21話 スカビオサの館 1
あいも変わらずダラダラと執筆してます。
ヤンデレって可愛いですよね。そう思いません?僕は思います。
琴線に触れたらブクマしていってください。
「見えたぞ、イルザールだ」
「あれがイルザールですか。思った程荒廃していませんね」
「あぁ、前来た時とは全然違う。ギルド組員達の努力の賜物だろうな」
昨晩の曇天の空模様とは打って変わり、一夜明けた空は見違える程晴れ渡っていた。
ガンダス、アル、リザベルという3人の悪人に報いを与え、ゴブリン達の襲撃を警戒し暫く移動した後、数時間仮眠した俺とベルゼは太陽が丁度真上に来た頃、次の目的地であるイルザールの中心部…… かつてイルザール公国の首都だった場所を見渡せる丘に到着した。
眼下に見えるイルザール公国の首都は、ガセナール商国連邦と同じく都市全体が堅牢な城壁で囲われた城塞都市となっている。だがその規模はガセナール商国連邦の比ではない。
少なく見積もっても、城壁の高さや規模はガセナール商国連邦の倍近く。首都全体の敷地に至っては3倍近くになるだろう。
(見違えたな)
俺は御者席からイルザールを眺めそう思った。
かつて見たイルザールは魔王軍との戦闘で城壁が所々崩落し、君主であった貴族が住んでいた宮殿は半壊して瓦礫の山と化していた。
国の至る所に戦火に巻き込まれた市民や、勇敢に戦い力尽きた兵士達の遺体が無造作に放置され、崩落した城壁から侵入したと思しき獣がそれ等の亡骸を貪り、跋扈していた。
しかし魔王軍との戦争も終わり、自由職業別組合がこの地に支部を構えた事で復興の障害となる獣は城壁内から駆逐され、城壁と宮殿も建て直された様だ。(宮殿はだいぶ小振りになってるが)
魔王軍によって再三にわたり征服されたイルザール。かつてこの地を踏んだ俺達がどうする事も出来なかった膨大な数の遺体は影も形もない。彼等は丁重に葬られ、深い眠りに就いたのだろう。
未だに崩れた家屋等、所々戦争の爪痕は垣間見えるが復興事態は順調に進んでいるらしい。
正直な所、ここまで復興が進んでいると思っていなかった。俺は自由職業別組合の仕事ぶりに感心した。
「ライ様、まずは何方に向かいましょう? ギルド支部に赴いて組合に加入致しますか?それとも先に宿を確保しましょうか?」
「いや、その2つより先に優先してやるべき事がある。先にそっちを終わらせるぞ」
「かしこまりました、ライ様!」
ベルゼの問い掛けに応え、俺は馬車を走らせる。
車輪が大地を踏み鳴らし、2人で使うにはいささか大き過ぎる馬車が丘を下る。
数分程馬車を走らせると、イルザールを取り囲む城壁に設けられた門と、番兵と思しき人影が俺の視界に映り込んだ。
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「おぉい皆!またゴブリンの群れが見つかったらしいぞ!ギルドが討伐要員を募集してるとさ!」
「はぁ?またかよ。先週2つの群れを狩ったばかりだろ」
「ボヤくなって。仕事に事欠かなくていいじゃねぇか」
「なぁおい聞いたか? この前の剣聖様の活躍!」
「あぁ勿論!1人でオーガ50匹を切り捨てたんだろ? 凄えよなぁ」
「やっぱ憧れるぜ、あの強さ!いつか肩を並べて戦いてぇ〜!」
「道路整備依頼に応募した組合達はこれで全員ですか?」
「あぁ、何人か別件の依頼が来て抜けちまったが、代わりに此奴等が加わる事になった」
「かしこまりました。では改めて本日の依頼内容をお伝えします。本日はよろしくお願いします」
「「「おう!」」」
「はい。まず本日の工程ですが……」
門の前で警備をしていた自由職業別組合組員に此処へ来た目的を適当に告げた俺達は、何事もなくイルザールの城壁内に入り込む事が出来た。
門の向こうはガセナール商国連邦とは毛色の違う活気に満ちていた。
都市の至る所で鎧を纏った男達が言葉を交わし、自由職業別組合の紋章があしらわれた帽子を被る女が、労働者風の男達と首輪を付けられた数人の男達にテキパキと指示を出している。
俺はそんな彼等を尻目に、目当ての物を探して馬車を走らせ続けていた。
