第94話 スタンピード襲来
マキナが辿り着いた頃には、中心街は凄惨な有様となっていた。
そこかしこで黒煙が立ち込め、火の手が上がる。
人々は逃げ惑い、それを嘲笑うかのようにモンスターが跋扈している。
「これは……」
「マー兄〜!」
空を蹴り、双牙剣オルトロスの疾風と共にアリアがやってくる。
さらに遅れてステラ、ベローネと続く。
「ねぇ、これってまさか……」
「――スタンピードだ……!」
ベローネは唇を震わせながら言った。
「同じだ……あの時と……!」
ベローネは幼いころの記憶を辿る。
アスナと離れ離れになった原因、それがまた、目の前で起きている。
「また私から、何もかも奪うつもりなのか……!?」
トラウマとはそう簡単に消える物ではない。
時を重ねたとて、すぐさま鮮明に掘り起こされ、拒絶反応を起こす。
ベローネの身体が次第に震える。
マキナはそんな彼女の肩を掴む。
「……マキナ?」
「俺たちはいなくならない、奪われない」
マキナはゆっくり語りかける。
「ミリシャ村の時とは違う、今のベローネには力がある。何より、俺たちもいる」
すると大人数の人間がやってくる。
皆『虹の蝶』に所属する冒険者だ。
満身創痍のまま、希望に満ちた顔をしている。
「よかった、ベローネさんたちも無事だったんだ!」
「ベローネ、指示をくれ! 闇雲に動くよりその方がいい!」
「頼むベローネ、この街を救わせてくれ!」
一人一人のメンバーの言葉が、挫けそうになるベローネを支える。
ここにいる全員、街の皆を守る力がある。
ベローネは決意したかのように、顔を上げた。
「前衛職は街全域のモンスターの掃討、及び民間人の保護、後衛職は『虹の蝶』ギルドの周囲に展開して防衛ラインを張る。治癒師はギルド内で怪我人の治療。この場にいないメンバーにも伝達せよ! 『虹の蝶』ギルドがこの街の砦だ――総員、戦闘体制に入れ!」
「「「――おおおおおおおお!!!!」」」
ベローネがストームブリンガーを掲げ、呼応するように『虹の蝶』が雄叫びを上げ、散り散りになる。
「流石ね、悔しいけど全員を纏められるのはベローネだけね」
「……ステラ?」
ステラの珍しい発言に、ベローネは耳を疑う。
「勘違いしないで、アタシはいつかその座に着く女なんだから。これが終わったら、このステラ様の素晴らしさをたっぷり聞かせてあげるわ、だから」
ステラはマキナたちに、リンドヴルムの穂先を向ける。
「――絶対生きて帰るわよ!」
アリアはそのリンドヴルムに、オルトロスの切先を合わせる。
「もちろん、皆で街を守ろう!」
ベローネは交わる竜の槍と牙の短剣に、己の退魔剣を加える。
「我々なら必ず出来る……だよな、マキナ!」
マキナは赤き剣身を合わせ、輪に加わる。
「当然だ」
4つの魔導武器の刃先は、ガキンと金属音を響かせながら弾かれる。
その時、崩れた建物から複数の人影が現れる。
武器を装備しており、いずれの胸に光る獅子の紋章。
「あれって、まさか?」
「『鉄血の獅子』か、彼らも同じ街のギルドだ、ここは協力する他あるまい」
「アイツらと協力って……アタシは正直反対だわ」
「本来は不本意だが、ギルド所属の冒険者は民間人の防衛を義務付けられている。同じ方向を見る者同士、手を取り合う必要がある」
「……何か様子がおかしくないか?」
マキナの言う通り、男たちは呻き声を上げ、ゾンビのように彷徨いていた。
そしてマキナたちを視界に入れると、武器を向けて襲いかかる。
「グオオオオオオ!!」
「アイツら、こっち来てるわよ!?」
「やるしかないみたいだな」
4人は迎撃に入る。
状況が状況だが、向かってくる以上容赦しない。
「え、すっごく力強いよ!?」
オルトロスに伝わる腕力に、アリアは動揺する。
「何らかの力が付与されてるとでも言うのか……!?」
