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28話 予期せぬ再開

台風19号への備えに奔走していて更新が遅れました。

今日明日は外出しなくても済む様に食料を買いだめしました。皆様も命を大事に。お気を付けて。



「テメェ、アスラゴートをぶっ殺したら俺と勝負しやがれ!」


脳内に男の声が響く。その声に誘われる様に、俺はゆっくりと閉じていた目を開けた。目の前は一面の白、白、白。まるでこの世界全てが霧に覆われてしまったかの様だ。だが暫くすると、その霧が徐々に掻き消えて行く。


視界が晴れると俺は岩だらけの山岳地帯に居た。そして目の前には、先程俺に声を掛けた男が此方に人差し指を向けて立っている。左手にはファブロが鍛え上げた『神話級』の剣を握りしめており、赤黒い血で汚れた刀身が太陽の光を反射させ鈍く輝いている。纏った鎧も返り血や傷で汚れていたが丁寧に手入れされているのが見て取れた。


その装いは見た者に恐怖を感じさせるかも知れないが、まさに歴戦の強者。御伽噺に出てくる勇者そのものだった。


そんな勇者然とした装いの男は、怒りが滲む目線を俺に向け続ける。男はただ無造作に立っている様に見えるが、その立ち姿に隙は無く、此方が殺意を向ければ直ぐに対応する為か全身に力がこもっているのが分かった。

深い海の様な色の瞳は血走って赤く染まり、額には血管が浮かぶ。溢れ出る怒りから、男の目尻はわなわなと震えていた。


「あ?断る。めんどくせぇ」


そんな男へ俺は手をヒラヒラ振りながら、心の底から怠いという感情と共に言葉を吐き捨てる。


俺にとって最も重要な事は魔王アスラゴートを倒す事。俺はそれだけの為に、このクソったれな境遇を甘受している。それ以外の事は俺にとってどうでも良い。


魔王さえ倒せば、俺は元居た世界に帰れるのだから。


それでなくても俺達は魔王軍に苦戦し、苦境に立たされ四苦八苦しているのだ。何故アスラゴート討伐という大仕事を終えた後で戦わないといけないのか。何故背中を預けた仲間と戦わねばならないのか理解が出来ない。


それでも、この喧嘩を売られる直前に取った俺の行動が原因で男は激怒し決闘を吹っかけてきた。というのが、それなりに長い期間共に戦ってきたお陰で何となく分かった。


「俺をバカにしてんのか」

「バカになんてしてねぇだろ。ってか、何でそんなにイライラしてんだ。俺がお前の手柄を奪ったからか?」

「彼奴は俺の標的だ!今までも散々邪魔しやがって!」

「苦戦してたから助けてやったのに……」

「それが余計な事だってんだよ!助けてやった(・・・・・・)だぁ!? 巫山戯んな!俺が何時助けてくれなんて頼んだ!テメェみてぇな奴が俺様を助けた気になってんのが気にくわねぇ!」


男は吠える。


俺達は数分前まで魔王軍の一部隊と戦闘を繰り広げていた。そしてこの男は部隊の隊長である上級魔族に挑んだのだが、上級魔族は予想以上に剛強で、男は苦戦した。


このままでは仲間が殺される。


その一心から、俺は隙が出来た上級魔族に攻撃を仕掛け斬り捨てた。


しかし俺が良かれと思ってした行動は苦戦を強いられていた男にとって我慢ならない事で、プライドを傷付けられたと逆上し怒りを爆発させる。


誰よりも強さを求めるこの男は例え自身が苦戦したとしても、助力される事を屈辱と感じる面倒くさい性格をしていた。


だが俺達からすれば苦戦している仲間を見捨てる訳にもいかず、今回の様にこの男が苦戦を強いられるとその都度俺がピンチを救って来た。

助けられる度にこの男は苛立ちを隠さず嫌味ったらしい言葉を吐いていたが、遂に今日、溜まりに溜まった鬱憤が爆破したのだ。


此奴は普段は気さくな奴だが、こと戦闘時は人が変わる。特にピンチを救われた時は尚更。


今まで見たことがない激昂ぶりに多少面食らったが、脳内で男の言い分を簡潔にまとめる。この男は自身が苦戦していた敵を俺があっさり倒した事、そして助けが必要と見なされた事が気にくわないらしい。


