第一章 episode アリシア
イルファルドが迷宮に足を踏み入れたのと同刻。
「誰かがこっちに——」
アリシア側でも状況が動き出した。
[広大な地下闘技場の端に自分から近づいてくる]
ただの大会運営が用意した試練ならば杞憂ですむ。
問題はアリシアに接触してきた人物、もしくはその一派だった場合、何の躊躇も無く戦う為ここで待っていた。
アリシアも王族ではあるが、冒険者として剣士として、参加している選手達のやる気と熱意は知っているし伝わっている。
そんな彼らの死闘を邪魔したくないのだ。
『剣の原泉 始祖たる輝き 勇者とは最後まで抗う者』
『【ブレイブ】』
大気に充満する魔素から生成した3本の剣が地面に突き刺さる。
ただの魔法で作成した剣が職人の作成する剣に見劣りしない程、精巧に作られているのだから職人泣かせも良い所。
「索敵をお願い」
3本ともアリシアが指示を出すと生き物の様に動き出し、宙へ浮いた。
そして、それぞれ別の方向へと剣を飛した。
アリシアの使う【ブレイブ・ステージ】は、彼女の代名詞とも言える魔法。
攻守万能で数少ない全距離対応の魔法。
更には戦闘以外においても、剣を飛ばし敵の索敵から地形の調査、魔力感知の補助的役割を熟す電波塔のような役割も担う事もできる。
[1人?てっきり何人かで来るとばかり]
聖域のアリシアに敵がたった1人で挑むのなら無謀もいい所。
それは外ならぬ、王族として魔力格差社会を見て感じたアリシアが理解している。
「関係ないってことなのかな」
今こちらに近づいている人物は、何の関係が無い一般参加者の可能性もある。
ならば魔力を開放していては、影響を及ぼす可能性とアリシアに関して変に勘繰られるかもしれない。
お忍びでの参加だからこそ、正体がバレるのはよろしくないのだ。
[バレたりしたら大事になるってガークも言ってたしな]
正直、アリシアとしては自分の正体がバレたからと言って、何があるのだと言いたげな顔をしているがガークが正しい。
王族が無防備に武闘大会に参加していると分かれば、敵国の刺客が差し向けられないとも限らない。
特に最近は、ドラグマ大陸の帝国とのいざこざが続いており、帝国の間者がいつどこに居るかも分からない。
勿論、国民が混乱することも考えての結論である。
故に正体を明かすのはどうしようもない時、もしくは事態の収拾がつかない場合のみとしているのだ。
[来た]
ようやく魔力感知ではなく目視で確認することが出来た。
歩いて生きたのは亜人の男性。
種族は猪の獣人、猪獣人。
良く鍛えられた筋肉とそれに釣り合う太い手足。
背中には、体躯と同等の戦斧を背負っている。
左腕にはアリシアと同じ腕輪が装着されており、【グラン・コンバット】の参加者だと分かる。
[場所を変えよう。ここじゃこの人に…]
次の瞬間。
ギィィッ、と何かが握られる音とほぼ同時に男の戦斧がアリシアを襲った。
周辺には、地面を砕いた轟音が反響し、砂煙が立ち上る。
「フッ!!」
しかし、砂煙は一瞬で晴れ、アリシアは間髪を入れずに戦斧目掛けて後ろ回し蹴りを決めた。
「最初から…いや。違う。この人の目」
警戒していた1つの可能性が選手に紛れて襲い掛かってくることだった。
この場に立つ戦士に疑いを掛けたくは無かったが、可能性としては十分にあり得た話。
だが男の目と表情、現在の風貌から答えがすぐに分かった。
「警戒はしていたけど…まさか本当にしてくるなんて」
予選であり、監視の目がある中でこの手だけは使って来ないと思っていた。
最近見たばかりだからか、アリシアの脳裏には色濃く焼き付いたままの姿。
謎の薬剤投与による、重度の洗脳、そこから連なる身体機能の一時的上昇。
俗に言うドーピング剤。
「許せない」
やはり索敵で飛ばした剣からは他の反応は無い。
目の前の男ただ1人。
「痛いかもだけどちょっと——我慢してね」
アリシアは腰の鞘に納められた愛剣【クレラント】を抜き放つと同時に魔力を全開放した。
戦闘態勢に入った聖域の魔力は、天井のライトを点滅させ、空気を変える。
しかし、男はそれでも怯む様子が無い。
[推定総量は中域。本当だったら魔力酔いでまともに立てない筈なのに]
アリシアが魔力を開放する前と後で変わったことは、男の口から溢れ出す唾の泡。
