金ちゃんがいなくなった。
俺は背筋が凍った。
何だ、これは……。
これを読んだテアシは何を思っただろう。
テアシはこれに対して、ウキンはそんなことをする男じゃない、というような返事は書いていなかった。
テアシは信じたのか。
あまりにリアルな文章に俺は体が芯から震えた。いや、怒りで体が震えていた。
『そこにいちゃ危ないわ。あなたが一緒にいる男は殺人者よ。一緒にいちゃダメよ』
テアシは震えながら答えている。
『ど、どうしよう……。怖い……。お母さん、助けて……』
『すぐに迎えに行くわ』
『で、でも、ウキンが戻ってきたらどうしよう。あたしがここからいなくなったら、ウキンはあたしを探すと思う』
『その男が戻っても知らん顔していなさい。あたしが迎えに行くまで、じっと我慢するの。大丈夫、チャンスはある。あたしを信じて、レイラ』
そこからメッセージは途切れていた。
俺は思い出そうとした。
夕べ、俺が徘徊から戻った時、テアシは寝ていた。俺は安心して隣に座った。それからの記憶はない。スマホはずっとテアシが持っていたから。
目を覚ましたら、テアシはいなくなっていた。
俺がこの話をランに言うと、彼は唸った。
「悪いことが重なったな……。不運な出来事というのはこういう事だ。だから事件が起きる。しかし、この女はどうしてテアシを連れ出したんだ? どうしてだと思う?」
「俺からテアシを離したかった」
「つまり?」
「俺とテアシが一緒にいるとまずいことがあるからじゃないか」
「そうだ」
ランが頷いた。
「ウキンとテアシが一緒にいるとまずいと思ったからだ」
ランがはっきりと言った。
俺はがくっと膝が折れそうになった。
テアシが信じてくれなかったことがつらかった。
「どうして俺を信じてくれなかったんだ……? こんな嘘を信じるなんて……」
「おい、しゃんとしろよ。この女はまずいって言ったろ。リアルな文章はマジな話だと思う。作り話にしてはスラスラ言えるのは真実だからだ。だが、この学習塾の男がストーカーであることは確実として、ウキンがこの先生であることは確実じゃない。そして、この女は自分たちに都合が悪いから、ウキンを遠ざけたいんだ。テアシがここから出たということは、もう成仏しているかもしれないんだろ? ということは、この事件の真相は闇に葬られたということだ」
ランの言葉を聞きながら、俺は次第に目が覚めていった。
その通りかもしれない。
あの二人はなにか隠している。
ランは椅子から立ち上がると、外へ出てみないか? と言った。
「外に出る……?」
「ああ」
「どうやって?」
「どうやってもなにも行ってみよう」
ランに促され、俺は椅子から立った。教室を出て渡り廊下へ繋がる道に向かって歩いて行く。
ここはまだ室内だ。
廊下は土や泥にまみれ、人の足跡も無数にあってぐちゃぐちゃだ。
渡り廊下の入り口に立つ。
足を一歩出せばもうそこは外だ。
ランと俺の足はそこでぴたりと止まった。ランはそこから動かなかった。
「行かないのか?」
俺が背後から声をかけると、ランの肩がびくっと震えた。
「ウキンは感じるか?」
「……なにを?」
「なんか、すごく嫌な感じがする」
「ああ……。分かる。出たらもう二度とここには戻れないかもしれないけど、なにか別の感覚がある」
俺が言うと、ランが頷いた。
「俺もだ。やめた方がいいって。空っぽの頭のくせして声が聞こえてくるような気がする」
やっぱり駄目なのだ。
骸骨の自分達に本能なんて、あってないようなのに、やめた方がいいと全身が外へ出るのを拒んでいた。
「スマホで俺の知り合いを呼び出そう」
ランの切り替えは早い。
その場で俺からスマホを受け取り、メッセージアプリを開いた。そして、誰だか知らないが、このメッセージを見たらここへ来て欲しい、と入力して送信した。
仕事が早いなと感心していると、ピコンと音がして俺たちはすぐさまメッセージを確認した。
宛先不明でメッセージが戻ってきている。
「嘘だろ……」
ランが絶望的な声を上げた。
「そんな、なんで……」
今まで順調に連絡をすることができたのに、なぜ、今回に限って。
ランは試しに既読欄からセイラのところにメッセージを送ってみた。当然、送信不能で戻ってきた。
八方塞がりで、俺たちは呆然とその場に立ち尽くしていた。
なにか、別の方法を考えなくては。
こうしている間にもテアシのことが心配でたまらなかった。
その時、バイクのようなエンジン音が聞こえて俺はハッとした。
「やった! 誰か来るっ」
俺は急いで正面玄関の方へ走った。ランも後を追ってくる。
靴箱の前で待っていると、現れたのは片手にフルフェイスのヘルメットを持ったマナベだった。
「マナベだっ」
マナベは、俺たちが玄関に立っている姿を認めると大きく手を振ってきた。
「ウキンっ、金ちゃんが……、金ちゃんがいなくなったっ」
と大声で言った。




