第一章 第三十六話 【壮闘祭】
陽が昇り始め、いつもなら聞こえる鳥の囀りは僅かしか聞こえず、代わりに活気のある声が街中に広がっている。
子供や大人、老人や赤子に至るまで老若男女問わない。
皆の1年間を頑張り。その集大成がここにある。
大きな英輿のチェックに花火玉を仕込む職人。
朝早くから、多くの食材と酒を用意する酒場。
皆がそれぞれの目的を持っている。
そんな【グランゼッタ】でイルファルドの姿もある。
「はああああああっ!!」
現在、イルファルドは最後の鍛錬を受けていた。
高まる体温と比例するように溢れ出す汗。
そして、纏われ続ける魔力。
数十秒にも渡る身体強化。
しかし、イルファルドの顔は疲労困憊という訳ではない。
「ようやく馴染んできたな!!」
自分と模擬戦中のイルファルドへ向けて、バロンは叫んだ。
まだ、使い方のいろはを理解しただけ。
なのにも関わらず、身体強化による身体への疲労は一週間前と比べ、大きく違っていた。
[基礎訓練の応用が分かってきた頃合いか]
バロンはそう心の中で呟く。
ここで言う基礎訓練とは、ハクア村での素振り。
つまり、イルファルドの段階はようやく2つ目。
[どれ…試してみるか]
バロンはイルファルドの短剣と片手剣をそれぞれ、一度ずつ往なすと2歩、後ろへステップした。
「!!」
これはイルファルドから見れば、それは待ちに待った格好の隙。
木の枝を持つ左手は、腰よりも後ろにあり、ステップを踏んでいることにより踏み込みも効かない。
[逃がすか!!]
いつもよりも足に力を籠め、一気に間合いを詰める。
防御を緩め、攻撃に寄せた。
やや手元が力み、同時に剣先が震えた。
それでも大丈夫だ。この攻撃は決まる。
【確信】めいた何かをイルファルドは掴んだ。
「っえ…?」
狭まった視界で認識していなかったバロンの右手。
それが、イルファルドの肩を軽く押していた。
なのだが胴体はぐらりと揺れ、吊られるように姿勢が崩れた。
同時に掴んだと思っていた【確信】が【可能性】となり、不安定な選択肢へと形を変える。
一瞬の間では、どういった理屈で崩れたのかすら分からない。
だが、この攻めは失敗した。
そんな事実だけが虚しく残った。
「ぐぅっ!!」
そうして、イルファルドは地面へと倒れ込んだ。
どうにか受け身は取ったが、思いっきり肩から倒れ込んだ反動で呻き声が零れた。
「隙に飛び込んだのは成長だな。余裕が出てきた証拠だ」
平然と立っているバロンは、木の枝を圧し折り、淡々と語り始めた。
「だがそれは、俺の作り出した罠でした」
悪ふざけをする子供のような笑みを浮かべるバロンは、イルファルドへ手を差し伸べた。
「罠…ですか…?」
「その通り。この点に関しちゃ、人もモンスターも違いは無い。生物なら何にだってある本能ってやつだな」
隙を晒したのも手の内ならば、戦況を支配したとしっても過言ではない。
「これだけは忘れるなよ。勝利の確信は戦において最高の毒だ」
バロンの指がイルファルドの胸を指した。
「油断し、考えが単調になりやすい。それこそさっきのイル憎みたいに思考が【直感】へと変わる」
「!!」
その言葉の直後、首筋に冷たい殺気を感じた。
紛れもないバロンの発した殺気は、イルファルドに警鐘を走らせる。
しかし、後ろへ下がる暇はない。
代わりに大粒の汗が首筋を撫でる。
「だが【直感】というのは腐らせるには勿体ない。それは今、身をもって感じたろ?殺気には気づけるし、判断の有無を問わない分…瞬時に動ける」
「【直感】を使う。でも…さっきみたいに…」
ハイリスク・ハイリターンが明確に存在していた。
「大事なのは【直感】を理解し、【本能】を支配することだ」
【直感】と【本能】。
それぞれ間を置き、強調するように放った。
「逆も同じだ。敵の【本能】を利用すれば最高の武器となる。忘れるなよ。俺の教えを」
陽の光が2人の元へ差し込み、街の鐘が鳴った。
そして、イルファルドは頬に付いた砂を払い、バロンと視線を交わす。
「正直…まだ理解はできていません」
理屈を理解できない。
いや、そもそも理屈で片付けられない問題。
だがバロンはそこに次の能力向上を求めた。
「でも。ほんの僅かでも、使えるように戦ってきます」
「おう。正直、十分以上に仕上がった。行ってこい!!」
「はい!!ありがとうございました!!」
【壮闘祭】一日目。
祭りが始まり、【グラン・コンバット】の開始が刻一刻と近づく。
高鳴る熱を感じながら、僕は【威風の館】を出た。
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「おーい!!合図をしたら持ち上げてくれ!!」
「おーけーでーす!!」
「装備の整備しないとな」
「あー俺もだわ。なら先に鍛冶屋行くか」
「雲飴、食べたーい」
「しょうがないわね。今日は特別よ」
職人が、冒険者が、家族が、【壮闘祭】の開催を待ちに待っている。
既に多くの店は開店し、街の至る所で賑わいを感じるが、【壮闘祭】は未だ始まっていない。
多くの警備員が関連施設の最終チェックを終え、首長の登壇を残すのみ。
「ヴェイエさーん!!!」
「キタキタ。朝からお疲れ。これ買っておいた」
イルファルドは、鍛錬で汚れた身体をタオルで拭き、宿に置いていた荷物を取ると、ヴェイエとカラスさんの元へ向かった。