呼吸も荒く、血管が浮かび上がっている。
一目でわかる程度には苦しんでいるの筈なのに、一向に倒れようとしない。
それどころかジリジリとアリシアに近づいてくる。
[このままじゃこの人が危ない]
無理をしている反動は、男の身にどんなダメージを与えるのか想像がつかない。
そもそも魔力酔いによる身体的ダメージは少なく、後遺症に残ると言ったこともまずないのだが、それは身体が動かなくなり、気絶した場合に限る。
身体が耐え切れない程の魔力に当てられると、全ての身体機能を魔力の防壁に回すのだ。
だからこそ気絶するという防衛本能を取る。
なのにも関わらず、目の前の男はそんな状態で無理やり動いている。
そこに高密度の魔力が籠る、アリシアの剣が傷を与えれば致死量に他ならない。
[最高で高域。それ以下に調整しないとこの人が危ない]
止む終えずアリシアが魔力を制限した瞬間。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
戦斧を地面に引きずりながら男は加速した。
とても中域とは思えない初速。
それは現在高域相当のアリシアとほぼ同程度の速度だった。
「か゛あ゛あ゛!!」
種族は体を表すとばかりに突進を仕掛けた男。
アリシアは回避することでダメージを避けたが、後方にあった壁は大きくえぐれ、パラパラとその破片が落ちていく。
『【ブレイブ】』
回避行動中の隙を有効活用するように、身体を宙に浮かせたまま、無詠唱で魔法を発動した。
今度は、両手剣のような大型剣を2本、扱いやすい短剣を5本、アリシアの周りに生成する。
魔力の制限もあり、強度も攻撃力も劣っているが中域相手には、十分すぎるくらい。
『斬行せよ』
そのまま間髪を入れずに剣へ命令を下した。
効果は剣の特攻攻撃。
合計7本の剣が男を襲った。
それも一本一本が違う動きをしながら、上下左右斜め不規則に斬りかかる。
全てが決定打に成り得る攻撃の筈だった。
全てを男の戦斧が薙ぎ払い、壁へと打ち付けた。
[理性が無い代わりに身体能力は高域以上…!!]
中域の身体で無茶した反動は、やはり大きい。
血管と筋肉が損傷し、内出血を起している腕は青くなり、顔の血色も悪くなる一方。
今の男の身体には、まるで限界が存在しない。
もはやモンスターよりも制御が効かず、男の本質が獣へと近づいていくのをアリシアは感じていた。
[精製剣の耐久値を上回る攻撃なんて、身体の方が耐えられない]
何か策を打たなければ男の身体が危険。
手段を選んでいる場合ではない。
『斬纏せよ』
斬行せよとは別の実行単語。
斬を纏う。
剣を使った防御形態。
身に纏う衣服の上から形の違う幾つもの剣を身に纏い、刃の衣を精製する。
刃の衣とは片手剣や短剣、曲剣や剣のピアスなどで衣を作り盛装させるアリシアの技。
「さぁおいで」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッ!!」
挑発するように手招きをすると男は僅かな躊躇も見せず、アリシアへと突進した。
今度は突進を回避せず、ただ構えるだけだったアリシアは、男に首元を掴まれそのまま壁へと打ち付けられた。
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
一度、壁へと打ち付けたにも関わらず力を緩めず逆に強めていく。
やがて壁に大きな割れ目ができ、限界を迎えた。
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッ!!」
あまりの力に耐え切れなかった壁には大きな風穴ができ、隣の空間へと繋がった。
壁の先はこれまた大きな空間。
通路ではなく1つの部屋があるようなものだった。
加えて壁を突き破った先は、地面から数十m上。
身体は拘束され攻撃の主導権も男が握っている。
「本当に分厚い壁をぶち抜くなんて」
ところがアリシアに傷は見当たらない。
焦りもしていない。
身体も鎧の衣も何もかもが無傷。
「っ゛!?」
これには意識がほとんどない男も驚きを隠せなかった。
男はキャパがほとんどない脳みそで考えるが理解できない。
『【ブレイブ】 斬行せよ』
常人では壊せないような壁を打ち破る力は見上げたものだが、予測の範囲内。
