第89話 ベローネとアスナ
マキナは『虹の蝶』ギルドに向かい、ベローネに事情を説明、自宅に連れて行く。
「――アスナ!」
ベローネはアスナを見るなり抱き締める。
「……ありがとうマキナ、恩に切る」
「よかったぁ、感動の再会だよぉ!」
アリアはえんえんと泣き始める。
そんなアスナも喜びをみせる――かと思ったが、眉一つとして動かさない。
「お久しぶりです姉上、もう満足ですか?」
「……え」
「今は再会を喜ぶ時間も惜しいのです、本題に移らせて下さい」
アスナはベローネを引き剥がすとテーブルに座り、マキナたちも後を追うように着席する。
「まず、私が姉上と生き別れになった後のことをお話しします」
アスナは粛々とした雰囲気で説明する。
「ミリシャ村、私と姉上が静かに暮らしていた山奥の村でスタンピードが起きました。力のない私たちはただ逃げることしか出来ませんでした。そしてこの私、アスナはその途中で転倒して山道から滑落した」
ベローネは唇を噛む。
その時のことを脳裏に浮かべたのだろう。
「当時、私は普段から姉上の足を引っ張っていました。薪はろくに持てない、小さいミリシャ村の中で迷子、バケツをひっくり返せば十割の確率で頭に水を被ってました」
じゅ、十割……。
どうやら相当ドジらしい。
「山から転落したとき、私は自分を呪いました。どれだけ迷惑をかけるのだ、生きる価値のない人間がいるとすれば、それは私のような人間ではないかと。そんな私を拾ってくれたのが『鉄血の獅子』でした」
「『鉄血の獅子』って、そんな前から存在していたのか」
「はい、幼子の私に冒険者としての教育を施してくれました。生きていく術を与えてくれたのです」
ですが、とアスナは続ける。
「鍛錬は常に過酷、とても子供に課すようなものではありませんでした。それでも……他に居場所がない私は必死に努力しました――全ては私の計画のために」
「計画……それは何なんだ?」
「全ては、姉上とまた暮らすためです」
あまりにシンプルな内容。
しかしアスナの表情は至って真面目。
「ミリシャ村での生活こそ楽しい物ではありましたが、力がなければそれも簡単に奪われてしまう。弱き者には選択肢がないのです。それなのに……『いつでも姉上が守ってくれる』という私の甘い考えが姉上の負担となり、挙句の果てに生き別れになった。同じ幼子だというのに、頼りすぎてしまった」
「それは違うぞアスナ、それはお前のせいでは!」
「だからこそ、1つの結論に辿り着きました」
ベローネを遮るようにアスナは答える。
「――今度は私が、守る側になればいいのだと」
「守る、だと……?」
「そうです姉上、再び平穏な生活が送れたとしても、それがいつ壊されるか分からない。まずは脆弱な己を鍛え上げることを最優先としました。『鉄血の獅子』は素晴らしいギルドです、私の腐った根性を叩き直してくれました」
アスナは胸に手を当てながら言った。
「激しい競争の中、やがて力を認められた私は、『鉄血の獅子』の所有する最強の武器を授かりました」
「……刀神器ムラサメか」
「その通りです。ムラサメは『鉄血の獅子』最強の証明であり、頂点に立つ者の印、如何なる武器も破壊する殲滅刀剣……私は守る力を手に入れたのです!」
アスナの瞳孔が開き、口角が上がる。
マキナは浮上した疑問を投げかける。
「アスナ、お前は念願の力を手に入れたんだ。それならベローネと暮らせるじゃないか、もう『鉄血の獅子』に所属する必要なんかないだろ?」
「そうだよ、1週間も締め出すようなギルドなんて辞めた方がいいよ!」
「アリア、それはどういうことだ……?」
「アスナさん、命令に従わなかった罰でギルドに追い出されてるんだよ。だから今はマー兄が泊めてあげてるの」
「――っ何だとっ!?」
ベローネは憤慨する。
「アスナ、今すぐ 『鉄血の獅子』を抜けろ! そんな扱いをするギルドリーダーなど……人の上に立つ資格はない!」
「今回は軽い方です、姉上はお気になさらず」
ベローネは立ち上がる。
「どこに行かれるのですか?」
「『鉄血の獅子』のギルドリーダーに話を付ける!」
「無駄です。あの場で姉を主張するなら、私は知らぬ存ぜぬを決め込みます。こんな人は知らない、思い込みの激しい人だと。知られない方が都合が良いのです」
ベローネは玄関の扉にかけた手を止める。
虐げられている本人に脱退の意思がなければ、徒労に終わるのは明らか。
「姉上、まだ話は終わってません。座ってください」
突き刺さるアスナの眼差し、ベローネは渋々戻る。
「アスナ、なんで『鉄血の獅子』に固執するんだ?」
ベローネの代わりにマキナが訊ねる。
「私の今の力と地位は『鉄血の獅子』があっての物。わざわざ手放すほうがおかしいでしょう、それに……『鉄血の獅子』こそ、私の用意した姉上の居場所なのですから」
「居場所、私の……?」
「正確に言えば『虹の蝶』のですが。今では『鉄血の獅子』の名は武闘派として知られています。そこまでに至ったのは、間違いなく私と刀神器ムラサメの働きあってこそ得られた物です」
アスナは胸を張る。
