第102話 グラハム、裁きの時(2)
「ギ、ギルドリーダーッ!?」
「に、『虹の蝶』のぉ〜!?」
マキナたちは驚きを隠せない。
彼女の胸に光る蝶のブローチは、紛れもなく所属を示す物だ。
案内したネイルもその発表を受け、ぎょっと目を見開いていた。
どうやら彼女も今知ったらしい。
「え、アタシ、そんな人に出会いがしらで喧嘩売っちゃったの……!?」
ステラは初対面時を思い出し、顔面蒼白になる。
ただ、それ以上にグラハムの顔は真っ青になっていた。
「う、嘘じゃ、ミロスちゃんが、そんな!?」
「先ほど、わたくしのギルドの子たちに何か仰ってましたわね? 確かゴミども、と」
「あ、いや、それは」
「誰の顔面が醜悪ですか?」
「ち、違うのですじゃ、決してそんな!」
「協会長様、合図をお願い致しますわ」
「これより裁判を開始する」
「お、お待ち下さいですじゃ! 待ってぇ!」
画して、裁判は開始された。
グラハムの処遇はもちろんだが、まず優先させなければならない部分がある。
協会長がスタンピードの概要を振り返ると、続けて被害状況を読み上げた。
「……全域に渡る住居の損壊、図書館の半壊及び書物の焼失、時計台の倒壊……以上が届けられた内容だ、相違はないね?」
「はい、申告に虚偽はありません」
資料を製作したベローネ本人が答える。
「街の復興資金は全額、このギルド協会が負担をする手筈になっている。グラハム、言っておくがこのスタンピードが君の言う通り、『鉄血の獅子』の船長ランザスの独断であっても、リーダーの君は責任を負わなくてはならない、いいね?」
「も、もちろんですじゃ、メンバーの不始末は付けて当然であります」
「これには今回、ギルド協会が捻出した復興費用、及び解決に奮闘してくれた『虹の蝶』に支払う賠償額の合計を記してある。確認したまえ」
賠償額の算出をしていたのか。
マキナはベローネに目配せすると、彼女は驚いた顔で首を横に振った。
縛られたままのグラハムは、協会員が広げた羊皮紙の内容を見るや否や、どっと脂汗が出る。
「……ふ、吹っかけすぎじゃあ!? こんな金額、用意できるわけないじゃろぉ!」
あまりに桁が多い。
経理業務も行うグラハムだからこそ、法外だと理解した。
「記された7割は、わたくしが提示した『虹の蝶』の賠償金ですわ」
「ミ、ミロスちゃん……貴女様は有名であるが上、金銭感覚が人とは違うのです……これはあまりに」
「メンバーの不始末は付ける、とおっしゃられましたわ」
「ぐ、ぐぐ、ですが……」
「所有する組織を解体すればよろしいんじゃありませんこと」
「『鉄血の獅子』はこのクフラルだけでなく、次世代の冒険者にとっても必要な場所でありますぞ!」
「わたくしが言ってるのは所有する組織全てでしてよ」
ミロスは言い直すと、更に付け加える。
「――『鉄血機関』。グラハム殿なら、思い当たらない筈ありませんわね」
その名を聞くや否や、グラハムの心臓が大きく脈打つ。
「な、何のことやら……」
「強力なモンスターが生息するナエバ山脈付近に居を構えるとは、今まで上手く隠しましたわね」
その聞きなれない名に、周りの協会員が騒つく。
マキナは唯一、その組織の名をグラハム本人から聞いていた。
未来の『鉄血の獅子』を育成する、洗脳のための機関だと。
「そんな組織を設立したなんて聞いていない、どういうことだいグラハム?」
「もし白状するのであれば、わたくしのギルドで調査をする必要もなくなりますわ」
「いや、全く、身に覚えがありませんぞ。ミロス様、憶測は証言とは言いませんぞ」
「すぐ明らかになる事実ですわ」
口振りから察するに、ミロスは既に位置を特定した上でこの場にいる。
どうやら、自分たちの知らないところで彼女は動いてくれていたようだ。
続けて、ベローネが重要参考人を代表して発言を始める。
「……黒操鎧エレザール、不特定多数の人間とモンスターを支配下に置く搭載能力によって、スタンピードは起こされたのです」
「エレザール、噂でしか聞いたことがなかったが現存していたなんてね……刀神器ムラサメはともかく、黒操鎧エレザールや大鎌デスサイズを始めとした危険な武器は、発見時の即時破壊が義務付けられているはずだよ。どうなんだいグラハム?」
「あのランザスが……ワシにも黙って持っておったのです。それで『鉄血の獅子』のメンバーを操ったのですじゃ」
細々と語るグラハムに、ベローネが問い詰める。
「そもそもランザスはクフラル王国の領海内で海賊行為を行なっていた犯罪者だと分かっている。その経歴を知らないはずがない。我々もヨロイ島近海で攻撃をされた。そんなヤツを何故今まで匿っていた?」
「匿うなどしておらんわ! ワシは道を踏み外した者を更生させ、正しき方向に導きたかったのじゃ。だが結局クズはクズ、変わることは無かったようじゃな!」
「違うな、スタンピードを起こすために必要な存在だったからだ。支配から解けた『鉄血の獅子』のメンバーは、直前の記憶で貴様の姿とエレザールを纏うランザスを目撃している。貴様は、このスタンピードに密接な関わりを持っている」
ベローネは新たに1枚の羊皮紙を取り出す。
そこには沢山の名前と血判が記載されていた。
「これは、その記憶が正しい物だと証言した『鉄血の獅子』全員の署名だ。指紋を全て照合してくれても構わない」
「し、知らん、デタラメだそんな物は!」
グラハムは狼狽える。
エレザールの支配状態の解除法は見破るのが難しく、マキナのように武器の知識を持っていなければ不可能に近い。
マキナというイレギュラーにより、牙城は崩れた。
グラハムは支配が解けることなど、まるで考えてなかったのだ。
「王国内のスタンピードも貴様の仕業だと証言した者もいる。アスナ、私の妹がそう告げた」
「妹じゃと……まさか、お前は!」
「そうだ、私はアスナの姉だ」
ベローネは鋭い目付きでグラハムを見る。
「分かるな、私が貴様に抱いている感情を、臓腑が煮えたぎるほどの殺意を抑えていることも」
裁判室はベローネの強烈な覇気に包まれ、証言台のグラハムはガタガタと震え出す。
アスナを始めとした『鉄血機関』の子供は長い時間をかけ、自分に逆らえない存在として育て上げられた。
だがベローネは違う。法がなければ、この場でグラハムを斬り殺すことも躊躇しないだろう。
「あ、ああ……」
「落ち着きなさいベローネ、皆様が緊張してしまいますわ」
ミロスが静止すると、武装した協会員は剣を腰の鞘に仕舞う。
「失礼致しました」
「……ええい、今このワシにかけられた容疑は全て憶測じゃ、洗脳直前にワシを見たのもエレザールの洗脳による記憶の混同じゃろうに! 証拠を出せ証拠を、言葉を並べたところで何の証明にもならんじゃろうに! さっさとワシを解放しろ!」
グラハムは気圧された自分を誤魔化すように捲し立て、すぐに息切れをする。
現時点では決定的な証拠は出ていない。
いくら証言をしても、今のままでは疑惑で終わってしまう。
そんな空気の中、
「――証拠ならある」
マキナが挙手をする。
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