だから全てが終わったら決闘して、どちらの実力が上かハッキリさせたいと……


「へいへい、ならもう助けを求められても助けねぇよ。それでいいだろ。俺は決闘なんかしねぇからな」

「テメェ…… 良い気になってられるのも今のうちだぞ。いつか俺がテメェより強ぇって事を思い知らせてやる!」


まともに相手をするのもアホらしい。だから俺は気怠げに言葉を返すと、男は吐き捨てる様に宣戦布告をして眉間にシワを寄せながら立ち去った。


俺は1つの善意で救われた。だから俺も善意で男を助けてきたつもりだったが、男はそれを善意とは受け取らなかった。詰まる所善意とは受け手が善意か悪意か、もしくはそれ以外かを判断するモノで、送り手がこれは善意だと断言するモノではない。


少なくとも、俺の善意は男にとっては悪意に等しかった。


少年漫画なら、今の男の言葉は主人公がライバルに向けるセリフの1つとして見ても違和感はないだろう。だが声色はライバルに向けるには些か棘があり過ぎる。もはや敵意に近い。


「揃いも揃ってクセが強過ぎるんだよ……」


俺は男が立ち去り誰も居なくなった空間で静かに呟いた。


直後、頭が揺れて目の前が真っ暗になった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「……寝てたのか」


俺の視界に真横になったバックスの看板が映り込む。此処はイルザール自由職業別組合(ギルド)支部の休憩所。休憩所には俺しか居らず閑散としているが、少し離れた場所にあるバックスからは笑い声が溢れていた。


脳内で状況を整理したが、どうやら俺はうたた寝していたらしい。休憩所に来た直後、ソファに座り背凭れに体を預けた記憶があるが、その後の記憶は抜け落ちている。今俺の上半身はソファの上で横を向いている。目を開けた直後はバックスの看板が真横を向いていると思ったが、看板が横を向いていたのではなく俺が真横に倒れていただけ。


うん、やはり俺はうたた寝していた様だ。何か夢を見ていた様な気がしないでもないが、思い出せないから大した夢ではないだろう。


よっこいしょと体を起こし、ボリボリと頭を掻きながらうたた寝する前の事を思い出す。


俺はディーネの一件がありバックスから逃げる様に退店し、騒ぎが落ち着くまで休憩所に避難していた。

しかし依頼で酷使した肉体と観衆に晒し上げられた精神は想像以上に疲労を溜め込んでいた様で、ソファに座って暫くしたら意識が途絶えたらしい。


「まぁだ食ってんのか…… ベルゼが来ねぇって事は……そういう事だよな」


ソファに座り直し、寝ぼけ眼でバックスの入り口を見てみる。帰宅する客も出て来てはいるが、その数は限りなく少ない。ベルゼにはディーネの監視と場が落ち着いたら呼びに来いと伝えておいたのだが、呼びに来ないという事はまだ場が落ち着く気配はないという事だろう。


「……ん?」


宴もたけなわという言葉を知らないのか。


今もなお馬鹿騒ぎしているバックスの客達の姿を思い浮かべていると、1人の男がバックスに入っていった様な気がした。とはいっても気がした(・・・・)という程度だし、俺には関係ない。まずは変な体勢でうたた寝した所為で痛む肩や首を解すとしよう。


「あぁ〜……効くぅう」


深呼吸して室内に充満する少し澱んだ空気を肺に送り込み腕を伸ばすと、ポキポキと骨が鳴る。グルングルンと首を回すとまたも骨が鳴る。最後に立ち上がって思いっきり伸びをした。


スッキリした。


しかし……


「我ながら緩み切っているな……」


身体のコリを解し、天井を見上げながら自嘲的に呟いた。


肉体的、精神的疲労が蓄積されていたとは言え、不特定多数の人々が利用出来る……言い方を変えればプライバシーが皆無な場所で無防備に寝てしまうとは、少し前の俺からしたら考えられない事であった。


それはレベルが上がった事で、昔の様に不意に襲われても余程の事がない限り返り討ちに出来る自信が付いたから。身に纏う最高品質の防具が齎す安心感から。


しかしこんな調子ではダメだ。腑抜けたままじゃ復讐なんて出来はしない。


「っし!」


ガシャァァァン!!


