第99話 決戦
その大通りは、以前から彼が普段通っていた道だった。
今は荒れ果て、そこら中に瓦礫が散らばる。
街路樹は燃え、街頭は折れ曲がりその役目を放棄している。
逃げ惑う街の人々、その周りを守るように囲む『虹の蝶』のメンバー。
マキナは唯一、群衆が走り去る反対の方向を歩いていた。
馴染みのある道は、少し前までの通勤途中を思い出す。
突き当たりを曲がり、真っ直ぐに進むと、獅子の横顔の旗が無数に架けられた、城を想起させる外壁が見える。
『鉄血の獅子』ギルド――元『白銀の翼』ギルドの跡地のこの施設は、働き場だったマキナにとって、場所と道筋だけは非常に思い出深い。
街の至る所が被害を被っている中、このギルドだけは傷一つ付いていない。
外門を潜り、修復を終えていないギルドホール入口を通る。
広々とした内部を見渡すと同時に、朝の日差しが天窓に差し込んだ。
「おめでとう、君が今日ここに初めて辿り着いた冒険者じゃ」
パチパチと、人を小馬鹿にしたような拍手が響く。
ギルドホールの階段奥から、小柄の太った男が現れる。
クフラル王国が誇る武闘派ギルド『鉄血の獅子』現ギルドリーダー――グラハムその人である。
「隠すつもりもないんだな」
「素晴らしい余興を与えたワシが何を隠すと? むしろ誇らしさすら感じておる。君も誇るべきじゃ、数多の障害を跳ね除けここに着いたんじゃろうに」
グラハムはマキナを見下ろし、鼻を鳴らす。
「しかし……またお前か白髪。『虹の蝶』はもちろんじゃが、ワシはお前が特別憎くてたまらん」
「お前らが付きまとってくるから、俺はその対応をしなくちゃならなくなるんだろ」
「口を開けば生意気なことを……将来ロクな大人にならないのぅ」
「反面教師にさせてもらう」
「ふん、いけ好かんガキが……広場に配置したアスナがこっちに駆け付けないのを見るに、ヤツを倒してきたようじゃな。あの役立たずめ!」
役立たず、その言葉を聞いたマキナは思わず口を開いた。
「……今、なんて言った?」
「アスナは所詮、ムラサメを使うための道具に過ぎん、故に敗北は許されんのじゃ。だがヤツは負けた。エレザールの搭載能力で操り人形にし、一切の甘さを捨てさせたというのに……役立たず以外の何者でもないわ!」
「ふざけるなよ」
マキナは語気を荒げる。
「アスナの剣術は研ぎ澄まされた物だ。あれほど刀神器ムラサメを使いこなせる剣士は他にいない。役立たずの一言で片付けるほど軽い存在じゃない」
「何を言うかと思えば……ワシにとって有用かどうか、判断基準はそれだけでよい。絶対勝利を掲げる我が『鉄血の獅子』の頂点に立つ者の敗北、唯一の価値を無くした哀れな小娘になったわけじゃ」
グラハムは呆れ顔で言った。
マキナは沸き上がる怒りを抑え、本題に入る。
「今回のスタンピードの首謀者はグラハム、お前なんだな?」
「そうじゃ、ワシら『鉄血の獅子』に歯向かった愚かなギルド『虹の蝶』に裁きの鉄槌を与えるべく実行したのじゃ」
グラハムは下品な笑みを浮かべた。
「なら何で街の住人を巻き込んだ。俺たちみたいにギルドに殴り込めばいいだろ」
「強き存在はその力を存分に見せつけねばならん。それがスタンピードを形取り、余波が民間人に及んだまでじゃ。そもそも民間人など一々気にかけてたら作戦に移せんわい。それに……これはこの街にギルドを移す前から計画していたことじゃ」
「……何だと?」
「本当は周辺のギルドを吸収してからスタンピードを起こし、街を……やがてはこのクフラル王国を『鉄血の獅子』が支配する流れだったのじゃ。『虹の蝶』もその1つ、やたらアスナが推していたのもあって事は上手く運ぶと考えていた」
アスナはあくまで『鉄血の獅子』を、ベローネと平穏に暮らすための居場所として考えていた。
決して『虹の蝶』を悪の尖兵として利用するためではない。
「だが蓋を開ければヨロイ島のヒヒイロカネを奪い、挙句の果てにギルドに殴り込んできおった! ワシの堪忍袋の尾が切れるのも当然、よって計画よりも1年早くスタンピードを実行したのじゃ、『虹の蝶』を標的に加えてのぅッ!」
グラハムは天を見上げ、声高らかに言った。
