27話 魔王の娘は意外とグルメ
この小説を書き始めて1番楽しいパートだった気がします。
「おい、見てみろよあの席」
「すげぇな。何モンだ彼奴等」
「見た事ねぇ顔だから新人だろ」
「変な仮面……」
「でも強そうじゃない?」
これ等の言葉はイルザールに帰還し、直径1.5mの円形テーブルを囲む様に座った俺やベルゼ、ディーネに現在進行形で向けられている言葉の数々。性別も声色も様々で、この場に居る9割以上の人々が此方に目線を向けているだろう。皆一様に口に手を当てボソボソと喋っている。小声で喋っているつもりなのかも知れないが、ほぼ全ての声が俺の耳にしっかり届いていた。
その目線と言葉は好奇心からくるモノが殆どで、不快な視線と言葉に晒されている俺は、まるで見世物小屋に入れられたかの様な居心地の悪さに苛立ちを募らせる。
頗る居心地が悪い。最悪だ。
「あ、あははは……」
俺から見て右側の席に居るベルゼも同様の居心地の悪さを感じているらしく、周囲の人々に向けた愛想笑いとも苦笑いとも取れる引き攣った笑みを漏らしていた。
「むふふ、良き光景じゃの。胸が踊るわい」
対して、この事態の元凶になったバカ野郎は俺とベルゼの心境など知った事ではないと言う風に、1人満足気に変な笑い声を上げて口角を吊り上げている。
此奴も向けられている声や視線に気付いているであろうに。
「はぁぁ……」
遣る瀬無い気持ちが心を侵食していき、やがて大きな溜息が漏れた。間違いなく蘇ってから1番大きな溜息。顔を上げている気力が尽きガクリと項垂れ、何故好奇の目線に晒される事となったのかを思い返す。
事の発端は今から2時間程前に遡る。
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「ジェナ」
「おぉ〜!これはハデスさん方!お疲れ様で〜す!」
「依頼を終わらせたから報告に来た」
「え、昨日の今日ですよ!?早いですね!そう言う事でしたらどうぞ此方へ〜!」
4つの依頼を終え、森を抜け、城壁に囲まれた巨大な街の中心にあるイルザール自由職業別組合支部に足を運んだ俺は、支部に到着早々受付席に居た小柄な受付嬢に声を掛けた。
イルザールの自由職業別組合支部に来たのは当然ながら依頼達成の報告をする為。正直早く横になりたいが、終わらせた仕事はその日の内に報告しないとモヤモヤするという主に俺の性分からだ。
声を掛けられたジェナは席に身を乗り出し、ブンブンと手を振って俺達を休憩所へ誘う。左右に居る彼女の同僚はクスクスと小さく笑いつつも、自身の仕事を淀みなく進めている。こういった光景は此処ではありふれた日常のワンシーンなのだろう。
まぁ、そんな子供っぽいジェナのアクションを無視して案内された席に着く訳だが。
「さて、改めましてお疲れ様でしたっ!それで、どの依頼を終わらせたんですか?」
「全部だ」
「あっはっは〜!またまたぁ〜、討伐系の依頼を1日で4つも終わらせるなんて、それこそ本当に『剣聖』様並みですよ〜」
「ならコレを見ろ」
アクションをスルーされたジェナにとってはそれも含めていつもの事らしく、気にする様な素振りすら見せず此方に顔を向け首を傾げる。
が、次の瞬間、ジェナは俺の言葉を信じずケラケラと鈴を転がす様な声で笑った。ジェナは依頼を受ける段階から俺の実力を疑っており、4つの依頼もワガママを言い制止を聞かない俺に仕方なくという風に受理してくれたから、この反応は仕方ない。
ジェナは俺のレベルや戦う姿を見ていないから。
そこで俺は見返してやる。刮目せよと、意思を込めて『恒久の皮袋』に収納した獣や魔獣の素材を目の前の机に積み上げる。