「……な、なんだ!?」


緩み切った精神を入れ替え、気合いを入れ直す為に頬を叩く。パチン!と乾いた音が響いた直後、それを遥かに上回る音が休憩所全体に反響した。


陶器が砕け散った様な甲高い破壊音。思わず顔を顰めそうになるその音はバックスから聞こえた。


先程まで聞こえていた喧騒とは違う。恐らく幾つもの食器類が割れた甲高い音。それに怒号も聞こえる。明らかに怒りを含んだ怒鳴り声だ。


また面倒な事が起こったらしい。


俺は自分が腑抜け切っていた事を忘れ、一目散にバックス店内へ駆け込んだ。


「離せ!妾は此奴に借りがあるのじゃ!」

「い、いけませんディーネさん!」

「落ち着いてください!!」

「ぐぅぅ!何て力だ!」


店内ではディーネが身の丈ほどある大剣を背負う男に摑みかかろうと足掻いていた。それをジェナとベルゼ、そして近くに居た男達が加わり計5人がかりで羽交い締めにしている。


周辺には無残に砕け散った食器類が床に散乱し、俺が来店直後に座った席の椅子は逆さまになっていた。


少なくとも30分程前まではここまで嫌悪な空気になる様な原因は皆無だった。皆ディーネの食レポを聞き、純粋に食事を楽しんでいた。しかし今ではディーネと大剣を背負う男を中心に、ギスギスした重苦しい空気が店内をどんよりと包み、客達が心配そうな表情を浮かべている。


「何だこりゃ……」

「お、おい!あの子お前の連れだろ!何とかしろ!」

「何とかって言われてもなぁ、何がどうなってやがる」

「し、知らねぇよ。それよりあの人を怒らせるんじゃねぇって」


変わり果てた店内の様子に呆然としていると、入り口近くの席で酒を飲んでいた男客が切羽詰まった様子で声を掛けてきた。男客は俺とディーネを交互に見ながら、少しでも早く暴れ出しそうなお転婆娘を止めろと言う。


だがこうなった原因が分からない以上、止めようがない。


「あ?飼い主が戻って来たのか。おーい、奴隷はちゃんと躾けておけよ」

「っ!お、お前っ……!」


どうしたモノかと悩んでいると入り口に立った俺に気付いたのか、不意にディーネが睨み付ける男がゆっくりと振り返り、此方を向いた。


その時、俺はディーネが怒りを爆発させた理由が分かった。此奴は俺達の標的だ。


「……すみません。ちゃんと言い聞かせておきます」

「ヤケに物分かりが良いじゃねぇか。言い掛かりの1つでもつけて逆ギレしろよ」

「『剣聖』様に刃向かうなんて、畏れ多くて出来ません」

「チッ、面白くねぇ」


ドクドクと心拍数が上がる。流れる血潮が燃える様に熱を帯びる。湧き上がる怒りから体が震えそうになる。殺意から『真王の覇道の剣』に手が伸びそうになる。


それでも俺は砕けんばかりに奥歯を噛み締め、血が滲む程拳を握り頭を下げた。


今はダメだ。今はタイミングが悪すぎる。


「離せ!妾は……」

「黙れ!もう行くぞ!」

「は、はい!」

「あ、ハデスさん!」


俺はあの時と同じ様に、またしても逃げる様に…… 近くに居た店員へ食事代を押し付け、1人の共犯者を半ば羽交い締めにしながらバックスを後にした。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「あぁあ!クソッ!!」

「汝!何故妾を止めたのじゃ!汝は妾が彼奴に物の様に売り払われた事を承知しておろう!」

「言われなくても分かってらぁ!んじゃお前はあの場所で馬鹿共に見守られながら戦えって言うのか!?」

「その馬鹿共も皆殺しにすれば問題なかろう!」

「っざけんな!俺の復讐に泥塗るんじゃねぇ!んな信念に反する事出来るかクソったれ!」

「ら、ライ様!ディーネさんも落ち着いてください」

「落ち着け?落ち着けだ!?はは、ベルゼもジョークが言えたんだな!笑えるぜ!」


バックスから逃げる様に退店した俺達は、人目を避ける為にイルザールを取り囲む城壁の真下まで来た。周囲には人影は勿論、掘っ建て小屋の1つもない。最も近い建物までは最低でも200mは離れているから、俺はここぞとばかりに怒りを吐き出し、渾身の力を込めて城壁に握り拳を叩き込む。


