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18話 次の目的地 1

五月病の所為で執筆が出来ませんでした。

しかもまだ治る気配がありません。


皆様がブクマや評価をしてくだされば完治するかもしれません。



「所でライ様、次は何処に行かれるおつもりですか?」

「ん? あぁ、次は【イルザール】って所に向かおうと思ってる」

「イルザールですね、かしこまりました!……えっと、イルザール?」

「あー、もしかしてベルゼは大陸の北側の事は知らねぇのか?」

「う……はい、すみません……」

「いや知らないなら知らないで良い。ちょっと待ってろ」


月明かりと焚き火の炎で照らされた小川のほとりに柔らかな音色が響く。この音色はベルゼが奏でるハープのモノ。小川の近くの岩に腰掛けハープを奏でるベルゼの姿は、まるで絵画の中から飛び出して来たかの様に美しく幻想的だ。


小川のせせらぎとハープの音色が二重奏(デュオ)となり、優しく周囲に広がってゆく。


そんな最高のロケーションの中食事をしていると、ハープの演奏を止めたベルゼが鎧豚の胸肉を頬張る俺に目線を向けた。鼻が慣れてきたのか麻痺してきたのか、もしくはその両方か。独特な獣臭さを感じなくなった獣肉を咀嚼しながらボンヤリ考える。


最初の復讐は成った。これで残りの怨敵は7人の英雄と勇者、そしてアルギリア王国国王の計9名。


俺はこれまで知り得た情報を思い浮かべながら次の目的地を決めた。


が、ベルゼは俺が次の目的地とした地名を知らないらしい。


それも当然か。次の目的地は今までベルゼが居た冥府(ヘレ)とは真反対の場所に在る。俺達が死者の宮殿(トーテンパラスト)を訪れるまで、1人地の底で暮らしていた堕天の女神ベルセフォネ。彼女がこの世界の地理を知らなくてもそれは至極当然の事。


そこで俺はベルゼにこの世界の地理を教える為、左手に『鎧豚』の胸肉を握りつつ、右手で地面にこの世界の簡単な地図を描いた。


「この世界は巨大な大陸と小さな島から成っている。今俺達が居るのはガセナール商国連邦からやや離れたこの森。で、此処から北へ数日歩いた先には、【イルザール公国】や【ハイネ王国】、【グリンゲ連合】他幾つかの国があった(・・・)。ちなみに冥府(ヘレ)は此処な」


地面に描いた地図を指差しながら呟く。


この世界は、巨大な1つの大陸と幾つかの小さな島から成っている。


現在地は巨大な大陸のほぼ中心地。此処から南の端まで進むと、ベルゼが居た冥府(ヘレ)に。西に進むとアンリエッタ達が暮らすアルギリア王国へと通じる。そして此処から北へ向かうと大陸を分断するかの様な深い森が広がっており、そして森の更に先には天を切り裂く様な山脈が聳えていた。


俺が決めた次の目的地はその山脈と深い森の手前にあった(・・・)イルザールという国だ。


「待ってくださいライ様。あった…… と言う事は、今は……」

「あぁ、今は存在しねぇ。イルザール公国を始め大陸の北側に在ったこれ等の国々は、更に北にある【神隠しの森】っていう深い森の先、【龍の牙】と呼ばれる山脈を越えて来た魔王軍によって滅ぼされ、占領されて侵攻の橋頭堡になったからだ」


生前に覚えた地図を描いた俺は、何年も前にアンリエッタ達から聞かされた話をそのままベルゼに説明する。


それは俺がこの世界に連れて来られる前の出来事。人類と魔王アスラゴートとの戦争の歴史。何年も続いた人類の存亡を賭けた戦争の経緯。血塗られた歴史だった。


俺達が今居る森から北へ数日歩いた先には、昔は大小合わせて9つの国があった。が、今は1国しか残っていない。

8つの国々はまるでハンニバルのアルプス越えの様に、北に聳える永久凍土の山脈、通称【龍の牙】を越え、冥府(ヘレ)近辺の森より更に深い【神隠しの森】を踏破し、人類の勢力圏内に侵攻してきた魔王アスラゴートとその軍によって滅ぼされたから。


