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第88話 マキナ、アスナを家に泊めてあげる。


 夕方、マキナはとりあえずアスナを家に通した。


 敵対関係のギルドのメンバー同士が一緒にいるのは何かと目立つ。

 冷えた身体を温めるべく湯船に浸かり、濡れた衣服を着替える。

 アスナにはアリアの服を貸し与えた。


「言われてみればベローネさんに似てるような〜」


「……」


「髪の色は違うけど目元はすごく似てますな〜」


「……」


「むむむ〜」


「アリア」


「何、マー兄?」


「近すぎるだろ」


 アリアはゼロ距離でアスナの顔を観察していた。

 こんな状況でも、アスナは無機質な表情を一切変えない。


「あ、あはは、ごめんごめん!」


「いえ、お気になさらず」


 アスナはマキナに向き直り、頭を下げる。


「助けていただきありがとうございます、本来ならば私はあの場で溺れ死んでいました」


「無事でよかったよ」


「私の危機に颯爽と現れるその姿、まるで王子のようにも見えました」


「偶然だ、偶然」


 まさか後を付けていたとは言えない。

 とはいえ、斬り合った者同士が語らう不思議な空間が生まれたのは間違いなかった。


「お風呂でアスナさんから聞いたよ〜、咄嗟に魔道具で助けてくれたって、流石マー兄だねぇ」


 べしべしと身体を叩くアリア。

 こういう時、彼女は何故かマキナ本人より得意げである。


「ところで……ちゃんと確認しときたいことがある」


 マキナは改まる。


「アスナ、お前はベローネの妹、ってことでいいんだよな?」


 アスナはその問いに対し、ほんの少しの間を置いた。


「ええそうです。この私、アスナは壮麗のベローネと血縁関係にあります」


「やっぱりそうなんだな」


「あの戦闘の場にはギルドリーダーのグラハムもいました。家族は既に亡くなったことにしていたので、あのような返答をさせて頂きました」


「何でそんなことを?」


「それは姉上も同席した時にお話させて下さい、実を言うと『虹の蝶』の皆さんと私で話したいことがあったのです」


「それはアスナとしてか、『鉄血の獅子』としてか?」


「両方です」


 どうやら今回の出会いは、お互いにとって都合が良かったらしい。


「貴女はアリアさん、と言うのですね。見ず知らずの私に衣服を貸していただけるなんて……ありがとうございます」


「見ず知らずじゃないよ、ベローネさんの妹さんなら当たり前だよ!」


 アリアの笑顔を見て、アスナは微かに頬を緩める。


「貴方の名前は……マーニーさんでしょうか?」


「マキナだ」


 白目で答えるマキナ。

 マー兄と呼ばれているのを聞けば勘違いくらいするか。


「失礼しました。マキナさん、改めてありがとうございます」

 

「ところでさ、アスナさんはマー兄とどんな関係なの? 前から知り合いみたいな感じだけど、そもそも私、ベローネさんに妹がいたことも知らなかったよ」


「『鉄血の獅子』のギルドで剣を交えました」


「へ」


「刀の神器を使う女剣士がいたって話は覚えてるか? アスナがその本人だ」


「そ、そうなのぉぉぉ!?」


 アリアは仰天する。

 先程までお互い大変な目に遭っていたので、その辺の説明をしてなかった。

 今は『鉄血の獅子』のブローチを付けていないので無理はない。


「い、いやね、アスナさんの濡れた服を乾かそうとしたらライオンのブローチが付いてるなぁって思ってたけど、まさか『鉄血の獅子』だとは思わなかったよ……このアリア一生の不覚!」


 訂正、しっかり見た上で新鮮に驚いていた。


「あれ、でも今日はムラサメを持ってないんだな」


「ギルドリーダーの指示が無ければ帯刀(たいとう)は許可されません。私のことは刀神器ムラサメを使う装置(・・)にしか思われていないのです」


 ――装置って……。

 いくらなんでも自分を卑下し過ぎだとマキナは感じた。


「剣戟の際も感じましたが……あのイフリートという魔剣は素晴らしいです。さぞ腕の立つ剣匠の傑作なのでしょうね」


「俺が作ったんだ、確かにイフリートが1番の自信作だ」


「マキナさんが作られたのですか……!?」

 