城壁に拳が触れると、高さ15m程の高さまで複雑に積み上げられた煉瓦の1つにヒビが入り、パラパラと小さな破片が落ちた。


拳がジンジンと痛む。レベル『100』を超えた俺が全力で殴っても壊れないこの煉瓦は、どうやら『硬質化加護』を始めとする複数の素材強化系加護が付与され硬度が底上げされているらしい。これが普通の煉瓦なら、レベルが『80』もあれば(それなりに良い装備を身に付けているという前提で)余裕で粉砕出来る事を、俺は過去の経験から学んでいる。


全盛期の俺ならば、例え素材強化系加護が施されたこの煉瓦でも粉々に粉砕出来ただろう。


しかし煉瓦にはヒビが入っただけ。


今の俺では地力が足りない。と、ヒビ割れた煉瓦が語りかけてきた様な気がした。


生前は素材強化系加護が施された防具を纏う敵でさえ、文字通り赤子の手を捻るが如く蹂躙してきた記憶があるだけに、本気で殴ったのにも関わらず煉瓦1つ壊せなくなった非力な自分に嫌気がさす。以前と比べても同等か、それ以上に質の高い武具を纏っているのにまだ地力が低いのかと、か弱い自分に怒りが込み上げる。弱くなった己に苛立ちを覚える。


復讐の対称に頭を下げた事も怒りと苛立ちを増幅させた。

その為、俺は眼光鋭く胸倉に掴みかかってきたディーネの胸倉を掴み返し、声を荒げた。


心の奥底で今は落ち着け、クールになれと理性が叫んでいるが、爆発した怒りという名の本能が落ち着く事を拒否している。


バックスに居た時は多くの人目があった事もありギリギリ保てていた理性だったが、人目が付かない今、それを抑えるモノは存在しなかった。


「彼奴に頭を下げたなんて屈辱だ!最低ぇな気分だチキショウ!」

「先程の男性がライ様を見殺しにした1人…… 裏切り者の『剣聖』なのですね」

「分かってるなら落ち着けとか言うんじゃねぇ。クソッ…… 彼奴とはもっと後で会いたかったぞ!」

「ライ様」

「あぁ!?」

「私はライ様の苛立ちを痛い程理解しているつもりです。ならばこそ、今は落ち着いて状況の整理をしましょう。怒りは力にもなりますが毒にもなり得ます。間違った怒りは焦りを生み、ミスを誘います。復讐を成す為にも、ミスは絶対に避けなければなりません」

「……あぁ、そうだな。その通りだ」

「ディーネさんも深呼吸して落ち着いてください。貴女は以前あの人に負けたのでしょう?無策のまま戦いを挑んでも返り討ちに合うのは目に見えています」

「チッ……痛い所を突きよるわ。致し方ないの」


ディーネの胸倉から手を離し、また悪態を吐きながらヒビの入った煉瓦を見つめていると、闇夜にベルゼの凛とした声が広がった。ベルゼが普段発する声色とは違う、言うなれば氷の様に冷たい声色。

ガセナール商国連邦でファブロを前にした時の様に、暴走しかけた俺を確固たる意志を持って制してくれる共犯者の言葉を受け、俺は理性を取り戻した。


冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、静かに吐く。マグマの様に沸騰した心がゆっくりと鎮まる。


ディーネも苛立ちを露わにして舌打ちをしたが、多少は落ち着きを取り戻した様だ。


「よし、先ず状況の整理をするぞ」

「はい!ライ様」

「現状は俺が想定していた中でも最悪の一歩手前だって事をお前等にも認識してもらいたい」

「隣国のドラゴニアス帝国に居るという英雄と、今イルザールに居る『剣聖』の2人を同時に相手をする事になる一歩手前という事でしょうか」

「あぁ、その通りだ」

「……おい、そう言えば汝は我が父上の弱点を彼奴等に教えたのじゃろう?良いのかえ?汝の顔ははっきりと彼奴に見られたぞ」


冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ事で頭が冷えた俺は、先ずは状況の把握と整理をしようと共犯者2人に声を掛ける。

と、ディーネが俺の言葉を遮って思い出したかの様にベルゼへと目線を向けた。


ディーネは8英雄と勇者、そして汚名を着せられ処刑された勇者である俺達が、ベルゼからアスラゴートを倒す為の弱点を聞いたと先日説明を受けていた。


この事を説明した時は、当時の詳しい情報を省いていたから、ディーネはベルゼと『剣聖』は面識があるのでは?と危機感を感じたらしい。


「あぁ、それなら大丈夫です、問題ありません。私、あの人とは会った事がありませんから」

「ん、そうなのかえ?」

「おう。ベルゼと会った事があるのは俺とアンリエッタ、それと『魔法使い』の3人だけだ。それ以外の奴とベルゼは面識がねぇ。ベルゼの身元がバレる心配はねぇから安心しろ」