【グラン・コンバット】の受付は昨日の内に済ませてある上、開始時刻もまだ数時間後。
ならば、それまで祭りを堪能しよう、という事になり今に至る。
「その肉、油牛のロース。少し硬いけど美味いよ」
【ガンジブ・ヴァッシュ】とは主にキャラクタル大陸に生息する、牛型モンスター。
そこまで狂暴ではない為、家畜として飼われることもある放牧種。
「ところで、カラスさんは…どうしたんですか?」
受け取った肉串を頬張りながら、ヴェイエさんの肩に乗るカラスさんを見つめた。
何故、泡が嘴周りに付いているのだろうか。
「あぁ…さっき酒を飲んだの。そしたら」
遡ること数分前。
『ヴェイエ サケ!!サケ!!』
『はぁ…おじさん。一杯ください』
『は、はい!![今…そのカラス喋ったような]』
偶々、通りかかった酒場で酒を見つけたカラス。
今後の予定的に何も急ぎの用などなかったヴェイエだが、ここで駄々をこねられるのが一番面倒くさい。
だからこそ、カラスの口を閉じさせるために酒を、昼間どころかほぼ朝の時間帯に一杯分だけ購入した。
決して安くはない料金に祭りバフ[購入者にとっては値段上昇というデバフ]を感じ、顔が歪んだヴェイエだが、大人しくなるなら安い買い物。
『飲んだら早く行くよ』
『…』
『…?』
誰からも見られない路地裏で、カラスに酒を飲ませたヴェイエだが、返事が返ってこない事に違和感を持つ。
まだ一口目。
器にはまだまだ酒が残っている。
この一瞬で何が起きた?
疑問が浮かび上がるがヴェイエは直ぐに気づいた。
「そしたら、一口飲んだだけで寝たのよ」
「え…えぇ…」
「酔っぱらいやすいとか、そういう次元じゃないなんてね。酒も結局の所、残してしまったし」
「私…酒…苦手」と不機嫌そうな顔で僕に訴えかけてきた。
どうやら残った酒は、ヴェイエさんがお店に謝ることにより処分してもらったらしい。
「せっかくの通貨を…まぁ大人しくなったからいいけど」
「酒を飲みたいだなんて、本当に人間みたいですよね」
「振り回されるイルファルドはパワハラを受けてるも同然ね」
「た、確かに…振り回されるどころか、とんでもない距離を飛ばされましたけどね」
僕ってかなり不憫な目に合ってるんじゃ、そう思った矢先。
目の前の広場から声援が上がった。
「なんでしょうか?」
「さぁ?とりあえず行ってみようか」
街の中心、闘技場がすぐ目の前にあり、これまた豪勢な銅像がいくつも立っている、大きな広場。
各方向へと続くメインストリートも繋がっており、多くの人がそこに集まっていた。
『集まってくれた多くの市民、そして、旅の者よ!!まずは感謝を述べさせてほしい』
拡声器により広範囲に届けられる男の声が、イルファルド達の耳にも届く。
『今日この日を迎えられるのは、街を支えてくれた市民達、旅の者、冒険者、騎士、数多の職人。皆の助力あってこそ。首長である私、フルバニル・フォッテンが代表して皆に感謝する』
見晴らしの良さそうな塔の上にやっと見えた声の主。
拡声器を使い、演説をしている首長である。
やや痩せ型の身体で屈強とは程遠い。
肌の色も白く、少し弱弱しい30代半ばの男性だった。
『近年ではモンスターの大量発生に加え、環境の変化もあり、祭りを開くのが困難になりつつある一方。今年も規模感を落すことなく開催できた。【グラン・コンバット】や出店や酒場、是非とも楽しんでくれ!!』
『おおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
ボルテージは最大限に高まり、異常なまでの熱狂が【グランゼッタ】を包む。
「始まるぜ。アニキ」
「飯食って、娼館行って、最後に…」
街の一角で背伸びをし、微笑む2人の男。
「面倒ですが任務です。配置についてください」
『はっ!!』
「俺達は緩く行くぞーーおーー」
『お、おー』
それぞれガークとバロンが受け持つ、全く温度感の違う【プランセル・オーダー】の2つの隊。
「待ってて…」
【煌剣】の2つ名を持つアリシアは、深呼吸をすると己の剣を額に当て、決意した。
「ワクワクが止まらないって顔だね」
ヴェイエは少し前に立つイルファルドの横顔を見て、笑みと共に背中を見守った。
「始まるんだ…!!」
両手を力一杯握り、目を見開いた。
そして。
『【壮闘祭】の開催をここに宣言する』
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次回 蕾
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【英輿】
輿に英雄の銅像を乗せた名物の一つ。
街中を廻り、今も天より見守る英雄がこの地を清める神聖的な目的がある。
また【グランゼッタ】だけではなく英雄を祀る国々では、同じように執り行われる。
【放牧種】
モンスターにも関わらず、大人しい生態を持つ。
そのような特徴の為、放牧可能な種全般を指す。
調教師との違いが無いように思えるが、戦闘を目的とせず、食用と飼っているのが大きな違い。
その為、放牧種とはいえ、残酷だと主張する者も存在している。
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