---------- 96 ----------
ルディが1001号室に来てから数週間が経過していた。小さいながらもたくさんの部屋があることを知ると、最初のうちルディはその一室で一人で寝たいようだったが、イアインはそれを許さなかった。ここに来た意味がないからだ。忙しくない限り、イアインはルディと一緒にいるようにして夜も同じベッドで寝た。
もう遅いような気がしていたが、イアインは少女の頭を撫でながら、うろ覚えの、物心つく前に母親から聞いたはずの子守唄を歌った。
はるか昔だったら、揺り籠のような母親の腕の中で子守唄を聞きながら眠る経験は、乳幼児だけのものだ。七歳になればもう必要ないかもしれない。だが、そんなことをいったら最近の子供たちのほとんどは経験していない。なのに、どうしてこの子だけ変わっているのか?
イアインの疑問は、ルディと接している時間が長くなるにつれ解けてきた。この子は他の子に比べて感情が豊かなのだ。ふだんの無表情にもかかわらず。
やがて、ルディはイアインの胴体にしがみついてくるようになった。そして小さな手の力が抜けてくると、かすかな寝息が聞こえてくる。薄明りの中でその寝顔を見てみると、長いまつ毛の間に涙がたまっていることもある。
そんな日々を繰り返しているうちに、ルディの言動や振る舞いかたがはっきりしてきた。一人でずっとうつむいたまま座っている姿が見られなくなってきたのだ。ほとんどの時間はリビングでシミュレーションに没頭していたが、ラナンもそこに参加するようになった。
そもそも、小型AIは子供の遊び相手として開発されたものだ。戦略シミュレーションや対戦ゲームで勝つと、ルディは手を叩いて喜んだ。得意満面の笑顔を見せて小型AIの頭をポンポンと叩く。こんな姿を見たらコフィ・モイサンは驚くだろう。
本気でレベル4の小型AIが対戦すれば、知能が高いとはいえ、七歳の子供に負けるわけがない。だが、対戦しているとき、時々ラナンは本気でやっているような顔をすることがある。
ソファでその様子を見ていたイアインが「負けそうなんじゃないの?」とラナンに声をかけると、「いや、まだまだ」と腕をまくる。彼女はルディの隣に座り「ラナンをこてんぱんにしてやって」と応援した。すると、小型AIは「だったら本気を見せてやりましょう」と唸った。
そのゲームは小型AIの勝ちだった。勝敗が見えてくると少女はうつむいてシクシクと泣き始めた。イアインが「大人げないわね」と吐き捨てるようにいうと、小型AIは「だったらどうしたらいいっていうんでしょう」とふて腐れた。
これではどちらが子供かわからない。彼女はおかしくて噴き出した。
ブレスレットがポーンという音を立てた。誰かがメッセージを入れている。見ると情報収集チームのフェリデ・ガータンからだった。フェリデは時々こうして情報を送ってくる。ブレスレットに表示されたメッセージは、ザトキスの神官の教組が大集会を開いて演説するという内容だった。そのリアルタイム中継がこれからあるらしい。
迷った。リビングで二人の子供と一緒に遊んでいたかったが、あの母親が十一面体から釈放されて初めてアクションを起こすらしい。どんな内容の演説をするのか興味があるというのではない。血のつながりがある者として知っておく義務があると思った。
中継は寝室にある情報デスクでも見ることができるが、イアインはブリッジへ行ってみることにした。みんなの反応を見たり感想を聞きたかったからだ。