「さぁて、チラホラ見かけたし、ガンダス達の言葉が本当ならイルザールに居る筈なんだがなぁ」
「ライ様、先程からキョロキョロしてらっしゃいますが、お目当ての物はまだ見つからないのですか?」
「あぁ。っかしぃな〜。『隷属の首輪』を付けた奴隷が居たから奴隷商人も近くに居ると思ったんだが……」
馬車の荷台からベルゼがヒョコッと顔を覗かせて来る。俺はベルゼの問いに応えた。
「ど、奴隷商人ですか…… 」
「そうだ、今から奴隷を買いに行く。これからの旅路に手足の代わりになる奴が必要だからな。ガルドレの代わりさ」
俺の言葉にベルゼが何か言いたげな表情を浮かべた。
此方としても何を言いたいのかは重々承知している。そしてあんな出来事の後じゃ、ベルゼが奴隷商人に良い印象を持っていない事も承知済みだ。
だが、これまでの旅路を通して思う所があった俺は、奴隷を購入すると決めて売り手である奴隷商人を探していた。
ガンダス達は捕えた俺達をイルザールに居るスクラフという奴に売ろうとしていたから、少なくともスクラフという名の奴隷商人がこの地に居る事は確定している。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、俺はベルゼに奴隷を購入すると決めた理由を説明した。
「ガルドレさんの代わり……」
「あぁ、ガセナール商国連邦で思ったんだよ。俺の手足になる奴隷が居れば楽が出来る。俺は戦いに……復讐に集中出来るってな」
奴隷を購入すると決めた理由。それは、今言った様に奴隷が居れば楽が出来るから。
それだけだ。強いて別の理由を上げるなら、奴隷が居れば俺が比較的自由に動けるから。雑務に気を取られる事なく、復讐に集中出来るから。
ガセナール商国連邦ではガルドレが俺の手足となり働いていたが、ガルドレと別れた事で俺が面倒な雑務をこなさなくてはならなくなった。
例えば馬車の手綱を握るとか。
今後もこんな状況が続くと考えると気が滅入る。それを奴隷が解消してくれるだろう。
俺はその為だけに、面倒な雑務を代わりにこなしてくれる奴隷を欲し、売り手である奴隷商人を探していた。
「……ライ様、私では力不足ですか?私だけではライ様のお力になれませんか?私はもう用済みなのですか?」
「あ?おいおい待て待て、どうしてそうなる」
そして先程すれ違った首輪を付けた男達こそ、その目当ての奴隷。
この世界に居る奴隷は、主に4つの経緯から生まれる。1つ目は奴隷商人に拐われてしまったから。2つ目は窮困した家族から売られ、それを奴隷商人が商品として買い取ったから。3つ目は犯罪者が刑罰として一時的に奴隷に落とされたから。そして4つ目は、かつて魔王アスラゴートに組した獣人や魔族等が軍や傭兵に捕らえられ、奴隷商人に売られたから。
他にもパターンはあるかも知れないが、奴隷達が奴隷になった経緯は大体この4つに細分化出来る。
先程すれ違った男達はどっからどう見ても人間だった。アスラゴートに組した魔族ではないだろう。粗暴さを感じる彼等の顔付きから判断するに、彼等は恐らく何処かで犯罪を犯し、代償として奴隷に落とされ、この地での復興に従事する様にと自由職業別組合に売られたのだろう。いい気味だ。
まぁそれはどうでも良いから置いておくとして……
奴隷がこの地に居るという事は、売り手である奴隷商人もこの地に居る筈。
以上の事を簡単に理解者に伝えると、その理解者は俺に恨めしそうな目線を向けてきた。
「ガルドレさんは勝手な行動もしましたが、確かにライ様の手足として良く働いたと思います。私も楽をさせて貰いました」
「だろ?だから……」
「ですが、何も新しい奴隷の代わりを見つける程の事ではありません。これからは私がガルドレさんの分まで働けば良いだけです。新しい奴隷なんて必要ありません。ライ様の苦しみを心から理解出来るのは私だけ…… ライ様の理解者は私だけなのですから」
妙に棘のあるベルゼの言葉。
どうやらベルゼは新しい奴隷を買う事に反対らしい。いや、反対なのは別に一意見として構わないのだが、なぜこうまで頑なに反対するのだろうか。
それに用済みだなんて…… さてはベルゼの奴、妙な勘繰りをしたな?
