第6話「余、武と相対す」
ーー稜征学園は、広大な敷地を誇る学びの場である。
その総面積はおよそ五十ヘクタールに及び、校舎群は一つの都市の如く整然と並び立つ。
それはもはや“学園”の域を超え、小さな国家と呼ぶに相応しい規模であった。
⋯成程、余が征服するに相応しい。
学園の名が刻まれた門を抜けると、目の前には広大な前庭が広がっていた。
「中央を貫く道…あれが主路か」
整然と敷き詰められた石畳⋯その両脇には植樹された並木が規則正しく並んでおる。
主路の奥に見えるは一際巨大な建造物。あれが学び舎か⋯まるで城の如き威容ではないか。
そして周囲に見えるは沢山の民。世と同じ制服を着た子ら、その親と見受けられる者。一同が同じ目的地に向かい進む様は、まさに遠征に向かう軍のようである。
「これは中々に圧巻であるな⋯余もあの学び舎へ向かえばいいのだろうか⋯」
そう思案しておると、ふと視界の端に案内板が入る。
“新入生受付→”
「成程、導きは既に用意されているか。⋯どうやら、向こうで間違いないようであるな」
余は導きに従い、先へと進んだ。
奥の建造物に辿り着くと、そこには多数の人だかりが。そしてその中に周囲を指揮している者がいた。
「新入生受付はこちらに、保護者受付はあちらになりまーす!」
既にこの学び舎で指導を受けている者だろうか。余と同じ制服ではあるが、リボンというのだったか⋯それの色が異なるように見えるな。⋯では余はこちらか。
新入生受付と書かれた場所の前に赴く。
「おはようございます。確認しますので、お名前をどうぞ」
「余の名を知りたいと申すか?良かろう、刻むがいい。余はアレクシア・九条である」
「は、はぁ⋯アレクシア・九条さんですね?⋯あなたはA組になります。こちらの資料をお持ちになり、入学式が行われる体育館へと移動してください。」
「成程、ここで振り分けられる訳だな?A組⋯よく分からぬが王に相応しい響きであるな。」
「ど、どうなんでしょうね⋯?変わった子だなぁ⋯⋯体育館の場所は西へ進んだ奥になります。詳しくは資料に地図がありますので、其方をご確認ください。」
「うむ!役目、大儀である!」
「ど、どうも⋯」
余は賛辞の言葉を与え、その場を離れる。すると門の方角から、父上と母上のこちらに向かってくる姿が見えた。
「おっ、居たぞ!おーい、アレクシアー!」
「パパとママが来たわよー!」
うむ、見れば分かる。そして声がでかい。注目の的であるな。
「おまたせー!アレクシアちゃんはもう受付した?」
「うむ、滞り無くな」
「既に受付を済ませておいでとは⋯流石我が王!」
「ほんとアレクシアちゃんてば優秀で、ママ達も鼻が高いわぁ〜」
「で、あろう?」
分かっておるではないか、二人共。
「じゃあパパ達も受付に行こう。アレクシアは先に行くかい?」
「うむ、そうさせてもらおう」
「分かったわぁ。全部終わったら、一緒に帰りましょうね?」
「良かろう。では事が済んだら正門で落ち合うとしよう」
そうして余は父上と母上が居る場を後にし、体育館という場所へ向けて移動を始めた。
体育館へ向かう途中、ふと異質な気配を感じ立ち止まった。
「なんだ⋯?この感覚は⋯⋯あそこから感じるな」
そこには、周りとは様式が違う建造物があった。あの空間だけ明らかに他と空気が違うが⋯ここからでは、はっきりとは分からぬな⋯
「気になるな⋯行ってみるか」
余はその建造物へと向かい歩を進めた。
「ここは⋯道場というのか。⋯成程、近くに来て分かったが、ここは余の知る修練場に似ているな」
恐らく、ここで生徒達は日々鍛錬に励んでおるのだろう。辺りに人影は見当たらぬが⋯確かに気配を感じる。⋯中か。
入口から中を覗くと、そこは外に比べより一層と張り詰めた静けさが広がっていた。床は板材で敷き詰められ、日々磨かれておるのだろう⋯鈍い光沢を帯びておる。
壁面は白壁と木枠で整えられ、中央には“心技体”と書かれた板のような物が掛けられておるな。よく見ると、武具のような物の存在も見受けられる。
高い天井からは柔らかな光が差し込み、内部全体を暖かく照らしている。
