第11街 ~~"なるようになる"夜に~~
第10街のすぐあとのお話です。
「……っていうことがあったんです!!」
帰ってきたリッコは、昼にあった不思議な出来事をすぐにオーネに報告した。
オーネはそれを、うんうん、とほほ笑んで最後まで聞いた。
「凄いわねぇ、ソノちゃんの街法。距離も時間も飛び越えてるじゃない」
「あっ、でもオーネさんはもっとすごいですから!」
「ふふ、ありがと。まぁ私は私で凄いんだけど……。例えば、オーネちゃんの街法を真似するのは無理ね。というか、基本的に他の人の街法を真似するのは無理なのよね。ひとりひとつだから」
「そうなんですね……」
「そう、人それぞれってことね。……私の街法、真似するつもりだった?」
オーネは紅茶を優雅に飲みながら、リッコを穏やかに見つめる。
「うっ……マネっていうか……一緒がいいなーって……」
リッコは両手の指先を合わせてもじもじする。オーネはカップを置いて、リッコをよしよしする。
「ふふ、よしよし。だから、街法を教えるって言っても……街法を使えるようになるところまでなのよね。そこからは自分の努力次第。街法を少しずつ知って、よりよい使い方を探す……街と一緒にね」
「うーん……なんだか、時間がかかりそうですね……」
「ふふ。気付いた時にはなってると思うわよ。……あ~。なんだか、気分になってきたわ」
オーネは何やら、急かされたように立ち上がり、どこかに電話をかけ始めた。
「もしもし~、ソノちゃん? 今夜、どう? ……そうそう。そんな大げさなヤツじゃなくて。小さいほうで、軽くね、軽く。うん。メンツは集めておくから。よろしく~」
リッコはピンと来て、そわそわし始めた。そして、何本か電話をかけたオーネが戻ってくるなり、
「オーネさん、セッションするつもりですねっ」
「ん~? リッコちゃん……来る?」
この手の話の時のオーネは、あまり見たことのない顔をする。
嫌がっているわけではないが、後ろめたさはあるような。
誘いたくもあるが、ためらいもあるような。
「絶対行きますっ!! ぜったい!!!」
リッコは両手の拳を握りしめて、前のめりに言った。
断られたら、全力でごねる覚悟を決めて。
「ふふ。なら、歓迎するわよ。夜までに色々片付けておかないとねっ」
「はいっ」
それから二人は、急いで晩御飯を食べて、食器洗いなどの家事を一通り済ませた。
家を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
昼の暑さは落ち着いて、心地よい気温だ。
「リッコちゃん、はぐれないようにね」
オーネはリッコの手を握る。リッコは嬉しさと気恥ずかしさを同じくらい感じた。
「もう何回も行ってますから、迷いませんよぉ!」
オーネがセッションのために夜出かけることは度々あったので、リッコも何回かついて行っている。
リッコとしては毎回ついて行きたいのだが、夜はすぐ眠くなってしまうので、時々で我慢している。
夜の街を二人で歩く。
リッコは大きく腕を振って、オーネは鼻歌を歌っている。
ぽつりぽつり立ち並ぶオレンジ色の街灯が、優しく二人を見守っている。
店の灯りは消えているが、家の灯りはほとんどついている。
そして、昼は閉まっていたパブがいくつか輝いていて、外からでも賑やかな声が聞こえる。
二人は目的の小さなパブにたどり着く。入口は少し階段を降りたところにある。洞窟の入り口のようで、リッコは好きだった。
「やっほ~。やってる~?」
オーネはタカタカ軽快に階段を降りて、遠慮なくドアを開けた。リッコも慌てて続く。
パブはカウンター席がそれなり、テーブル席が二つほど、そして演奏スペースがあるくらいの、比較的小さなお店だ。
「あなたがー、呼んだんでしょーー。いつーも、急なんですからーー……」
演奏スペースにいた女性が、オーネに声をかける。
闇夜のようなドレス。
その黒髪とアメジスト色の瞳に、リッコは見覚えがあったので、
「あー!? 同じ人っ!?」
思わず大声を上げてしまった。
リッコはここでソノを見たことはあったが、外で会ったソノとは全くイメージが違っていたので、今の今まで結びついていなかった。
「そだよーー。この前わぁ、ありがと、ねーー」
ソノはリッコに笑いかけ、ひらひらと手を振った。
「じゃ、リッコちゃんはいつものところね。マスター、コルネットお願い。食べさせ過ぎちゃダメよ?」
「へいへい。ほらよ、焼き立てだ」
カウンター席にいた渋いマスターは、慣れた様子でリッコにコルネット(※生地に卵を使った、しっとりめのクロワッサンのようなもの)を出す。
「わーい!ありがとうございますっ!」
リッコはすぐさまかぶりつく。中にはたっぷりのクリームとオレンジ。
「ふふ。お口お口」
オーネは口の端をトントンと叩くジェスチャーをする。リッコは慌てて口についたクリームを舐め取った。
「さてさて……」
オーネは袖をまくると、ドラムの席に座る。
それから軽く準備運動するように、タカタカトントンドンドンし始めた。
「みんな、来てくれてありがと。〇〇〇と×××はやりたくて、あとは任せるわ。リッコちゃんが眠くなるまででよろしく」
オーネがドラムで、ソノがボーカル。
そしてピアノと、吹く楽器の人が何人か。
曲名のところは、リッコは知らない国の言葉なのでよく聞き取れないが、聞いたことはある音だった。
「了解ですー。では〇〇〇でー。ノドはあったまってーー、ますよー」
「それじゃ、さっそく」
トトトトン。
軽くて早い、羽のような始まりの合図。
ピアノとドラムの短い掛け合い。
絹のような滑らかさと、毛布に包まれたように安心感のある歌声。
耳に心地よく入り込んでくる。
リッコは目を閉じて耳を澄ませる。
異国の言葉なので、リッコに直接の意味はわからない。だが、だいたいの意味はオーネに聞いたことがあった。
"私たちはどうなるの?"
"なるようになる"
そういう歌らしい。
少し大雑把で、でも前向きで。
「オーネさんらしいな」、とリッコが思った曲だ。
穏やかで陽気なリズム。
時間がゆったりに感じる。
半分夢を見ているようなこの時間が、リッコは大好きだった。
リッコは目を開けて、ぼんやりとした心地で、ドラムを叩くオーネを見る。
楽しそうだ。
時々みんなと目配せしたり、笑い合っている。
リッコが少しの寂しさを感じると、オーネがリッコを見て、いつものようにほほ笑みかけた。
リッコは、オーネのほほ笑みと、優しく安定したドラムのリズムに支えられて、安心して目を閉じる。
そしてリッコはそのまま、いつのまにか眠っていた。
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「大きくなっても、子供のままねえ」
オーネはリッコをおんぶして、帰り道の上り坂をのんびり歩く。
街法の補助があっても、ひと一人はなかなかの重量だ。
オーネは時々背負い直したり、座ったりして体をだましだまし進んで行く。
「こんな夜が……ずっと続いてくれればいいのにね」
オーネは呟いて。
ふふ、と笑ってから、歌を口ずさみながら、歩き続ける。
寝ているリッコに、その歌が届いているかはわからない。
ただリッコは、家のベッドに寝かされるまで、そして寝かされてからもずっと、天使のように安らかな笑顔だった。
雰囲気としては、「Que Sera Sera (Whatever Will Be Will Be)」をイメージして頂ければ幸いです。