「……そうは言ってもな、ベルゼには今後戦闘のサポートもして貰うんだ。ベルゼの負担を増やすのは得策じゃねぇ」
「え、もしかしてライ様は私の為を思って新たな奴隷を……? わ、私はまだライ様のお役に立てるのですか?私を必要として下さってるんですか?」
「当たり前だ。お前にはまだまだ役に立ってもらわにゃならん。雑務をベルゼにやらせて必要な時に手が借りれねぇなんてアホみてぇだ。兎に角、俺とベルゼの負担を減らす為にも、雑務をこなす奴隷は居た方が良いだろ」
「ま、まぁそういう事でしたら…… あぁ、良かった。ライ様が私を必要としてくれてる…… 嬉しいです。私は幸せです」
大きな瞳に影を落とし静かに抗議してきたベルゼは一転し、緩みきった笑みを見せる。
このお嬢さんは先程の俺の発言を『使えないお前の代わりに、役に立つ奴隷を買うからな』みたいな意味で捉えたらしい。
とりあえず適当に後付けで奴隷の必要性を述べてみたが、ベルゼはあっさりと主張を変えてくれた。
「理解してくれたみたいで何よりだ」
「すみませんライ様。出過ぎた事を言いました」
「気にすんな。むしろ思ってる事をはっきり言ってくれて嬉しかったくらいだ」
「い、いえそんな……」
「ベルゼ、俺にはお前が必要なんだ。不安に思う事なんかねぇんだぞ」
「っ!はい!」
今のちょっとしたやり取りを経て、ベルゼの中で俺に関するベクトルの大きさを改めて実感した。
この憐れな女神が自身に課した存在意義の大半を占めるのは、俺の力になる事らしい。
人間らしい感情が希薄になっている俺でさえ、ベルゼがそういう想いを抱いている事は感じていたが、その想いの大きさ、重さは俺の想像以上だった。日を追う毎にその想いが強くなっていってる気さえするが、この感覚は間違い無いだろう。
そして先程の『奴隷を買う』という俺の発言。アレはその存在意義を否定するに等しいモノだった。
だからベルゼは奴隷を買う事に反対した。
自身の存在意義が、存在理由が奴隷に奪われるかもと勘違いしたから。自分だけでは力不足なのだと被虐的な事を考えたから。役に立つ奴隷が手に入れば、代わりに自分は捨てられるのではないかと悲観的な思考に陥ったから。
だからベルゼはその奴隷の代わりに自分がもっと働くからと言った。決して力不足だと感じさせないからと、力になってみせるからと。
最近は自身の考えを主張する様になったベルゼ。そんな彼女の中にある『俺の力になりたい』という感情は日に日に強くなっている様に感じる。
それは俺に身も心も俺に捧げたという覚悟、決意故か。
何にせよ、俺にベルゼの力が必要な事に変わりはない。これは変わりようがない事実であり俺の本心だ。
その事を分かってくれたのか、ベルゼは俺の背中に抱き付いてきた。
「お、あの建物それっぽいな。あとベルゼ、危ないから離れてろ」
「あ、すみません失礼しました」
ベルゼの心に秘めた想いを感じた事で、互いの距離がより縮まった様な気がした。
しかし手綱を握っている状況で抱き着いてくるのは危ないので止めて欲しい。
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「どうどう」
俺は馬車を【スカビオサの館】という看板がデカデカと掲げられた建物の前に停めた。
手綱を近くの綱木に留め、まるで貴族の屋敷の様なスカビオサの館の扉を開ける。
室内は外見に劣らず豪華な装飾で彩られ、広々とした作りになっており、所々に薄紫の花が活けられた花瓶が華やかさを演出していた。
一見娼館とも見てとてる内装だったが、此処こそ俺が探していた場所だった。
「おい、誰か居るか」
「ようこそスカビオサの館へ」
