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無常の風の果てに 転移の勇者は復讐を誓う  作者:
無常の風の果てに
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6話 復讐の一歩

ブクマや感想がなければ次話書けません。

書きますけど書けません。



「あ! お帰りなさいませライ様」

「ん」


俺は地の底に帰った。


空を駆けるスキル『空脚(くうきゃく)』や自身の脚力や腕力等を強化する魔法(スキル)身体強化(ポテンシャルアップ)』等、移動に役立つ魔法(スキル)を駆使し怨敵アンリエッタの元へ向かいある種の宣戦布告、恫喝を終わらせてから翌日の事だ。


俺はベルゼが3日3晩掛けて走破した冥府(ヘレ)からアルギリア王都迄の道のりを、僅か2日で往復した。


俺はアルギリア王国王都から冥府(ヘレ)に帰った。地の底。常闇の世界。死者の国。

肌に纏わりつく冷気は心臓をゆっくりと凍らせようとしているかの様で、前方に広がる凹凸の地肌は巨大な魔獣の腹の中を連想させる。

そんな魔獣の腹の中で、純粋な魔力の結晶体であり様々な恩恵を齎らす発光鉱石が鬼火の様に所々で青白い輝きを放っている。


その暗闇の世界の中で、1人俺の帰りを待っていたベルゼは小ぶりなハープで悲しい旋律の曲を奏でていた。

そんな彼女を包み込む様に、発光鉱石とは違う無数の朱い光が空を漂っている。


この朱い光はこの地の底に辿り着いた魂か……


そんな事を考えながらベルゼの方を見ると、俺の気配を感じたのか振り返ったベルゼと目があった。次の瞬間、太陽の様な暖かく朗らかな笑みを浮かべたベルゼはハープを置き、2日ぶりに帰って来た俺の前へと駆け寄って来る。


「無茶はしませんでしたか?」


ぶっきら棒に手を挙げ出迎えの声に応えた俺の腕へ嬉しそうに体を寄せる冥府(ヘレ)の主人、ベルゼ。

生者が訪れる事のない闇の世界で1人暮らしていた堕天の女神、ベルゼ。

名と翼を剥奪され天界を追放された哀れで憐れな少女、ベルセフォネ。


それまで久しく口にしていなかった人を出迎える時の言葉。愛する者、親しい者が互いに送り合う数多の言葉の中の1つ。

その言葉を送る相手が出来た。何事もなく無事に帰って来てくれた。その言葉に返事を返してくれる人が、最後の瞬間まで側に居る事を許してくれた。


喜び。


彼女が浮かべる笑みには、その気持ちが見て取れた。


「あぁ…… 今の俺に無茶出来るだけの力はねぇからな。全魔法(スキル)の『熟練度』は死ぬ直前と比べても5分の1。レベルに至っては10分の1。それに王都にはアンリエッタの他に、物好きな糞ったれが2人居た。其奴等が居たんじゃ無茶はできねぇ」

「も、者好きな糞ったれ……ですか?」

「俺を裏切った奴等の事だ。今の状態でその2人プラス王国軍、アンリエッタを相手にすんのはそれこそ自殺する様なもんだ」


そんな喜びを向けるベルゼの言葉を受け、俺は拳を握り締めて魔王討伐記念式典に参列していた2人の裏切り者の顔を…… 信頼し、そして裏切られた8人の中で常に最前線で武器を振るっていた強者達の顔を思い浮かべる。


魔王討伐記念式典の初日。アルギリア王国王都に到着した俺は、アンリエッタが1人になる隙を見計らいつつ自身が死んでからの世界の動向等を調べていた。


その最中、王都をパレードするかつての仲間の姿を……魔王アスラゴート討伐に死力を尽くし、第2の魔王の捕縛に尽力したと賞賛される2人の裏切り者の姿を見た。

事実その裏切り者達はアスラゴート討伐に死力を尽くした。彼等の実力は生前の俺が全力で挑んでも、同時に相手取るのは骨を折ると俺自身が思う程に高かった。


その2人はそれ程までに強かった。

今の俺ではどう足掻いても絶対に勝てない。そう自覚出来る程、今の俺と其奴等の力の差は歴然としていた。


手の届く場所に心の底から恨む相手が居るのに、ただ目の前を通り過ぎるのを黙って見ているしかない。

それはなによりも悔しく惨めで屈辱的な事だった。


「そ、それよりライ様は出発なさる前に獣の血を瓶に入れてましたが、何かに使ったのですか?」

「あ? あぁ、ちょっとした悪戯に使えるかもと思ってな」


怒り。俺が俺自身に向ける怒り、歯痒さを感じ取ったベルゼはワザとらしく話題を変える。


ベルゼは俺がアルギリア王国で催される魔王討伐記念式典の前日、狩った獣の血を死者の宮殿(トーテンパラスト)で見つけた空き瓶に注いでいるのを目撃していた。

その時ははぐらかし、ある要求をアンリエッタに伝えに行くとだけベルゼに説明していたが、ベルゼは何故要求を伝えに行くのに獣の血を注いでいるのかと疑問に思っていたらしい。