だが俺とベルゼはディーネから出た言葉を聞き、それは大丈夫だろうと落ち着きながら言葉を紡ぐ。


俺は初めてベルゼと出会った時の事を思い返しながら、端的にあの時の事をディーネに説明していくと、脳裏に憎い裏切り者達の顔と、初めて会った時のベルゼの顔が浮かんだ。


あの時は何もかもが上手く行かず全員心が荒んでいたな……


そんな事を思いながらも、モノのついでだと、俺は当時の詳しい状況の説明を続ける事にした。


「ちょいっと昔話をしてやろう。あの頃の俺達はアスラゴートを倒す為に何にでも縋った。で、仲間の1人だった『神官』が神に縋って、大陸の最南端……冥府(ヘレ)に状況を打破するモノが居るって神託を授かった。

それはベルゼの事だった訳だが、冥府(ヘレ)に着いた俺達は3つのグループに別れてベルゼを探す事にしたんだ。冥府(ヘレ)の洞窟は迷路みてぇに道が枝分かれしてて、全員が纏まってベルゼを探すとなると非効率だったからな」

「そして此奴を見つけたのが汝のグループじゃったと」

「そうだ」


今から3年程前。当時の俺達はそれまで戦争の最前線に姿さえ見せなかったアスラゴートや勢力を増した魔法軍との度重なる戦闘で、肉体と精神を擦り減らしていた。

アスラゴートが最前線に姿を見せる様になってからというもの、俺達は戦闘の度に苦戦を強いられ、此方が砦や陣地を放棄し撤退を余儀なくされる事も増え始めたからだ。


同じ戦でも、勝ち戦と負け戦では肉体と精神が感じる疲労度は全く違う。後者の方が明らかに堪える。


アスラゴートが相手では、此方が『神話級』の武具を幾ら揃えたとしても容易には勝てない。と俺を含め、仲間達が認識するようになるまで然程時間は掛からなかった。


そんな時、仲間の1人だった『神官』が、アスラゴートに打ち勝つ術がないか神に尋ねてみると言い出した。この世界に来た直後の俺ならその提案を鼻で笑ったかも知れないが、この世界では以前居た世界で培った常識は通用しないと理解もしていたし、肉体も精神もボロボロだった俺達に躊躇う理由はなかった。


それが例えどんなオカルトチックな方法でも。


今思い返すと、そんな怪しげな方法に頼らざる負えない程、当時の俺達はアスラゴートの剛強さに打ちひしがれて切羽詰まった状況に陥り、藁にもすがる思いだった。という訳だ。我が事ながら嘆かわしい限りだ。


話を戻そう。


『神官』はすぐ様儀式を執り行い、儀式の末に神の言葉を聞いた。そして南に行こうと俺達に提案した。南に行けば状況を打破するモノがあると神が仰っていたからと。


純粋無垢で愚かだった昔の俺はその『神官』の言葉を信じ、主戦場だった大陸北側から真反対の大陸南側へと進路を変え、南下し、禁忌の地や死者の住まう場所、冥府(ヘレ)と呼ばれ、人が訪れる事がなくなった原始の森の中でポツンと口を開いていた洞窟の入り口を見つける。


俺達はこの洞窟の先に神が言った状況を打破するモノがあると直感で感じ取り、手分けしてそれを探す事にした。

俺は勇者アンリエッタと『魔法使い』と共に巨大迷路に居る様な錯覚を起こさせる道中を進み、襲い掛かってきた魔獣を斬り伏せながら進み続け、そして光の届かない地の底で、不気味な地下宮殿を見つけた。


見る者を威圧するかの様に、まるで建設時から時が止まった様にその場に佇む地下宮殿を見上げた俺達は、宮殿の入り口近くで静かに地べたに座り込み、虚空を見詰める人影……名前と翼を剥奪された堕天の女神、ベルセフォネを発見した。