そんな具合で豪華絢爛でありながら、何処か澱んだ空気が満ちる室内に目を配らせて声を上げると、室内の奥からシルクハットを阿弥陀に被る細身の男が屈強な男を2名引き連れて姿を見せた。
「お前、もしかしてスクラフか?」
「えぇ、私が当奴隷商館スカビオサの館支配人のスクラフで御座います」
「そりゃ良かった。買い物に来てやったぞ」
如何にもな男の登場に俺は此処に来た目的を告げる。もしやと思い、俺はこのシルクハットの男がガンダス達が言っていたスクラフではないかと思い質問してみた。
案の定、この男は俺達が売られる予定だった男で間違いない様だ。
「ふむ……お客様は今回が初めてのご来店ですね? 申し訳ございません、当店は利用歴がある方からのご紹介を受けたお客様しかご案内出来ないのですよ。お買い物をお望みでしたら、当店の利用歴がある方とご同行頂くか、ご紹介状をお持ちになって再度ご来店くださいませ」
だがシルクハットの男、スクラフは俺を一瞥すると、面識が無いという理由でやんわりとこのまま帰る様に言ってきた。
知ったこっちゃねぇ。
「俺はその利用歴がある奴から紹介して貰ったんだが?」
「おや、そうなのですか。ちなみにその方のお名前は」
「ガンダスだ。ガンダス・ヒューリ」
「あぁ、ガンダス様のお知り合いでしたか。ガンダス様ご本人はいらっしゃらない様ですね……失礼ですが紹介文はございますか?」
こういう店は大体が一見さんを断る。扱っている品物が品物なだけに、様々なリスクを避ける為だろう。
スクラフは此方を値踏みする様に見つめながらも警戒している。脇に控えた男達も、何かあればすぐ動ける様に此方を注視している。
此処で下手を打てば面倒な事に成りかねない。
今こそガンダスから奪った楕円プレートの出番だ。
「これじゃダメか?ガンダスから借りて来たんだ」
俺はガンダスが落としたプレートをスクラフに差し出しす。楕円形のプレートには、自由職業別組合の紋章である天秤の紋章と、ガンダスの名前が刻み込まれていた。
このプレートは恐らく登録証…… 自由職業別組合の正式な組員である事を表す証明書の類いだと思われる。
この店で買い物をするには利用歴のある者の紹介文、ないし利用歴のある人本人の同行が必要らしいが、このプレートが紹介文代わりに使えるかも知れない。いや、使えなきゃ困る。
「確かにガンダス様のギルド登録証の様ですね。失礼しました。買い手側でなく売り手側からのご紹介は初めてですなぁ」
「問題ねぇだろ。買い物しても良いな?」
「はい〜!ようこそ『スカビオサの館』へ!失礼ですが、旦那様方のお名前をお伺いしても?」
「ハデスだ。こっちは連れの……」
「べ、ベルゼです」
「ハデス様にベルゼ様ですね、改めまして本日は御来店誠にありがとうございます〜!スカビオサの館は戦闘用の奴隷から愛玩用の奴隷まで選り取り見取り!心ゆくまでお買い物をお楽しみください!」
しかし俺の心配は杞憂に終わった。
スクラフは俺を値踏みする様に見ながらも、ガンダスの紹介でここに来たと信じてくれた様だ。
そしてプレートは俺の読み通り自由職業別組合の登録証だったらしい。念の為拾っておいて本当に良かった。
スクラフは先程までの疑う様な目線から打って変わり、気のいい小役人みたいなテンションになって両手を広げ店をアピールし、脇に控えていた男達は問題なしと判断したのか壁際に移動した。
関門を突破した俺は改めて店内に目を配る。
このスカビオサの館の店内はまるで一貴族の居館に居るような錯覚を感じさせるが、店内の其処彼処には無骨で無機質な鉄の檻が幾つも置かれていた。
俺は試しに最も近い位置にある檻の中へと目線を向けた。
「皆さん……随分小綺麗にしてるんですね」
「だな。清潔そうな服も勿論だが、肌の艶も良い」
「失礼ですが、奴隷と言う位ですから少し不衛生な印象と言いますか…… そういう先入観を持っていました」
