば違ったらしい。
それから少し経って貴族院に入学した。これまでの勉強や鍛錬の成果を見せる時が来たのだ。
だが入学してすぐの筆記試験では、最下位一歩手前の成績を取ってしまった。自信はあったのだが、思っていたよりもずっと試験が難しかったのだ。ロベルタが全教科満点を取っていたのはまぐれに違いない。
その後も礼法の授業ではやはり非常に低い評価を下された。教師からは本当に貴族の令息なのかと疑われたほどだ。ここでもロベルタが高い評価を得ていたが、やはりまぐれに違いない。
武術の授業では平均的な評価だった。しかし貴族院の令息のうちおよそ四分の一を占める軍閥貴族の家の者以外は、武術の授業を最低限のレベルでこなしているに過ぎない。その中で平均的というのは結局役に立たないレベルということだ。
残った魔術の授業でのみ、魔力量測定で学年一位を取れた。レアル家秘伝の魔力量を伸ばす薬液を何度も飲んだ成果である。ここではロベルタの評価に勝ることができた。当然だ。
ただし魔力量の多さに対して制御能力が追い付いておらず、初歩的な魔術以外はうまく制御できない。教師からはとにかく制御力を磨かないと命に関わると言われた。自分は魔法使いに覚醒するし、魔法は制御力が関係しないので心配する必要はないのに。そう言ったら呆れられた。
そんな中バレンティン第二王子に声をかけられ、側近に取りたてられることになる。やはり偉い人は見る目が違うとサカリアスは感動し、何も疑わず忠誠を誓った。いざとなれば切り捨てられる可能性など微塵も考えず。
そして初仕事として臨んだのが妹であるロベルタの説得だ。ロベルタは自分に逆らえないから絶対に大丈夫だとバレンティンに豪語し、自信満々で接触に同席した。
その結果は無残な失敗。サカリアスはロベルタが裏切ったせいだと考えたが、ロベルタからすれば裏切りどころか元々味方だと思っていなかったに違いない。
バレンティンからは即座に無能の烙印を押され、今後は己の判断で動くなと厳命された。そしてひたすらに魔術の制御力を鍛錬するようにと言い渡されたのだ。どうせ他で役に立つ可能性はないのだからと。魔法には制御力など関係ないと言ったら、なら今すぐ使って見せろと言われて黙るしかなかった。
休養日を丸一日鍛錬に費やすサカリアス。いかに現実の見えていない彼とて、もう後がないことはわかっていた。実際には後がないどころか既に取り返しがつかないのだが、それがわかっていればこんなことにはなっていない。
そして日が暮れたころ、長時間の鍛錬で疲れ切った体を休めるべく帰宅しようと馬車停まりへ向かったサカリアスは、そこから寮に向かうロベルタと見知らぬ少年を見つけたのだった。
ロベルタと少年はただ並んで歩いているだけだった。手を握ったり向かい合って言葉を交わしたりしているわけではない。
ただお互いに対して意識している雰囲気だけは感じとれる。少なくともたまたま一緒になったから同道しているわけではないというのはすぐにわかった。
(どういうことだ)
ロベルタはバレンティンの側近にと望まれている。先日は話し合いが不首尾に終わったが、バレンティンは諦めていない。バレンティンが第二王子である以上、紆余曲折はあっても最終的にロベルタは側近に納まるだろう。そんなことはロベルタもわかっているはずだ。
にも拘らず誰とも知れないような相手と恋愛関係を誤解されるような行為をするとは、やはりロベルタは思慮が足りない。誰かが厳しく躾けなければいけないだろう。
とはいえサカリアスはバレンティンより自分で判断するなと言い渡されている。今度勝手な行動を取ればどんなことになるかわかったものではない。明日にでもバレンティンにこのことを報告し、指示を仰ぐべきだろう。なら今はより詳しい情報を得るのが有能な側近というものだ。
そう決めると、サカリアスはロベルタたちの様子を尾行して調べるべく物陰に身を寄せた。
ロベルタとサルバドルは並んで歩きながら、時折言葉を交わしていた。だが声が小さくて内容はお互いにしか聞こえない。それはサカリアスにとって実に幸いなことだった。
「注目を集めるのは狙いどおりだが、学院に戻って最初の目撃者がアレというのはいささか不安になるな」
「考えが読めませんからね」
一時期戦場に身を置いていたロベルタと、暗殺者に狙われる前提で鍛錬を重ねてきたサルバドルがサカリアス程度の気配に気づかないはずもない。サカリアスの尾行はすぐさま二人に把握されていた。
「とはいえ他の目撃者もおいおい増えるだろう。アレだけを選んで排除するのは難しいな」
「しかしアレはアレと繋がっています。妙な報告をされるのは困りますね」
誰かに聞かれているとは思えないが、念のため固有名詞はぼかして会話している。万が一にも聞かれると面倒だからだ。