「⋯⋯」
そしてその光の中に⋯長く美しい銀髪を携えた女子が、物言わず静かに座り込んでいる姿があった。
余は思わず息を呑む。
「⋯間違いない、あやつが」
あの女子から静かに放たれている⋯この現世に生まれ変わってから、まだ感じた事の無かった⋯懐かしい、肌を刺すようなこの感覚。
奴はーー強者だ。
「⋯何か御用でしょうか?」
その女子は振り返りもせず、余がそこに居た事を分かっていたかのような言葉を発した。
「⋯気付いておったのか?」
「貴女の猛々しい気は、遠くからでもはっきりと分かります」
⋯ふ。王の威光を感じ取りおったか。流石、と言ったところよ。
「⋯どうぞ、靴を脱いで中へ。礼を忘れないよう。」
余は女子の言葉通りに、靴を脱ぎ一礼をする。この場に対する敬意を表すものなのであろうな。
歩を進めると、微かに軋む音が静寂の場に溶けていく。余が近づいていくと、女子はゆっくりと立ち上がり振り向いた。
改めて見ると余と同じ制服、同じ色のリボンを身に付けておる⋯察するに、こやつも新入生の一人であろうか⋯?
その凛とした佇まいからは、研ぎ澄まされた気配が静かに溢れている。その表情からは何の感情も読み取れぬ。
「再度お聞きします。私に何か御用でしょうか?」
「いや、何か用があった訳ではない。ここから唯ならぬ気配を感じたのでな、確かめに来た。」
「⋯そうですか、貴女も⋯」
女子はどこか納得した様な様子を見せ、続けて言った。
「宜しければ、手合わせを」
⋯ふむ、余の力を試そうというか。面白い。
「良かろう。余も其方の力が気になっていたところだ」
お互いに合意し、位置へと着く。得物を用いない徒手による手合わせであるが、一片の油断も出来ぬ。
すると女子が一礼を行ったので、余もそれに習い一礼を。
そしてーー互いに、構える。一瞬、女子の表情が変わったように見えたが⋯気のせいか?
両者、構えたまま静寂の時が流れる。
まるで隙が見当たらぬ⋯先に動いた方が、負ける。
そして、一瞬とも永遠ともとれる一拍の後。
両者がーー同時に動いた。
勝負は一瞬であった。
余が放った渾身の一撃を、女子は容易く払い除け
女子が喉元を狙い精確に繰り出したその突きを、間一髪のところで余が受け止めた。
暫しの静寂が流れた後。
「⋯充分です、終わりにしましょう」
「うむ、よい一手であった」
そうして互いに元の位置へ戻り、礼をする。
⋯ふふ、底知れぬやつよ。今のは全力とは程遠いものだったと見える。
「⋯貴女も入学式に?」
「うむ、その通りだ。其方もだろう?」
「ええ、その通りです。⋯そろそろ、開会の時刻のようですね」
「む、そうなのか?では急いで参らねばな」
いつの間にか、結構な時が過ぎてしまっていたようだ。
「はい、行きましょう」
余と女子は道場に一礼をし、その場を後にした。
道中、女子と会話らしい会話は無かったが、不思議と心地よい時間であった。
体育館に辿り着くと、既に多数の新入生が席に着いていた。余は係の者に案内され、所定の席へと腰を下ろす。⋯なにやら、後ろから熱気の込められた視線を感じるな。余は少し振り返って確認してみる。
なんだ、父上か。
程なくして入学式が始まった。
開式の挨拶の後、学園長とやらが何やら語り始めた。この学園の支配者のようなものか⋯
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。本日こうして、皆さんを稜征学園の一員として迎えられることを、心から嬉しく思います。これから皆さんが過ごすこの学園生活はーー」
⋯長い。戦の前口上でもここまで長くないぞ。眠くなってくるわ。
「ーー改めて、ご入学おめでとうございます。」
やっと終わったか⋯正直殆ど内容が頭に入っておらぬ。
その後、滞りなく式が進められるがーー
何やら後ろが喧しいな⋯?わが⋯おう⋯?うぅむ、よく聞こえん⋯
余は少し首を傾け、後ろを確認する。
なんだ、父上か。
こうして、余の入学式は無事閉式を迎えた。
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