第98話 本当の居場所
ベローネは密かに息を殺して待っていた。
最後の攻撃の合図となる、マキナの呼び掛けを。
炎魔剣イフリートで作られた広場全体を立ち込める炎も、ベローネの存在、及び接近を隠すための物。
狙いは――刀神器ムラサメ。
下からムラサメを受け止めるイフリートを支えとし、その上から覆い被さるようにストームブリンガーを叩き込む算段だ。
先程のダモクレスとの併用攻撃と違い、ストームブリンガー自体の攻撃がメインのため、タイムラグが発生しない。
更にベローネは斬りかかる刹那、ムラサメを注視し、そして発見する。
イフリートとダモクレスによって削り取られた、峰の刃こぼれを。
マキナがこの一撃を確実な物にするべく作り出してくれた、僅かな綻び。
この好機、絶対に逃してなるものか。
「はあああああああ!!」
ドゴオオオオオン!
黒き大剣による激震の剣撃は、峰の刃こぼれを確実に捉えた。
アスナはムラサメを引き抜こうとするが、イフリートとストームブリンガーの二振りに完全に固定され、更にアスナ自身の腕力すらもてことして利用したこの攻撃は、威力を何倍にも引き上げている。
煌めくムラサメの刀身からヒビが入り、光が差し込む。
「もう大丈夫だ、アスナ……!」
最強の武器と揶揄される神器、その不敗神話が遂に崩れ落ちる。
「刀鍛冶師ヤスツナの逸品、刀神器ムラサメ……俺もまだまだだな」
折れた刀身が、光を散らしながら広場を舞うのだった。
◇
「……ここは?」
「アスナ、気が付いたか!」
アスナが目を覚ますと、すぐにベローネの顔が目に入ってきた。
倒れたまま抱き抱えられているのに気付くと、身体が思うように動かない。
肉体を酷使したらしく、頭だけを動かし周りを見渡す。
広さを見るに、ここが街の時計台前広場なのが分かる。
だが時計台は無残に倒れ、炎が鎮火した後なのか、至る所から煙を上げている。
自らを庇うベローネも満身創痍で、痛々しい傷が目に入った。
アスナだからこそ、理解してしまった。
「この広場の損傷……それに、その姉上の傷は……ムラサメの物……!」
アスナは傷付いた頬に優しく触れる。
自分は良いように操られていた、支配と破壊を助長する兵器として。
「私は、何て取り返しのつかないことを……」
「気に病む必要はない、お姉ちゃんはこの通り無事だしな、なんてことはないぞ!」
ベローネは笑顔で力こぶを作る。
そうだった、この人は昔から必要以上に姉になろうとする。
そんなに頑張らなくても、血の繋がりは消えないというのに。
「気が付いたみたいだな」
周りを見張っていたマキナが、イフリートを仕舞いながら近付いてくる。
「マキナさん、私は」
「お前は操られてたんだ、だけどベローネが頑張ってこの広場で食い止めてくれたんだ」
「姉上が?」
「ああ、加勢しようと来た頃には決着が付いてた、俺の出番は無かった」
「マキナ、何を言って……!?」
「無理矢理にでも止めてくれる家族がいるって、すごく羨ましいな」
マキナはベローネの言葉を遮るように言った。
反応を見るに、マキナを加えた2人で自分を止めてくれたのだとアスナは理解した。
「アスナは何か覚えてることは無いか? 念のため聞いて確証にしたい」
「確証……他に何かあったのですか?」
「この街でスタンピードが発生した。それと同時に『鉄血の獅子』が暴れ出したんだ」
「そ、そんな……!?」
長い眠りの中、最後に覚えているのは執務室での出来事。
『鉄血の獅子』ギルドリーダーのグラハムと、黒い鎧姿の男の計画。
アスナは黒煙の空を飛翔するモンスターを見て、独り理解した。
「……街はグラハムの手によって堕ちます。このスタンピードは人為的に起こされた物です」
「な、なんだと」
「ミリシャ村のスタンピードも、あのグラハムによって引き起こされたのです。洗脳される直前、勝ち誇った顔で告げられました」
今まで命の恩人と思っていた。
そんなグラハムの恩に報いるため『鉄血の獅子』に忠誠を誓い、身を粉にして働いた。
その人間が元凶で、何も知らず今日までいいように使われた。
そして――裏切られた。
「私は悔しい、悔しくて堪らない……!」
アスナはボロボロと涙をこぼす。
阻止できる状況にいながら、失敗した自分にも憤りを感じた。
「『虹の蝶』は街の皆を連れて逃げてください、あの黒い魔導武器、黒操鎧エレザールには誰も勝てません……私のように操られてしまいます」
「それは無理だな」
「何故ですか、命あっての物種と言います、このままでは被害が広がるというのに!」
「逃げたら負けになるだろ」
マキナは足元の瓦礫を拾う。
「俺は諦めが悪いんだ、このまま好き勝手させるか」
そのまま握りつぶし粉々にする。
指の間からパラパラと砂が流れ落ちる。
その時、遠くから人影が現れる。
「おーいマー兄、ベローネさーん!」
アリアが【疾風の加護】を使い、瞬足で広場にやってくる。
よく見ると、背中には三角帽子の少女を背負っていた。
「あ、アリアちゃん……早いよぉ!」
「ごめんラティナちゃん、普段と同じ感覚で使っちゃった……!」
ラティナと呼ばれた少女は目をぐるぐる回し、焦点が合わないまま三角帽子を抑える。
「アリアにラティナか、2人とも無事みたいだな」
「うん、街の皆の保護ももうすぐ終わるし『虹の蝶』も全員無事だよ! マー兄とベローネさんの状況が分からなかったから来たんだ!」