「そこはもうどうしようもないな。アレがこの状況をどう受け止めてどう報告するか。報告を受けたアレがどういう動きに出るか。不確定要素が多すぎる」
「理性や打算で動く人は読めますが、感情で動く人は読めませんね」
話しながらわざとゆっくり歩くロベルタとサルバドル。目的が目撃者を増やすためであると同時に、せめて別れがたく思っているように見せる演出だった。実際は毎夜ロベルタがサルバドルの部屋に魔法で跳んでいるので、別れがたいもなにもないのだが。
とはいえ馬車停まりから女子寮までの距離はそう遠くない。女子寮の前に着くと、二人は打合せどおりに見つめ合った。
本来ならここで周囲に聞かせるための台詞を用意するべきだったのであろう。だがロベルタの大根具合にサルバドルが予定を変更したのだ。あのミスリル合金棒読みを続けるくらいなら黙って見つめ合ったほうが周囲にアピールできる。
サカリアスを始めとした野次馬の視線を感じながら、サルバドルは周囲になんとか聞こえる声量で一言だけ告げた。
「また明日、ベル」
この台詞についてはロベルタにも事前に告げていない。そのほうが演出効果が高いとサルバドルが計算したからだ。
そしてサルバドルの企みどおり、ロベルタは真っ赤な顔で固まった。下手な台詞よりずっと説得力があるだろう。いい仕事をしたものだ。
ロベルタは身動きの取れないまま、サルバドルが自分に軽く手を挙げたのを見た。サルバドルが男子寮に戻っていくのも見た。見る以外なにもできなかった。きっと周囲からはいつまでも見送っていたように見えただろう。完全にサルバドルの思惑どおりだ。
少し経ち、落ち着きを取り戻したロベルタはやっと女子寮に入っていった。今夜の打合せでサルバドルにどう抗議するかを考えながら。自覚はなかったが目が据わっていた。
翌日の朝、王城を出たバレンティンは城門のすぐ外にレアル家の馬車を見つけた。しかも車外にサカリアスが控えている。
何か急ぎの報告があると察したバレンティンは、サカリアスに声をかけ昨夕の出来事について報告を受けた。
曰く、ロベルタが平民のような粗末な服を着た少年に言い寄られていた。
あまり話はしていなかったが、少年はロベルタを愛称で呼んでいた。
少年はかなりの美形で、ロベルタはまんまと篭絡されていた。
バレンティンはサカリアスの能力にほとんど期待していない。である以上、その報告を頭から信じるつもりはなかった。
だが、バレンティンは己が自覚している以上に未熟だった。主観的には手に入りかけていた獲物を、目前で掻っ攫われるという情報を受け、冷静さを失ったのだ。
しかも相手は平民のような粗末な服を着ていたという。貴族院の敷地にいる以上貴族家の者ではあるのだろうが、下位貴族であるのは間違いないだろう。そんな者に獲物を横取りされたこともまたバレンティンのプライドを傷つけた。
とはいえ、ここで焦ってロベルタを確保しようとするのが悪手であるというのはわかっている。ここでロベルタを目立たせて国王がその存在を知れば、ライムンドの側近にと考えるのは当然予想できるからだ。そうさせないために先にロベルタの同意を得ようとしたのだから。
しかしこうなったからには、国王以外の権威の力を借りる必要がある。
第一の伝手は当然ながら母であるフロレンシアだ。しかしファニア王国は男尊女卑の風潮が強い。フロレンシアに国王の意思を覆す力はないだろう。あると思っているのはフロレンシア本人だけだ。
では他にどのような方法が考えられるか。この王国で国王でも口出しを憚る勢力を探す必要がある。だがそんな者がいるだろうか。
そこまで考えて、サカリアスは笑った。簡単ではないか。この国はつい最近戦争に負けたのだ。なら勝った国に対して国王は口出しをできない。そして貴族院には戦勝国の神官教師たちが多数いる。彼らを味方につければいい。どうせいつかは手を結ぶ相手だ。
それにファニア王国は上下関係が厳しいため、第二王子が第一王子や国王と意見を対立させても勝ち目がない。だがディバド教は建て前上は女神の前に人の平等を謳っている。ファニア王国にはない、上位者の横暴を跳ねのける方法も存在したはずだ。
手始めに神官教師の中から、話のわかる者を味方につけなければならない。以前から繋ぎを取るつもりで人選を進めていたので、ある程度は絞り込めている。学院についたらさっそく連絡を取らなければ。
サルバドルが国王や第一王子を黙らせる方法を実行した結果、バレンティンもまた同じ目的でディバド教会の手を借りる決意をした。お互いにそれが最前だと信じて。
だが、事態は当事者たちの予想を越えて動き出していた。
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