まずは皮。そして小ぶりな爪、やや大き目な牙、そして美しい毛並みの束。
以上4つの素材を机の上に乗せると、それなりに大きさい素材の山が出来上がった。
「え、え? えっ?」
「『黒狼』15匹分の皮、『ゴブリン』32匹分の爪、『オーク』4匹分の牙、『コボルト』5匹分の鬣だ」
「どれも依頼の最低討伐数はクリアしてますよね?」
皮や爪等、計50匹以上の獣と魔獣の素材が積まれた光景を見たジェナの目が見開かれる。
俺が机の上に乗せた獣や魔獣の素材は、受注した依頼の対象となっている標的を問題なく狩った事を示す証拠代わりとなるモノ。事前に自由職業別組合から提出を求められている素材。
これ等討伐成功の証拠となる素材を必要数提供して初めて、討伐系依頼を受けた自由職業別組合組員は報酬を貰えるのだ。
今回俺達が受けた依頼はベルゼが言った様に其々に最低討伐数が定められており、その数以上の標的を討伐し、素材を提出すれば報酬が貰える。
『コボルト』は最後の最後でギリギリ最低討伐数をクリア。それ以外の標的は余裕で倍以上の数を狩っていたから問題ない筈である。
ちなみにディーネが倒した『ミノタウルス』の素材も幾つか採取していたが、話をややこしくしそうな気がしたので提出しない事にした。
「は、はい!凄いです!新人さんが3人でこの数を討伐出来るなんて!勿論全ての依頼は達成です!」
「じゃ換金を頼む」
「かっしこまりました〜!」
ジェナは返却した4つの依頼の受注書を受け取ると、トテトテと受付席の方に駆けて行く。
「おい汝……」
「あ?」
第1印象でも思ったが、チョロチョロと動き回るジェナの姿は子犬にしか見えない。もしくは子供が背伸びをして親の仕事を手伝っているといった風にも見える。
見る人によっては保護欲を掻き立てられるんだろうなとジェナの後ろ姿をボーッと眺めていたら、イルザールに戻って以降一言も言葉を発していなかったディーネが不意に神妙な声で俺を呼んだ。
この後の言葉が発端で、俺は後程晒し者になる事となる。
「腹が減った」
「……」
「妾は腹が減ったぞ」
「言い直さなくても聞こえてるっての」
神妙な顔をして何を言い出すのかと思ったが、ディーネから出た言葉は本当にどうでも良い言葉だった。何を言い出すのかと思えば…… くだらねぇ。
「汝よ、妾はあの日から1年以上、ロクな物を食べた記憶が無い」
「だろうな、大体想像はつく」
「そして今日、妾はそれなりに働いた自負がある。その働きに相応しい飯を要求する」
「ご飯なんて昨日の夜みたいに宿で済ませれば良いでしょう」
「はっ、あんな少量では食うた気がせぬわ。汝等人間はほんに小食よのぉ」
「ワガママを言ってライ様を困らせないで下さいますか」
「喧しい。貴様にとやかく言われる筋合いはない。兎に角!今日くらいはたらふく食わせい!妾は空腹じゃぁあ!」
ディーネの言葉に堪らず割り込んできたベルゼが苛立ちの篭った声を返す。ディーネはディーネで今日の働きに相応しい飯を要求して憚らず、しかも空腹でイライラしている所為か普段より言葉に棘がある。
報酬を得たら拠点としてる宿で飯を食って速攻休むつもりだったのだが、今のディーネは宿の飯程度では納得しないだろう。そもそも昨日の段階で宿の飯に多少の不満を感じていたらしい。
ったく……
「仕方ねぇな、ならお前は具体的に何が食いたいんだよ」
「よろしいのですか。この人が図に乗りますよ」
「別に今日くらいは良いだろ。此奴は今日実力を発揮して見せた。此奴は使える戦力であると自ら示した…… 確かに此奴はよく働いたんだ。飯くらい好きなだけ奢ってやる。それで此奴が静かになるなら安いもんだ」
