新人冒険者(3)
宿屋の窓にはカーテンがない、ガラスは磨りガラスなので外は見えないが、光は入ってくるため朝日と共に起きてしまう。
僕は装備を整える、ドタドタと他の冒険者が動き出す音が響いて来る。
「おはよう」
「おはよう、起こした?」
「周りの方がうるさいよ」
マナが起きた、他の3人はまだ寝ている。
ベルトに矢筒を結び、弓を肩にかけ、準備完了。
「もう、行くの?」
「山菜採りだから、早い方がいいしょ」
「そう、あの、ショウ君」
「ん?」
「いや、あの、いってらっしゃい」
「いってきます」
僕がチームから外れることを、提案したのはマナだ。そのことを気にしているのだろう。しかしそれは、会計役として当然の判断だ。僕も同じことを考えていたし、マナのおかげで決断できた。
その直後、マナが風邪をひいて寝込んだ。薬局で薬として上級回復薬をすすめられた、金額は20G!
お金が足りなかったので、僕は自分の弓をタリムさんに預けた、薬代を払い終えたら返してもらう約束で、タリムさんとは、それ以来の付き合いだ。
薬局に着くと、店の前に馬車が止まっていた。大きな馬が2頭、桶に入った干草を食べている。
お店の入り口には「本日休業」の看板が掛けてある。中をのぞくと人影が見えた、鍵はかかっていなかったので、中に入る。
「ショウちゃん!おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、この子?」
「そうよ、とってもいい子なの」
お店にはタリムさんともう1人、美しい顔立ちの若者が立っていた、堀の深い顔だが優しく気高い印象で、長い金髪を後で束ね、耳が長くとんがっている。
この世界に来て初めて見る異種族、エルフだ。
「エルフを見るのは初めてかい?」
「す、す、すみません」
「この大陸ではエルフは少ないから、なれているよ」
上下皮の服に鉄の胸当、ベルトに矢筒を結び、弓を肩にかけている。
僕と同じ装備だが、着こなしの格が違う。
「この子がさっき言ったショウちゃん、こちらがアグレイさん、旅の商人、行商をされているの」
「アグレイです、よろしく」
「ショ、ショウです、よろしくお願いします」
「そんなに硬くならないで、アグレイさんの奥さんは私の師匠なのよ」
アグレイさんと握手を交わす、エルフに初めて会って緊張しない人間がいるのだろうか。タリムさんの師匠の夫ってことは、歳は?エルフは長寿というのは本当なんだろう。
「ポール!帽子を被りなさい!」
「あとでー!アグレイさーん!」
店の奥から元気な声が走ってくる、タリムさんの息子、ポールだ。
「ポール、大きくなったね」
「えへへ!」
「ポール、ごあいさつ!」
「おはようございます!アグレイさん!」
「おはよう」
「あ!ショウもいる!」
ポールは10歳、年下なのにタメ口だ、32歳の男に10歳の少年が、と言いたいが15歳の体なので、タリムさんも注意しない。
5歳年上なんだけど・・・
「皆さん、お待たせしました」
「これでみんな、そろったわね。ショウちゃんエルザの荷物を持ってあげて」
「はい」
「よろしくね、みんなのお弁当が入ってるから」
奥さんの荷物を預かり、大きなカゴを背負い、エルザさんがポールに帽子を被せて出発。馬車で行くのかと思っていたが、歩きだった。
僕が薬草を採っている川原を上流に向けて歩く、その先にアルス川の支流があり、支流を登って行く。
アルス川は西から東に流れ、さらに大きな河へ合流する。
「なるほど、新人冒険者はお金に苦労するのかぁ」
「この辺りは魔物も弱いんですが、報酬も少なくて・・・」
「でも、弓を持っているなら、もう20G貯めたのだろう」
「まだなんですが、タリムさんが持ってて良いって」
「ショウちゃんの男気に惚れたのよ」
「まさしく男気だな」
川原を登りながら、僕の話しで盛り上がる。矢を折らずに使う方法を聞いたが、難しいそうだ。
川原登りから沢登りに変わってくる。
「この木よ、この木の新芽を摘むのよ」
「あのハーブの花は毒消し薬の元になるんだ」
「これは葉っぱだけ採ってね」
「ショウ!どっちがたくさん採るか競争な!」
「ポール、全部採っちゃだめよ、少し残すのがマナーですよ」
お目当ての山菜やハーブを採りながら登って行く。僕はお弁当の入ったカバンに注意しながらついて行く。大きな岩が増えてきた、ポールは飛び跳ねるように登っている。
「転ばないでよー」
「もう少し登れば滝があるの、そこでランチにしましょう」
いつの間にか太陽が真上に来ている、沢は涼しく風が気持ちいい。
滝に着いた、滝と言ってもかなり小さい、水量も少なく打たせ湯ぐらいの水が滝つぼに落ちている。
「今年は水が少ないわね」
「雨が少なかったから」
「ショウ君こっちに持ってきて」
大きな木の下でお弁当を広げる、岩がテーブル代わりだ。
アグレイさんは水を汲みに滝つぼへ、タリムさんは枯れ木を集める。僕も枯れ木集めを手伝い、火魔法で火をつける。
「あら、すごいじゃない」
「魔道書を読んでいるので、初級の魔法は使えます」
「それだけで魔法が使えるなんて、驚きだな」
「え?そうなんですか?」
タリムさんとアグレイさんが、目を丸くして驚いている。
この世界では魔法はあるが、一般的ではないらしい。長年の修行や知識の積み重ねで出来るようになる。
つまり、『魔道書を読んでいるので、初級の魔法は使えます』は普通ではありえない答えなのだ。
「あなたお湯はまだ?早くランチにしましょう」
「もうすぐよ」
「ポール、手を洗って」
「はーい」
滝つぼで手を洗い、ランチタイム。エルザさんのサンドイッチは、とても美味しいのだが、アグレイさんが険しい顔で、こちらを見ていたので・・・
「この先に素敵なハーブが生えている場所があるの。でもね、道が険しいから、ポールはまだ無理なの」
「私とショウ君で行ってきますよ」
「えー!僕も行きたい!」
「ポール、来年は一緒に行こう」
ポールはしぶしぶ両親に連れられて帰って行った。
3人が見えなくなり、アグレイさんと2人になる。
「どうしたんです、アグレイさん!」
「君に聞きたい事がある!」
アグレイさんは弓を引き絞っている、恐ろしいほど険しい顔で・・・




