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氷結時代の終わり  作者: 六角光汰
第二章 超AIの罪と罰
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 プリエステスは依然として微笑んでいた。この瞬間にもラロス系外で戦闘が行われているというのに。そう思うと、ライルはいてもたってもいられなくなった。

「戦況はどうなんだ。大丈夫なのか」

「今のところ互角です。百年にわたって侵攻を防ぎきっています」

「いつ戦争は終わりそうなんだ?」

「それは不明です。アルビルは数百年、あるいは数千年にわたって攻撃してくるかもしれません。我々AIには時間というものはあまり意味がありません」

「今のところ互角か……」

「しかし、これから先はわかりません。彼らはどうやらワームホールを操作できるようです。でなければ突然てんびん座の方向から大挙して現れる理由が説明できません。以上の理由から敵の本拠地は不明です」

「そうなのか、敵の本拠地がわからないからこちらから攻撃をしかけて戦争を終わらせることができないのだな? 防戦一方の不利な戦況ともいえるな。そういえば、我々もワームホールの研究を行っていたな」

「理論的にはワームホールを作れるのですが、それに要するエネルギーが調達できません。恒星一個ぶんくらいのエネルギーが必要になりますから」

「なるほど」

「ところで、あなたのこれからについての提案があります」

 そういって青年の姿をした超AIが見つめてくる。微細な表情筋の動きを一つも見逃さないような目つきで。

「あなたのアケドラ号での指揮ぶりを見せてもらいました。見事で的確だったと思います。あのような指揮を執れる人間はあまりいません。首相も同じ意見です。ライル。この戦術指令室のオブザーバーになってください。私たちのオペレーションを随時監察する人間が必要なのです。戦術に関する意見を述べてください。それから、近く実施されるオペレーション、独立自然主義者同盟の逮捕を試しに指揮してみてはどうでしょうか。あなた専用の準光速船を用意します。重武装の」

「それしかないわね。あなたはもう死んだことになっているし」

「死んでいる? どういうことだ?」

「先ほどの評議会であなたは自殺したと発表されました」

「なぜだ!」

 またライルは席を立とうとした。

「ルミノア・ターナがあなたの犯罪行為の記録を見てしまったからです。あなたが何もなかったかのように評議員に戻ると、ルミノアをどうにかしなければならなくなります」

「くそっ!」

 冤罪から解放されて喜んだのもつかの間、ライルは死人にされてしまった。

「顔を整形してください。新たな名前も用意しましょう。パーソナルIDも新規に発行します。新しい人生を開始することをお勧めします」

「私もそれがいいと思うの」

 プリエステスと呼ばれる女がうんうんとうなずいている。

 独立自然主義者同盟? ライルには初耳だったが、重武装の準光速船を指揮するのは楽しそうだと思った。

「まったく思ってもいなかった事実が怒涛のごとく押し寄せてきて、私の混乱はまだ治まっていない。しかしおよそのことは把握した気がする。ところで、お前は『あなたで三人目です』と言った。その三人とは首相とアーイア・ライントと私で間違いないな?」

「その通りです」

「それから、科学調査を目的とするラロス系外への準光速船の飛行計画を、首相とヨアヒムがことごとく潰してきたのは戦争が理由だったのだな? 私も三件ほど潰された」

「その通りです」

 クスクスという笑い声が聞こえた。右手の甲を口元に当ててアーイアが肩を震わせていた。

「話はまとまったようね」といいながらそのアーイアが席を立った。涼しい顔をしたAIと腕組みをしている男を後目に、右手をひらひらさせながら部屋を出て行った。

 それにしてもアーイア・ライントとはどういう人物なのだろうとライルは思った。政府機関のすべてを詰め込んだ十一面体の主は、一応イーアライ首相とヨアヒムのコンビといえる。しかしその裏側ではザトキスの神官という宗教団体を率い、人類最後の自然出産を成しえた女が仕切っているようではないか。あの女の一言で首相も超AIも自分の意見を変えた。その結果、自分も救われたわけだが、恣意的に一人の人間の運命やこの惑星の政治が決定されていいものだろうか。

 一息ついて自分の思考を取り戻したライルは、今までの自分の人生を振り返らざるを得なかった。おそらくたったいま、自分の人生は切断された。人工出産システムによって生まれ、数人の同期出生児童と共に集団生活を数年にわたって経験し、主にAIによって知識を授けられた。その過程には系外での戦争という情報は微塵もなかった。

 平和な日常の記憶。それは自分の生命が途切れたとしても永遠に続いていくものだとばかり思い込んでいた。しかし、そんなものは幻想に過ぎなかった。その衝撃が徐々に大きくなってきて、ライルには目の前に広がる高度文明の景色がすべて虚偽であるかのように色あせて見えてきた。

 すべてはウソ……。というよりも人類が享受している平和は、ラロス系内という閉鎖空間内で可能になっている一時的な平衡状態に過ぎない。小さな幻想であり小さな夢だ。その矮小さにライルは絶望感を覚えた。我々の矮小な空間では、平和ボケした人類がV・Rに浸って夢を見続けている。V・Rを常用しない人たちも、やりたくないことはやらずに、やりたいことだけをやって生きている。いや、やりたいことすらすでにない。こうした現実は、本質的にV・Rと同じだ。現実はV・Rよりもやりたいことやできることのヴァリエーションが少なく、得られる感覚強度も相対的に微弱であるに過ぎない。

 ラロス系の外は、おそらく我々の文明を認めないアルビルの支配する広大無辺な空間だ。いまにも押しつぶされそうな矮小な空間とはいえ、人類の楽園を維持しているヨアヒムの偉大さと力量に改めて気づかされる。

「では、さっそく整形しに行きましょうか」

 超AIに声をかけられてハッと我に帰る。ライルは「そうだな」と小声を漏らして立ち上がった。

 

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