「うむ!それで良い。分かっておるな汝」
このまま下手をすれば、ディーネは空腹のイライラを理由に暴れ出しかねない。そんな傍迷惑でクソ面倒な事態は絶対に避けたい。
そしてそれとは別の理由もあって、俺はこの馬鹿のワガママを聞いてやる事にした。
1つ目の理由は、単純に此奴が見せた実力の褒美として。
レベル『1』とはいえ魔獣『ミノタウルス』を翻弄した実力は文句の付けようがなく、共犯者としてディーネの存在は大変心強い。それにディーネは標的を狩る際、全て一撃で斬り伏せていた。そのお陰で素材に余計な傷を負わせる事がなかったのだ。
ベルゼが『樹根の槍』で標的を串刺しにし、必要以上に素材を傷付けていた事と比べると対象的である。
傷が少ない獣や魔獣の素材は良い値段で売れる。
恐らく無意識なのだろうが、全てを奪うか奪われるかのやり取りに他ならない戦闘中に見せたある種の繊細さは、そう簡単には身に付けられるモノではない。
今後素材の採取を目的とした依頼を受ける事になった場合、此奴の繊細さは役に立つだろう。
総評すると、此奴は今日よく働いたと評価するのが妥当だ。
「あと此奴は俺達の共犯者になったんだ。歓迎会代わりに多少のワガママは許してやるさ」
そしてもう1つの理由は、ディーネが共犯者となった事をそれなりに歓迎しているから。
俺は全ての復讐が終わったら此奴に殺される契約を結んだ。つまり最期の復讐を終えるまでそれなりに長い付き合いとなるのは間違いないし、望みや思考に共通・共感出来る点も多い。だからディーネはベルゼとは違う視点を持つもう1人の理解者と成り得る。口にこそ出さないが、俺は思考が似たディーネが共犯者になった事を嬉しく思っていた。
性格に難があるとはいえ、辛く険しく陰険な旅路を共に歩む望外な力を持つ共犯者と巡り会えたのだ。多少のワガママを聞いてやってもバチは当たらないだろう。
「……分かりました。ライ様がそれでよろしいのでしたら」
「苦労をかけるな。で、結局お前は何が食いたいんだ」
「そうじゃの…… ふむ、ではこの匂いの物を所望する」
「匂いだ?」
自分の要求が受け入れられたと分かると、ディーネは目に見えて上機嫌になりクンクンと鼻を鳴らし始めた。
そして数秒後、ピンと指先を立てながら妙な事を言い出した。
「あ、言われてみれば確かに…… お肉でしょうか?何かを焼いた匂いがしますね」
「分かった。なら報酬を受け取ったら食わせてやる」
「言うたな?その言葉、決して違えるでないぞ」
「わーってるよ」
「おっ待たせしました〜!換金が終わりましたよ〜!よっこいしょ〜」
妙に念押ししてきたディーネに適当な相槌を返すと離席していたジェナが戻って来た。手にしたトレーには金貨と銀貨が山積みになっている。これが今回の依頼の報酬らしい。
「さて、それではハデス様方は初めて報酬金を受け取るので、内訳等簡単に説明させて貰いますね〜!まずハデス様方が今回受けた依頼は、全て最低限討伐数が定められている治安維持の為の討伐依頼になります。今回は『コボルト』討伐依頼を除いた3つの依頼で最低討伐数を大幅に超えてましたので、その3つの依頼は討伐した標的の数に応じて報酬が加算されます!」
金が乗ったトレーを机に置いたジェナは得意げな顔でペラペラと言葉を発する。
内訳とかどうでも良いから聞く必要性を感じないのだが……
「『黒狼』討伐依頼は基本報酬5万ミルに加え、6匹目以降は標的1匹討伐毎に1万5千ミルが支払われます!『ゴブリン』討伐依頼も同様で、基本報酬5万ミルと討伐数に応じて追加で1万5千ミルが、『オーク』討伐依頼は基本報酬3万ミルと討伐数に応じて追加で3万ミルが支払われます!