アスラゴートの手により強制的に堕天させられたベルゼは、大陸の最南端に在る冥府(ヘレ)に強固な『拘束魔法』で繋がれていた。その『拘束魔法』は対象となった者の移動を制限し、魔法(スキル)の発動を阻害するというモノ。この魔法(スキル)の影響で、ベルゼは冥府(ヘレ)の外に出る事が出来なくなっていた。


冥府(ヘレ)はベルゼをこの地に閉じ込めておく為の巨大な鳥籠だったのだ。


何故あの地にベルゼが繋がれていたのか。今では確かめる術はないが、恐らく人類に忘れ去られた冥府(ヘレ)ならば、人類の手が及ぶ事はないとアスラゴートは考えたのかもしれない。道中に居たヤケにレベルが高かった魔獣共は侵入者を殺す為だけにアスラゴートが配置したのだろう。


兎も角、ベルゼに会った俺達は此処で何をしているのかをベルゼに問いた。するとベルゼは感情が消え去った顔を宙に向けながら、「私を捕らえた者がこの地に来るのを待っている」と言った。そして「貴方達がアスラゴートの手の物でないのなら、私を殺してください」とも。


今のベルゼの姿からは想像も出来ないが、あの時のベルゼの心は死んでいた。喜怒哀楽の感情が全く感じ取れなかった。ベルゼが本当に生きているのか疑わしかった程だ。それでも俺達はコレ(・・)が神が言った状況を打破するモノだと信じて、有益な情報を得ようと躍起になった。


だがどす黒く濁った瞳を宙に向けたままのベルゼを気味悪がってか、アンリエッタと『魔法使い』は早々にベルゼとの会話を止め、俺に有益な情報を聞き出す役目を押し付ける。


俺はこの時、感情が死んだ哀れな女神と約束をした。


堕天し、名と翼を失い捕らわれの身となり、周囲に点在する発行鉱石の効果で死ぬ事すら出来なくなった憐れなお前を救ってやると。全てを終わらせたら、元居た世界に帰る前にその望みを叶えてやると。

絶望に打ちひしがれながらも、身も心も存在全てを捧げるからと、覚悟の程を示した女神の心意気に胸を打たれて。


死を望む堕天の女神に授けた約束。そして名無しでは不便だろうと何気なく授けた名前。この2つを与えられたベルゼは微かだが感情が戻り、アスラゴートの弱点を教えてくれた。


そうしてアスラゴートの弱点を知った俺はアンリエッタ達と引き返し、冥府ヘレを後にする。次に此処に来るのは全てが終わってからだと信じて。


「最終的に俺とアンリエッタ、『魔法使い』はベルゼからアスラゴートの弱点を聞き出す事に成功して、お前が父と呼ぶ存在を俺がこの手で殺した。繰り返しになるが、ベルゼの顔を知ってるのは俺以外だとアルギリア王国王女のアンリエッタ、それと【テビーニク共和国】に居るイカれた『魔法使い』だけだ。以上昔話終わり」

「成る程の。ならば良い。現時点で彼奴に面が割れておるのは妾だけの様じゃな」

「それも些細な問題だろうな」

「む?それは何故じゃ」


僅かばかりの昔話を挟み完全に落ち着きを取り戻した俺は、これまで知り得た情報を頭の中から引っ張り出して状況を整理する。


『剣聖』はアルギリア王国で情報収集した際、ファブロやドラゴニアス帝国に居る英雄等とは違い、所在が分からなかった。


所在がわからなかったのは単純な理由で、『剣聖』は一箇所に定住する様なタイプの人間ではなかったからだ。


俺達と共にアスラゴートや魔王軍と戦う様になる以前は、1人で各地を転々としながら魔王軍と戦っていたと『剣聖』本人から聞いた事がある。アスラゴートを倒しても、それは変わらなかったらしい。



彼奴は誰よりも純粋に、男の本能に従い生きていた。



更なる強さと強敵を求めて。



アスラゴートを倒した事で名誉と栄光を欲しいままにした『剣聖』。しかし『剣聖』はそれでも尚強さと強敵を求めた様だ。


アスラゴートを倒した俺達の部隊は、俺が処刑をされた後に役目を果たしたと解散となり、所属していた英雄達は其々の国、其々の生活に戻ったみたいだが、『剣聖』は新たな強敵を求めて発足された直後の自由職業別組合(ギルド)に加入し、復興の妨げとなる魔獣や繁殖した獣達と戦う道を選んだのだろう。