ベルゼも俺の隣に立ち檻へと目線を向けると、ポツリと呟いた。
俺達の目線の先にある檻の中に居たのは、真紅のドレスを纏い小さな椅子に腰掛けた女。頭にはピンと茶色の猫の様な耳が生え、深いスリットからは細い尻尾が覗いている。
彼女は見た所、この世界で人間と獣の混合種、人間であり獣であると言われている人種…… 恐らく『猫獣人』と呼ばれる種族の女。
化粧もしている猫獣人の女は、此方に目線を合わせると紅を塗った口元を小さく緩ませた。
彼女が檻の中にさえ居なければ、まるで貴族の娘の様にすら見える。
俺もベルゼと同じ事を考えていたから、言いたい事はよく分かった。
「その先入観は程度の低い奴隷商人の所為ですな。私達スカビオサの館では彼等は……」
「大切な商品だから。だろ」
「その通りでございます。薄汚れた奴隷と小綺麗な奴隷。何方を買いたくなるかは聞くまでもないでしょう?なのでスカビオサの館では、衛生面は勿論、様々な事に気を配り奴隷を最高の状態でお客様にお売りしているのです」
「成る程……」
ベルゼは神妙な声で小さく呟いた。
かつて末席とは言え神々の1人であったベルゼからすれば、この光景を見た事で俺達地上にいる人間の野蛮な…… 人としての摂理を無視したような行為に嫌悪感を抱いたのかも知れない。
「ベルゼ様には少々刺激が強いお話でしたかな?」
「い、いえ大丈夫です」
「左様で御座いますか。時にハデス様、本日はどの様な奴隷をお求めに?」
「そうだな…… 最低限の自衛が出来て補助魔法も使えて雑務もこなせる……そんな役立ちそうな奴隷が欲しい」
「では彼は如何でしょう? 獅子獣人の男で歳は25。獣人特有の頑丈な体と腕力がセールスポイントの今が最も油の乗った奴隷です。お値段は500万ミルと少々お高いですが、値段に見合う分の戦闘力を有しておりますよ。勿論補助魔法も扱えますし雑務もこなせるでしょう」
スクラフはカツカツと靴を鳴らしながら古代ローマの剣闘士の様な出で立ちの男が入った檻の前に立った。
筋骨隆々な体と口元から覗く鋭い牙。逆立つ頭髪は正しく獅子の鬣。如何にも戦闘の申し子と言った風貌だ。
獅子獣人とは先程見た猫獣人の親戚の様な種族で、確かその腕力は獣人種の中でもトップクラスだったと記憶している。随分昔に戦った事もある。
彼はアピールの為に力瘤を作ったり、檻の隅に置かれた金棒を担ぎ此方を見つめる。
ちなみに『ミル』というのはこの世界に存在する全国家で使用できるユーロの様な共通通貨の事で、俺が居た世界とは違い、国によって価値が変動したりする事はない。
序でに500万ミルと言うと、俺からしてもこの世界の住人からしても大金だ。どれぐらい大金かと例を出すと、俺とベルゼがガセナール商国連邦で拠点にしていた宿は朝・晩の食事付きで1人一泊3000ミル。
単純計算でこの獅子獣人の奴隷を買う金で2人でも2年以上は泊まれる事になる。俺の感覚で言えば、1ミル=1円となり、500万ミルというのが大金である事が良く分かる。
成る程。確かにこの獅子獣人の男は値段に見合った働きをしてくれそうだ。
だが……
「…… ダメだな」
「そうですか。では本日の予算はお幾ら程になりましょう? 予算内でも購入可能な奴隷をご紹介しましょう」
俺は首を横に振る。その仕草を見て、スクラフは予算の問題で購入を渋ったのだと思った様だ。
「あぁ、いや……値段的な意味じゃねぇんだ」
此奴は…… いや、この場に居る奴等は全員目が死んでいた。
どうせなら出来るだけまともな奴を買いたい。
なのに此奴等と来たら、まるで抜け殻だ。此奴等はこの現実を受け入れてしまっている。理不尽で不条理な境遇を甘受してしまっている。生への執着も、囚われの身となった事に対する嘆きも、不自由を齎したスクラフを殺してやるという怒りすらも感じない。