「そこに姉上を初めとした『虹の蝶』が所属して下されば、更にギルドは強大となり、反抗するギルドはいなくなる……つまり安全な場所となるのです。これが私の思い描いた平穏――恒久平和です」
アスナは子供のように安心した表情を浮かべる。
「『虹の蝶』は、私の『鉄血の獅子』の名と武力が守ります。姉上、今までお待たせして申し訳ありませんでした。これからは姉妹で手と手を取り合いましょう」
アスナはベローネに手を差し伸べる
彼女は自らの弱さを呪い、強さに固執するようになった。
それは幸せな暮らしを思い描くが故、根底は1人の少女らしい考えによる物だ。
アスナはたった1人で頑張ってきた。
夢を叶えるために、血反吐を吐く努力をしたのだ。
『鉄血の獅子』の頂点に立つほどに。
「……それは出来ない」
ベローネは全てを分かった上で、絞るように声を出した。
アスナはピクリと眉を動かす。
「何故でしょう? 強大なギルド同士、手を組むのがベストな選択だと考えます」
「『鉄血の獅子』はギルドとして黒過ぎる。我々は海賊を雇うような集団とは手を組まん」
はっきりと言い放つベローネ。
今までと違い、ギルドリーダー代理人としての発言をしている。
「なら、この王国全てのギルドが真っ当であると言えますか? ある程度は色の濃淡の差でしかありません」
「他のギルドは関係ない、これは泥沼にわざわざ飛び込む者はいないという話だ」
「……私の用意した場所が、暗くて汚いと?」
「そうだ」
アスナは拳を強く握る。
「私の権限があれば『虹の蝶』を加入させるくらい簡単です。今回の件も水に流せます。そのチャンスを逃すことになるのですよ」
「そんなことを頼んだ覚えはない」
「……『虹の蝶』のメンバー全員にも聞いてください。姉上は、自分の考えを総意にすり替えてます」
「私は最初から個人の意見しか言っていない」
「認めましたね、その意見には何の力もないと」
「だがギルドリーダー代理人として、私の考えは何よりも優先させてもらう。メンバーにも有無は言わせない」
「……っ!?」
「『虹の蝶』は家族だ、それを傷付ける者を私は許さない」
ベローネに言い切られ、アスナは唇を震わせる。
「ありえない……姉上は『虹の蝶』を私物化しています! マキナさんなら私の言うことを理解してくれますよね?」
「俺はベローネに従う」
「な、何故」
「平穏なんて人から与えられる物じゃない、自分達で手に入れる物だ。アスナのやってることは押し売りだろ」
マキナは核心を突き、更に続ける。
「仮に『虹の蝶』と『鉄血の獅子』が協力したとして、その後はどうするんだよ」
「最終的には全てのギルドを統合する動きとなるでしょう。王国2大ギルドの力があれば容易いでしょう」
「それ……多分無理だぞ」
「可能です。抵抗するギルドが現れても、ここにいる全員が共に戦えば必ず成功します」
「俺が言ってるのはその後だ。力で無理矢理従わせても長続きなんてしない」
そんな形で支配をしていけば、不満を持つ者同士が水面下で繋がるだろう。
それがギルドなら更に大きな集団の輪になり、やがて反乱が起きる。
「――次は、今回の規模じゃ済まなくなるぞ」
後の行動で、その平穏すら消える可能性があるのでは意味がない。
計画の穴を突かれたアスナは苛立つ気持ちを抑え、息を吐き出す。
「……交渉決裂、ですか」
そのまま席を立ち、部屋を後にする。
「ア、アスナさん……」
「ご心配なくアリアさん、夕方には戻ります」
立ち去る最中、アスナは立ち止まる。
「姉上、貴女は嘘を付きましたね」
アスナは背中を向けたまま、冷たく言い放つ。
「――ギルドが家族など、ありえません」
バタン、と扉が閉まる音。
リビングは静寂に包まれる。
ベローネはテーブルに肘を乗せ、目を覆う。
「……嫌われたな、私は」
そのまま弱々しい声で口を開く。
「ベローネは何も間違ってない」
「アスナの頑張りを否定したことには変わりないんだ。姉として失格だ……」
ベローネとアスナ、互いを思うが上に起きたすれ違い。
残念ながら平行線となってしまった。
「――大丈夫だよ!」
すると、アリアは背後からベローネをぎゅっと抱き締める。
涙目のまま、ベローネは驚く。
「……アリア?」
「何とかなる、何とかなるよ!」
抱き締める力を強める。
「仲が良かったんなら、きっとまた仲良くなれるよ! アスナさんだって、ベローネさんとまた仲良く暮らしたいから頑張れたんだもん!」
アリアの目にも涙が溜まる。
不恰好な励まし方が、いかにもアリアらしい。
それ故に、心に染みる物がある。
「……まさか、アリアに慰められる日が来るとはな」
「今は私がベローネさんのお姉さんになるよ!」
「ふふ、随分小さいな、私の姉は」
ベローネは身を預け、目を瞑る。
温もりに安心したのか、ほんの少し表情が緩む。
「不釣り合いな力を持った連中は、自ら身を滅ぼすもんだ」
マキナは赤髪の男を脳裏に浮かべながら言った。
アスナ自身は高潔な心を持つ女剣士。
だが、ギルドリーダーを初めとした連中は、お世辞にもまともではない。
瓦解するとすれば、きっとそこからだ。
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