『コボルト』討伐依頼だけは最低討伐数をクリアしただけですので、基本報酬の5万ミルのみのお支払いになります!と、言う訳で!今回の報酬金は『黒狼』15匹、『ゴブリン』32匹、『オーク』4匹、『コボルト』5匹分を合計しまして77万ミルの報酬金です!どうぞ受け取ってください!」
「確かに受け取った」
「ふぃ〜疲れました〜」
俺の思いを他所に、まるで早口言葉の如く淀みない口調で目の前に置かれた金の内訳を述べたジェナは、細く息を吐いて微笑んでいる。
ぶっちゃけ報酬金の内訳は右から左へ聞き流していたが、報酬金額だけは耳に入ってきた。
報酬の合計額は77万。たった1日の労働で約80万の収入はデカい。
1日で得られる報酬は当然人によって差はあるだろうが、地方からこの地に人が来る理由を垣間見た気がした。
「苦労をかけてすみません」
「いえいえ!私も1度でこんな量の換金をしたのは初めてだったので良い経験になりましたよ!さしずめ皆さんは期待の新人さんって所ですね〜。皆さんを担当したんだぞって同僚に自慢出来ます!」
「おい、頼むから同僚にも組員の奴等にもそんな事言いふらすなよ」
「え〜、何でですかぁ」
「極力目立ちたくねぇんだよ」
「む〜、それってその仮面に関係してるんですか?」
「そう捉えてくれて問題ない。仮面の下の怪我を見られてる様な気がして気分が悪くなる」
「ふっ…… よくもまぁスラスラと嘘が言えるの」
ふむ…… ジェナは俺達の自由職業別組合加入手続きを担当した事を自慢に思っている様だ。
自由職業別組合が定める階級を早く上げてより強敵と戦う為とはいえ、今回は派手に動き過ぎたか?
一先ずジェナが変な事を言いふらす前に、以前作った作り話を応用して釘を刺しておく事にしよう。それとディーネの呟きがジェナの耳に入らなくて本当に良かった。
「……そう言う訳だから頼むぞ」
「はぁい、残念ですけど分かりました」
「時に受付嬢よ、この匂いは何じゃ?」
「あ〜 この匂いは隣の酒場、【バックス】の看板メニューの匂いですね〜。オススメですよ!溢れ出る肉汁に果実のソースが最高なんですぅ〜!あぁ……!私も食べたくなってきちゃいました!」
「ほほう、作用か。うむ、分かった」
そんな訳で俺はディーネを睨み付けつつジェナに言葉をかけると、ディーネは俺の目線を無視して先程から漂う匂いの正体をジェナに聞いた。
休憩所まで微かに漂ってくる匂いの正体は、受付横にある酒場の看板メニューのモノらしい。ジェナ曰く溢れ出る肉汁と果実のソースが絶品なんだとか。
確かに意識して匂いを嗅いでみると本能を刺激する芳醇な肉の香りの他に、爽やかでスッキリとした柑橘類っぽい香りを感じる。成る程、匂いだけなら看板メニューになるのも頷ける。
「汝よ、行くぞ。もう限界じゃ!」
「うっせぇ襟を引っ張るな。んじゃ俺達は失礼するぞ。明日また来る」
「あ、はーい!本日はお疲れ様でした!」
「お先に失礼します」
ディーネの腹は限界寸前。匂いの正体を突き止めると、俺の襟を後ろから引っ張り目の前の酒場に連行しようとしてきた。
流石はレベル『151』だけあってその力は凄まじい。今の俺では何とか踏み止まる事が精一杯。引き摺られて入店なんて恥を晒すよりも、俺は手早く報酬金を『恒久の皮袋』に突っ込み自分の足で歩く事を選択した。
「……す、凄く騒がしい所ですね」
「あぁ、頭が痛くなりそうだ」
「汝等何をしておる!早う此方に来ぬか!」
焼いた肉やチーズ等の食材の香りと喧騒を撒き散らす酒場は、イルザール自由職業別組合支部内の一角を間借りする様な形で作られている事もあり、店内は自由職業別組合の組員や関係者と思しき人々で詰め尽くされていた。
