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三つの仮説

 ララン達が谷に落ちてから、一週間が経過した。

 謎の少女クィナの協力もあり、

 どうやらこの森の中で暮らしていくだけなら、

 問題なさそうだった。

 この森は極めて豊かであり、

 食べられる植物がいたるところで収穫できた。

 森には川も流れており、飲み水の心配もいらなかった。


「川から水が流れこんでくるのは、まあいい。

 おれ達も入ることはできたし。

 だが、水は外に出られるのに、

 おれ達が出られないのはどういうわけだ?」


 ラランにしては珍しく理知的な疑問に、

 クィナは無表情で答えた。


「大きすぎるからだよ」

「は? どういうことだ?」

「鳥かごは、鳥を通さないけど、指くらいなら通る」

「そうなのか?」

「見たことないの?」

「ねえな」

「そう……」


 クィナは可哀そうなものを見る目をラランに向けた。


 そんな謎の少女クィナだが、彼女は魔法が使えた。

 それもかなり高度らしい。

 ラランが一人で動けるまで回復したのは、

 彼女の魔法のおかげだった。


「すごいな、すっかり治っちまった」

「そうだろう、そうだろう」

「すご……」アリエスは呆然と口を開いた。

「すごすぎて、なんかもう、すごい。

 すごい以外の言葉が出てこないよ」


 クィナによれば肋骨が何本か折れていたらしい。

 放っておいてもそのうち治ったそうだが、

「やることないし」と言って、

 一日かけてきれいに治してくれた。


「お前の魔法で壁を壊せないのか?」

「うーん……」

「クィナ?」

「クィナのちからなら、不可能では、ない」

「えっ、じゃあ―――」


 すかさず、アリエスが期待に満ちた目でクィナを見るが、

 クィナはその口に指をあてて黙らせた。


「残念だけど、クィナのちからは使えない。

 封印されてる」

「そんな……」


 クィナは、がっくりとうなだれるアリエスから離れた。

 封印ってどういうことだ?と、

 ラランがいぶかしく思っていると、

 彼女がそっとつぶやくのが聞こえた。


「使えたとしても、使わないけど……」

「どういう意味だ?」


 ラランがささやくと、

 クィナはほんの少し驚いたように目を見開いた。

 聞かれているとは気づいていなかったようだ。

 けれど、クィナはすぐにいつもの表情に戻り、微笑んだ。


「……内緒」


 クィナはそう言って、両手で口元にバツ印を作った。


「プライバシーって、やつだから」



 ***



 そういうわけで、生存問題はすんなりと解決したので、

 ララン達はとりあえず「壁」の調査をすることになった。

 壁のことになると、クィナはどうにも口が重くなり、

 教えてくれなかったからだ。


 森の中に野生動物はいないことはクィナが保証していた。

 壁の中には入ってこれないらしい。

 ララン達が入れたのは、

 馬車で落ちたことによって勢いがついていたかららしい。

 そういうわけで、ララン達はそれぞれ分かれて、

 思い思いの方法で壁を調べた。


 そして翌日、仮説を立てて互いに披露した。


 一番手はファルだった。


「壁は見えないレンガでできてるんだよ」

「ふーん、根拠は?」とララン。

「触ったら、硬かった。ものすごく。

 でも、冷たくはなかったから、鉄とか、金属じゃない。

 だから、レンガなんだよ」

「どうやったら出られるかのアイデアは?」とアリエス。

「それは、わかんない!」

「そ、そっか」

「レンガなら、どうして水は外に流れるんだ?」

「水は、通るんだよ。魔法のレンガだから」

「……」


 沈黙が流れた。

 ラランとアリエスは素早く目配せした。

 どうやら同じ考えらしい。


 これでは、ない。


 クィナは、ぼーっと月をながめている。

 ラランは立ち上がった。


「えーと、次は、おれの番だったな」

「え、おいらの説は? レンガは?」

「よーし、いくぞ、聞け! お前ら!」


 ラランはファルを無視して元気よく叫んだ。

 アリエスとクィナは気のない拍手を送った。


「壁は、斬れねえ! たぶん!」

「え? あ、えーと……。

 まず、たぶん、ってどういうことかな?」とアリエス。

「刀では斬ってねえってことだ」


 ラランは背中の刀をぽんぽんと叩いた。


「折れたら困るからな」

「じゃあ、どうやって確かめたの?」

「木の棒で叩いてみたんだ」

「そんなのでわかるの?

 壁だけじゃなくて、なんでも斬れないんじゃないの?」


 ファルの質問に、ラランは「ちっちっち」と指をふった。

 すかさずファルはその指にかみついた。


「いってえ!

 あー、えーとだな、おれくらいになると、

 棒で叩いただけでも大体わかるんだな、これが。

 それが刀で斬れるかどうかってことが」

「じゃあ、どうして斬れないの?

 前に言ってたよね、

 どれくらいの硬さかわかってれば斬れるって」

「……わかんねえ」

「え?」

「それが、わからなかった。

 今までに斬ったことない感触だった。

 物をたたくと、それが大体どれくらいの大きさかとか、

 どれくらい重いかどうかとか、わかるだろ?

 それがなかった。わからなかった」

「魔法の壁だったってこと?」

「かもな。

 少なくとも、見えないだけの石とか土ではねえな」


 ラランの仮説は終わった。

 次はアリエスの番だ。


「あ、ごめんね。僕は、よくわかんなかったから、パス」

「え?」

「ごめんね。えへへ」


 ラランとファルは、

「色々言うだけ言って、自分はパス?」

 という表情をうかべていたが、

 アリエスは笑ってごまかした。


 アリエスの仮説は終わった。



 ***



 しかしその晩、三人が眠りについた後、

 ラランは何者かに揺さぶって起こされた。

 ラランが寝起きでぼやける目を細めて、

 起こした相手をみると、アリエスだった。


「おはよう、ララン」

「アリエス、まだ夜中だぞ」


 ラランは内心、心臓に悪いぞ!と叫びながら起きた。

 アリエスの顔を間近でみるのは、

 ラランにとっていまだに慣れない体験だった。

 それを寝起きに強要するなんて、

 ちょっとした暴力だとさえ思う。

 アリエスは小声でささやくように返事をした。


「うん、ごめん。ちょっと、いい?」

「ったく……」


 ララン達はファルを起こさないように、

 そっとキャンプを後にした。

 クィナはいない。

 夜になると彼女はよく散歩をしている。

 また歌でも歌いながら歩いているのだろう。

 アリエスについてしばらく歩いて、ラランは切り出した。


「仮説、本当はあるのか?」


 アリエスは驚いた表情をみせた。


「すごい。なんでもお見通しなんだね」

「大した予想じゃねえだろ。

 仮説の中身まではわかんねえしな」

「そう。だったら、起こした意味もあるね」


 アリエスは立ち止まり、二回深呼吸して、言った。


「クィナを殺せば、僕たちは出られる。

 それが僕の仮説だ」

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