「大いに役に立ったぜ。くくっ、今頃王都は大騒ぎだろうな」

「それは良かったです」


無邪気に、子供の様に目を細める俺にベルゼも目を細めて微笑みを浮かべた。


ベルゼは俺がその血を使い何をしたのか聞かなかった。ベルゼはただ俺が笑みを浮かべているという事実だけで満足したらしい。

俺が笑っている。殆ど見せた事のない正の感情を浮かべている。それ以外ベルゼにはどうでもいい事の様だ。


「それよりベルゼ。頼んでた仕事は終わったか?」

「はい。こちらに」


壮大な悪戯(・・)を成し、アルギリア王国の奴等がどんな顔をしているのかを考えるだけで笑みが溢れる。久しぶりに心から湧き上がる笑みを堪える事が出来ない。


その笑みが静かに消える。


俺はベルゼの方へと顔を向け、付いて来る様に促す彼女の背中を追い歩き出した。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「ほう、地下室が在るのは予想してたが、この広さは予想以上だ」

「はい。恐らくこの宮殿を建てた人々の王の空間なのでしょう」


ベルゼに促され、俺は死者の宮殿(トーテンパラスト)より更に地の底へと降りていた。


此処は長年死者の宮殿(トーテンパラスト)で暮らすベルゼでさえ気が付かなかった地下室への入り口。そこに通じる螺旋階段。

魔法(スキル)『暗視眼』を使い死者の宮殿(トーテンパラスト)内部を散策していた時偶々見つけた地の底の、更に底へと通じる隠された入り口。


その先に在る巨大な地下室に。

まるで王の玉座の間をそのまま地下に造ったかの様な空間に、俺達は居た。


「この宮殿を作った者達の王か」

「でなければ地下にこの様に荘厳な空間を造る必要はなかったでしょう。私も知りませんでしたが、この地下の玉座の間を含め、死者の宮殿(トーテンパラスト)は本来(・・)の為に建てられた宮殿なのかも知れません」


俺はその地下空間の最奥に佇む玉座に目を向ける。


其処にはまるで新品の様な輝きを放つ鎧を纏い、眩く輝く王冠を被り、重厚なマントを羽織る遺骨が鎮座していた。

更にその左右には玉座に腰掛ける骸の王を守る様に巨躯の騎士を象った石像が立ち、やや奥には側仕えと思しき女性の石像が10体程静かに佇んでいる。


遺骨が纏う衣服や装飾品は風化した様子がなく、まるで時の流れから切り離されている様で、数百年……下手をすれば数千年前に時間が止まったままとなっているこの空間では酷く場違いな印象を受ける。遺骨が纏う物以外にも、まるで作れた直後から時の流れが止まっているかの様な衣類や装飾品、武具等が至る所に並べられていた。


この異様な空間を見て、ベルゼの言う通りだろうな。と、心の中で呟く。


この地下の玉座と上の宮殿は、本来マントを羽織る遺骨の魂が死後の世界で暮らす為に建てられたのだろう。

今なお新品の輝きを放つ衣服や装飾品、武具は死後の世界で遺骨の魂が使う為に作られたのだろう。

左右に佇む石像は死後の世界で彼を守護する守り神。背後に佇む石像は死後の世界で仕える世話係。恐らく遺骨の魂の為だけに作られた石像なのだろう。と。


「で、使えそうな物はあったか?」

「は、はい! 」

「わかった」


しかしそれ以上の情報は不要だった。


俺がベルゼに頼んでいた仕事とは、この地下空間に使えそうな物が有れば選別しておく事。

今の俺には倫理観なんてものは必要ない。

使えそうなら使う。それが死者の物であろうとも。それが己の復讐の役に立つなら。


「忘れ去られし死者の王よ。冥府(ヘレ)本当(・・)の主人よ。骸の王よ。俺の復讐の為、目的の為、使えそうな物を頂戴する」

「ライ様……」


それでも今を生きる者の最低限の礼儀として、物言わぬ王の前に傅き頭を垂れる。


己が蘇った場所の本当(・・)の主人に敬意を表し。死者の所有物を奪う冒涜のせめてもの償いに。ただ冒涜を行う事への許しを請う真似はしなかった。


本来それが悪しき事だと理解()していたから。

故に許しを請う事はせず、ただ己の心から出た言葉をそのまま骸の王へと向ける。


俺が怨んでいるのは今のこの世で生を謳歌している者達。俺に汚名を着せた者。俺を裏切った者。

既にこの世の理から外れた者を怨む道理も理由もない。死者などどうでもいい。


僅かに残っていたらしい人としての礼節。

俺は数秒下げた頭を上げ、声を張り上げた。


「ベルゼ! どれだ!」

「は、はい! こ、コレとコレと……あとコレはどうでしょうか」


ベルゼは俺がアルギリア王国へ向け出発した直後、直ぐに頼まれた事を実行に移していた様だ。


しかし死者の所有物である品々に触れる事へ憚りを覚えたのだろう。

ベルゼは己がこの空間に来る以前からそこに置かれていたらしい装飾品や衣服の前に立ち、これ等が役に立ちそうですと順繰り声を上げて此方に瞳を向ける。


「『見定めよ 秘めし力 見定めよ 鑑定眼』」


ベルゼが自分なりの鑑定眼で役に立つだろうと見定めた品々。


それは新品と見紛う程に綺麗な状態を保つ黒を基調とした外套(インヴァネスコート)であったり、赤を基調としたケープであったり、太ももの部分が膨らんだ乗馬ズボンであったり、清潔そうな白いシャツであったり、重厚な籠手(ガントレット)であったり、鉄靴(サバトン)と一体になった脛当(グリーブ)であったり、魔力を帯びた胸当(ブレストプレート)であったり、燃え盛る様な真っ赤な刀身の剣等だった。


