第85話 『虹の蝶』の処分。
ギルド協会による『虹の蝶』の取調べは1週間にも及んだ。
互いのギルドの証言、言い分を擦り合わせる。
勿論、ギルドが他の公認ギルドを襲撃するなどもっての外、今回のケースは最悪の結果も予想される。
結果……『虹の蝶』に下された処分は、
「1ヶ月の活動停止、か」
「ヒマ〜ヒマだよぉ〜……」
アリアは『虹の蝶』の酒場のテーブルに蹲りながら言った。
「普通『虹の蝶』が廃業してもおかしくないわよ、意外だわ」
ステラは椅子の上で胡座を描き、背もたれに寄り掛かる。
『虹の蝶』は存続を許された代わりに、ギルド活動の1ヶ月間停止を正式に言い渡された。
長い歴史を持つギルド協会が下した処分の中で、これは異例中の異例。
おかげで、こうして皆が居場所を奪われずに済んだ。
ただ、活動停止となると『虹の蝶』のメンバーはお金を稼ぐことが出来ない。
そのため期間中はギルドを24時間全面解放、せめて宿に泊まるお金だけでも浮かせようと考えた。
『鉄血の獅子』への襲撃を経て、手当てが必要な者も増えたが、これは決して無駄な戦闘ではない、必要な戦いだったと皆が感じていた。
「俺たちのギルドリーダーが上手く話を付けてくれたらしいな」
「いっぱいお金積んでくれたのかな?」
「でも一向に顔を見せないようなギルドリーダーなんて信じていいのかしらね」
ギルドには必ずギルドリーダーは存在する。
それは『虹の蝶』も例外ではない。
だが所属するメンバーはおろか、代理人を務めるベローネですら会ったことがない。
その正体は完全に謎に包まれていた。
「この騒ぎを収められるほどの人物だ、強い力があるのは間違いない」
「でもギルドリーダーなら後始末だけじゃなくて、しっかり『虹の蝶』を引っ張って欲しいわよ。それなら舐められること自体なかったかもしれないじゃない。あ〜なんか不満しか出てこないわ」
「ステラちゃん『虹の蝶』やめちゃうの……?」
「や、やめないわよ、何でそんな泣きそうな顔になるのよ!」
「でも皆が無事で良かったッス、オイラ気が気じゃなかったッスよ」
今日の治療の手伝いを終えたニコルは、安堵の表情で言った。
ラティナたちも快方に向かっている。
あと数日もあれば完全に回復するだろう。
「褒めるわけじゃないけど幹部クラスの実力は本物だったわ、武闘派を名乗るだけあるわね」
「確か『鉄血の四銃士』ッスよね?」
「ええ、しつこいから武器ごと砕いてやったわ」
「さ、さすがステラのアネゴ……!」
ニコルは身震いする。
「アリアだってその『鉄血の四銃士』と戦ったのよ」
「アリアのアネゴもお疲れ様ッス」
「ありがと〜ニコルくん、ということで癒しをいただきます」
「へ、癒しッスか、のわぁやめて下さいッス〜!?」
アリアは獣耳が生えたニコルの頭をワシワシ触りだす。
「そういえばマキナ、結局神器を持ってる奴はいたのかい?」
ローズはカウンターを背にしながら尋ねる。
「実際に交戦した」
「やっぱりかい……その肩の傷はソイツに負わされたのかい?」
「ああ、刀の神器だった」
マキナの肩には包帯が巻かれている。
傷口はまだ完全に塞がっていない。
大きな傷跡は少しの油断で広がってしまうため、しばらく安静にしておく必要がある。
「マキナに一撃与えるなんて、只者じゃないねソイツは」
「それは……」
マキナは口籠ると、栗毛の刀剣士――アスナの顔を脳裏に写す。
これはベローネの過去に深く関わる部分、安易に言ってしまうのは良くない気がした。
「女の子だった、俺と同い年くらいの」
マキナは当たり障りのない情報を伝える。
「てことは、私やステラちゃんともあんまり変わらないね」
アリアはニコルを撫で終え、すっかり頬がツヤツヤだ。
ニコルは地べたに倒れ、もうオヨメにいけないッス……と泣き寝入りしている。
