???少女クィナ
「はじめまして、クィナです。おばけじゃないよ」
「……」
ララン達はクィナを連れてキャンプまで戻ってきた。
ラランはベッドに横になり、
アリエスとファルはラランを守るようにその隣にいる。
特にアリエスはラランをほとんど抱きかかえている。
クィナが『おばけ』なのではないかと、
アリエスはまだ疑っていた。
「クィナさん、」アリエスはとげのある口調で言った。
「あなた、おばけじゃないなら、なんなんですか?」
「クィナは、クイナだよ」
「さっきと同じ答えだな。オウムか、コイツは……」
「オウムじゃないよ、クィナだよ」
「おばけでないんじゃない?」ファルは、
半分以上ラランの背中に隠れている。
「手も足もあるし。見えないけど……」
「だったら怖くないだろ。出てこい」
「やだ」
「クィナ、昨日歌っていたというのは、あなたですか?」
「うん。クィナ、歌ってるよ。毎晩」
「この谷から、出る方法はあるんですか?」
アリエスが尋ねると、
クィナはゆっくりと瞬きをしてから答えた。
「クィナは知らない。不可能ではない、とは思う」
「あなたが知っていれば、と思ったんですが」
「残念ながら、クィナは知らない」
「この谷に、他に人間はいますか?」
「ここにいる四人以外に?」
「四人以外に」
「いない」クィナは首を横に振った。
「君たちのように迷いこんで来た人間は、初めてだ。
一つ、聞きたい。どうやってこの中に入った?」
「どうやってって……」
「崖から落ちた。馬車ごとな」
「馬車ごとか、なるほど……」
「お前はどれくらい、ここにいるんだ?」
訳知り顔でうなずいているクィナに、ラランは質問した。
「千年」
「せんねん? せんねんってのは……。
千年、ってことか?」
「千年は千年だよ」
「だよなあ」
「え、信じるの?」アリエスが眉をひそめた。
「ありえないじゃん」
「うーん。まあ、保留かな」ラランは頭をかいた。
「ありえないことなら、
これまでにもそれなりに起こってるだろ。
バンダリーの壁がいきなり生えていたことだったり、
見えない壁があったり……。
壁ばっかりだな」
「それを言うなら、
僕はラランの剣術もありえないと思ってるけどね」
「そいつはどうも。それ、褒めてるんだよな?」
「さあね」
「どうやって、千年も生きてるの?」ファルが、
不思議そうに言った。
「ふつう、死んじゃうでしょ?」
「クィナは、クィナだから。死なないの」
「ど、どういうこと?」
ファルはクィナを指さし、
困惑した表情でラランとアリエスを見た。
そんなことを聞かれてもわからない、
とアリエスは首をふった。
「ええと……、クィナさん、種族はわかりますか?」
「わかんない。忘れた」
即答だった。
おとぎ話に聞くエルフなら、
千年くらい生きると聞いた気もするが、
わからないとは……。
アリエスは頭をかかえた。
「ララン、どうしたらいい?」
「クィナが何者なのかは、ほっといていいんじゃねえか?
たぶん、わかんねえよ」
「そうだね」アリエスはクィナを半目で見ている。
「それが賢明なんだろうな……」
「クィナの正体はわからなくても、いい。
問題はここから出られないことだ」
「そうだね」
アリエスはため息をついた。
薄目をあけて、クィナを見る。
彼女は何でもない顔でそこにいた。
アリエスがいれたコーヒーを飲み、
苦そうに、ものすごく苦そうに、眉をひそめている。
とても千年もここに閉じこめられているとは、
思えないような無邪気さで。
しかしこの少女が嘘をついているようにも見えない。
千年もここに閉じこめられていた先客がいるとなると、
本当に、出ることはできないのかもしれない。
アリエスはもう一度ため息をついた。
こうしてアリエスたちの牢獄暮らしがはじまった。