アスラゴートが人類の勢力圏内に侵攻するまでは、神隠しの森の北側は人類未踏の地とされており、龍の牙の先に何があるのか知る者は居なかった。しかしアスラゴートの侵攻によって、神隠しの森・龍の牙を越えた先は魔王軍の本拠地。アスラゴートの勢力圏であると認識される様になった。


「人類の勢力圏内に橋頭堡を得たアスラゴートは、そこから更に西へ東へ南へと侵攻しようとしたが、それを今尚北側で唯一残る【ドラゴニアス帝国】が防いだ。その間に人類は同盟を結んでアスラゴートに対抗し、逆に占領されていた土地を奪還。

神隠しの森と龍の牙を越えて一時は魔王軍勢力圏に人類が橋頭堡を作った事もあったが…… 最終的に同盟軍は撤退に次ぐ撤退を重ねて滅亡一歩手前まで行った訳だ」


戦争初期。人類は強大な脅威であるアスラゴートと魔王軍の侵攻を知ると、この脅威に対抗すべく比較的迅速に団結し、同盟を組み抵抗した。

その頃まだ人的資源に余裕があった同盟軍は、ドラゴニアス帝国を対魔王軍の前線基地と位置付け、物量で魔王軍を駆逐し、奪われた土地を奪還する為に反攻作戦を発動させた。

反攻作戦発動から約3ヶ月後、作戦は無事に成功。同盟軍はアスラゴートに占領されたイルザール等の土地の奪還を果たす。


この戦果に同盟軍は勢い付き、返す刀で犠牲を払いながらも神隠しの森と龍の牙を越えて、魔王軍勢力圏に逆侵攻を仕掛けた。


そのまま同盟軍がアスラゴートを倒していれば……俺は……


「……で、次の目的地は此処。ドラゴニアス帝国の隣。アスラゴートに滅ぼされた北の1国、イルザール公国があった場所だ」

「成る程。しかし何故イルザールへ向かうのですか? 」

「ちょいっと諸々準備をする為だ。それにはイルザールが色々と都合が良いんだよ。1から説明するから、先ずはこれを見てみろ」

「それは…… 便箋?」


一瞬心が騒めき立った。

しかし今更何を思っても過去が変えられる訳ではない。


俺は意識的に過去の事を考えないようにしつつ、次の目的地であるイルザールの大まかな場所を指差しながら、ベルゼの疑問に答える。


そして胸肉を綺麗に平らげ、『鎧豚』の可食部を全て腹に納めた俺は、恒久の革袋の取り出し口を開き、中から封が切られた便箋を取り出した。

これはファブロの執務室の机に置かれていたもの。『魔王殺しの槍』と共にこの便箋を発見した事で、俺は次の目的地をイルザールに決めた。


便箋には【自由職業別組合(ギルド)】の象徴である天秤を模した封蝋が押され、【イルザール自由職業別組合(ギルド)支部】のサインが書き込まれていた。


「『イルザール ギルド支部がファブロ様に製作を依頼した武具一式、計40組みを本日お受け取りいたしました事をご連絡申し上げます』」


ハープを地面に置き便箋を覗き込んだベルゼは、透き通る様な声で書かれていた文字を声に出す。


便箋にはイルザールに支部を構える自由職業別組合(ギルド)が、ファブロに注文していた武具を無事に受け取ったと報告する文字が書かれていた。


「ライ様、このギルド……とはなんなのですか?」

「俺も詳しくは知らねぇが、どうやら俺の死後に発足された何でも屋集団みたいな組織らしい。魔王軍との戦闘で荒廃した街や村の復興から獣や魔獣の退治まで、法に触れない事は何でもやってるって話だ。今じゃそこそこの支部を各地に展開してるとさ」