遅かれ早かれ、街に危害を及ぼすつもりだったのだ。
「それだけ自在にスタンピードを起こせるなら、今まで国内で発生したスタンピードにもお前が関係していそうだな」
「無論じゃ、クフラル王国のスタンピードの6割は『鉄血の獅子』が自発的に行なった物じゃ。とは言ってもこの事実はワシとあと1人しか知らんがの」
「わざわざスタンピードを起こす理由なんてないはずだ、一体何のためだ」
「『鉄血の獅子』の駒を増やすためじゃよ。村や集落を襲えば孤児が出来る。それを『鉄血の獅子』の秘匿施設である『鉄血機関』が保護し、数年かけて冒険者のスパルタ教育を施すのじゃ。ガキ共はワシに忠誠を誓い、捨てられないために毎日必死に鍛錬する。それがまた堪らんのじゃよ、自分たちを不幸にした張本人だと知らず、ワシに恩を感じておるのじゃから」
グラハムは思い出し笑いをし、口に手を当てる。
「そのおかげでワシに従順な部下が出来上がる。『鉄血機関』は洗脳を施すための場、そこで過ごしたヤツらに物事の判断はつかんよ!」
「……アスナも、そこにいたのか」
「ああ、だかアイツは今回のスタンピード計画を話した途端、生意気に反抗してきおった。カッとなってミリシャ村のスタンピードがワシが起こした物だと話してしまったわい。知った時のあの顔……悔しくて仕方なかったじゃろうなぁ!」
ギリ、とマキナは歯を噛み締める。
言葉を交わして再度理解した。
コイツは野放しにしてはいけない。
自分の旨みのためなら、他人の人生を台無しにすることに躊躇がない。
「さて、ここまで話してやったのだ。このワシの崇高な考えに触れた感想を聞かせて欲しいのう。あーっはっはっはっはっはっはっ!」
「お前はゴミ屑以下だ」
マキナは冷たい眼差しで言い放つ。
「ほっほっほ、それがこれから死にゆく若者の言葉、悪態でも気持ちがええわい。だがそろそろお開きじゃ」
グラハムは軽く手を叩く。
すると、ギルド奥の暗闇から声が響いてくる。
「――オイオイオイオイオイオイオイやっと出番かぁぁ……!」
冥府の底から込み上げる悍ましい声は、少しずつ距離を縮める。
「――空気読むために出てこなかったけどよぉぉ……!」
やがて深淵から、漆黒の鎧を見に纏う男が現れた。
兜には禍々しい角を持ち、荒々しい立髪を背中に流している。
「アンタら話長いよねぇ、待ってるオレっちの身にもなれよぉぉ! ああああああん!?」
怒気を交えた男の咆哮に、ギルドホールが軋み出す。
マキナの読みは確定した。
ヤツの装備する鎧こそ、非道の魔導武器――黒操鎧エレザールなのだ。
「白髪ィ……海賊船の恨みを晴らしてやる……!」
「海賊船……? お前あのデカイ海賊か」
「船長だ、忘れたとは言わせねえぞ!」
ランザスはエレザールを纏う身体を震わせ、拳を握る。
「さっきのワシ以外でスタンピードの全てを知る人間がこのランザスじゃ、ワシに迫る心の邪悪さ、エレザールとの驚異的な適合率が無ければ、ここまでのスタンピードは起こせんかった」
「オレっちとグラハムの大将はビジネスパートナーってやつだ」
「さて、あとは任せるぞランザス、早くワシにこの白髪が許しを乞うところを見せてくれ、街を支配したら、真っ先にミロス様を招待してやりたいからのぅ」
グラハムは豪華な椅子(恐らく執務室から持ち出した)に座り、高みの見物と洒落込む。
ランザスは右手をかざし、そこから禍々しい大剣を生み出した。
この大剣も、鎧と同じくエレザールの一部であり、装備時に使用可能となるのだ。
ランザスはギルドホールの階段を降り、マキナと対峙する。
「そこまで腐ってるなら、俺も遠慮なくやれる」
マキナは鍛冶スキル【収納】を発動。
光り輝く巨大な物体を右手で掴む。
そして黒き大剣――退魔剣ストームブリンガーの剣尖を向けた。
彼は広場を後にする際、ベローネからこのストームブリンガーを借りていた。
直接の戦闘が想定されるエレザールに対抗できる唯一の武器と考えたのだ。
「やっぱりいいな、俺の最高傑作の1つだけある」
※本日2話更新予定です!
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