【バックス】と看板が飾られた店内は中々に広い。カウンター式の席がザッと20席。4人掛けの丸いテーブル席が40席弱。その他2人掛けのテーブル席が若干。
殆どの席は既に埋まり、性別も年齢も種族も千差万別な客が酒を飲み料理に舌鼓をうっている。その間をロングスカートの給仕服を来た女達が忙しそうに駆け回っていた。
店の外からでも充分すぎる程五月蝿かった喧騒。だが実際に店内に入ると、その想像は想像を遥かに超えた。前居た世界で覗いてみたパチンコ店並みの騒音だ。
あぁ、そうか、ジェナの声が必要以上に大きいのはこの喧騒に負けて自分の声がかき消されない様にする為か。
「へいへい」
「いらっしゃいませ!メニュー表は此方にあるので注文が決まったら声をかけてください!」
などと思いつつ、乱痴気騒ぎ一歩手前の店内でベルゼと共に顔をしかめていると、タイミングよく客が帰った直後と思しき丸いテーブル席に腰掛けたディーネが叫ぶ。
俺とベルゼも席に着くと、水の入ったコップを置き立ち去ったウェイトレスがメニュー表の存在を教えてくれたので、何気なしにメニュー表を手に取ってみた。
「ほほう、中々のメニュー数じゃな。妾の専属だったシェフのメニュー数には及ばぬが…… まぁ及第点じゃろう」
「つまみに軽食、主食と挙句デザートとはねぇ。酒より料理の種類の方が多いじゃねぇか。酒場じゃなくて大衆食堂だなこりゃ」
ウェイトレスが指差したメニュー表をパラパラと眺めてみると、思いの外多いメニュー数と内容に思わずツッコミが出た。
バックスは酒のアテに良さそうなドライフルーツの盛り合わせや干し肉にチーズ等、調理を殆ど必要としない簡単なつまみを始め、野菜やハムをふんだんに使ったサンドイッチに芋の揚げ物他、酒場の軽食として相応しい料理は勿論、シチューや豆のスープ、パスタやステーキといったガッツリ系メニューも充実している。
酒は果実酒等の醸造酒と、蒸留酒の僅か数種類だが、料理の品目は50近くあるだろう。
しかしケーキにプディング、タルトやパイまでメニューに在るのはいささか可笑しくないか?酒のアテになるとは思えない。
「メニューの数々は勿論、デザートも全て含めてこのお店の売りなのでしょう。お値段はどれもお手頃。人気になるのも頷けます」
「そんなモンなのかねぇ。んじゃディーネ、注文が決まったら注文しろ」
「うむ。おい、誰か!」
「はいはい〜!ご注文ですか?」
取り敢えずベルゼの言葉に相槌を打ちながら目線をディーネに向けると、注文を決めたディーネは声を張り上げウェイトレスを呼ぶ。程なくして駆け付けたウェイトレスに発したディーネの言葉に、俺とベルゼ、そしてウェイトレスは絶句した。
「うむ、この店の看板メニューとやらをそうじゃな、一先ず5人前持ってくるのじゃ」
「「「は?」」」
「それとメニュー表に載っている物を全て3人前づつもな」
「「「はぁ!?」」」
「え、えぇ〜っと、以上でよろしいですか?」
「あぁ。妾は腹ペコじゃ。急げよ」
「待てよろしくない」
「何じゃ、何か問題でもあるのか」
「問題しかねぇわボケ。メニュー数考えろバカ。何人前頼むつもりだアホ」
数分前まで見ていたメニューの数々が脳裏に浮かび上がる。それと同時に、此奴はバカか?と呆れと苛立ちも湧いてきた。
メニュー表に料理の写真はなく一皿一皿の正確な量こそ分からなかったが、50品目近い料理を其々3人前づつ注文なんてしたら食べ切れる訳がない。しかもその内10品近くはパスタやステーキといった主菜。