上目遣いに此方を見つめ、小さく首を傾げるベルゼに俺はアルギリア王国やガセナール商国連邦で小耳に挟んだ自由職業別組合(ギルド)の事を説明する。


自由職業別組合(ギルド)という組織は今から1年と少し前……俺が処刑された数日後に発足が発表されたらしい。この組織は先程俺が言った様に、魔王軍との戦闘で踏み躙られた村や街の復興。またはその近辺で今も尚蔓延る魔王軍残党や繁殖した獣を相手に戦う事を目的とし、各国の共同で作られた組織だという。


そして設立から1年が過ぎ、幅広い仕事内容が各地に知れ渡った事で自由職業別組合(ギルド)は、今では本来の目的と並行し、各地の需要と要請に応え様々な場所に支部を展開しているのだとか。


「ふむふむ、ギルドの概要は分かりました。ですが、それが何故ライ様がイルザールへ行く事に繋がるのです? 今までの話だけでは、ライ様の復讐になんら関係がない様に思うのですが」

「まぁ、全く関係がねぇ訳じゃねぇけどな」

「え、そうなのですか? 」

「あぁ、ヒントはこの便箋に書いてある通りだ」

「……?」

「よく考えてみろ。何でアスラゴートに占領されて荒れ放題の土地のギルドが大量の武具を発注したんだ?」

「え、それは戦う準備の為ですよね?」

「だろうな。つまりこの便箋は、アスラゴードとの戦争が終わって平和が戻った筈のイルザール地方で、武具が必要な事態が起こってるって事を示してる。だから俺のレベル上げと、ベルゼに戦闘経験を積ませる為にイルザールへ行くんだよ」


地面に描いた地図を消した俺は、座り直してベルゼの瞳を見つめる。


そして何故このタイミング(・・・・・・・・・)で、軍隊でもなく、所詮何でも屋でしかないイルザールの自由職業別組合(ギルド)支部が大量の武具を発注したのか改めて考えてみる。


魔王と人類の戦争が終わり早1年が過ぎた。だが、自動車や土木機械等の優れた機材が存在しないこの世界では、戦場となった土地の復興は遅々として進まない。

特に如実なのが魔王軍に占領されていた北側の土地だ。アルギリア王国やガセナール商国連邦で情報収集していた際に小耳に挟んだのだが、北側の8つの国が在った場所では、今でもかつて人々の営みを支えていた建物の残骸撤去に追われているとか。


そんな復興すらままならぬ土地に支部を構える自由職業別組合(ギルド)が武具を大量に必要とする理由は?復興に使う土木資源等ならまだ理解出来る。だが武具が必要になる様な理由は限られる。


イルザール近辺は魔王軍に蹂躙され尽くし金目の物は何も残っていなかったから、野盗がわざわざ悪事を働きに行くとは考え難い。よしんば金目の物があったとしても、魔獣と戦う事もある様な連中が沢山居ると思われる土地に、わざわざ足を踏み入れるとは思えない。悪事を働いた結果返り討ちに遭う可能性が高いからだ。


となれば十中八九、魔王軍の残党、ないし大量の獣がイルザール近辺で動きを見せたのだろう。

少なくとも北側で争いが起こった。もしくは争いが起こる気配がある。


これが最も重要だった。


「戦闘経験を積む為に……」

「そうだ。ベルゼは俺の復讐に協力してくれるんだろう?」


次の目的地にイルザールを選んだ理由の1つ。

諸々の準備の1つがコレだ。


俺はベルゼに戦闘のサポートを任せる事にした。


しかし戦闘には様々な状況に合った臨機応変な対応を可能とする柔軟な思考や状況判断能力が。そして複数人で敵と戦う場合は互いの意思疎通能力や連携が必要になってくる。

俺は今挙げた能力に若干の不安があった。

なにせ俺は兎も角としてベルゼには戦闘の経験がほぼなく、しかも俺達が共に戦ったのは隠し倉庫に続く洞窟で毒蛇(ヴィーパー)等を相手にした時のみ。


今のままでは戦闘経験に乏しいベルゼが戦場で臨機応変な対応を取るのは難しいだろう。僅かな隙が命取りになる戦場でも瞬時に物事を判断出来ないだろう。意思疎通は出来たとしても、お互い満足な連携は出来ないだろう。