「あーもー地味に鬱陶しいわコイツら!」
「面倒だな、まとめて凍らせるから離れててくれ」
マキナは氷獄鎌デスサイズを装備。
身体を軸に回転しながら大鎌を振るうと、凍気が『鉄血の獅子』の胸から下を凍らせ、その場に固定させた。
「グオオオ!?」
「すごい、全員凍らせちゃった!」
「人間相手に時間は取られたくないからな」
マキナはいっちょ上がり、と言わんばかりにデスサイズを仕舞う。
「でもどうなってるんだ、今の状況が分からないのか?」
「混乱に乗じて『虹の蝶』を潰す腹ってわけ? とことん腐ってるわね」
「いや、彼らには自我すらも感じられん。操られているように感じたな」
マキナは氷で身動きが取れなくなった『鉄血の獅子』に近付く。
自由な首を動かし、涎を垂らしながら叫び散らす。
「危ないよマー兄……!」
マキナは『鉄血の獅子』のブローチを注視すると、怪しげな紫の魔力が滲み出ていた。
手に取ってみると、外された男は更に暴れ始める。
もし彼らが首だけだとしても、その状態で噛み付いてきそうな迫力があった。
マキナはブローチを握り潰す。
途端、あれだけ暴れていた男が線が切れたように気絶する。
そのまま全員の獅子のブローチを壊すと、同じ現象が見られた。
「どうやらベローネの読みが正しいみたいだ」
粉々になったブローチを払いながらマキナは言った。
「コイツらは『鉄血の獅子』のブローチを媒介にされて操られていたんだ」
「じゃあ今のも本心じゃなかったんだ……」
「……うーん、うぉ、何だこれ!?」
ブローチを壊された『鉄血の獅子』が目を覚ますと、氷漬けにされた自分自身に目を疑う。
マキナは男の首に手をかける。
「お、お前は『虹の蝶』の白髪!?」
「俺の質問だけに答えろ、最後に覚えてることを全部吐け」
「急に何言ってんだ、意味がわかんねぇよ!」
マキナは首を掴んだまま、イフリートの切先を突き付ける。
もし自分の意思ではないとしても、彼らに敵対心があるなら危険であることに変わりない。
「早く答えろ、元々お前らのことはどうでもいいんだ」
「わ、分かった話すよ! さ、最後に見たのは……黒い鎧を装備した男の姿だ!」
「……!?」
マキナがほんの少し動揺する。
「間違いないんだな」
「ああ、ソイツに新しいブローチを渡されたんだ。付け替えた後の記憶は……ダメだ思い出せない」
「顔は見ていないのか?」
「全身甲冑だったから分からねぇ、ソイツは喋りもしなかった。ギルドリーダーは『鉄血の獅子』の新しいメンバーとか言ってたけどな」
「……黒い鎧、間違いなく魔導武器だ」
「心当たりがあるのか、マキナ?」
「ああ、もし俺の想像通りなら不味いことになる」
マキナの頭に浮かぶ、黒い鎧。
奴隷を生み出す鎧と称され、大昔に南の小国の王が、領土拡大のために使用した記録が残されている。
「黒操鎧エレザール……!」
人の尊厳を捻じ曲げる、非道の魔導兵装。
その希少性、能力は神器にも引けを取らない。
「今から遭遇する『鉄血の獅子』は全員敵だと考えた方がいい、獅子のブローチを破壊すれば暴走は止まる。これも『虹の蝶』全体で共有しよう」
マキナはイフリートで『鉄血の獅子』の氷を溶かす。
「『虹の蝶』ギルドが1番安全な場所だ、俺が事情を説明すれば入れてくれる。一応怪我人だしな」
マキナはくるりと振り向く。
「俺は一旦『虹の蝶』にコイツらを連れて行く」
「すまない、頼むぞマキナ」
「アンタら変な真似するんじゃないわよ」
「わ、分かったから槍を向けないでくれ!」
「『鉄血の獅子』まで敵ってなると、ギルドに入る皆が心配だね……」
「問題ない」
マキナは眉一つ動かさず言った。
「俺は俺で置き土産をしていくつもりだ」
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