下手したら1品で腹一杯になるかも知れないのに、この馬鹿は平然と数人前を注文しやがった。
「主人よ、主人は入店前に飯くらいなら好きなだけ奢ってやると申しておったな。その言葉、忘れた訳ではあるまいの?」
「ぐっ……」
「我が主人は約束を守らぬ不義理な男じゃったとはのぉ。妾は人を見る目がないと言うことかのぅ。我が主人様はハッキリと、己の意思で、飯くらいなら好きなだけ奢ってやると申しておったのにのぉお?」
好き勝手言いやがってこの野郎……
こういう時だけ俺の事を主人呼びする此奴の精神もさる事ながら、おちょくる様な口調と言葉が大変腹立たしい。それでも約束を逆手に取られると痛い。何も言い返せない。
「上等だコラ。おい店員、此奴が今言った注文全部持って来いや」
「か、かしこまりました!」
吐いた唾は飲めない。俺には自分で言った言葉の責任を取る義務がある。そしてディーネの挑発的なおちょくりにより一層苛立ちを覚えた俺は、またしても軽率な言葉を発してしまった。
そして時系列は戻る。
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どうしてこうなったのか思い返してみたが、俺が軽率にした約束、そして軽率な発言がこの事態の原因だったと気付けた。
極力目立つ事はしたくない。しないと誓っていたはずなのに。何気なしに言ったあの約束がこんな事態を巻き起こしてしまうとは……
今回の件で学んだ。今後ディーネに対し軽率な約束は2度としない。絶対にだ。
「では頂くとするかの!」
客の目線が背中に胸に全身に突き刺さる。囁き声も聞こえる。ベルゼは好奇の目線に晒されて小さくなりモジモジと体を揺すっている。
うん、ベルゼがとても可哀想に見えてきた。ベルゼは何も悪くないのに。
俺も居心地が悪い。
好奇の目を全く気にしていないのは、目の前のテーブルに所狭しと置かれた料理の数々に瞳を輝かせている馬鹿1人のみ。その馬鹿はこの酒場の看板メニュー『白牛のステーキ』を文字通り貪り食っている。
「美味かクソッタレ」
「うむ、美味じゃ!分厚く豪快な見た目故に乱雑に焼いただけかと思っておったが、見た目とは裏腹に丁寧に下処理されて焼かれておるのう。ナイフの重みだけで肉が切れるぞ。それとこの肉は燻製にされておらぬ。恐らく今日捌かれたばかりなのじゃろうな。噛み締める度に肉汁が溢れ出おるわ〜。
そして、ふむ…… 肉の焼き加減と味もさることながら、果実を主軸としたソースも良い! 肉本来の味を甘味・酸味・塩気そしてハーブが渾然一体となったソースが引き締め、口の中に残る微かなくどさを完全に消し去りサッパリとした後味にしておる。まさに調和じゃな!
付け合わせの芋も文句なしじゃぞ。口の中でホロホロと崩れる食感がたまらぬ。ソースと絡めるとこれだけで食が進みそうじゃ〜」
「クソが、小慣れた食レポかましやがって」
此方を見ている客から複数の唾を飲む音が聞こえた。
ディーネの食レポはテレビ番組でも見ているかの様で、見ている者の食欲を掻き立てる。
魔王アスラゴートを父と呼ぶ程親しい間柄だったディーネ。偉大な父と共に暮らしていた時に余程良い物を食べてきたのか、大分舌が肥えているらしい。専属のシェフまで居たくらいだし当然か。
以外な才能を垣間見せやがって。
「此方のスープパスタも絶品じゃぞ。赤いスープと風味豊かな香りが食欲を刺激してやまぬ!使っておるのはやや太めのロングパスタじゃな。噛み締めると分かるが、程よく芯が残った食感が心地よい。む……そうか! やや太めのロングパスタを使っておるのは野菜と肉を共に煮込んだ赤いスープをより絡める為か!