「ふふ、ははは!」


俺はそれ等過去の遺物を、保有魔力(マジックポイント)『400』を使い発動させた魔法(スキル)『鑑定眼』で見た。

『鑑定眼』の効果でその物がどの様な性能を秘めているか。身に付ければどの様な効果を発揮するのかと言った情報が網膜に浮かび上がる。


そこに浮かび上がった文字や数字を見て、俺は高笑いをあげた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「ベルゼ、準備はいいか」


地下の玉座の間から死者の宮殿(トーテンパラスト)に戻り、俺は骸の王から拝借した魔法具(マジックアイテム)『恒久の革袋』に当面の生活に必要な物。今後役立ちそうな物を全て押し込んだ。


『鑑定眼』の効果で、この『恒久の革袋』はそれ自体に掛けられた様々な古の魔法の効果により、内部は無限に広がり万物の時間の流れが止まる異次元空間となっている事が判明した。


これはつまり、『恒久の革袋』は内部に吸い込んだ物の全ての時間の流れを止め、食材の長期保存や嵩張る荷物の収納、装備品の経年劣化を防ぐのに適した魔法具(マジックアイテム)だという事。


俺はこの魔法具(マジックアイテム)を大変気に入った。

このアイテムのおかげで骸の王が所有していた服や武具、装飾品。それにアホみたいにある獣の残骸……爪や骨を始めとした素材を楽に持ち運べる。


直径30センチにも満たない取り出し口に近付けた物を、『恒久の革袋』は次々と内部に広がる異次元空間に吸い込んでいく。


これまで狩った動植物達の皮が。牙が。爪が。骨が。羽が。枝が。葉が。死者の宮殿(トーテンパラスト)で採掘した取り分け魔力純度の高い発光鉱石の山が。ベルゼが長年愛用してるらしいハープが。骸の王と共に納められた品々が『恒久の革袋』に吸い込まれていく。


貯蔵量という概念がないらしいこの魔法具(マジックアイテム)に全てを詰め込み『恒久の革袋』を腰に括り付けてベルゼを見る。


暫く……いや、もしかしたら2度とこの地に帰る事はないかも知れない。

この地を離れるという事は、大団円(ハッピーエンド)など存在しない復讐の旅に出る事を意味する。

今以上に人々に疎まれ、蔑まれ、憎まれる道を歩む事を意味する。


引き返すならこれが最後のチャンス。


俺はそんな意味を込めて、ベルゼに声を掛けた。


「はい、ライ様。何処までもお伴します」

「……そうか。本当に物好きな奴め」

「? 何か仰いましたか?」

「いや、なんでもねぇ」


そんな俺の考えを知る由も無いベルゼは、優しげな声で即答した。

否、既にベルゼは覚悟していたのだ。『復讐ノ誓イ』を交わしたあの瞬間から。

此処へは2度と戻らないと。


ベルゼは『恒久の革袋』に自身が愛用しているハープや、生きる為の魔力を供給する発光鉱石を大量に収納する様頼んできた。


それはベルゼ自身が2度と此処へ帰ってくるつもりはないという意思の、決意の末の行動。この場所との決別の証。覚悟の表れ。冥府(ヘレ)を本来の主人に返す事を意味していた。


「そうですか? それよりライ様。まずは何方へ向かわれますか」

「……最初の目的地はアルギリア王国の隣国、【ガセナール商国連邦】だ!」


改めてベルゼの覚悟を垣間見て、俺は以前ベルゼに向けて放った「物好きめ」という単語を思い出す。そして、ベルゼと『復讐ノ誓イ』を交わし、約束を今度こそ叶えてやると言った自分の方こそ物好きだったなとも思った。


俺はこの女神を哀れんだ。この憐れな女神が、俺と同じ忌み嫌われる弱々しく儚げなこの女神が死を望むなら、叶えてやろう。


そんな事をする義務も義理もないのにな。


俺は内心で呟き、己の物好きな行動に自嘲気味に目元を細めた。そして目線をベルゼから外し前を見据える。



復讐の旅が始まる。裏切り者共にこの世の地獄を見せる旅が始まる。



死を。死を。死を。


裏切り者に死を。

汚名を着せた者に断罪を。

地獄の責め苦を。

自ら死を望む程の絶望を。



最初ノ標的ハ オ前ダ。



俺はアルギリア王国で聞き及んだ情報から、最初の獲物を決めていた。

最初の目的地の名を声高らかに叫び、俺は復讐の一歩を踏み出した。



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