無慈悲な決戦(5)
幻獣部隊は城門を攻撃していた。
城壁からの弓矢を盾で防ぎながら、城門を破壊する為ひたすら剣を振り回す姿を、大通りの片隅で魔族が見つめていた。
『馬鹿みたい、破城槌を作り忘れた、ケビンちゃんも馬鹿?』
騎兵隊は既に城壁内に避難していた。
歩兵隊は路地や民家に避難して、個別に市街戦を戦っていた。
『ハイドちゃん、まだ来ない。遅いなぁ』
メリッサが振り返った時、街の郊外で閃光が走る。
嫌な予感と共に、郊外へ走り出す。
「お前の相手は私達だ」
エルフの長剣がメリッサを襲う。
素早く回避するが、切先が右肩をかすめる。
「痛ーい。女の子に怪我させた」
「安心しろ、私も女だ」
「ぶー!」
メリッサは黒い球体を取り出し、それに魔力を込め胸に押し当てた。
エミリは恐怖を感じ、後ろへ飛んだ。
「ジャーン。強化メリッサちゃんだよ」
「何だ、どうなってる」
メリッサの見た目に変化は無い。
胸に付いた黒い球体から、禍々しい魔力が発せられたいた。
「魔力の増幅装置ね。しかも強力だわ」
「ママ、ここは私が」
エミリが攻撃を仕掛ける。
アグレイの矢がメリッサの首を捉える。矢は空中で止まり、クルッと反転し、アグレイの右腕に刺さった。
「エミリ、セシリア、奴は危険だ」
「おばさん対策がおじさん対策になちゃった」
エミリの剣も魔力の壁に阻まれ効果が無い。
本来、形を持たない魔力も高圧に圧縮されると、盾になり剣にもなる。
「そーれ!ドン!」
メリッサは巨大な魔力の塊をエミリに放った。
純粋な魔力は属性を持たない、よって各属性の耐性も効果がない。無防備な体で巨大な鉄球に激突するのと同じ衝撃がエミリを襲った。
音も無くエミリは吹き飛び、民家に激突した。
「次、行くよー、ドン!」
セシリアは自身の前に、土の壁を作った。
これは錬金術ではなく土魔法、地面の土を盛り上げただけの、脆弱な土の壁だ。
土の壁は吹き飛び、砂塵が舞った。
「アグレイ、エミリをお願い」
砂塵の中、古いエルフ語が響く。
「天と地を通じる力よ、古より全てを縛る力よ・・・」
詠唱の瞬間からメリッサの足元に魔法陣が現れていた。
しかし、彼女は動けなかった。
足が、腕が、頭が、体全体が重くなった。
膝が重さに耐えられず地面に両膝をつく、腰が重さに耐えられず前かがみに倒れる、背骨が重さに耐えられずミシミシとひび割れる、頭蓋骨が重さに耐えられず。
・・・グシャ・・・メリッサは死んだ。
「ごめんなさい」
セシリアが使った魔法は強化魔法、行動強化魔法と同じ魔法だ。
悟られないように古いエルフ語を使っただけで、特殊な魔法では無い。
強化対象が特殊だった。
それは全ての動物、植物、建物や空気さえ、縛り付けている力。重力だ。
重力を魔法陣の範囲だけ通常の20倍に強化したのだ。
単純計算で体重50㎏の人間が1000㎏になってしまう。生物の骨格や関節はその重さに耐えられる造りをしていない。
「エミリは?」
「大丈夫、気絶してるだけだ」
「そう、よかった」
「ショウ君達は・・・セシリア後ろ!」
「!?」
1体の幻獣が剣を振り下ろした。
アグレイはセシリアを突き飛ばし、弓で剣を受け止めた。
鈍い音と共に弓は折れ、剣はアグレイの体を切り裂いた。
「アグレイ!」
セシリアはエルフの長剣で幻獣を切り伏せた。
幻獣達が集まり始めた、2人を抱え民家に逃げ込む。
術者を失った幻獣は自走式に切り替えられ、動く生物を探し攻撃するように設定されていた。幸運にも傷ついたエルフの親子は止血をしていて、その場を動けなかった為、さらなる追撃から逃れられた。
『ショウちゃん、信じてるわよ。死なないで』
城門に取り付いていた幻獣達の攻撃により、城門はひび割れ隙間ができた。
幻獣達は城内に侵入した。
城内を守る兵士は正規兵、貴族の息子や親戚がほとんどで、戦闘経験は無く兵士と呼べる代物ではない。
「ドレーゼン!なぜ勝手に撤退命令を出した」
「あのままでは騎兵隊は全滅、さらに歩兵隊も、兵を無駄死にさせない為です」
「城下町に敵が侵入した。貴様の責任だぞ」
「市街戦の方が有利ですよ」
「なんだと!街を破壊されても構わないのか」
「報告いたします。幻獣が城内に侵入しました」
「なんだと!至急、兵を集め撃退しろ」
「王子、慌てなくとも防衛の準備は出来ています」
「ドレーゼン、貴様の責任は重大だぞ。この戦が終わったら覚悟しておけ」
「ええ、もちろんですよ」
城内の防衛は各兵士に持ち場があり、正規兵は持ち場に敵が現れた時に撃退をする。兵士個人にそれなりの戦闘力があれば撃退は可能だが、貴族のお坊ちゃんに持ち場を守る力も勇気もない。
正規兵のほとんどが背中を切られ死亡した。