 鉄仮面のようなアスナの顔が僅かに崩れる。


「ああ、俺は元鍛冶師なんだ。『白銀の翼』で働いてたんだけどクビにされてさ、それで冒険者を始めたんだ」


「『白銀の翼』は『鉄血の獅子』を超える武闘派ギルド、炎剣のジュダルという二つ名の冒険者もいたはず……まさか」


「そのジュダル用に作った魔導武器なんだ、炎魔剣イフリートは」


「なるほど、マキナさんの強さの秘密が垣間見えた気がします」


 規格外の性能を誇る魔導武器、それを扱う者が作り出したマキナ本人とはいえ、使いこなすには別の努力が必要となる。


 彼はその力を遺憾なく発揮するための鍛錬も欠かしていない。

 それが、マキナの強さの所以なのだ。


「俺もだいぶ危なかったぞ。あれだけ広範囲の斬撃を繰り出せる剣士はそうはいない。努力したんだな」


 マキナは戦いを振り返る。

 イフリートから伝わった衝撃、あの威力はムラサメの性能を限界まで引き出している。

 アスナも決して劣っている訳ではない。


「あ、ありがとう、ござい、ます」


 アスナは途切れ途切れに返事を返す。


「どしたの、アスナさん?」


「……いえ、お褒めの言葉を頂くことに慣れていないのです」


 アスナは無表情のまま、両頬をぐにぐにと揉む。

 どうやら照れ隠しでやっているらしい。

 それだけの剣の腕があれば、褒められることの方が多そうな物だ。


「だけどアスナって呼ばれてたときはびっくりした。ほんの数日前に聞いた名前だったからさ」


「あのときは私だって驚きました、急にイフリートを鞘に収めるのですから」


「今思うと賭けだったな、もうやんない」


「私は武器を握らない人間と、背中を向けた人間は斬らないと決めてます」


「ちゃんと線引きしてるんだな」


「剣士として当然です」


 アスナは無機質ながらキッパリと答える。

 刀神器ムラサメを扱うに相応しい、高潔な心を持っている。

 それが余計に違和感を覚える。

 そんなアスナが何故、『鉄血の獅子』にいるのだろうか?


 きっと他のギルドでもやっていけるというのに。


「いてて」


 マキナは肩を抑える。

 溺れるアスナを助ける際に傷が開いたのか、ムラサメで斬られた痛みが再び襲う。


「マー兄、大丈夫……?」


 すると、アスナはマキナに近づき、身包みを剥がそうとする。


「お、おい、何するんだ!?」


「ひゃ、ひゃああ、アスナさん、大胆すぎるよぉぉぉ!?」 


 アリアは手で目を覆うが、指の隙間からしっかりその様子を観察する。


「包帯を巻き直します、濡れたままでは傷に触ります」


 マキナはあっという間に上半身裸にされた。

 アスナは傷に薬を塗ると、優しく丁寧に包帯を巻いていく。

 額の包帯も替えてくれた。


「いいってのに」


「どうか私にやらせて下さい。この傷は……私がムラサメで与えてしまった物ですから」

 

 アスナはその手際の良さで、あっという間に包帯を巻き終える。


「完了です」


「何か悪いな」


「いえ、これで貸し借りを終えるつもりはありません」


 アスナは無機質な目でマキナを見つめる。

 その姿は、仕事を命じて欲しいと言っている様に感じた。

 それはそれとして、気になることもある。


「そう言えば……アスナは今日街で何やってたんだ、休みでも貰ったのか?」


「私の自室は『鉄血の獅子』にあるのですが、ギルドリーダーに1週間ほど顔を見たくないと言われたので、昨日から追い出されていた所です」


「え、どういうことだ?」


「今伝えた通りです。グラハムはあの時、私が命令に従わなかったのを面白くなかったようです」


 あの時――アスナが両手を上げた自分を斬らなかったことだ。

 だからといってギルドメンバーにそんな仕打ちは普通ありえない。


「じゃあ、街の宿に泊まってたってことか」


「いえ、昨日は野宿をしてました」


「は」


「金銭は支給されていません、俗に言う『一文なし』です。あと6日間耐えれば済む話です」


「はぁ、何それひどいよ!?」


 マキナより先にアリアが声を上げる。


「女の子をそんな風にするのは絶対駄目だよ、私許せない!!」


「いつものことです、ギルドリーダーの癇癪自体も対して珍しいことではありません」


「いつも!? 余計許せない!」


 憤慨するアリアを、アスナはきょとんと物珍しそうに見る。


「……私を気遣ってくれるのですか?」


「もちろん! 良いこと思いついた……マー兄の家に泊まりなよ!」

「え、俺の家か?」


「何さマー兄、アスナさんを助けたくないの」


「いや、アリアの家の方が良くないか?」


 確かに泊めるの自体は賛成だ。

 だが隣のアリアの家という選択肢がある中、何も男のマキナの家に泊まる必要はない。


 アスナだって流石に抵抗があるだろう。


「確かにマキナさんの家なら……身の回りのサポートをすることで恩を返すことが出来ます」

 

 意外に乗り気だった。


「ですが……泊めてもらう時点で更なる恩が発生してしまいます。やはり就寝は外で済ませ、起床と共に再度マキナさんの家にお邪魔させていただきます」


 アスナはマキナの家を後にしようとする。

 外はすっかり夕闇、女の子1人では危険すぎる。


「いや駄目だ、野宿禁止! もう分かった、泊まってよし!」


「もちろん私も泊まるよ〜、お布団持ってくるね〜!」


 結局、この日はマキナたち3人で仲良くお泊りした。

 思いがけない出会いではあったが、これでベローネと会わせることが出来る。

  

 

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