これはイルザールに来た直後に自由職業別組合(ギルド)組員と覚しい男が喋っていた言葉や、多くの依頼を受けようとした俺に対して、ジェナが口に出した言葉からも判断出来る。


もしかしたら『剣聖』が近くにいるかも知れないと考えてはいたが、それが現実となると焦りが出る。俺達の素性が『剣聖』にバレていないのがせめてもの救いだ。


だから俺はその事を小首を傾げるディーネに説明する。


「だってお前の本当の正体はバレてねぇんだからな。『剣聖』にとって、現時点でお前は新米ギルド組員に買われた上級魔族って認識だろう。顔がバレてたとしても大した問題じゃねぇ」

「ふむ、それもそうじゃの」

「でもお前の主人として俺が出ていった事で、『剣聖』は俺に目を付けた可能性がある。『剣聖』が『龍槍』と親しいのも問題だ」

「『龍槍』……8英雄の1人でドラゴニアス帝国にいるライ様の復讐の標的ですね」

「そうだ。俺の事を『龍槍』に告げられでもしたら今より面倒な事になりかねねぇ。この現状はちょいマズイ」

「……すまぬ、先程の行動は軽率じゃった。妾の所為で彼奴に余計な警戒心を抱かせたやも知れぬ」

「あら、貴女も謝る事が出来たのですね」

「妾とて分別は弁えておるわ。先程の妾の行動は此奴の得にも妾の得にもならぬと気付けた。先程の行動は敵に警戒心を抱かせただけじゃ。己の過ちを認め詫びる事が出来ぬ者が、魔王の娘を名乗れようか」

「……そうですか」


俺の言葉を受けたディーネは小さく頭を下げた。


気高くプライドの高いディーネが頭を下げて謝罪した事に驚いたが、ディーネは傲慢な性格の中に己の過ちを認める度量も秘めていた様だ。


普段のディーネならばベルゼの挑発的な発言に何かしら言い返した筈。だがディーネは神妙な顔つきで淡々と言葉を返しただけ。普段とは違った返しにベルゼも驚いた様子で、呆気に取られながら一言呟き口を閉じた。


「やらかしちまった事は仕方ねぇさ。んな事より…… 繰り返すがこの状況はマズいぞ。『剣聖』に目を付けられた可能性もそうだが、単純に彼奴の強さもだ。今の俺の力じゃ勝つのは難しいだろうな」

「ライ様がそう仰る程『剣聖』はお強いのですね」

「あぁ。俺の記憶が確かなら、確か『剣聖』のレベルは『220』を超えてた筈だ。俺が死ぬ前の時点でな」

「……妾が負けたのも道理じゃのう。彼奴がやるのは分かってあったが、そこまでレベルが離れておったとわな」

「わ、私に至ってはレベル差が3倍以上ですか…… 私が加わったとしても苦戦は必至でしょうね」

「じゃから汝は先程、会うならもっと後が良かったと言った訳じゃな。……なればどうする。『剣聖』に対抗出来る様、早急にレベルを上げるのかえ」

「いや、作戦を練るぞ」

「作戦ですか?」

「そうだ。能力で『剣聖』に劣るなら能力を補う作戦を立てればいい。今は『剣聖』が妙な行動に出る前に消す事が重要だ。良いな」

「成る程。承知しました」

「うむ」


ディーネの新たな一面を垣間見た俺は思考を切り替え、今後どうすれば良いか考える。


1つだけ断言出来る事があるとすれば、現在の俺達では例え3人掛でも『剣聖』に勝つのは難しいという事。となれば現状では『剣聖』に勝てないという事を前提に行動するしかない。


ではどうする?


予期せぬ標的との再会で悠長にレベリングしている暇は無くなった。考えうる中で最悪な再会を果たしてしまっていた事もマズい。


そこで俺は『剣聖』が俺の正体に勘付いた可能性を考慮して、奴が妙な行動に出る前に劣る能力を補う為の作戦を練り復讐を敢行する事にした。


この案に2人の共犯者も賛成してくれた。今後の方針が決まった事で、俺は思考を切り替えた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「変な奴だったなぁ」


一方その頃、ライ達が去った後のバックスは萎縮した空気に包まれていた。『剣聖』は妙な3人組が立ち去った入り口に目線を向けて呟く。そんな彼の脇では店員達が倒れた椅子や割れた食器を片付けていた。