今後は共に肩を並べ、背中を任せ戦う事もあるだろう。

その時些細な連携ミス等で死ぬなんて事になったら死んでも死に切れない。


だがこの不安は何度か戦闘経験を積めば払拭出来る筈。解消出来る不安は解消するに越した事はない。


同時に俺はレベリングする。これがイルザールに行くと決めた2つ目の理由。


今でこそレベル『80』と、俺のレベルは着実に上がっているとはいえ、漸く全盛期の6分の1程になった程度に過ぎない。俺はファブロを殺し復讐を成すと同時にファブロから大量の経験値を得てレベル上げをしようと計画していたが、当のファブロのレベルは予想を遥かに下回っていた。俺の死後から1年が経ったのに、レベルが全く変わってなかったからだ。


その為にファブロからは俺が望む程の経験値は得られなかった。


なので俺はその不足分の経験値を得る為に、そして戦闘をサポートしてくれる事となったベルゼに戦闘経験を積ませる為に、争いの気配がするイルザールに向かう事にしたのだ。


「も、勿論です。ライ様の復讐のお役に立てるなら、戦いなんて怖くありません!」

「そうか、その言葉を聞けて安心した。んじゃもう寝るぞ。明日から暫く歩き通しだからな」

「かしこまりました。お休みなさいませライ様」


今後の方針を説明し理解を得た俺は、警戒用魔法(スキル)を発動させ、『真王の外套(インヴァネスコート)』を羽織って木にもたれ掛かり目を閉じる。


視界が闇に覆われると、静寂の中で森に息づくモノ達の息吹を感じた気がした。

木の葉が揺れる音。遠くから聞こえる獣の鳴き声。川のせせらぎ。風の音。

これらの音色をBGM代わりに楽しみながら体から力を抜くと、疲労の溜まった俺の意識はあっという間に闇へと沈んでいった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「許さぬ……絶対に許さぬぞ! 絶対に殺してやる!!」


真っ暗な世界に声が響いた。

その声は今にも消えてしまいそうな程小さかったが、身を焦がさんばかりの怒りと今にも砕け散りそうな悲しみに満ちていた。


( あぁ、これはあの時向けられた言葉か。これは夢か )


暗闇の世界の中で俺は考える。

俺はありったけの憎しみを込めて向けられたこの言葉を、今でも鮮明に覚えていた。


この言葉はあの時、あの場所で向けられた言葉。

しかしそれは1年以上も前の出来事。

故に俺は、これは夢なのだと理解する事が出来た。


闇に揺蕩う意識が徐々にはっきりして行くにつれ、闇が晴れ、視界が明瞭になってくる。霞んだ両目にある場所が浮かび上がった。


半ば崩落しかかっている荘厳な宮殿。崩れ落ちたガーゴイルの石像。ひび割れた煉瓦の道。天井が崩れ差し込む月の光。月光に照らされる広間。広間に横たわる巨大な影。


冥府(ヘレ)の地下に作られた玉座の間に似た雰囲気を放つ空間が、俺の目の前に広がった。その空間の中心に呪詛の言葉を発した人物が居た。その人物と目が合う。俺の瞳は見目麗しい少女を映し出した。