「心配かけて済まない、私たちも大丈夫だ」
「流石だね、アスナさんも無事で良かった!」
「わ、私は……」
「――アタシだっているわよ〜!」
遠くから金髪ポニーテールの少女が遅れてやってくる。
広場に辿り着くや否や、肩で息をし始めた。
「ぐんぐん先行くんじゃないわよ、普通の脚で走ってるアタシの身にもなりなさい!」
「いや〜ステラちゃん、てへぺろであります!」
「反省ゼロか!」
ステラと呼ばれた少女の手刀を食らい、ギャアアと乙女らしからぬ悲鳴を挙げるアリア。
それを尻目に、マキナは安心した様子で口を開く。
「ステラもまだまだ動けそうだな」
「当たり前よ、アタシら『虹の蝶』がへばってらんないわよ。防衛ラインも拡大し始めてるから、このまま街を守り切るわよ!」
「俺とベローネがいない間、ステラたちが頑張ってくれたんだな、ありがとな」
「か、感謝の言葉とかいらないから! 心配かけた分、終わったらお酒付き合いなさいよ!」
「分かった」
「ぜ、絶対よ、約束だからね!」
ステラは熟れたリンゴ顔で、マキナの肩を掴みグラグラと揺らす。
「ベローネさん……そちらの方は?」
「私の妹のアスナだ、『鉄血の獅子』に在籍しているが敵意はない。頼む、魔法で回復させてくれないか!」
アスナの心臓が跳ね上がる。
マキナやベローネが、いくら自分を受け入れているとしても、他の『虹の蝶』メンバーがそうとは限らない。
更にこれはアスナも知らないことだが、ラティナは実際に『鉄血の獅子』のメンバーに被害を受けている。
回復して貰えるかどうかより、拒絶されるのが怖くて仕方なかった。
「分かりました、今すぐ処置します!」
だが、アスナの考えとは裏腹にラティナはすぐさま詠唱を始める。
「高度回復!」
柔らかな慈愛の光がアスナを包み、徐々に傷が塞がり出す。
完治とまではいかないが、身体は自由に動かせるようになった。
「はぁ、はぁ、これで大丈夫です!」
「ありがとう、ありがとうラティナ……!」
「……何故です、何故私にそのような施しを与えるのですか」
「え?」
「私は『鉄血の獅子』、貴女たち『虹の蝶』を苦しめた存在なのですよ。それなのに何故です」
「えーっと」
ラティナは考える素振りを見せると、こう言った。
「傷付いてたからです!」
「は、はい?」
「いけませんか、魔導師が傷付いた人を治したら?」
ラティナはベローネに視線を移す。
「それにベローネさんの妹とあれば余計です。詳しい事情を把握するのも、元気な身体でやった方がハッピーですし!」
天真爛漫に言ってのけるラティナ。
目の前の事実を重視し、『鉄血の獅子』という肩書きを一切問題としていない。
「ふーん、アンタがベローネの妹のアスナなのね?」
すると、ステラが金髪ポニーテールを揺らしながら物珍しそうに顔を覗いてくる。
「アタシは『鉄血の獅子』がキライなのよ、だけどアンタ個人のことは何も知らないわ。敵って言うならそれなりの対応はするつもりだけど、どうなのよ?」
ステラは睨め付けるような目で言った。
この行動には、アスナの現状をはっきりさせる狙いがあった。
加えてアスナは、ステラが自分の回復魔法が終わるまで待ってくれていたのを見ていた。
粗暴は荒く見えるが、決して自分勝手な人ではない。
「もう私は……『鉄血の獅子』ではありません」
「ならいいわ、特別に大目に見てあげる」
「ステラちゃん、そんなムスっとした顔してたら駄目だよ、ほらスマイルスマイル!」
「アンタは能天気過ぎ!」
ステラの手刀が再び額に炸裂し、ギャアアと乙女らしからぬ絶叫でのたうち回るアリア。
やっぱり粗暴は荒いのかもしれない、とアスナは思った。
「どう、変だろ『虹の蝶』って?」
マキナはほんの少し笑みを浮かべ、アスナに語りかける。
「変わった奴を上げるとキリがないけど、いざと言う時に1つになって、同じ方向を向いて団結するんだ」
アスナにも覚えはある。
『虹の蝶』が『鉄血の獅子』ギルドに乗り込んだことだ。
力を持たぬ者に存在価値の無い『鉄血の獅子』。
たとえ仲間が傷付いたとしても、逆に腑抜けだと身内から後ろ指を刺される。
だが目の前の彼らは、仲間を傷付けられることを決して許しはしない。
『虹の蝶』のような組織が、本来のギルドのあるべき姿ではないのだろうか。
「さてと、俺も一仕事してくる」
マキナは歩き出し、広場を後にしようとする。
「マキナさん、その……!」
「大丈夫だアスナ、彼なら心配ない」
呼び止めようとするアスナを、ベローネが静止する。
「マキナは、どんな理不尽な状況でもひっくり返してしまうほどの底力を持つ」
「姉上が、そこまで言うほどの……」
「私が見込んだ男だ、何も問題ないさ」
そう言うとベローネは微笑む。
アスナの姉である『虹の蝶』の女剣士、壮麗のベローネ。
二つ名で呼ばれるほどの実力を持つ彼女が認めている。
『鉄血の獅子』ギルドで剣を交えたあの実力は、やはり間違いではなかった。
「マー兄、行ってらっしゃい!」
「ああ」
マキナは背中を向けたまま、手をヒラヒラと振って答える。
「ケリつけてくる」
【※読者の皆様へ】
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思った方は、ブックマーク、評価をしていただけると幸いです!
広告下の評価欄にお好きな星を入れてください。
★★★★★
よろしくお願いします!