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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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「何か飲み物ちょうだい、ラ……」

 そういいかけて小型AIがいないことに気づいた。いつもどこかに隠れて突然現れて驚かせてくれるのに。そういえばラナンの記憶データはまだ生きていて、どこかで新しい体にロードされているはずだった。しかし、どこにいるのかわからない。そんなことを考えていると「はい、どうぞ」と聞き覚えのある声がした。

 ソファにぐったりしている彼女の背後に、いつの間にか飲み物のボトルをトレーに乗せたラナンが立っていた。

 振り返ったイアインは、以前とまったく変わらずニコニコしているラナンを見て飛び上がった。疲れも眠気も吹っ飛び、ソファをまたいでラナンに抱きついた。あまりに体を揺さぶられたものだから、トレーとボトルが床に落ちた。

「よかった!」

 そういって彼女はしゃがみながら久しぶりの小型AIに頬ずりした。

「あなたがいてくれないと何か調子悪い」

「あはは、そうですか。でも無事に戻れてよかったですね」

「そんなことより、自然主義者同盟が逮捕されるのはいつ? 調べてよ」

「公表されている情報以外にはわかりませんけど……」

「あれだけ大きなステーションと準光速船を相手にするのだから、司法当局もたくさんの宇宙船を集めるはず。その動きはわからない?」

 一瞬だけラナンは沈黙した。どこかにアクセスしているような雰囲気だった。

「系内の宇宙船位置情報では、惑星スラーの宇宙港に巡視船と準光速船が数隻ばかり集まっているようですね。しかしその目的まではわかりません」

「逮捕に行くのよね、やっぱり。あの人たちは徹底抗戦すると思う。戦争状態になるはず……」

「私もそう思います。彼らは自分たちの行動が正しいと確信しているし、正義を貫くには身の犠牲もいといません。自分たちで武器も作っていると言っていましたから、大変なことになるでしょう。ヨアヒムもあなたに同行していたので、その点は理解しているはずです。政府側も相当な装備を用意しているはずです。攻撃されたら間違いなく反撃するでしょう。その場合、自然主義者同盟の命の保証はありません」

「どうすればいい?」

 真面目な顔をしてそう訊ねるご主人さまを見て、小型AIは困ってしまった。できることは何もないのだから。

「どうしようもありません」

 イアインが戦地に赴くなんてことを言いだすのではないかとラナンは恐れているようだった。その証拠に、他の話題を持ち出した。それはいまの彼女の心を安全な場所へ引っ張り出す効果があった。

「そういえば、ロロア・ライーズとかラミイ・ルノの親類はサクゲナにいるのでしょうか。特にラミイの関係者がいるとすれば、お悔やみの言葉や助けてくれたお礼を言うべきではないでしょうか。話すほうも聞くほうもつらいでしょうけど、最後の様子を伝えるのもあなたの義務ではないかと思いますが」

 その言葉を聞いたイアインはしばらく考えていた。少女のような小型AIもじっとしていたが、やがてポツリと呟くような声を聞いた。

「どうやって探すの?」

「一般市民の個人情報は検索することができません。ですから、サクゲナ市の市長に連絡をしてみてはどうでしょうか。市長ならあのステーションにいた人たちの情報を知っているかもしれません」

 帰宅したときに見た画面に、マクモ・ゾーラ市長という文字があった。それを思い出したイアインが言葉を発する前に、ラナンが壁の光学ディスプレイを呼び出した。

「見てみましょう」

「うん。見せて」

 画面の中では、襟つきのきらびやかな布を体に巻いたような衣装の男が、机の向こうに座っていた。背景には合成らしき市庁舎のような建物が映り、脇にはサクゲナ市というテロップがついていた。

「はじめまして、イアイン・ライントさん。今回、サクゲナ市民があなたに迷惑をかけてしまったことを深くお詫びします。ご承知のようにサクゲナ市は自然主義者が多く住んでいる都市です。私も自然主義者です。しかし、自然主義者全員があなたの誘拐に賛成していると思わないでいただきたい。そんな違法行為を是とするのはごく一部の過激派です。その点を誤解しないでください。