嗚咽を噛み殺し、炎の様に朱い髪を逆立て、血が滲む程拳を強く握る少女。髪よりも紅く染まる2つの瞳を此方に向ける少女。

少女は堪え切れず一雫の涙を流しながら、広間に横たわる巨大な影の前に立ち、数歩先に佇む俺を睨み付けてくる。


あの時、俺は涙を流すこの少女に何て言ったんだっけ。


「……悪い」


あぁそうだ…… 俺は恨みを向ける少女にそう言ったんだ。


「一体妾が何をした…… 何故この様な事に……」

「……俺は其奴を倒さなきゃならなかった。そうしなきゃ俺は……それより早く逃げろ。今なら逃げられる」

「情けのつもりか…… 」

「……違う、自己満足だ。俺は其奴を倒せと言われたが、お前を倒せとは言われてねぇ」

「……必ず殺してやるからの」


少女は最後にそう言い残すと、涙を拭いながら広間の奥へと向け駆け出した。


「その望みは叶わねぇだろうがな……」


背を向け走り去る少女を見て、俺は小さく呟く。


結局この少女が無事に逃げおおせたのか否か、俺が知る事はなかった。何故なら俺はこの僅か数日後に第2の魔王の汚名を着せられ処刑されたから。


今となっては、俺以外で少女の事を知る者は居ないだろう。


その少女の後ろ姿を見ていると、あの時言い表す事が出来なかった言葉が脳裏に浮かんだ。


あの時は自己満足だと言って少女を見逃したが、違う。

俺が言いたかった本当の言葉は違う。


自己満足という言葉では、俺が少女を見逃した根本的理由にならない。


だが今なら、今だからこそハッキリ言える。


あの行動は情けでもなければ自己満足でもない。

ましてや少女の大切なモノ(・・・・・)を奪った事に対する罪滅ぼしでもない。


俺は、この世界の全てのモノを恨み、憎み、忿怒する様な少女の姿を、理不尽と不条理に虐げられ、仲間以外の何もかもを恨み敵視していた自分自身と無意識下で重ね合わせていたのだろう。


だから俺は、自分と似た眼差しの少女を手にかける事が出来なかったのだ。自らの行いの結果そういう結末になったとはいえ、俺は少女から近しいモノを感じたのだ。


しかしあの時はそれを言葉にする事が出来なかったから、俺は自己満足というそれらしい言葉と理由を吐いて、少女を見逃したのだ。


( 少女は無事に逃げたのだろうか )


やがて景色が歪み、視界は闇に包まれる。

闇に体を包まれながら俺は名も知らぬ少女に想いを馳せる。


ピキィーン!


その時、脳内に甲高い音が響き、俺の意識は闇から引き上げられた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「っ!」

「ふにゃ!?」

「ベルゼ、何か来る(・・・・)。隠れてろ」

「え? え?」


脳内で響いた音。


この音が聞こえた意味を熟知している意識は、半ば脊髄反射の様に現実へと引き戻された。


空には既に太陽が昇っている。正確な時刻は最中ではないが、恐らくもう昼頃だろう。


俺は肩に掛けた『真王の外套(インヴァネスコート)』を放り投げて立ち上がった。

いつの間にか俺の肩に頭を寄せ眠っていたらしいベルゼが素っ頓狂な声を上げながら倒れ込み、寝ぼけ眼で周囲をキョロキョロと見渡しているが、俺は何も言わず端的に命令した。


「寝る前に張った警戒網に何かが引っかかった。こっちに向かって来てる」

「な、何が何だかんだ分かりませんが分かりました!とりあえず隠れてます!」


ピキィーン!


ピキィーン!