「もう空間大きさは把握した。これで最後」
アリシアは空いている左腕を掲げる。
そんな左腕を掲げる先には、幾本もの剣が天井を覆いつくしていた。
「さぁおいで」
掌を優しく握る。
それは合図であり、照準。
狙いはアリシアに覆いかぶさっている男ごと、地面へと落下させる。
始めの1本目が男の戦斧を叩き落す。
2本から10本目にかけては、男の両手両足の骨に罅を入れる様に叩きつける。
やがて決着の準備が整い最後。
まだ大量に待機してある剣達へアリシアは合図を送った。
降り注ぐは疾風怒濤の剣の嵐。
その全てを側面の峰内のみで攻撃しているのだ。
魔法×アーツ
【煌嵐】
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!」
男は声を絞り出すのでやっとなのか、空気が抜けるような声で叫ぶ。
既に男の四肢に力は宿らない。
全て打撃とは言え、骨が限界を迎えているのだから傷が癒えない限り、戦闘を続行するのは不可能だろう。
そして剣の嵐に晒され続ける男とその真下に居たアリシアは、猛烈な勢いのまま地面へと落下した。
やがて剣達は動きを止め、勝者が立ち上がった。
「待ってて。今助けを呼んでくるから」
地面に伏す既に意識のない男。
逆に両足でしっかりと立つアリシアは、最後まで傷を負うことは無かった。
「いやー見事ですね」
「!!」
「流石は勇者姫、といった所ですか」
その時、アリシアが知覚すら許されなかった人物が真後ろに現れたのだ。
それは以前、街で一度だけ接触してきた謎のエルフの老人。
奴がそこに立っていた。
『斬行せよ!!』
「無駄ですよ」
一瞬の迷いも無く剣に命令したアリシアだったが、その剣達では獲物を仕留める事ができない。
全て老人の身体から発せられた魔力により、剣は近づくどころか次々に砕け、魔素へと戻って行く。
「本気の貴方でなくては私に傷を付けられない。だけど今は、本気を出せませんよね?」
「っ!?」
直ぐ傍には重症の男が居る。
こんな状況で魔力を開放できない。
敵の目的は、他でもない。
アリシアに男を倒させた上で重荷を背負わせる為だったのだ。
「さぁ抵抗するのならご勝手に」
エルフの老人の魔力は精々爵域程度だが、現在の男にはそれですら悪影響。
そんな状況でアリシアまでもが魔力を放出したら最悪の場合、死に至る。
「では——」
「ごめん。やっぱり頼ることになった」
次の瞬間、天井から爆発音にも近い轟音が鳴り、暗い地下に光が差し込んだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
天井から現れた豪傑は、火付け役ど言わんばかりに三日月斧を振りかざした。
「あれ避けたか」
「プランセルオーダー隊長。バロン・グラメデスですか。以後お見知り…」
「随分と舐められたものだな。そうだろガーク」
誰よりも早く最前線へ辿り着いたのは、それぞれ隊長を担っているバロンとガークだった。
イルファルドとの訓練では、一度も見せなかったバロンの本気だったが、エルフの老人は対応してみせる。
されどガークの追撃として放った蹴りまでは、対応が追いつかなかったのか身体を大きく飛ばされることになる。
「怪我人の避難、完了しました」
「ナイスだ副隊長!!」
「今は目の前の敵に集中してください」
テルミリアは、現場へ到着するなり重症だった猪獣人の男を抱え、直ぐに後方へと身を寄せている。
「はぁ…これでは話が違いますよ」
「なんのこと?」
「お気になさらず。お姫様には関係のない事です」
爵域上位の魔力を持つガークの蹴りは、大して効いていないようだ。
何事も無かったかのようにすんなりと立ち上がり、魔力の揺れも呼吸の乱れも無い。
それに敵に囲まれているというのに焦っても居ない。
「アリシア」
「分かってる」
「俺も行くぜ!!」
ガークの呼びかけに連動するように、アリシアとバロンが駆ける。
どちらも身体強化全開。
「まさかお姫様以外にも隊長が聖域とは、驚きましたよ」
「そいつはどうも!!」
まずはアリシアの前に立ったバロンが攻撃を仕掛ける。
その直ぐ後ろにはアリシアと更に後方で何かを狙っているガーク。
[このエルフ。何者だ?]