 今回の事件は、私も市議会も重く受け止めています。調査は司法局で進めているようですが、私たちも情報を集めています。一度、直接話をさせていただけないでしょうか。ぜひ、ご連絡いただければと思っています」

 市長の姿はそこで消えて、ホットラインの番号が表示された。連絡すれば直接市長と話ができるようだ。誘拐事件の最初から最後まで話すのは面倒なことだったが、イアインは連絡してみることにした。すると、大画面にはさきほどとは違い、小じんまりした執務室らしいイスに座る市長の姿が映った。服装は同じだった。

「イアインさんですか?」

「そうです」

 向こうにはこちらの部屋が映らないように加工した映像が見えているはずだ。

「ご連絡ありがとうございます。さっそくですが……」

 二十分ほどかけてイアインは出来事を説明した。最後にラミイが自爆して救ってくれたことを強調して、彼の関係者がそちらにいないかどうかを訊ねた。すると、市長は画面に映っていない誰かに話しかけた。答えはすぐに帰ってきたようだ。

「今回の犯罪に参加した人物リストはすでにできています。そして、家族等の人間関係も調べています。ラミイ・ルノという男の家族ならびに元保護者は私の管轄であるサクゲナ市にはいません。あの過激派集団に入る前に、独立宣言をしています。友人や知人はいるようですが」

「そうですか」

「で、あなたはあの独立自然主義者同盟たちを許してくれているというわけですか?」

「はい、概ねそうです。評議会で自発的に彼らについて行ったというと、それは偽証になると言われてしまいました」

「しかし彼らの犯罪行為は明白です。法律で裁かれる必要があります。だが、彼らは大人しく逮捕されるとは思えないのです」

「市長もそう思いますか。私もです。ヨアヒムもそれを知っていますから、相当な重武装で向かうでしょう。戦闘の結果、彼らは全滅する可能性が高い」

「う~む……。私は市民の命を守る義務があります。だがそれは中央政府も同じこと。それを司法当局が意識してくれていればいいのですが」

「彼らに連絡は?」

「取れません。レザム星とあのステーションの通信は意図的にシャットダウンされているようです。それから、アポイサムのあるカイアラ大陸とロキ大陸の交通も遮断されています。二大陸間の通信はこうして維持されていますが……」

 作戦は進行中のようだ。中央政府は本気だ。イアインの脳裏には、レジャーステーションのテラリウムの風景が浮かんだ。美しい浜辺で無邪気に騒ぐ五人の子供たち。かつては珍しくもなかったはずの人間の子供らしい戯れ。独立自然主義者同盟の大人たちは、あの子たちを道連れにするつもりだろうか。それ以外の子供もたくさん見ている。恐ろしい疑念が生まれてくると、心の奥底から何か抑えきれない感情的なものが湧き上がってきた。

 イアインは胸のペンダントを思い出した。右手でつかんでみると、以前のような温かさがない。金属の冷たさを感じるだけだった。

「セカンドレベル。聞こえる? 返事をしてちょうだい」

 何回か問いかけたが返事はない。急に温かくなって返事をくれるかもしれないと思ったが、ペンダントは無言だった。

「もうそこにはいないかもしれません」とラナンがいう。

「役目を果たしましたから、セカンドレベルはヨアヒム本体に吸収されたのでしょう」

「独立自然主義者同盟と話をすることは本当にできないのね」

「そのようです」と光学ディスプレイから市長の声が聞こえてきた。

「市長、私はステーションと連絡する方法を探してみます。それではまた」

 画面が消えた。イアインは立ち上がり、アポイサムで着ている服に着替えた。白い開襟シャツと伸縮性のある素材のブルーのパンツ。イライラしながらシャツのジッパーを上げている様子を見てラナンは慌てた。

「どこへ行くんでしょうか」

「十一面体に決まっているでしょ」

「入れませんよ」

「なんとか入ってヨアヒムに会う」

「それこそ逮捕されるかもしれません」

「それは好都合。逮捕されれば司法局長には会えるから」

 ラナンは左手で自分の顔を覆った。そして、スタスタと歩いて自宅を後にするご主人さまについていくしかなかった。

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