脳内で響く音の間隔が狭くなっていく。それは何者かが此方に迫っている事を意味していた。


この音は俺が寝る前に『保有魔力(マジックポイント)』『1800』を使い発動させていた魔法(スキル)、『危機感知』の効果によるモノ。


『危機感知』は発動すると俺を中心とした直径100m圏内に、目に見えない魔法陣が展開される。そして魔法陣内に侵入した動く物の気配を音で知らせてくれる。


この魔法(スキル)は、俺が数歩移動すると魔法陣が消え、気配を感知する事が出来なくなるという欠点こそあるものの、今回の様な野営時にはうってつけだった。


『熟練度』が上がれば索敵範囲が広がり感知した気配の数、正確な距離や方角等も分かる様になるのだが、『危機感知』の『熟練度』は『15』しかないので、今の俺には直径100m圏内に動く物…… 人か獣が居り、それが此方に近づいて来ているという事しか分からない。

それでも不意に襲われる事は無くなるので、便利な魔法(スキル)なのに変わりはないのだが。


などと考えていると、やや離れた場所…… 西側からガラガラと木製の車輪が転がる音が聞こえて来た。


「お、川があるじゃねぇか。おーいお前等、ちょいっと休憩しようぜ」

「マジで!? 賛成〜! 」

「そうね、顔も洗いたかったし一休みしましょ」


車輪の音は俺達からやや左側で止まり、その方向から若い男女の声がした。

聞こえた声色は3つ。どうやら彼等は移動中に俺達の近くを流れる川を見つけ休憩する事にしたらしい。


「待て、誰か居るぜ」

「なに」


ガサガサと10m程先の林が揺れる。林の先には彼等が乗って来たのだろう馬車の屋根が見えた。

俺はもし襲われても反撃出来る様、念の為腰にぶら下げた『真王の覇道の剣』に手を掛ける。

直後、俺の気配を感じ取ったのか1人の男が声を出した。


「あ、あの何が近づいて来たのか分かりましたか? 何が警戒網に引っかかったんです?」

「バカ声を出すな!」


ベルゼよ。なんでこんなタイミングで声を出す。


いや、仕方ない。ベルゼには不意打ちの鉄則や、こう言った状況下での振る舞いを教えていなかったもんな。

イルザールに着いたらそこん所もしっかり教育してやらねば。


それはさておき、今ので俺達の存在は確実にバレただろう。


どうするべきか。


「……どうやら先客が居た様だな。おーい、誰か知らんが俺達に攻撃の意思はない!不意打ちなんてしないでくれよ」

「……わかった」

「ふぅ、安心したぜ」


この声の持ち主達への対処に頭を働かせていると、俺の存在に気付いた男とは別の男が声を張り上げた。

相手側も戦闘を望んでいない様だし、此方は此方で昨日大きな騒ぎを起こしたばかり。


下手に手を出して昨日の二の舞になる様な事は避けたかったので、俺は『危機感知』の効果を切り、『真王の覇道の剣』の柄から手を離した。


「よ、邪魔するぜ。仮面のアンちゃん、可愛い嬢ちゃん」

「ども〜」

「こんにちは。貴方達も休憩中?」


林がガサガサと揺れ、その向こうから人影が姿を見せた。それは厳ついスキンヘッドの男。茶髪を逆だてたノリの軽そうな男。そして金髪を編み込んだサバサバした印象の女。


彼等は此方の顔を見ると臆する事なく、気さくに声を掛けてきた。


外見を見た限りでは、彼等は軍にこそ属していないが、戦いを生業としている者達の様だ。

そう思った理由は、彼等が皮鎧だったり胸当てと言った防具に身を包む戦人の格好をしていたから。

そして各国の軍とは違い、身に付けている装備に統一感がカケラもなかったから。


上記にプラスし、彼等が乗って来たのだろう馬車の進行方向から考えて、彼等は俺と同じ目的地に向かう途中の自由職業別組合(ギルド)の関係者なのだろうと予想した。


「ふぇ?か、可愛い嬢ちゃんって…… もしかして私の事ですか?」

「他に誰が居るんだ?」

「あぁ〜確かに可愛いな。こりゃ街中で見たら声かけちまうわ」

「あ、ありがとうございます」

「馬鹿。2人とも初対面の相手に何言ってんのさ」

「へいへい、すみませんでした」

「あー……すまんな嬢ちゃん」

「い、いえいえ……」

「で? あんた等は誰だ?見た所移動中の様だが」


突然の褒め殺しにあいベルゼは困った様な笑みを浮かべ、俺の背中に隠れる。

対する男達もこのグループで唯一まともらしい女の言葉を受け、苦笑いを浮かべていた。


一瞬こんな漫才を見るのは時間の無駄だと思ったが、此奴等の進行方向の先にある目ぼしい目的地は1つだけ。適当に話をすればその目的地まで運んでくれるかも知れない。と、俺は頭の片隅で考えながら、声を掛けてきた男に目線を向けた。