「ギルド協会のせいで決着がつかなかったんだろ? ま、邪魔が入らなかったらマキナが勝ってたさ」
「……どうだろうな」
「でも、やっぱりマー兄が傷付くのは嫌だよ」
「心配ないわよ、次戦う時はパーティー4人がかりで倒しましょうよ。確実に仕留めてやるわ」
「――それは駄目だ」
マキナは声を荒げる。
しん、と静まり返ると、アリアが恐る恐る口を開く。
「マー兄、どうしたの?」
「い、今のはさすがに卑怯すぎたわね、はは」
失言だと察したステラは笑いを繕う。
ステラは神器の使い手がベローネの妹だと知るわけがない。
マキナはしまった、と思いつつ口を開く。
「……あの神器には、剣以外の武器を壊す能力があるんだ。だからリンドヴルムが壊される可能性があるからやめよう」
「何だそういうことだったの。それならこの案はなしね、なし!」
「ごめんな、衝動的に言って」
マキナは立ち上がる。
「マー兄どこ行くの?」
「少し頭冷やしてくる」
「散歩? ならアタシも行くわよ」
「1人にさせてくれ、すぐ戻る」
そのままマキナは酒場を後にする。
あの場では出来ない、複雑な話をしに。
予想通り、彼女は修練場にいた。
何をするわけでもなく、ストームブリンガーを手に、その場に立ち尽くしている。
「ベローネ」
「……マキナか」
ベローネは振り返り、憂いを含めた笑みを向ける。
「ギルド協会には参ったよ、『虹の蝶』の2ヶ月前の動向まで遡って捜査された。私が言うまで、ギルドリーダーの命令で動いたと思っていたよ」
「普通はそう考えてもおかしくないかもな」
「ギルドリーダーには頭が上がらん、今回の全責任も負ってくれたのだから。名前も顔を知らないのに信頼を置いてしまうよ」
気丈に振る舞うベローネ、そんな彼女にマキナは本題を投げる。
「アスナ、生きててよかったな」
「……あれが果たして再会と呼べるのだろうか」
ベローネは胸に手を当てる。
「心臓が抉られる気分だった、一言一言が突き刺さったよ。あんなことを言う子じゃなかったのに……まるで人が変わったようだった」
マキナは無言で返事をする。
「あの時、本当は君の傷を心配しなければならないのに……本当にすまない」
「気にするな」
「マキナ、君はアスナと戦ったんだろう。あの子はどうだった?」
「強かった、あの刀神器ムラサメを使うに値する人物だ」
「『鉄血の獅子』に、強さを対価として人間性を捨てられたんだ。そうでなければ……あんなことを言うはずがない!」
「それは違うぞ」
「?」
「人の心はある、絶対に」
人間性を捨てているなら、マキナが両手を上げ戦闘停止した際、躊躇いなくムラサメで斬りかかっているはず。
それをアスナはしなかった――少なくとも剣士としての誇りは持ち合わせている。
「それに諦めるのは早い」
「……マキナ?」
「まだお互い話し合ってないだろ」
『鉄血の獅子』ギルドで交わした、あの淡白なやりとりで終わらせるわけにはいかない。
「幸いこの街にいるんだ、話す機会はある。諦めちゃ駄目だ」
「マキナ……」
ベローネは身体を震わせ、涙を拭う。
「もう少ししたら戻るか、皆に泣き顔見せたくないだろ」
「私は泣いていないぞ……!」
「目元が腫れてるし、声色でもバレる」
「な、もう黙ってくれ!」
ぷいっと顔を背けるベローネ。
すると、修練場にネイルがやってくる。
「……」
マキナと泣き顔のベローネを交互に見比べる。
「……!」
何かを察したかのように会釈し、素早い足取りでギルドホールに戻っていく。
「おいネイル、何か誤解してるぞ、戻ってこい、おおおおい!」
後を追いかけるマキナ。
クフラル王国の冒険者ギルド『虹の蝶』――彼らの賑やかな夜を彩るように、三日月の光が照らすのだった。
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