戦闘中にも関わらずバロンが感嘆のため息をつく程度には、卓越した技術でバロンの攻撃を凌いでいるのだ。
『斬行せよ』
「ほほーこれは凄い。流石は煌剣」
バロンの重い一撃には、攻撃を受け流すことで対応し、アリシアの素早く鋭い攻撃には、側面から攻撃することで撃ち落としている。
体制を崩すようなヘマはせず、精々身体を浮かせる程度。
流石は長寿であるエルフ。
技の練度にバロンは敵ながらに驚嘆の感情を向けた。
それでも尚、余裕があるのはアリシア陣営。
「お姫様は先程のドレスは着ないのですか?」
「————」
「無視ですか。なら私の推測でも聞いてください。恐らくあれを身に着けていると攻撃力が低下するのでしょう?」
調子よく話しかける老人とそれに答えないアリシア。
まだまだお互いに手札は見せていないようだった。
「ほらよ!!」
「おっと…まさかこんなに打ち上げられるとは…」
バロンは三日月斧の薙ぎ払いを受け流させ、老人を上空へと飛ばした。
そこで老人は見た。
後衛の位置に立ち、魔法を詠唱するガークの姿を。
『【アリュメイル・フォルド】』
直後、老人の身体に透明な何かが絡みつき、空中で動きを止めた。
「こいつ…」
一週間前に街中で使用した際には、易々と骨を折る程の出力だったのだが、まるで骨が折れそうにない。
しかし、これはあくまで動きを止める拘束魔法。
決め手はこれじゃない。
『強固たる誓いを胸に剣の契約を』
アリシア達の魔力に当てられながら、前線へと駆けあがっていた青年の、カインの姿があった。
『【ブレイブ】 剣膜せよ』
アリシアが剣に命令したのは、3つ目の動き。
6本、杖の形をした剣が六角形の魔力の膜、ゲートを作り出し、カインの目の前に設置された。
『【グランテス・ホーリー】』
契約の縛りを籠めた一撃必殺の魔法は、眩い白き極光を【穿牙の大剣】に纏わせる。
「はあああああああああっ!!!」
そのままアリシアの出現させたゲートへと打ち込んだ。
膨大な威力を孕んだ白き斬撃は、うねりながらアリシアのゲートを突破し、出力を更に上げ、白き光は白金の光へと進化した。
「流石は貴族ですね」
白金の光が老人に命中すると地下闘技場の南西側全体に地響きが届き、地上では地震と勘違いできるであろう揺れ。
「これで倒せていればいいんだが」
「んなわけねぇな。俺達の攻撃をああも凌いだんだ」
時期に煙が晴れ、老人が姿を現した。
「無傷…みたいね」
「いやー流石は騎士。隊長クラスでなくとも侮れない」
「っ!? 拘束が解け…違う身体が透けた!?」
ガークもまだ何かあるとは予想していたが、老人の身体が透けたのだ。
消えるのではなく透ける。
姿はそこにあるのに触れることができない。
驚くのも無理もない。
「ふっ!!」
「はぁっ!!」
アリシアとバロンの剣が確かに老人の身体を捉えた。
だが剣は命中することなく、老人の身体を通り抜けることとなる。
「これから私を追うなり、街に注意喚起をするなり好きにするといい」
「勿論、この身体を追えたらの話だがね」と嘲笑う老人。
事実、今のアリシア達に老人を追う事は難しい。
触れることもできなければ、罠の場所まで誘導するつもりかもしれない。
「そうだった。予選に参加してくれたのだから君にはお礼をしなければ。」
すると懐から何かを取り出した。
それは鳥の翼を模したイヤリング。
「っ!?何故、これを持っている!!」
そのイヤリングを見るなり血相を変え詰め寄ったアリシアだが、やはり老人の身体には触れられない。
「さぁ?答えが知りたければ、まずは本選に進出するといいさ」
それはアリシアにとって最大の餌であり、探し求めている人物の手がかりに他ならない。
アリシアにとって最悪のカード。
そして、宿願へのカード。
「それじゃあまた会おう。勇者のお姫様」
老人は壁に同化するように消えていき、既に魔力は感じられない。
「アリシア。ここは一度…」
「無駄だ。ガーク。あの目は何度も見ただろ」
バロンの見た瞳は、側近として幾度も見た。
「っ!!」
最早【プランセルオーダー】は眼中になかった。
聖域の力をふんだんに使ったアリシアの全力でその場を去ったのだ。
「あれは悲願を叶えるまで止まらだろうよ」
悲願の為ならば勇者の肩書など要らない。
以前アリシアはそのように答えた。
[やはり今のアリシアに必要なのは…]
バロンには成せない。
主君を護る盾として、それがどれだけの屈辱か分かっていながら縋るしかない。
アリシアと一緒の歩幅で、肩を並べて戦える人物の到来を。
願わくばアリシアの悲願を悲劇にしない英雄の到来を願って。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
まずは謝罪をさせていただきます。
投稿が2日も遅れてしまい申し訳ありませんでした。
先週の終りから今週初めまで体調を崩してしまい、まともに作業をできず、遅れてしまいました。
文も可笑しなところが多く、依然言っていたⅠとⅡを合わせると言った件もまだ手を付けれていない状況です。
次回に関しましても、投稿が遅れ一週間を超える可能性があります。
なるべく早く元の調子に戻れるように致しますので、お待ちいただけると幸いです。
このような状況ですので、誤字、脱字など気兼ねなくご報告ください。
とても助かります。
ブックマークやフォローなどとても励みになります。
何卒お願いいたします。
それでは失礼します。