「ん? あぁ、俺達はギルドの組員さ。御察しの通りイルザールに仲間と向かってたのさ」

「もしかしておたく等もイルザールに向ってる途中なのか?」

「あぁ」

「おや、奇遇だね。アンタ達もギルドの組員なのかい?」

「いや違う」


スキンヘッドの男、茶髪の男、金髪編み込みの女順に声を発する。

やはり此奴等はイルザールに向かう途中の自由職業別組合(ギルド)の関係者で間違いない様だ。組員とは自由職業別組合(ギルド)に加入した人の事を指すのだろか。


何はともあれ、此奴等は使えるな。


「んじゃなんでイルザールに? 彼処は今じゃ観光に行く様な場所じゃねぇし、ギルド関係者や其奴等を相手に商売しようって奴等しかいねぇぞ?」


俺はベルゼの方を見て『話を合わせろ』と目で知らせる。ベルゼは俺が言いたい事を察してくれたのか、小さく頷いた。


「…… イルザールに行ってギルド組員になろうと思ってな。な?ベルゼ」

「は、はい!その通りです」

「おぉ、そうなのか! ならアンちゃん達、どうせ目的地は同じなんだ。俺達の馬車に乗ってくかい?」

「え……良いのですか? 此方としては有り難いのですけど、お連れの方は」

「私は問題ないよ。此処からイルザールまで馬車でも丸1日はかかるしね。ここで会ったのも何かの縁さ」

「俺も構わねぇぜ〜 ってか、むしろ大賛成!」

「って訳だ。遠慮はいらねぇぜ」

「……ならイルザールまで世話になる。俺はハデスだ」

「私はベルゼです。以後お見知り置きを」


此奴等はイルザールまでの足として利用出来る。

楽が出来るし、この申し出を断る理由はない。


俺は顔全体に作り笑いを浮かべ、右手を差し出した。


「おう!俺はガンダス。こっちのハリネズミみてぇな頭の奴はアル。で、此奴が……」

「リザベルよ。よろしく」

「よろしく〜」

「んじゃ悪ぃが軽く休憩させて貰ってもいいか? そっちも準備があるだろうし、お互い一息ついたらイルザールに向かおうぜ」

「あぁ、分かった」


ガンダスと名乗ったスキンヘッドの男が俺の右手をガッチリと握り締め、リザベルと名乗る金髪の女性は笑みを浮かべる。そんな2人の脇で、手に刺さりそうなツンツンヘアーのアルがヒラヒラと手を振った。


今イルザールで何が起こっているのか、自由職業別組合(ギルド)組員の此奴等なら何か知っているかもしれない。


……が、此奴等が本当に自由職業別組合(ギルド)の組員なのか断定出来ないから油断はしない。


『真実証明』を使えない事はないが、使ったら不信感を向けられるのは確実だ。今互いの仲が険悪になるのは得策ではない。


だが用心する必要はある。


「はぁ喉乾いた〜」

「ふぅ〜 冷たいわねこの小川。水浴びもしていきたいくらい」

「水浴びしても良いが、待ってるのは面倒だから置いて行くけどな」

「ちょ、いくら何でもそれは酷くない?」

「冗談だって」

「……おいベルゼ」

「はい、何でしょうか?」


なので俺は喉を潤すガンダスやアル。顔を洗うリザベル達のやり取りを尻目に、ベルゼにこっそり耳打ちした。



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