妙な静けさに包まれたバックス店内。そんな店内の空気が肌に合わないイルザール自由職業別組合(ギルド)支部職員ジェナは、以前何度か依頼の受付をした事がある『剣聖』の前に立つと頭を下げた。


「あ、あの『剣聖』様。お久しぶりです!」

「と、よぉジェナ。久しぶりだな! ちょっと見ねぇ間に背が伸びたんじゃねぇか?」

「むぅ、残念ながら以前お会いした時から変わってないですぅ!」

「はは!でも成長した様に見えるぜ?ギルドの仕事が板に付いたからかもな。それより、『剣聖』なんて堅っ苦しい呼び名じゃなくてライオネルって呼んでくれよ。俺達の仲じゃねぇか」

「わ、わかりました!改めてイルザールにお帰りなさいませライオネルさん!」


自他共に女好きと認める英雄は、久しぶりに再会したジェナへ英雄らしからぬフランクな態度と軽い言葉を向ける。

良くも悪くもこれが8英雄が1人、多種多様な魔獣や魔族を斬り伏せた人類最強の剣の使い手、『剣聖』であると理解しているジェナは、以前と同じ様に『剣聖』のファーストネームを呼び、再開を喜んだ。


「おう!所で、さっきまで同席してた奴等…… それにあの男は何者だ?随分親しそうだったじゃねぇか」

「彼等は昨日ギルドに加入した新人組員さんですよ〜。ライオネルさんに負けず劣らずの素質を秘めてます!」

「へぇ、あの上級魔族は分かるが…… 臭うな」


口角を上げジェナと握手を交わした『剣聖』ライオネル・バロンクルスは、少し前まで目の前に居た男から臭いを嗅ぎ取った。自分と同じ臭いを。


それは長年戦いの最中に身を置いた者しか感じ取れない臭い。骨の髄まで染み込んだ同族の臭い。

どんなに身綺麗にしても消える事のない戦士の臭い。血の匂いだった。


「臭う……? え!?私そんなに臭いますか!?」

「あ〜違う違う、ジェナの事じゃねぇって!むしろジェナは良い匂いだぜ?」

「そ、そうですか?良かったです〜」

「はは、相変わらず犬みてぇだなお前は。さて…… 皆、さっきは騒いじまって悪かったな!騒ぎの詫びに今日の会計は俺が持ってやるぜ! 」

「ほ、本当ですか!?」

「でも『剣聖』様に奢ってもらうなんて、恐れ多いですよ!」

「気にすんなって。ほれ、皆で飲み直そうぜ!おーい、俺と全員に酒だ!早く持ってこい!」

「うぉお!流石『剣聖』様!」

「太っ腹っすね!」

「ご馳走になります!」


当然ながら、自由職業別組合(ギルド)職員でしかないジェナに戦士の臭いを感じ取れる道理はなく、ライオネルの呟きが自身に向けられたモノだと勘違いして慌てた様子を見せる。


その姿を見て貼り付けた様な笑みを浮かべたライオネルは、その笑みを周囲の人々へも向けた。バックスに居た客は、先程頭に角を生やした少女とライオネルのやり取りを見て萎縮していたが、今日の酒代がライオネル持ちだと分かると歓喜の雄叫びを上げた。


「俺に負けず劣らずの素質を秘めた新人か……それにしてもあの男…… どっかで見た事がある気がすんだよな……気のせいか?」

「悪いなルイーナ、訓練に付き合ってもらって」

「別に良いわよ。私もハデスさん達を見てもっと鍛えなきゃって思ってたし……ってあれ?あの人って!」

「ん?」


客達は店員が運んできたグラスを掲げ、『剣聖』を讃えながら酒を煽る。萎縮した空気は払拭され、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎの中、『剣聖』は静かに呟き琥珀色の酒が入ったグラスを仰いだ。


ライオネルの心に、角を生やした奴隷の主人の姿が浮かぶ。ライオネルはその男と会った事がある様な気がして記憶を探ろうとしたが、新たな客が入店したのに気が付き意識が途切れた。


「け、『剣聖』様!『剣聖』様だ!」

「……ま、いいか。おう、誰だか知らねぇけどお前等も飲め飲め!今日は俺の奢りだ!」


直ぐに思い出せない程度の男の事なんてどうでもいい。そう割り切ったライオネルは入店した若い男女の2人組にも声を掛ける。この乱痴気騒ぎはバックスの閉店時間まで治ることはなかった。


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