感情が無い。覇気が無い。彼等は生きながらに既に死んでいた。生きる事を諦めていた。
此処に居る彼等、彼女等は奴隷ではなく人の形をした抜け殻。文字通りの人形だ。こんな高価な人形を大枚を叩いて買うつもりはない。
俺は本当の意味で役に立つ奴隷が欲しいのだ。
「なぁ、ちょいっと質問なんだが、あんたの言う事を全く聞かない奴隷とか居るか?」
そこで俺はスクラフに反抗的な奴隷は居ないかと質問してみた。
反抗的という事は、つまり其奴はスクラフに対し敵愾心、敵意という感情を向けているという事になる。
捕らわれの身となっても反抗的な態度を取れる気骨があるなら、抜け殻よりよっぽど頼りになる。
「はぁ、ハデス様は自ら奴隷を躾けたいお方なのですかな?」
「そういう事にしておいてくれ」
「でしたら丁度良い。先日入荷した中に飛び抜けて反抗的な奴隷が居りましてな」
「見せてくれ」
「ハデス様が構わない様でしたら。此方です」
そしてどうやらタイミングよく活きの良い奴隷が最近入荷したらしい。俺とベルゼはスクラフに先導されスカビオサの館の奥に進む。館の奥には地下に続く階段があった。
発光鉱石で照らされた階段を下ると、先程まで居た空間とは打って変わり、地肌がむき出しの不衛生な地下空間が目に飛び込んできた。
この地下空間も上と同じ様に所狭しと檻が並べられている。
檻の中には顔に傷のある男や竜の様な羽根を持つ男。蛇の鱗の様な皮膚に包まれた女等、人間を含めた多種多様な種族の男女が、粗末な布切れを纏い閉じ込められていた。
彼等彼女等の目は鋭く光っていた。だが体調が優れないのか、もしくは満足な食事を与えられていないのか、彼等は決して動こうとはせず此方を睨み付けるだけに止まっている。
「此処は?」
「調教部屋……とでも言いましょうか。スカビオサの館に売られた奴隷の中で反抗的な奴隷は、この部屋で管理されます。買い手の方に少しでも良い印象を持ってもらう為に言動を改めさせたり、反抗的な奴隷には時として鞭を持って躾けを施す為です。当然治療はしますが、それは売り物になると判断してからですがね」
ススクラフは檻に目線を向けつつ此方に語り掛ける。
此処は奴隷の調教部屋。反抗的な奴隷を従順にする為の空間らしい。
「皆目付きが良いな」
其々個別の檻に入れられている奴隷達は、声こそ荒げないがその代わりに殺気を孕んだ鋭い目線を此方に向け続ける。その瞳には、上に居た奴隷達からは感じない覇気を感じた。
これなら俺の望む奴が居るかも知れない。
「で? その飛び抜けて反抗的な奴ってのは?」
「彼女でございます。私としてはとてもお勧め出来る様な奴隷ではないのですが」
スクラフは僅かに声を凋ませながら最奥に置かれた檻の前に立つ。
その檻には頭からボロ切れを被る小振りな人影が鎮座している。微かに頭と思しき部分が動いたから寝ている訳ではなさそうだ。
「……なんじゃ、また鞭打ちか」
「っ!」
人影が言葉を漏らすと、パサリと小さな音を立ててボロ切れが頭から落ちた。ボロ切れの下から薄汚れてはいるが炎の様に真っ赤な髪が露わになり、血が滲んだ様な深紅の瞳が見開かれる。
その人影は少女だった。
厳しい首輪を嵌められ、白く細い手足には鉄球付きの枷まで装着されている。
しかしそれ以上に目を引いたのは、少女の頭に生える牛の様な、言い方を変えればザ・悪魔的な黒く立派な2本の角。その角がこの人物が人間ではない事を悠然と物語っている。
発光鉱石の光に照らされた角が、薄暗い地下空間で不気味に輝いていた。
「な、何でお前が此処に……」
俺は殺意と敵意を剥き出しにしてスクラフを睨む少女を見て呟く。
何故あの時逃した少女が此処にいるのだと。