成る程のぉ〜、野菜と肉の旨味が溶け出したスープがパスタと絡み、まるで連続攻撃の如く様々な味を繰り出してきおる!時折顔を出すピリッとした辛味も良いアクセントになっておるわい。
先程のステーキは血を滾らせる重厚なメニューじゃったが、このパスタはどこかホッとする味わい深いメニューじゃな。野菜と肉をふんだんに使っておるから満足感も申し分ない。良き1皿じゃ!」
的確な食レポに1人、また1人と唾を飲む。しかも内面はさて置き外見は美少女に分類されるディーネが満面の笑みを浮かべ、美味そうに料理を食べる姿は男性客の目線を釘付けにしている。
視界の端ではディーネの食レポに感化された数名の客が、同じステーキやパスタを注文している姿が見て取れた。割れんばかりの喧騒が満ち満ちていた店内はいつの間にか静寂に包まれ、ディーネの食レポに耳を傾けている。
それに伴い、俺とベルゼに向けられる好奇の目線は徐々に少なくなっていく。目立ってしまった事実は今更変える事は出来ないから、せめてこのまま食レポを続けて俺達の存在を掻き消してくれ。
「今日のお勤め終了!さぁ食べますよ〜!って、今日は妙に静かですね」
あ、俺の望みは叶えられないかも知れない。
「ジェナちゃんじゃねぇか!仕事お疲れさん。今から飯かい?」
「はい〜!今日はガッツリいきたいので!所で、今日は何でこんなに静かなんですか?」
「あぁ、ほれ彼処の席を見てみなよ」
「あの角待ちの子の解説が見事でね〜聞き入ってたのよ」
「ほほう〜、それは面白そうですねぇ!話しかけて来ます!」
子犬の様な受付嬢が入店して来た事で、出入り口周辺に居た客が騒めき立つ。幼い見た目と言動で同僚からも愛くるしい存在と認識されているらしいジェナは、案の定この支部のマスコット的存在として組員達の間でも周知されている様だ。ジェナに声を掛けた客の顔はまるで娘に接する父母にしか見えない。
その無邪気な笑顔が父性や母性を刺激するのだろう。いや知ったこっちゃねぇが、頼むから今はこっちに来ないでくれ。折角逸れた目線がまたこっちに向く。
「どうも〜こんばんは!」
「あ、ジェナさん」
……やはり俺の望みは叶えられないらしい。
「あ、誰かと思ったらベルゼさん達じゃないですか!って、おぉう!?凄い数の料理ですね!?」
「おぉ受付嬢か。先程言っておった看板メニュー、一足先に頂いておるぞ」
「あぁ、やっぱり!ディーネさんの所為で私もそれ食べたくなっちゃったんですよ! あ、ご一緒しても良いですか?」
「え、えぇ。どうぞ。よろしいでしょうかハデス様」
「……もう勝手にしてくれ」
「ありがとうございますっ!すみませ〜ん!私にも白牛のステーキ1つお願いしまぁす!」
「お、俺も1皿頼もうかな……」
「すみません!こっちにも1皿お願いします!」
「こっちにはパスタだ!2皿頼む!」
ジェナの注文を皮切りに、それまで様子見を決め込んでいた客達も次々と声を上げた。そしてこの支部のマスコットが同席した事で、またも好奇の目線を……いや、今回は恨めしそうな目線も向けられる。
「ベルゼ、俺は外に居るから場が落ち着いたら呼びに来い。お前はこれ以上ディーネのアホが暴走しない様に見張っとけ」
「か、かしこまりました。後でお料理もお持ちします」
俺の精神は遂に限界を迎えた。
もう嫌だ。もう限界だ。
心からそう思いながら、俺は再び喧騒を取り戻したバックスから逃げる様に退店し、休憩所のソファにへたり込んだ。
ここまでご覧頂きありがとうございました。
これまでも後書きや前書きで何度も書きましたが、ブクマや評価、コメントをいただけるとモチベーション維持に繋がります。
僕の承認欲求を満たす為に協力して下さい。お礼と言っては何ですが、今後も全体的に重いコッテリした小説をお届けましす。




